いくら焦っているといっても、走って宇宙港に行くような真似はしなかった。
そこまで冷静な判断力を失っている訳ではない。
走ったのは近くのレンタルバイクショップまでであり、大型バイクを借りてから高速走行を開始したのだ。
レヴィに負けず劣らずの最高速度を発揮して、あの部屋を出てから僅か二十分でリーゼロック専用の宇宙港まで到着した。
バイクを停めてからヘルメットを収納して、生体認証のセキュリティシステムを次々と解除していく。
ヴィクターの居る区画はマーシャとシオン以外は入れないと言っていたが、レヴィから預かったこのカードがあれば、ゲスト認証が使える筈だと教えて貰った。
そしてヴィクターがいた部屋の前まで行くと、個体識別認証パネルに手を叩きつけた。
セキュリティシステムはすぐに俺を識別して、自動扉はすぐに開いた。
マーシャが見ていたら認証パネルを壊すなよ、と怒られていたかもしれないが、今はそんなことを考慮している余裕も無かった。
開いた扉の向こうには、ホログラムのヴィクターがいた。
「あら、オッドちゃんじゃない。一人なんて珍しいわよね。一体どうしたのかしら?」
そしてヴィクターの方が嬉しそうに声を掛けてきた。
セクハラじみた視線を向けながらにこやかに話しかけてくるのは止めて欲しいのだが、今はそのことに関して文句を言っている場合でもない。
「ヴィクター。シオンはどこにいる?」
「隣の部屋で眠っているわ。強制成長の調整中だからね。処置は明日から開始する予定よ」
「………………」
それを聞いてほっとしてしまう。
どうやら手遅れにはならなかったらしい。
処置前ならばまだ止めさせることも可能だろう。
「だったらその作業は中断して欲しい」
「どうして?」
ヴィクターは桜色の視線を俺に向けてくる。
そこには僅かな怒りが感じられた。
そして俺はその怒りを受け止めなければならない。
これは、俺の責任なのだから。
「俺の所為だからだ」
「それが分かっているのなら、今のシオンを受け入れる覚悟は出来ているんでしょうね?」
真面目で厳しい視線を向けられる。
本来ならばいたたまれなくなってしまいそうだが、ヴィクター自身の姿が緑色のビキニなので、かなり台無しな感じになっている。
「もちろんだ」
「ふうん……」
ヴィクターはじっと俺を見ている。
俺はその視線を正面から受け止めていた。
きっと、言いたいことは山ほどあるのだろう。
ヴィクターはシオンの生みの親でもあるのだ。
可愛い娘を苦しめた俺に対して、怒っていない筈がない。
だからこそ、罵倒されるのだとしたら全て受け止めようと決めていた。
「……分かったわ。調整は中断してあげる。もうすぐ目を覚ます筈だから、隣の部屋に行きなさい」
ヴィクターのホログラムは、それだけ言うとすぐに消えてしまった。
「……感謝する」
俺は誰も居ない部屋で一人、頭を下げた。
そして隣の部屋へと移動する。
「………………」
椅子に座って、ベッドに横たわるシオンをじっと見る。
あどけない寝顔だった。
この姿で大人になるなどと言われても、なかなか信じられない。
ゆっくりと成長してくれれば、それで十分だと思ってしまう。
そしてシオンの瞼が少しだけ震えた。
すぐに目を覚まして、ぱっちりとした翠緑が俺を捉える。
「あれれ? どうしてオッドさんがここにいるですか?」
「ここにいたらおかしいか?」
「おかしいですです。だってオッドさんには内緒にしていたのに」
「レヴィとマーシャから聞いた」
「あちゃ~。確かに口止めはしていませんでしたけど……」
シオンが気まずそうに頬を掻いた。
バレる前に全てを完了させたかったのだろう。
しかし間に合って良かったと、心から思う。
こうやってあどけない表情を見ていると、このままのシオンで居て欲しいという気持ちが強く湧き上がってくるのだ。
無理に変わる必要なんて無い。
自分なりのペースで、ゆっくりと成長してくれればいいのだ。
「やっぱり止めるですか?」
シオンが上目遣いで俺を見ている。
気まずいと同時に、このままではいたくないという気持ちも強いのだろう。
それをなんとかするのが俺の役割だった。
「シオン。少し外を歩かないか?」
「オッドさん?」
俺は立ち上がってシオンに手を差し出した。
シオンは戸惑いながらも、その手を取って立ち上がる。
俺は黙ったまま、シオンの手を握って歩き始めた。
宇宙港から出て、タクシーを捕まえる。
バイクで移動したかったのだが、ヘルメットは一人分しかないので、シオンを乗せて移動することが出来なかったのだ。
「ん……」
シオンが俺に寄りかかってくる。
甘えたくてそうしているのではなく、どうやら身体がまだきついようだ。
「きついのか?」
「ん~。ちょっとだけ。調整だけでも思った以上に負荷がかかっていたみたいで。身体がちょっとふらつきます」
「そうか」
市街地まで出るとタクシーから降りる。
シオンは頑張って歩いてくれるが、それほど長く歩かせるつもりはなかった。
そして近くのホテルに入る。
いかがわしいものではなく、ちゃんとしたビジネスホテルだ。
短時間の休憩でも使えるし、泊まりでも使える。
料金は後払いなので、どちらを選んでもいいシステムになっている。
「オッドさん?」
「少し休んでいこう。身体がきついのなら、無理をしない方がいい」
「でも……」
「話だけなら部屋の中でも出来るからな。シオンに倒れられても困る」
「……ごめんなさいです」
「別に謝らなくていい。話をしたいのはあくまでも俺の都合だ」
「………………」
自動機械の操作を行い、手続きを完了すると、すぐにカードキーが出てきた。
それはそれを受け取って、シオンの手を引いて移動する。
「行くぞ」
「はい」
シオンは大人しく付いてくる。
身体の動きがゆったりしているのは、やはり無理をしているのだろう。
すぐに部屋へと移動して、シオンをベッドに寝かせる。
「大丈夫か?」
「ちょっと休めば平気ですです」
「そうか」
俺は冷蔵庫から飲み物を摂ってきて、シオンに渡す。
オレンジジュースがあったので、それを渡しておいた。
シオンはベッドから起き上がって飲み物を受け取る。
「ありがとうですです」
ずっと水分を摂っていなかったらしく、すぐに飲み干してしまった。
「………………」
俺もミネラルウォーターを取り出してから一気に煽る。
喉が渇いている訳ではなかったが、そうすることでなるべく気持ちを落ちつかせようとしたのだ。
二人とも落ちついたところで、俺も心の準備を完了させた。
「シオン」
「は、はい?」
少し怖い表情になっていたのだろう。
シオンはビクビクしながら俺を見上げている。
その恐怖は間違っていない。
まずは一番最初にやっておこうと決めていたことを実行に移した。
「っ!!」
「ふん」
強めに拳骨をしたのだ。
シオンが涙目で頭を抑えている。
それなりに手加減はしたつもりだが、やはりシオンにはとても痛かったらしく、拳骨された頭を涙目で押さえていた。
「痛いですーっ!」
「俺に黙って勝手なことをしようとした罰だ」
「うぅ~。オッドさんにそんなことを言われる筋合いは無いですぅ……」
シオンはシオンなりに考えて成長することに決めたのだろう。
その選択に対してとやかく言う資格は、確かに無い。
しかし俺は敢えてその資格があると主張しておく。
「俺に知られればこうなることは分かっていただろうが」
「あう~。それはまあ、そうですけどぉ……」
それでもシオンは納得がいかないらしく、恨みがましい視線を俺に向けている。
翠緑の瞳は涙で滲んでいて、睨む姿も微笑ましく見えてしまうのが複雑なところだが。
「………………」
シオンをそこまで追い詰めてしまったのは俺だということは分かっている。
盛大なため息を吐いてから、ベッドに座るシオンの前にしゃがみ込んだ。
膝を折った状態で向き合うと、ちょうど目線の高さが同じになる。
そのまま近付いて、シオンをぎゅっと抱きしめた。
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