シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

それぞれの思惑 6

公開日時: 2022年5月12日(木) 22:13
文字数:4,781

 次の日の朝、マーシャ達は再びシルバーブラストで宇宙に出て、迎撃衛星を監視、ハッキングするつもりだった。


 しかしそれはラリーの先手によって封じられることになる。


「お嬢っ! 大変ですっ!」


 朝食の席に駆け込んできたキサラギの構成員は、息を切らしながらランカにその内容を報告した。


「何ですってっ!?」


 それを聞いたランカは、大声を上げて立ち上がる。


 俄には信じられない内容だったからだ。


 それはキサラギの直営企業であるフォートレス社を占拠した、というものだった。


 フォートレス社はリネス有数の製薬会社であり、難病の治療薬の研究や、新薬の開発などを進めている。


 それだけではなく、後発医薬品にも力を入れており、特許期間の切れた医薬品を安く提供する事で顧客のニーズに応えている。


 ランカがキサラギを継いでからは、美容開発部門や健康食品部門などが増設され、その売り上げは飛躍的に伸びている。


 キサラギ一家の重要な資金源であり、リネスにおける影響力の一つでもある。


 故に十分な警備体制を敷いていた場所なのだが、ミアホリックで身体能力を強化したラリーの兵隊に攻め込まれては、ひとたまりもなかったらしい。


 フォートレスの社員達はほぼ全員人質にされており、外部からの救出も難しい状況にある。


 その上でフォートレス社の会長、つまりランカ・キサラギを名指ししてこんなメッセージが届いたという。




『これから二十四時間以内にキサラギ一家を解体しなければ、迎撃衛星による軌道上狙撃を行う』




 つまり、社員諸共皆殺しにするということだった。


 軌道上からの狙撃ならば、威力を調整することも難しい。


 フォートレス社だけではなく、周りの建物や人間も被害に遭う事は確実だ。


 下手をすると千人以上は死ぬ事になる。


 それだけは何としてでも止めなければならなかった。


 そして解体の条件は、キサラギが保有する各企業の全株式をエリオット・ラリーに譲渡すること。


 その際はランカが一人で指定した場所まで来ること。


 つまり、株式を譲渡した時点で殺されるという意味だ。




「………………」


 そこまで聞かされたランカは悔しそうに俯いた。


 そこから逆転する手段が、どうしても思い付かない。


「完全に後手に回ったわね。警戒はしていたつもりなのに、あちらが上手だった事は認めないとね……」


 ふう、と大きなため息を吐いたランカは、力なく笑った。


 覚悟を決めた表情だった。


「ちょっと待て。お嬢、まさか……」


 それに気付いたタツミは急いで止めようとするが、ランカは儚げな笑みと共にそれを拒絶した。


「無理よ、タツミ。私にはフォートレスの社員を護る責任がある。私がエリオットの言う通りにすれば、彼はフォートレスの社員は殺さない。それは断言出来るわ」


「だからってお嬢が犠牲になる必要なんて無いだろうがっ!」


 フォートレスの製薬技術はリネスだけではなく、宇宙有数と言えるほどに高い。


 その技術は社員が持っている。


 だから金の卵を生み出す人材を、必要も無いのにみすみす殺すような真似はしないだろう。


 ランカさえ犠牲になれば、彼らの安全は確実に保証されるのだ。


 しかし安全が保証されたからといって、人権まで保障されるとは限らない。


 それでも成果を求めるのならば、モチベーションを引き上げる為にも、鞭より飴を利用するだろう。


 無念なのは北部の民のことだが、それについてはもう彼ら自身に託すことにした。


 自由を求める誇り高い気性を、彼女は信じることにしたのだ。


 たとえ自分が斃れても、その意志を引き継いでくれる人はきっと現れると。


 自分の護りたかった大切な人たちは、踏みにじられることよりも、戦うことを選んでくれると信じた。


「どのみちこの状況では選択の余地が無いわ。私は彼らを見捨てられない」


「お嬢……」


 ランカの性格をよく知っているタツミは、それ以上何も言えなかった。


 ここで無理矢理引き留めたとしても、自らの信念に反してしまったランカは生きながらに死んでしまうと分かっているからだ。


 どうすればいい?


 どうすればこの状況を変えられる?


 タツミは必死で考えるが、元々頭脳労働が苦手な彼は、このタイミングで都合良く名案を思い付いたりは出来ない。


「そこまで悲観することは無いよ。二十四時間の猶予があるのなら、その間に出来る事をするべきだ」


「え?」


 マーシャが冷静な声で割り込んできたので、ランカがハッとして顔を上げる。


「迎撃衛星で軌道上からの超長距離狙撃。その可能性には思い至っていた筈だ。だからそれに対抗する手段も考えてある。シャンティ、シオン」


「出来るよ、もちろん」


「任せるですですっ!」


 二人の子供は張り切って拳を握った。


 電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスキルを発揮して、迎撃衛星にハッキングをかけると提案したのだ。


「でもこの家にはそれほど高性能な端末は無いのよ。どうするの?」


「船に戻れば僕たち専用の端末がある。それを使えば衛星のハッキングぐらい軽いよ。ね、シオン」


「ですです~。余裕しゃきしゃっきです~」


 それが何でも無いことのように言うので、流石のランカも唖然としてしまった。


 電脳魔術師《サイバーウィズ》という存在がどれほどのスキルを有しているのかは詳しく知らないのだが、それでも一国の迎撃衛星ともなれば、その防壁も生半可ではない事ぐらいは知っている。


 それをここまで軽い調子で突破してみせるというのだから、驚きを通り越して呆れてしまう。


 しかしそれでも不安は消えなかった。


「その気持ちはありがたいけれど、でも貴方達が自分の船に乗り込むのを、彼らは大人しく見過ごしてくれるかしら?」


 マーシャ達がランカの家で世話になっていること、そして仲良くしていることは、既にラリーにも伝わっているだろう。


 この状況になればマーシャがランカに手を貸すであろうことも、きっと予想している。


 マーシャ達が何らかの行動を起こすのなら、妨害してくることは確実だろう。


「まあ、してくれないだろうな。フォートレス社に居る人間を人質に取っているから大人しくしていろ、と脅してくるかもしれない」


「マーシャ」


「でも、私はそれに屈するつもりはないぞ」


「………………」


「フォートレス社の人間を大切にしているのは、ランカであって私じゃない。だから私に人質は無意味なんだ。もしも相手が脅してきたら、私はそう言うよ」


「マーシャ……それは……」


 マーシャはフォートレス社の人間を見捨てるつもりなのだろうか。


 そんなことをさせる訳にはいかないのに……とマーシャを睨むランカ。


 睨みながらも、揺れる黒い瞳は今にも泣き出しそうだった。


 そんなランカを見て、マーシャは宥めるように頭を撫でた。


「心配しなくても、私が何を言ったところで、彼らは人質に手出しは出来ないよ。それは私にとってではなく、ランカにとって有効な人質なんだ。それにやっぱり殺すのは惜しいと考えるだろうしね。技術者や研究者も含まれているんだろう? 人的資産を簡単に殺せるほど、ラリーのトップは単細胞なのかな?」


「……それはそうかもしれないけど」


「彼らが人質を殺すのは、ランカが直接的に拒否行動を起こした時だけだ。私はその範疇に含まれない。だから私が動く。大丈夫、きっと何とかなるから」


「マーシャ……」


 ランカはぎゅっとマーシャに抱きついた。


 マーシャもランカの身体を優しく抱きしめる。


 安心させるように、何度も背中を撫でた。


「今は信じて欲しい。出来る限りのことはするから」


「信じているわ。マーシャの事を、私は信じている。だからお願い。私の大切な人たちを死なせないで」


 自分に出来ない事をマーシャに託して、そしてランカは諦めるのではなく、戦う為に覚悟を決めた。


 抗う術が残されているのなら、限界まで抗ってみせる。


 それがランカの矜持でもある。


 そしてそんなランカを支えるのが、キサラギの構成員達だ。


「任せて下さい、お嬢。迎撃衛星さえ何とかしてくれるのなら、地上の部隊はこっちで潰してみせますよ」


「そうそう。せっかくマーシャさんが特殊弾を用意してくれましたしね」


「バッチリぶち込んで無力化してやりますって!」


 迎撃衛星さえ抑え込んでくれれば、こちらから突入部隊を送り込んで、あちらの兵隊を倒すことが出来る。


 そうすれば人質は無事に解放出来る。


 この二つは同時進行しなければならないので、ランカも覚悟を決めた。


 出来れば自分も突入部隊に参加したいところだが、そんなことをすればエリオットを刺激してしまうだけだ。


 エリオットの提案に従うふりをしつつ、こちらの望む結果を引き寄せるように事を進めなければならない。


「ありがとう。私はここから動けないけれど、貴方達を信頼するわ。お願いね」


 ランカが気丈に笑いかけると、キサラギの漢《おとこ》達は気合い十分に頷いた。


 彼らはこの和装美少女の笑顔を見る為ならば、命だって張ってみせるという、ランカファンクラブのメンバーでもあるのだ。


 本人はそんなものがあるなどとは、全く知らないのだが。


 知ったら解散させようとするかもしれない。


 自分のファンクラブを見て喜ぶような趣味は無い。


 豪華すぎる外見に似合わず、性格は驚くほどに謙虚なのだ。


 彼らが武装を整える間、タツミはメインアームである棒をぎゅっと握ってからランカに告げた。


「お嬢。俺はマーシャ達と一緒に行動する。人質の救出はあいつらに任せる」


「タツミ? 貴方が一緒に行ったところで、出来る事はほとんど無いでしょう?」


 宇宙船に関しては素人であり、一緒に行ったところで役に立つとは思えない。


 それならば地上の遊撃戦力として活躍してもらった方が遙かに効率的だとランカは判断したのだが、タツミの考えは違うらしい。


「マーシャの言った通り、ラリーの奴らがあの船をすんなりと宇宙に出してくれるとは思えないんだ。絶対に地上で、宇宙港あたりで妨害してくる。俺の仕事は彼女たちを無事に船に乗せることだ」


「……確かに、そうかもしれないわね。そう考えるともっと戦力を回した方がいいかしら?」


「いや。他の奴らはフォートレスに回してくれ。マーシャ達も戦えるし、不確定要素であってもメイン戦力ではないあいつらに、そこまで戦力を割いてくるとも思えないからな。俺も出来る限りの事をするよ」


「そう。なら信頼するわ」


「お嬢はあっさりと人を信じるよな」


「いけない?」


「いや。美徳だと思うぜ。でも騙されないように気をつけろよ」


「そうね。誰かさんの不意打ちと同じぐらいに気をつけるわ」


「あ、あれはお嬢が可愛すぎるのが悪い」


 前に不意打ちでキスしてしまった事をまだ根に持っているらしく、タツミは少し焦ってしまう。


 戻ってきた時から普通に接してくれているので、もう水に流してくれたと思っていたのだが、棚上げにしてくれていただけらしい。


「もう二度とあんな不意打ちはさせないわよ」


「ええっ!? もう二度とお嬢にキス出来ないのかっ!? そんな殺生なっ!!」


「……その台詞、後ろを向いてもう一度言ってみなさい」


「へ?」


 くるり、と後ろを振り向くと、怒り心頭ぶっ殺す締め上げるいや切り刻む……とぶつぶつ呟いたり睨み付けたりしている漢達の姿があった。


「げ……」


 流石のタツミも逃げ腰になる。


「てめえ、あれから全く懲りてねえみたいだなあ、タツミ」


「うひゃっ! 待て待て怒るなっ!」


「アホかっ! お嬢に手を出したら俺達が許さねえからなっ!」


「そうだそうだっ! 次にあんな真似をしたら切り刻んでピラニアの餌にしてくれるわっ!」


「そんなんじゃ生温いっ! 野生の虎か獅子の餌にでもしてやればいいんだっ!」


「それは名案だなっ! よし。次にやらかしたら是非ともそうしようぜっ!」


「賛成だっ!」


「その前に俺達でフルボッコだなっ!」


「それは超賛成だっ!」


「覚悟しろやーっ!」


「うぎゃあああああーーーっ!!」


 怒り心頭のランカファン達からの集中攻撃を受けてしまい、タツミはこてんぱんにされてしまうのだった。






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