それから雑談を繰り返して、ようやく別荘に辿り着いた。
立派な和風建築で、別荘というよりは立派な屋敷に見える。
ランカが車から降りて、マーシャ達をエスコートする。
「一通りのものは揃えておきましたから、自由に使ってくださいね。他に入り用のものがあれば遠慮無く言ってください。買いに行かせますから」
「その気持ちは嬉しいけど、買い物ぐらいは自分達でやるよ」
厚意に甘えてばかりもいられないのでそう言うのだが、ランカは咎めるような視線をマーシャに向ける。
「それはやめておいた方がいいと思います」
「?」
「ラリーの襲撃があれだけとは考えにくいですから。マーシャさん達も狙われている以上、街には出ない方が賢明です。この街の治安の為にも、買い物程度の用事なら、他に任せて大人しくしていて貰いたい、というのが私の希望です。駄目ですか?」
「分かった。そう言われては仕方無い。他人を巻き込みたいとは思わないからな」
マーシャ達が襲われた場合、街の人間が巻き込まれてしまう可能性が高い。
街の治安維持に務めているキサラギとしては見過ごせないのだろう。
家の中に入ると、新しい畳からい草の匂いがした。
その匂いを堪能しながら、マーシャは嬉しそうに笑う。
「いい匂いだな」
「でしょう? 畳は匂いが薄れる前に交換するように気をつけていますからね。い草の匂いには私も癒やされます」
「こういう家もいいかもしれないなぁ。今度別荘を建てる時は和風建築にしてみようかな」
「それならリネスに建ててみたらどうですか? いい畳業者を紹介しますよ」
「出来れば違うところがいいな。もちろんここもいい場所だけど、高層ビルとか近代建築が傍に在るような場所で、和風建築がぽつんと建っているっていうのもなかなか悪くないと思うし」
「それもいいですね」
「でも畳はこっちで仕入れるかもしれない」
「是非そうしてください。割引して貰うように話を付けておきますから」
「その時はお願いするよ」
などなど、畳トークで盛り上がる美少女と美女。
オッドはすぐに台所を確認した。
シオンも一緒に冷蔵庫をチェックする。
調理器具と調味料、そして材料を確認してぎょっとした。
「……これは、高級食材だな」
「ですです~。流石はお金持ちさんですね~。あたし達も人のことは言えませんけど」
「使っていいのかどうか悩むぐらいなんだが……」
「いいんじゃないですか? これぐらいじゃランカさん達の懐は痛まないと思うですです」
「むぅ……」
冷蔵庫と貯蔵庫に並んでいたのは蟹やマグロ、霜降り牛肉やブランド豚肉、鶏肉などの高級食材だった。
リネス特産のものもあれば、わざわざ他の星から輸入しているものもある。
酒類もかなり充実していて、自腹なら絶対に手を出さないお値段の銘柄も数多く存在している。
その中でも特に多いのは、ニラカナ特産の銘酒だった。
「あれ、もう台所にいたのか」
感心しているオッドの背後から台所に入ってきたのは、大きな箱を持ったタツミだった。
「ちょいと失礼するぜ」
大きな箱をそのまま台の上に置く。
「それは?」
「さっき届いた。多分、お嬢が手配したんだろう」
箱の蓋を開けると、仮死状態で保存してある鮮魚が入っていた。
リネスの海で獲れる魚なのだろう。
見たことの無い種類の魚がいくつか入っていた。
「お嬢は俺の好物が刺身だって知っているからな。今日の晩飯にでもするつもりなんだろう」
「……俺が捌くのか?」
「出来るか?」
「まあ、出来なくはないが。だが本格的な活け造りならば専門の人間にやらせた方がいいと思う。
捌いて刺身として盛り付ける事ぐらいなら出来るが、活け造り特有の美しさで盛り付けるのは苦手だった。
「いやいや。食べられれば何でもいいぜ。飾り付けなんてされてもその部分は食えないんだし」
「………………」
それはその通りなのだが、合理過ぎて味気ない意見だった。
「というか、もしかしてタツミさんとランカさんもここに泊まるつもりなんですか?」
シオンがきょとんとしながらタツミに問いかける。
てっきり別荘だけ貸してくれて、自分達は本家に戻るつもりだと思っていたらしい。
「俺もそうすると思っていたんだけどなぁ。どうやらお嬢は本格的にマーシャの事が気に入ったらしいぜ。ここに居る間は一緒に過ごしたいらしい」
「マーシャが、というよりはもふもふが……かもしれないな」
オッドが苦笑交じりに言うと、タツミも肩を竦めて頷いた。
「だろうな。あれは実に可愛い」
思い出したタツミがにやけながら言うので、オッドは少しだけ心配になった。
「触るのは止めておけ。レヴィに殴られるぞ」
「ふうん。あの二人、そういう関係か?」
「ああ。ついでに言うと、マーシャが他の男と仲良くするのを好まない」
「心が狭いねぇ。まあ俺もあまり人のことは言えないかもしれないが」
「そうは見えないが」
恋人同士ではなく、上司と部下であるのなら、独占欲よりも自制心が働くのが普通ではないだろうか、と思ったのだが……
「お嬢が俺以外の人間を犬扱いするかと思うと嫉妬しそうだっ!」
「………………」
「………………」
「お嬢の犬は俺だけだっ!」
「………………」
「………………」
反応に困る二人だった。
犬は犬でもやはり駄犬なのだろう、と思ったが口には出さなかった。
「という訳で今夜は刺身も頼むぜ」
「分かった」
こんなに立派な食材を用意されてしまうと、料理担当としては少し張り切った気持ちになってくる。
仮死状態の保存とは言え、新鮮な内に利用するのが一番いいことに変わりはない。
「全部刺身にするのか?」
「いや。俺は二匹分ぐらい食べればいいけど。でも昼間のマーシャ達の食べっぷりを見ていると、それ全部でも足りないんじゃないか?」
箱の中にはあらゆる魚が入っているが、その数は十匹程度だった。
大きさもそれなりなので、かなりの量の刺身が出来上がるが、欠食児童と欠食大人を含めたあのメンバーの胃袋を十分に満たせるとは言いがたい。
「かもしれないな。他にも材料は沢山あるし、適当に作らせてもらおう」
「大変そうならこっちからも料理人を手配するけど?」
「……いや、必要無い」
手伝いはありがたいのだが、台所がそれほど広くないので、人が増えると作業効率が落ちてしまう。
シオンも手伝ってくれるだろうし、三人も四人もバタバタすると狭苦しくなる。
「そうか。なら頑張ってくれ」
ひらひらと手を振って、タツミが台所から出て行った。
「オッドさん。あたし、頑張って手伝うですよ」
「ああ。頼む」
細かい雑用をしてくれるだけでもかなり助かるので、シオンの手伝いはとても嬉しい。
人数が増えたので料理の数も増やすべく、少し早めに夕食の準備を開始するのだった。
★
それぞれが仲良くしたり、ラブラブしたりしている頃、シャンティは自分の仕事に取りかかっていた。
屋敷の一室にはハイスペックのコンピューターが備え付けられている。
この惑星で手に入る機種の中では最高級のもので、シャンティにとってはやや物足りなく感じるものの、言われた仕事をこなすには十分すぎる性能でもあった。
「さあて。アニキに頼まれていた仕事をやりますかね~」
ヘッドギアタイプの同調装置を被って、シャンティは端末の電源を入れた。
ネットワークに繋いで、早速電脳の海へと潜る。
キーボードなどのハードを利用したハッキングではなく、意識を電子化して直接電脳世界に潜り込めるのは電脳魔術師《サイバーウィズ》の特殊スキルでもある。
シャンティは電子化した自分の意識を明確に感じ取りながら、ゼロと一の世界を泳ぐように移動していく。
目指すのはリネス警察の管制頭脳であり、その中にあるレヴィの個体情報だった。
リネス警察に個体情報を採取されたレヴィは、シャンティにその情報を削除して貰うように頼んだのだ。
幸い、まだ外部には流出していないので、これを消しておけばレヴィの安全は保証される。
警察の管制頭脳にある膨大なデータから必要な情報を探り出し、シャンティはそれを見つけた。
その情報をすぐに削除する。
これで仕事は完了だ。
このまま自らの痕跡を消して戻ってもいいのだが、折角だからもう少し探っていこうと情報を覗いていく。
調べていく内に防衛システムに引っかかりそうになったが、シャンティはすぐにそのシステムを宥めてしまう。
言われた通りの反応しか出来ないプログラムを宥める程度のことは、自由意志を持ったシャンティには容易いことだった。
素直な子供に指示を与えるようなものだ。
人間の定めたプログラムには忠実だが、だからこそこちらが排除するべき敵ではないと誤認させれば、すぐに大人しくなってくれるのだ。
防衛システムはシャンティを異物として認識してしまったが、すぐに当たり前の存在と誤認して、そのまま沈黙した。
そして奇妙な情報に行き当たった。
不思議に思って調べていくと、やはり妙だと思った。
これがどういう意味なのか、シャンティには分からない。
しかし何だか嫌な予感がしたのだ。
情報をまとめてすぐに戻る。
電脳の海から現実の世界へと戻ってきたシャンティは、ヘッドギアを外して大きく息を吐いた。
電脳潜行《サイバーダイブ》は脳疲労が激しいので、戻ってきてすぐには動けない。
電脳魔術師《サイバーウィズ》に特化した素体であるシオンならば、電脳潜行《サイバーダイブ》を行ったところでここまで疲労することはないのだろうが、あくまでも人間であるシャンティにとってはかなりの苦行だった。
しかしこの役割をシオンに任せる気にはなれない。
酷く疲れるし、終わると辛いことは確かなのだが、シャンティは電脳潜行《サイバーダイブ》が大好きなのだ。
自らの意識情報が電子化する感覚、電脳の海を自由に泳ぐ開放感、生身の状態で行うよりも格段に跳ね上がる処理速度。
それら全てが人間から逸脱した、一段階上の存在へと上り詰めたような万能感がある。
この感覚がシャンティを電脳魔術師《サイバーウィズ》として活動させているモチベーションでもある。
一歩間違えば廃人になってしまう危険な電脳潜行《サイバーダイブ》を続け、そこから無事に生還してくる。
何度も繰り返したこの作業こそ、シャンティにとって一番生きている実感を得ることが出来るものだ。
「後でアネゴ達と相談だなぁ……」
ぼんやりとする視界には、まだ電脳の海の名残がある。
現実世界と電脳世界の境界が曖昧なこの時間も、シャンティは大好きだった。
きっとシオンはこんなことにはならないだろう。
電脳潜行《サイバーダイブ》を行ってもきっちり現実に戻って来られるし、危険も無い筈だ。
こうして戻ってきた後も、現実との境界が曖昧になる事も無いだろう。
しかしだからこそ、シャンティはこの感覚を愛していた。
もう少しだけその境界に留まっていたくて、再び目を閉じた。
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