「………………」
レヴィは自分の食事も忘れてマーシャを見ている。
見て見ぬふりをしたかったのだが、どうしても視線を逸らせない。
「ん? どうした?」
「……いや。よく食うなぁと思って」
マーシャはひたすらに食べている。
しかも朝からひたすら肉ばかりを食べまくっている。
肉、肉、野菜、肉、肉、パン、肉、肉、野菜、パン、肉、肉……ぐらいの割合だった。
実に恐ろしい肉食獣……とドン引きするレヴィ。
確かについ先ほどまで戦闘をこなしていたのだから空腹なのは当然なのだが、それでも朝からここまで肉を食えるのか……と驚きを通り越して引いているのだった。
「食べなければいざという時に戦えない」
「それは分かるけどな……」
「それに折角の食べ放題なんだから、元は取らないと」
「………………」
取り過ぎるぐらいに取っていると思う……とは言えなかった。
既に十人前は食べているように思える。
レヴィですら三人前ぐらいが限界だった。
戦闘の後なので空腹だったこともあり、それなりに肉も食べたが、目の前の肉食獣には劣る量だった。
よく考えたら狼系の亜人なのだし、肉食獣なのは当然なのかもしれない。
「レヴィは小食なんだな」
「……普通だと思う」
むしろよく食べている方だと思う。
朝から三人前というのは、普段のレヴィならば絶対に食べない量だった。
朝はただでさえ食欲が乏しいので、一人前が限界なのだ。
夜だと二人前から三人前は食べる。
「そうか? せっかくの食べ放題なんだから遠慮しなくていいのに」
「………………」
きょとんと首を傾げるマーシャ。
もう満腹です……とは言えなかった。
それから食べまくるマーシャを眺めること三十分。
ひたすらに食べまくったマーシャは、恐らく三十人前は平らげていた。
そしてようやくデザートをのんびりと食べている。
デザートの皿ですら十枚目を越えているが、気にしたら負けだろう。
無限胃袋もふもふなのかもしれない。
「ふう~。ようやく落ちついたな」
デザートも食べ終わり、食後のコーヒーをのんびりと飲んでいるマーシャ。
お腹をさすっているが、限界にはほど遠いのかもしれない。
それにしても、あれだけ食べたのに、お腹の方は大して膨れ上がっていない。
きゅっと引き締まった魅力的な身体だった。
「そりゃよかった。落ちついたところで、いろいろと話したいことがあるんだが、構わないか?」
「もちろんだ。私も話したいことが沢山あるんだ」
「だろうな。まずは俺からいいか?」
「構わないぞ」
「どうしてマーシャはここに来たんだ?」
「どうしてと言われてもなぁ。レヴィに会いに来ただけだぞ」
「………………」
ストレートに言われると照れてしまう。
しかしそういう問題でもない。
「会いに来てくれたのは嬉しいけどな。だったらどうして偽名を使ったんだ? 最初からマティルダだと言って貰えれば、もっと話はスムーズだったのに」
「偽名を使ったのは、本来の名前であるマティルダでは入国出来なかったからだ。マーシャ・インヴェルクという名前はお爺さまが用意してくれたものだから、今の私にとってはこれが本名だけどな。もちろん、マティルダという名前で身分を偽装すれば簡単に入国出来たけど、せっかくだから試してみたかったんだ」
「試す?」
「レヴィが私に気付くかどうか」
「………………」
「人目があるから耳尻尾は出せないけど、基本的にはそれだけだ。変装もしていないし、顔も変えていない。だから、接する内に気付いて貰えるかと思ったんだが」
「う……」
「ものの見事に気付かなかったな」
「うぅ……」
ジト目でレヴィを睨むマーシャ。
気付いて欲しかったのに、気付いて貰えなかったのが不満らしい。
結局、カツラが取れて尻尾が露わになるまで、マーシャがマティルダだとは気付けなかったのだ。
マーシャはレヴィに会う為にここまでやってきたのに、肝心のレヴィの方はマーシャに気付けなかったのだから、不満に思うのは当然だろう。
「わ、悪かったよ。ほら、小さい頃のイメージが大きかったからな。こんな美女になっているなんて想像もつかなかったんだ」
「美女だと悪いか?」
「悪くない。いいに決まってる。美女は目の保養になるからな」
「……開き直ったな」
呆れた視線を向けるマーシャ。
しかしレヴィとしては本心だった。
美女は目の保養になるので、マーシャが美女に育ってくれたのは素直に嬉しいのだった。
「そ、その、トリスはどうしたんだ? 一緒に来ていないのか?」
「………………」
かつて、マーシャと一緒に助け出した少年の名前を言うと、マーシャの表情が強ばった。
「マーシャ?」
「……トリスは、いなくなった」
「いなくなった?」
「レヴィと別れてから半年ぐらいしてから、突然いなくなったんだ」
「……それは、攫われたとか、そういう理由か?」
だとすれば庇護者であるクラウスが黙っていない筈だ。
そしてリーゼロックの力で探し出せないとも思えない。
だとすれば答えは一つしかない。
トリスは自分で出て行った。
自分の意志でマーシャ達の前から姿を消したのだろう。
「違う。自分の意志だ。私は、未来を選んだ。だけど、トリスは過去を選んだ。きっと、そういうことなんだと思う」
「過去を選んだ……か……」
未来を選ぶことは、幸せになろうとすることだ。
そして過去を選ぶことは、未来を捨てることだ。
マーシャは前者を選び、トリスは後者を選んだ。
そういうことなのだろう。
そしてその気持ちがレヴィには理解出来てしまう。
あの頃は分からなかった。
しかし、今なら分かる。
トリスの気持ちが痛いほどに分かってしまうのだ。
レヴィは諦めたが、トリスは諦めきれなかった。
そして今も苦しんでいる。
マーシャとレヴィには決して届かない場所で、一人で戦っているのだろう。
「トリスは仲間の復讐を諦めきれなかったんだな?」
「うん。置き手紙だけ残して出て行った」
「クラウスさんは止めなかったのか?」
「止めたけど、駄目だった。止められないなら、せめて少しだけでも力になろうとして、カードだけ持たせたって言ってたけど」
「………………」
リーゼロックのカードならば、恐ろしいほどの資金を動かせるだろう。
それはトリスの復讐を助長するというよりも、その手段の為に被害を出すのを止めたかったのかもしれない。
「しかしトリスの奴も面倒なことをしているな。復讐対象はエミリオン連合か? だとすれば組織が巨大すぎて相手にならないだろうに」
レヴィですら復讐を諦めたのだ。
それほどまでにエミリオン連合は強大だし、その意志は個人のものではない。
様々な国の思惑が重なり合い、その意志は個人のものからかけ離れていく。
まるで制御不能の生き物が暴れ回るかのような政治世界なのだ。
そんなものを相手にして復讐を企むというのは、酷く虚しいことに思えるのだ。
もちろん、許した訳ではない。
許せないという気持ちは消えていない。
だけど何に対して復讐したらいいのか分からなくなってしまうのだ。
直接手を下したグレアス・ファルコンは今回殺すことが出来た。
しかしそれ以上となると、個人の意志でそうした訳でも、個人の都合でそうされた訳でもないので、どこまで復讐の手を広げていいのか分からなくなってしまうのだ。
もしもその全てを許さないのならば、惑星そのものを相手にしなければならなくなる。
そうなれば相手にならないし、関係ない人まで手に掛けることになる。
そんなことはしたくなかったのだ。
だから諦めた。
諦めて、仲間と自分を護る為に生きることに決めたのだ。
エゴを優先した、小さな日常。
そんな日常の中に身を置くのも悪くないと、そんな風に妥協していたのだ。
しかしトリスは今でも諦めずに戦っているのだろうか。
戦うのだとしても、何を目指して戦っているのだろうか。
エミリオン連合軍に真っ向から刃向かう海賊や非合法組織があるなどという話は聞かない。
だとすれば影で活動しているのだろうが、その程度の規模では復讐が成功したとは言えない。
だとすれば、とっくに諦めていなければおかしいのだ。
あるいは、とっくに死んでいるか。
「トリスは生きていると思う。どこかで、生きている筈だ。なんとなくだけど、そう思う」
根拠は無い。
しかし生きていると信じている。
それがマーシャの結論だった。
「そうだな。俺もあいつがそう簡単にくたばるとは思っていない。もしかして、宇宙船を造ったのは、トリスを探す為なのか?」
宇宙を飛び回っていれば、いろいろな情報が入ってくる。
だからこそトリスを探す為にシルバーブラストとシオンを造ったのかと思った。
しかしマーシャは首を振る。
「生きていて欲しいとは思うけど、それとこれとは話は別だ。私は未来を選んだって言っただろう。私がシルバーブラストとシオン、そしてスターウィンドを造ったのは、私自身の望みの為だ」
「マーシャ自身の望み?」
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