シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

スターウィンドの大活躍 2

公開日時: 2022年6月10日(金) 08:21
文字数:3,625

「よーし。第一難問突破。結構動いたけど大丈夫か?」


 宇宙空間に出たスターウィンドのコクピットで、レヴィが後ろを振り返る。


「……死にそう」


 身体を拘束されていたので怪我をすることは無かったが、無茶動きに付き合わされたタツミは既にげっそりしていた。


 こんな無茶な操縦は初体験だった。


 宇宙船には何度か乗ったことがあるが、これはそんなものとは大違いだ。


 戦闘機なので当たり前だが、それにしたって常軌を逸していることは明らかだった。


「頑張れ。まだまだ動くぞ」


「……マジ?」


「団体様が大歓迎してくれるみたいだからな」


 スクリーンにはまだ何も映っていないが、少し離れた場所から戦闘機がうじゃうじゃ出てくるのが分かる。


 スターウィンドの探知機は優秀なので、向こうに正確な位置を把握される前に有利な位置取りをするべく操縦桿を握った。


「わ……わっ! 十二機もいるぞ。大丈夫なのか?」


 こちらは単機のみ。


 相手は十二機。


 どう考えても勝負にならない、とタツミが考えるのも無理はない。


 以前のマーシャとレヴィ達の非常識は既に忘れてしまっているのか、この程度ならレヴィにとって何の障害にもならないということに気付いていない。


 レヴィは余裕の表情を崩さない。


「任せろ。でもさっき以上に動くから覚悟しておいた方がいいぞ」


「げ……」


 覚悟は決めるつもりだが、その後、迎撃衛星に突入して制圧する体力が残るかどうかは自信が無かった。


 そしてレヴィは嬉々として団体さんの相手をした。


 まずは隊列を組んできた戦闘機相手に『バスターブレード』を一閃。


 高速で機体を旋回させて撃ち出された五十センチ砲が、殲滅の刃となって敵機に襲いかかる。


 その一瞬で半分、六機が消滅した。


「うわ……」


 その手並みを特等席で見せつけられたタツミは、感心するよりも震え上がった。


 こんな操縦はあり得ない。


 人間業ではあり得ない。


 それをこんな近くで、しかも鼻歌交じりにやらかすのを見せつけられているのだ。


 ちょっとした悪夢だと思った。


 しかしこれならば確かに余裕だろう。


 残りの六機がレヴィの機体にダメージを与えるとは、とても思えなかった。




 そしてタツミの予想通り、レヴィは五分もかけずに残りの六機を片付けた。


 一機たりとも脱出する余裕を与えなかった容赦のなさには身震いしたが、敢えて口には出さなかった。


 余裕の表情の中にも、抑えがたい怒りがあることを見抜いたからだ。


 その怒りはレヴィの過去に関係しているのだろう。


 だけどそれを知らないタツミには何も言えない。


 こんな手段で無辜の人間を犠牲にするようなやり方はタツミも許せないと思っているので、それに協力するような奴らを生かしておく理由は無いのだと考えるのは道理だと思った。


 宇宙港で襲いかかってきた四十人を生かしておいたのは、監視カメラに記録される以上、後々の厄介事を減らす為であって、慈悲などではない。


 今回は母船が遠く離れた場所にある為、記録は限定的なものになる。


 それにレヴィ自身は母船も含めて殲滅するつもりだったので、殺すことを躊躇う理由も無かったのだ。


「さてと。団体さんは片付けた。第二陣が来る前にとっとと突入してしまえ」


「……あのさあ、体力が根こそぎ奪われたんだけどどうしよう?」


「………………」


 後は突入を待つのみなのだが、無茶な操縦に付き合わされたタツミは吐きそうな顔をしていた。


 こうなるのは当然だが、しかしそれではわざわざ連れてきた意味が無くなる。


「まあ頑張れ」


「うぅ……」


 頑張りたいのはやまやまなのだが、身体が言うことを聞いてくれない。


「ほら、ついたぞ。さっさと出ろ」


 迎撃衛星の発着場に着いたレヴィは戦闘機の上部ハッチを開く。


 のろのろとした動作で拘束ベルトを外すタツミは、必死で動こうとしていた。


 しかしやはりダメージが大きすぎる身体は、思うように動いてくれない。


 これは無理か……と諦め掛けていると、


「ランカとキスするんだろう?」


「っ!!」


 からかうようなレヴィの声に身体がしゃきーんとなった。


 根こそぎ奪われていた体力が、気力によって強制復活していく。


「おうっ!」


 折り畳んでいた棒を装備して、気力充填、キスまっしぐらで立ち上がった。


 ランカが見ていたら針の一本でも飛ばしてきたのだろうが、残念ながらこの場には居ない。


「なら行ってくるぜっ!」


「終わったらここで待ってろよ。拾ってやるから」


「了解っ!」


 タツミが降りると同時に上部ハッチを閉じて、レヴィは飛び立った。


 団体さんの第二陣を相手にする為だ。


「よし。やってやるぜっ!」


 そして鋼鉄の棒を握りしめたタツミは、少人数が支配するこの迎撃衛星を制圧するべく、その場から走り出したのだ。







「おらおらおらーっ! どけどけどけどけーっ!!」




 どっかーんっ!!


 がっしゃーんっ!!


 ちゅどーんっ!!




 ……という蹴散らし効果音が相応しいようなタツミの暴れっぷりだった。


「うおりゃあああーーーっ!! キスまっしぐらキスまっしぐらーっ!!」


「何だっ!?」


「何を言ってるんだこいつはっ!?」


 蹴散らされる技術者や警備員は、一体目の前の棒術使いが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。


 そして分からないままに蹴散らされていく。


 ランカとのキスを目指して暴れまくるタツミの気持ちなど、分かる筈も無い。


 というよりも、分からない方が幸せだ。


 駄犬よろしくキスまっしぐらで進んでいくその内心を正確に理解してしまったのなら、自分が今やっていること、そして現在進行形で蹴散らされていることが心底アホらしくなってしまうだろうから。


 迎撃衛星の中に居た人間は、あっという間に一人残らず蹴散らされた。


 あそこまで用意周到に戦力を整えていたのだから、ここまで乗り込まれることなど想定もしていなかったらしい。


 仮に乗り込んだとしても、ネットワークを回復する手段が無い、とでも思われたのだろう。


 しかしタツミは秘密兵器を持っている。


 懐にしまっていたそれを取り出して、中央コントロール室にある接続用コネクタに差し込もうとするのだが……


「あれ? どこだ?」


 機械にはあまり強くないタツミは、そのコネクタを探すのに少し苦労してしまった。


 何とか端子と同じ形のコネクタを見つけて、ぶすっと差し込む。


「これでいいんだよな? 多分?」


 少しばかり自信が無さそうに呟くと、すぐにスクリーンの画面が切り替わった。


『やっほー。お疲れ様、タツミ。コントロールは完全にこっちのものになったよ~』


 と、シャンティの気楽そうな声が聞こえてきた。


 どうやら乗っ取り返し計画成功である。


「よーし。後は地上を狙撃しないように阻止しておいてくれ。状況が落ちついたら通常業務に戻るようにしておけばいいだろ」


『そうだね~』


『了解ですです~』


「よろしくな」


 子供達の声はこの状況でも気分を和ませてくれる。


 難易度マックスミッションをこなしたことで、タツミもようやく気を抜くことが出来ていた。


「さてと。お嬢にも報告をしないとな」


 通信機を取り出す。


 軌道上まで離れても、まだ接続が切れていない優れものだ。


「もしもしお嬢? 迎撃衛星はちゃんと止めたぞ。突入部隊の方を動かしちまえ」


『本当にっ!? もう地上が狙撃されることはないっ!?』


「おう。安心しろ。ちゃんと乗っ取り返したからな。中でコントロールしていた人間も一人残らずぶちのめした」


『そう。ありがとう、タツミ。マーシャ達にもお礼を言わないとね』


 ランカの声は心の底からほっとしたものだった。


 それも当然だろう。


「俺もレヴィが落ちついたら戻るからさ。さっさと人質を解放してやれよ」


『ええ。そうするわ。ヨシキ、中の状態は把握しているわね? ええ、ならば狙撃犯を動かして、可能な限り中の敵を倒して。その後に突入。人質の救出をお願い』


 ランカは突入部隊の責任者に指示を出す。


 今まで様子を窺っていた分、中の状況はしっかりと把握しているだろう。


 これで人質も解放される筈だ。


 了解という返事を受け取って、ランカはようやく肩の荷が半分下りた気分だった。


「お嬢も頑張れよ。もう少しで全部解決するからな」


『ええ。分かっているわ』


「戻ったらキスさせてくれよ~♪」


『………………』


 ランカはそのまま黙り込んでしまった。


 そして言いにくそうに呟く。


『約束は……してないし……』


 もごもごしながら言う様子は、タツミが目の前にいたら『是非とも生で見たかったっ!』と思うぐらいに可愛らしい。


 しかし見えないタツミはそれを目にすることも叶わない。


「そんなっ! お嬢がキスさせてくれると思って頑張ったのにっ! レヴィの無茶操縦にも耐えたのにっ!!」


 ここでキスさせて貰えないとか言われたら、気力のみで動いていた身体が限界を迎えてしまいそうだった。


 指一本動かすことも出来なくなるかもしれない。


 どうしたら約束して貰えるか、タツミは状況も忘れて必死で考えた。


 ここまで頑張ったのだから、何が何でもキスしたい。


 したいったらしたいのだ。


 駄犬ファイト! と自分を励ます。


 ……かなりしょーもない励まし方だったが、本人は気にしない。




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