ここで交渉したところで、トリスがセッテを見逃すとは思えない。
ただ、最後の悪あがきをしているだけだろう。
トリスは躊躇わなかった。
すぐに心臓を撃ち抜く。
「ぐっ!」
激痛と共に片膝をつくセッテ。
血の滲む胸の感触を確かめながら、トリスを見上げた。
「予想は……していたけど……少しも、躊躇わなかったな……」
「当然だ。俺は仲間の遺体を取り戻す為にここにいる。だけどそれは持ち帰る為じゃない。これ以上利用されないように、塵に還す為にここに来た。だからここでお前が自爆してもろとも破壊するというのなら、逆に好都合だ」
「なる……ほど……。しかし、君の命は……どうするつもりだ……?」
「自爆スイッチ起動から爆発まで多少なりとも猶予があるだろう。それに賭ける」
トリスは銃口をセッテの頭へと押し当てる。
絶対に外さない、絶対に逃がさない距離だった。
心臓を撃ち抜いたので確実に死ぬが、完全に死ぬのを見届けるつもりだった。
「死ね」
ただ一言、冷徹に告げる。
セッテは口から血を吐きながらも、残念そうに笑う。
これまで酷いことをしてきた。
それを酷いことだと分かっていたが、止めようとは思わなかった。
それが自分にとって必要なことだと思ったから。
亜人の可能性、天才の創造。
それを自分の手で成し遂げたかった。
「ああ……亜人の可能性……この目で……見たかったなぁ……」
最後の未練だけを口にして、セッテは儚げに笑った。
「………………」
トリスはそのまま引き金を引く。
頭に穴を開けたセッテがその場に倒れる。
同時に自爆装置が起動した。
『本船の自爆装置が起動しました。乗組員は速やかに脱出して下さい。後五分で起爆します』
「五分か」
システム音声によってタイムリミットが告げられた。
トリスは仲間の遺体を破壊する為に爆薬も持ち込んでいたが、それらを持ったままでは死ぬ時間を早めるだけだと分かっていたので、すべてこの場に置いていった。
「……遅くなって済まない。今、楽にしてやるから」
トリスは刻まれた仲間の遺体を痛ましげに見つめてから、頭を下げた。
死んでからも痛めつけられ、弄ばれ続けた仲間達に何をしてやればいいのか、本当は分からない。
これはただの自己満足なのかもしれない。
それでも、何もしないよりはいいのだろうと信じることにした。
「約束したからな。最後まで、努力はしよう」
このまま、ここで仲間と一緒に朽ち果てるのも悪くない。
そういう気持ちも確かにあった。
しかしマーシャの言葉がトリスを縛る。
生き延びることを強いる。
だからこそ、トリスはビーチェから逃げ出す為に走った。
気密ヘルメットを装着して、船内を駆け抜ける。
倒した警備員の死体を飛び越え、ひたすら走り続けた。
トリスが全速力で走れば、何とか五分以内にホワイトライトニングのある発着場まで到着出来る。
その確信があったからこそ、トリスは走っている。
しかしそれはトリスが万全の状態の話だ。
戦い続けて、疲労の蓄積されているトリスが力を振り絞って全力で走ったところで、間に合わないことは分かりきっていた。
本人が信じていても、客観的な事実としてそれが不可能だと、状況が示していたのだ。
「くそっ!」
後少しでホワイトライトニングまで辿り着けるというところで、爆発は起こった。
「ぐっ!!」
ホワイトライトニングの推進機関に誘爆が起きて、少し離れた位置にいたトリスが爆風で宇宙空間へと投げ出される。
「っ!!」
凄まじい衝撃に意識を失いそうになる。
しかし自らの愛機が中途半端な状態で失われていく様を見届けない訳にもいかなかった。
今までトリスに力を貸してくれていた大事な愛機なのだ。
護れなかった分、せめて見届ける。
それぐらいはしなければならないと思っていた。
「………………」
利用するだけの兵器だと思い込もうとしていた。
しかしいざ目の前で失われると、切ない喪失感に苛まれてしまう。
そしてその余波はトリス自身にまで届こうとしていた。
「……まあ、そうだよな」
ホワイトライトニングを失った以上、脱出手段は無い。
正確には現状で脱出しているが、船からあまりにも近すぎるので、巻き添えで死ぬのは免れないだろう。
宇宙服で漂っているだけの状態なのだ。
自分自身ではどこにも進めない以上、ここで覚悟を決めるしかないだろう。
「仕方ない、か」
諦めたくはなかった。
しかしどうしようもないと分かると、不思議なほど穏やかな気持ちで終わりを迎えようとしていた。
目を閉じて、爆発が届くのを待つ。
しかしその前に大きな影が立ちはだかった。
「っ!?」
ブラウンの戦闘機。
機体名称は『ベアトリクス』。
ファングル海賊団で使用している戦闘機だった。
トリスのホワイトライトニングとは違い、量産機なので性能は多少落ちるが、それでもかなり高性能な機体だった。
ベアトリクスがトリスの盾になって爆発を受けている。
「誰だ……?」
ファングル海賊団は消滅したと思っていた。
全員が己の戦いに殉じた筈だった。
しかしまだ生き残りがいたらしい。
ここに来て生き残りがいるというのは都合が悪いが、それでも身体を張って護ろうとしてくれた相手を殺す訳にもいかない。
なんとも困る状況だった。
「無事でしたね、頭目」
「……シデン?」
通信で呼びかけてきたのはシデンだった。
気密ヘルメットに装備されている通信機なので、それほど遠くの通信は出来ないが、それでもここまで近くにいれば問題無い。
「ええ。何とか生き残っていますよ、俺も」
「死んでなかったのか」
「えらい言われようですね」
「ここで全滅させるつもりだったからな」
「望んでそうなった訳じゃないでしょう。エミリオン連合軍相手に暴れ回り続けたのだから、いつかはこういう終わりが来ることは分かっていた筈です」
「………………」
「俺もヘマして死ぬにはちょっと未練がありましてね。ここまで生き残ってしまいました」
「未練?」
「ええ。未練です」
「それは果たされたのか?」
「今のところは」
「………………」
弟に重ねているトリスを死なせたくないからとは言わなかった。
ただそれが自分のことだと、トリスは悟った。
なんだかんだで心配してくれる相手には敏感なのだ。
「助けるつもりがあるのなら、中に引き入れろ。このままだと二次爆発に巻き込まれるぞ」
「……そのつもりだったんですけどね」
「?」
「今の爆発で制御系がやられました。操縦不可能です」
「………………」
これだけの爆発の盾になったのだ。
運が悪かったことは間違いないが、ある意味では仕方ないとも言える。
「すみませんね。助けに来たつもりだったんですが、結局、死なせることになりそうです」
「……犠牲者が増えただけだな」
「返す言葉もありませんね」
助けに来てくれた相手に随分な物言いだったが、それがトリスなりの不器用な気遣いだと分かったので何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけでも護ったという自己満足だけを抱えて死んでいくのなら、それほど悪くはないと思った。
「………………」
トリスの方も、助けに来てくれた相手を巻き添えに死なせるのは気が引けたが、それでもこんなところまで助けに来てくれる相手が居てくれたのが、少しだけ嬉しかった。
セッテを殺し、仲間の遺体を塵に還した今ならば、本来の心を取り戻してもいいのではないかと思ったのだ。
「まあ、いいか。悪くない人生だった」
これまで自分を生かしてきた目的は果たしたのだ。
未来は手に入れられなかったが、それでも満足していた。
未練は少しだけある。
しかし、諦めてもいい気分だった。
トリスは最後の爆発を待つように目を閉じた。
最期は穏やかな気持ちで死のうと思ったのだ。
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