「……? いや、それだけじゃないな」
レヴィは後ろから付いて行きながら、あることに気付いた。
もっと岩石に接近してからギリギリで避けるのではなく、無駄が多い動きで避けている。
レヴィが現役時代の戦技教官だったら、間違いなく怒鳴りつけているところだ。
しかし機体の動きを見て、操縦者の所為だけではない事が理解出来た。
とある存在に思い至ったのだ。
「衝突回避システムか」
小惑星帯での追突事故は、戦闘機操縦者の間でも頻繁に起こっていた。
任務中だけではなく、訓練中でもそれが起こってしまうほどに、戦闘機の操縦とは、本来かなり危険なものだ。
緊急脱出装置があるので死亡率はそれほど酷くないのだが、その度に虎の子の機体を悉く鉄くずにされてしまっているのだから、軍としては頭の痛い問題だっただろう。
そこで技術部が開発に力を入れていたのが『衝突回避システム』だ。
予め衝突しそうな障害物などを前もって認識して、絶対に接触しないように舵を微調整するのだ。
これならば操縦者が反応出来なくても、システムによる回避が可能になる。
事故率は確実に減るだろう。
しかしこれでは肝心の腕が上がらない。
危険と隣り合わせだからこそ磨かれる腕というものがあるのだ。
死の恐怖と向き合って、それでも自分の腕と反応速度を信じて舵を握って進むからこそ、その経験は自らの血肉となる。
その経験が無ければ、いざという時に思い切ったことが出来ない。
レヴィにはその経験がある。
レヴィだけではなく、同じ時代を生き抜いた戦闘機操縦者には、皆その経験があるのだ。
現代の操縦者と、自分の世代との違いを感じて苦笑してしまう。
「安全第一、命と機体と予算を大事にしましょうっていう方針は分からなくもないけどな。でもそれじゃあ、肝心の腕が上がらないぜ」
レヴィは呆れつつも加速ペダルを踏み込んだ。
このシード・セブンに衝突回避システムは入っていない。
無茶な操縦をすれば、きっちりとその通りに応えてくれるのだ。
基本的なスペックに差があっても、あそこまで無駄な動きを強要されている機体が相手ならば、レヴィにとっては赤子の手をひねるようなものだった。
最近ではすっかりスターウィンドの操縦に慣れてしまったので、民間機最高レベルとは言え、シード・セブンでは物足りなさを感じた。
しかし慣れてくればなかなかに素直な機体で、レヴィの操縦に応えてくれている。
ギリギリで岩石を避け、抉るようにその隙間をすり抜け、宇宙を飛翔するツバメのように優美な動きで競技路を進んでいく。
五分もすれば前方のディオゲイザー五機に追いついた。
驚いたのは生徒達の方だった。
とっくに置き去りにしてきた筈の民間機が、信じられないスピードで迫ってきているのだ。
いや、スピードそのものは自分達よりも遅い。
しかし無駄な動きが一切無いお陰で、恐ろしく速く見えるのだ。
「嘘だろ、おい」
「マジかよ。あんな操縦、初めて見たぞ」
「すげえ……」
「民間機でアレって事は、軍用機に乗せたらどれだけなんだよ……」
「あの教官、ただ者じゃないってことか」
自信満々で競技路を攻めていた五人の生徒達は、あまりにもレベルが違いすぎる操縦を見せつけられて、悔しいのを通り越してすっかり見惚れてしまった。
シード・セブンがとっくに自分達を追い抜いた事にも気付いていたが、追いつこうとしたところで無駄だった。
あんな飛翔は自分達には出来ないと痛感していたからだ。
衝突回避システムがあるからというだけではない。
これは自分達の命綱でもあるのだ。
システムを切ってこの競技路を同じように攻めろと言われても難しい。
彼らにはそんな訓練をした経験が無いのだ。
若手である彼らは、衝突回避システムが本格採用されてから戦闘機に乗り始めた。
比較的安全な操縦しか許されなかった世代なので、危険な操縦を余儀なくされていたレヴィの世代と同じように扱えという方が無理な話だ。
しかし目の前であれほど圧倒的な操縦を見せられたら、憧れずにはいられない。
あれはまるで伝説の『星暴風《スターウィンド》』のような存在だ。
圧倒的な操縦能力。
恐らく、戦闘能力もかなりのものだろう。
舐めていた自分達の態度を恥ずかしく思う。
彼らは『星暴風《スターウィンド》』レヴィアース・マルグレイトを伝説でしか知らない。
しかし映像記録に残されているその操縦技術、そして戦闘能力は圧倒的だった。
彼こそが目指すべき英雄だと、戦闘機ならば誰もが憧れる。
目の前を通り過ぎていった教官は、その伝説にかなり近いレベルに位置していると、五人は確信していた。
……まさかその伝説様本人だとは思っていないだろうが。
レヴィも過去の自分がそこまで偶像化されてしまっていることを知らないので、そんな憧れには気付かない。
知ってしまったら恥ずかしくて身悶えしてしまうだろうから、知らなくて正解だろう。
競技路Cの記録はレヴィの乗るシード・セブンが九分十六秒。
それから遅れてディオゲイザー一号機が十三分二十一秒で、更に次々とゴールへと辿り着いていた。
「さてと。教官としての実力はこれで示せたと思っていいのかな?」
遅れて到着した者と見学していた者も含めて、十機のディオゲイザーに向かって話しかけるレヴィ。
『ご指導、よろしくお願いいたします。ヒノミヤ教官』
一番最初に突っかかってきた操縦者が、やけに神妙な口調で返事をしてくれた。
どうやら腕の違いを悟って、認識を改めてくれたらしい。
「ならば早速訓練に入ろうか。少し広い場所に移動して、模擬戦をやろう」
こんな競争よりも、実際に戦った方が学ぶことが多い。
言葉で教えられることはあまり多くは無いが、戦闘経験から学び取って貰えることは沢山あると知っているのだ。
『模擬戦ですか? 一対一で?』
「一対一でもいいし、全員でかかってきてもいいぞ」
『え?』
『全員って、十対一ですか?』
『いくら教官でもそれはちょっと……』
気が進まない様子だった。
しかしレヴィは敢えて挑発するような物言いをしてみる。
「大丈夫だ。レーザーは威力を弱めてあるから、当たり判定のみになるし、ミサイルも模擬弾にしてあるからお前達が怪我をする心配は無い。思いっきりぶつかってきてくれて構わないぞ」
『それはそうですが……』
『本当に俺達十人を相手取るつもりですか? 教官の腕は先ほどで理解したつもりですが、戦闘は別ですよ』
「はっはっは。大丈夫だ。ひよこがいくら群がってきたところで、鷹の相手にはならないだろう?」
この言葉が致命的だった。
彼らはエミリオン連合軍の中でもトップエリートの腕利き操縦者である。
挫折を知らず、人の上に立ち、数年後には戦闘機乗り達を率いて軍を仕切る立場にある。
そのトップエリートである自分達をよりにもよって『ひよこ』呼ばわりとはっ!
『その言葉、後悔させてやるっ!』
尊敬モードに入っていた生徒が、再び怒り狂う。
その為に挑発したのだから、そうなってくれるのは計算通りだが、しかし戦闘開始の合図をする前から襲いかかってきたので、少しやり過ぎたかと反省する。
本気で怒らせたかった訳ではない。
こちらを侮った結果、こてんぱんにされた時に「油断していたからだ」と思って欲しくなかっただけだ。
しかしここならば戦闘になってもそれほど不便な場所ではない。
適度に岩石も散らばっており、隠れたり障害物にしたりするものも多い。
ここならば気持ちよく戦えるだろう。
レヴィは戦闘モードに思考を切り替えてから、物騒なひよこ達の相手をすることにした。
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