シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

釈放、そして反撃準備 4

公開日時: 2022年1月8日(土) 18:14
文字数:3,728

「「「「「ウオオオオオオオオオオーーーーーーーッ!!!!」」」」」


 もどかしげにトラックの背後扉を開いて出てきたのは、血走った眼をした男達だった。


 ラリーの手先なのだろうが、どこか様子がおかしい。


 人数はざっと二十人ほど。


 たった六人を襲撃するにしては大掛かりすぎる。


 全員が銃を持っているが、ほとんど飾りとしか考えていないのか、それとも使うだけの理性が残されていないのか、獣のように叫びながらこちらへと向かってくる。


「なっ!?」


「何だあの速度はっ!?」


 護衛二人がぎょっとするのも無理はない。


 彼らの突進スピードは人間の限界を遙かに超えていたからだ。


 慌てて銃を構え直して狙いを付けるが、相手の動きが速すぎて照準を合わせられない。


「ちいっ!!」


 タツミだけがいち早く気付いた。


 これがレヴィから聞いた人体強化麻薬ミアホリックの効果なのだと。


 彼らは全員それを服用している。


 つまり普通の人間と考えて対応していたのでは、こちらが壊滅する。


 手に取った棒を素早く振り回す。


 普通に攻撃したのでは効果が無い。


 恐らくは痛覚もある程度無視出来るようになっているだろうし、半端なダメージを積み重ねたところで、ゾンビのように動き続けるだろう。


 棒の攻撃は正確に敵の関節部分を狙い打った。


 いくら強化していても、痛みを感じなくても、人体の構造上、関節部分を破壊されれば動けなくなる。


 意識はあっても、動けなくなれば無力化は可能なのだ。


 タツミの棒術は圧倒的で、強化された人間が相手でも互角以上に戦えていた。


 その動きを見たレヴィが愉快そうに口笛を吹く。


 強いとは思っていたが、予想以上だ。


 レヴィもマーシャも銃で応戦している。


 敵の動きが普通ではないと悟った時点で、接近戦は控えようと判断したのだ。


 どんな人間でも頭を撃ち抜けば死ぬ。


 それだけは人体強化麻薬を使用したところで、どうにも出来ない筈だ。


 だから二人は頭を狙い撃とうとしたのだが、タツミがそれを止めた。


「殺すなっ! その銃で関節を破壊しろっ! もしくは大量に出血する部分を狙えっ!」


「何故だ? この場合は正当防衛だろう?」


 タツミの制止にマーシャが疑問をぶつける。


 タツミの方は余裕が無いらしく、振り返らないまま言う。


「正当防衛でもこの人数を殺せば逮捕は免れないっ! 八年前の俺がそうだったっ!」


「……そうか。今は警察組織はラリーに牛耳られているんだったな」


「無茶を言っているのは分かっているっ! だが殺さなければ正当防衛ということでマスコミを利用して圧力を掛けられるっ! お嬢がそうしてくれるっ! だから出来るだけ殺さずに無力化しろっ!」


「了解だ。半殺しは?」


 状況を理解したマーシャが冷静に最終確認をする。


「大歓迎だっ!」


「よしっ!」


 そこでようやくマーシャも牙を剥いた。


 そして彼らの狙いも理解した。


 この襲撃はラリーによって計画されたものであり、マーシャ達、あるいはランカ達、もしくはその両方を狙ったものだと思われる。


 全員殺せればそれでよし。


 殺せなくても、こちらに殺人容疑を掛けられればそれでよし。


 更にはミアホリックの人体実験も出来る。


 そこまで見越しての襲撃なのだ。


 ここで彼らを皆殺しにしても、逃げ出せばそれで済む。


 宇宙港を封鎖されたとしても、マーシャ達の突破力とシルバーブラストの戦力があれば強引にこの星から逃げ出す事は可能だ。


 リーゼロックの権力を使えば更に何とかなるかもしれないが、一応はその権力をちらつかせた後にこの襲撃なので、敵に回すことも厭わないという覚悟なのかもしれない。


 そうなると本格的にリーゼロックを巻き込むことになるので、それは避けたかった。


 もちろん、マーシャの為ならばリーゼロックは喜んで動いてくれるだろうが、マーシャとしてはこんなくだらないことに大切な『実家』を巻き込むつもりはなかった。


 そして何よりも、ここで逃げ出すことはマーシャの主義にとことん反するのだ。


 喧嘩を売られて逃げるのは性に合わない。


 マーシャは最大限の集中力を発揮して射撃を行う。


 あそこまで素早く動く相手に正確な射撃は難しいが、急所を外した胴体部分を撃って、僅かに動きが鈍ったところで関節を狙い撃つことなら可能だ。


 頭を撃ってしまえば手っ取り早いのだが、今回はそうもいかない。


「ちいっ! 面倒だなっ!」


 レヴィも忌々しげに吐き捨てているが、出てきたばかりでまた捕まるのは遠慮したいので、マーシャと同じように胴体からの関節狙いの二度手間で対応している。


 亜人であるマーシャは人間よりも遙かに優れた身体能力を持っているし、レヴィもそんな彼女と格闘訓練を続けてきたのだ。


 この劣悪な状況にも何とか対応出来ていた。


 対応出来なかったのは、タツミ以外の護衛二人の方だ。


「うわあっ!」


「このっ! 離せっ!!」


 ミアホリックについての情報はタツミによって知らされていたが、だからといってこの状況に即応出来るかどうかは別問題だ。


 マフィアの一員といっても、普通の人間としての身体能力しか持たないのだ。


 今回は自分達が逮捕されることになっても殺すことは止む無しと考えている二人だったが、敵と自分達では身体能力が違いすぎる。


 あっという間に懐に入り込まれて、手にしていた銃を奪い取られ、それを撃たれた。


「がっ!」


「あああああっ!!」


 その時点でランカは車から出た。


 自分の護衛がやられた以上、身動きの取れない車の中に居るのは逆に危険だ。


 しかしこの状況では外に出ても危険なことに変わりはない。


「お嬢っ!!」


 八人目を倒したタツミが叫ぶ。


 マーシャ達も奮戦しているが、ランカに襲いかかろうとしているのを含めて敵は五人も残っている。


 タツミはマーシャとレヴィの様子を見る。


 すぐに大丈夫だと判断したので、そのままランカのところへ向かおうとする。


 しかし走っても間に合わない距離だと判断して、命綱の武器である棒を投げつけようとしたのだが、しかしそれには及ばなかった。


「愚か者」


 凜とした声と共に、微かな空気を切る音が聞こえた気がした。


 ランカの両手が動き、そこからキラッと光る何かが放たれた。


「「!?」」


 ランカに襲いかかろうとした二人の男が動きを止めた。


 そしてそのまま地面に倒れ込む。


 よく見ると、二人の男には複数の針が刺さっていた。


「ああああああああーーっ!!」


「ひっ……ひぎいいいいいっ!?」


 倒れた男達が悲鳴を上げる。


 身体は動かせないのに、声だけは悲痛に満ちている。


 そんな彼らを、ランカは冷たい視線で見下す。


「動きを封じた上で、痛覚を最大限に刺激する点を突きました。痛みで意識を失うまで苦しみなさい」


「お嬢っ! 大丈夫かっ!?」


 慌てて駆け寄ってきたタツミがランカの状態を確認する。


 何処にも怪我が無いと分かってほっとしたようだ。


「見れば分かるでしょう。邪魔よ。どきなさい」


「うわぁ……」


 心配して駆けつけたのに切ない対応だった。


 しかしランカの表情は真剣だ。


 撃たれた護衛二人の身体を調べて服を脱がせて、慎重に針を刺していく。


「う……」


「ぐぅ……」


 血の気の引いた顔に僅かな赤みが戻る。


 どうやら治療をしているらしい。


「何をしたんだ?」


 治療をしているとは分かっても、どんな治療を施したのかまでは分からず、タツミはランカに問いかける。


「出血を抑えて、気の流れを活性化させているのよ。ぼけっとしていないでさっさと医者を呼びなさい」


「分かったっ!」


 その頃にはマーシャ達も残りの敵を片付けていた。


 タツミほど鮮やかに仕留めることは出来なかったが、それでも何とか無傷で撃退したのは流石だった。


 ランカは怪我人二人の容態が落ちついた事を確認すると、立ち上がってマーシャ達に振り返った。


「ご無事ですか?」


「何とかな」


「とりあえず、怪我は無いぜ」


「それは良かった。治療の心得はありますが、やはり無傷であるのが一番ですから」


 にっこりと微笑むランカは、先ほどまで冷酷に敵を仕留めた少女と同一人物には見えなかった。


 レヴィとマーシャは倒れた敵を興味深そうに見ている。


「凄いな、これ。どうやったんだ?」


「針の投擲、だよな。手裏剣みたいに投げたって事か?」


「ええ。投擲と同じ要領です。といっても、ものが針ですので、風の動きなどに注意が必要ですが」


 穏やかに答えているが、それがとんでもない技倆を必要とする境地だという事はマーシャ達にも理解出来た。


 タツミの戦闘能力だけではなく、このお嬢様もかなり戦えるらしい。


 こんな辺境惑星でここまでの手練れに出会えるとは思わなかった。


「凄いな、お嬢」


 タツミもひたすら感心していた。


 八年ぶりに再会した主人がここまで強くなっているとは思わなかったのだ。


 頼もしいと安心出来る反面、自分が護る必要がなくなってしまうのが少し寂しくなってしまう。


 だからといって、彼女の傍を離れる気は毛頭無いのだが。


「これぐらいは当然よ。八年前の事件は私にとっても苦い記憶なの。あのまま何も出来ないままでいるなんて、耐えられる訳がないでしょう」


「それは俺も同じ気持ちだけどな」


 二人の間には苦い空気が存在している。


 お互いに悔いることが山ほどあるのだ。


 そんな二人を見てマーシャ達は何かを感じたようだが、口を出したりはしなかった。


 踏み込むべきではないと思ったからだ。


 ただ、苦笑し合う二人を見守るだけだった。



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