次の日、あたしは何事も無いみたいにオッドさんの部屋でみんなと一緒に食事をしました。
みんなも食卓に座って、オッドさんの食事を楽しみにしています。
もちろんあたしも楽しみです。
みんなでいつも通りの食事が出来たと思います。
ただ、あたしはいつもみたいにオッドさんにまとわりつくことはしませんでした。
昨日のことがありますし、これ以上は怒らせたくなかったのです。
オッドさんは少しだけあたしを心配してくれているみたいで、あたしの様子を気にしていました。
その気持ちがすごく嬉しかったのですが、いたたまれない気持ちもあってつい避けてしまいます。
今のままじゃ駄目だということは分かりました。
だからこそ、あたしは変わらなければならないのでしょう。
「マーシャ。今日はちょっと博士のところに行ってくるですよ」
「ん? 博士に何か用事なのか?」
「用事ですです。前に相談したことについて、ちょっと真剣に考えてみようと思うですよ」
「……本気か?」
マーシャが心配そうな顔であたしを見つめます。
その内容に気付いているからでしょう。
でも、あたしはもう決めたんです。
「怒らないで欲しいですです。これでも、ちゃんと考えて決めたことですよ」
「……シオン」
「何の話だ?」
訳の分からないレヴィさんが首を傾げます。
それはオッドさんも同じようで、あたしを心配そうに見ています。
心配してくれる気持ちは嬉しいですけど、でも、これ以上を望めないのなら、あたしはやっぱり譲れないです。
「駄目です。あたしとマーシャの内緒話ですです」
「何だよ。俺達は仲間外れか?」
レヴィさんが不満そうに口を尖らせますが、あたしは引き下がりません。
「ただの内緒話ですです。レヴィさんだってマーシャとの間に内緒話ぐらいあるですよね?」
「それはまあ、無いとは言えないなぁ」
その表情がデレデレなところを見ると、割としょうもない内緒話のような気がしますが、敢えて突っ込まないことにしましょう。
正直、あまり知りたくないような気もしますし。
がっかりする、という意味で。
もしくは脱力するという意味かもしれません。
「じゃあ行ってくるですよ~。オッドさん、今日も美味しかったですよ~」
「………………」
あたしはご馳走様をしてから、席から立ち上がりました。
そしてすぐに部屋から出て行きます。
よし、頑張るですよっ!
★
そのまま出て行ったシオンに何か声を掛けようとしたみたいだが、マーシャは何も言えずに困った表情になってしまった。
「まあ、いいか。今日の段階ではまだ相談するだけのようだし」
マーシャは自分に言い聞かせるように頷いた。
その様子を見ただけでもシオンのことが心配になる。
彼女は一体何をしようとしているのだろう。
理由は分からないが、何故か嫌な予感がする。
「シオン、今日はなんだか元気がなかったよね。オッド攻略作戦が失敗したのかな?」
シャンティだけが気楽そうに言う。
やっぱりお前の仕業か。
「というか、余計なことを吹き込むな」
シャンティの所為で酷い目に遭わされた身としては、文句の一言と拳骨の一発でも食らわせなければ気が済まなかった。
割と手加減の無い拳骨を喰らわせておく。
「痛いっ!」
頭を抑えて涙目で睨んでくるシャンティ。
しかし謝るつもりはなかった。
「何するんだよっ!」
「自業自得だ。子供に余計なことを吹き込むんじゃない」
「何? 襲われたの? 押し倒された?」
「………………」
再び拳を構えると、流石にシャンティも大人しくなった。
「マーシャ。シオンは何をしようとしている?」
シャンティへのお仕置きは棚上げして、マーシャに質問をする。
会話の様子からして、マーシャならシオンが何をしようとしているのか知っている筈だ。
「言えない」
しかしマーシャの返事は素っ気ないものだった。
「マーシャ」
「言えないよ。シオンがそれを決意したのなら、私に止める権利は無い。だけど、その原因がオッドにあることは間違いない」
「どういう意味だ?」
マーシャの銀色の瞳はいつもよりも厳しさを増している。
明らかに俺を責めている。
シオンの気持ちに応えられないことを責められても困るのだが、今は甘んじて受けるしかない。
「オッド。シオンに何をした?」
「……何もしていない。されたのは俺の方だ」
襲われ掛けたのは俺の方だ。
もちろん、未遂で済ませているが。
「言い方を変えようか。この先何があっても、どうあっても、あの子を受け入れられない、みたいな事を言ったか?」
「……そこまでは言っていない」
しかしそれと同様の拒絶をしてしまったことは確かだった。
シオンがあまりにも奔放で、俺の都合を考えずに行動することに限界を感じて、拒絶してしまったことは否めない。
厳しい言葉を投げつけてしまったことも自覚している。
怒鳴りつけたのはやりすぎだったのかもしれない、と反省もしている。
しかし後悔しても遅かった。
それに、暴走するシオンに対してはどこかで釘を刺さなければならなかったことも確かだ。
「似たようなことは言ったんだな……」
盛大なため息を吐くマーシャ。
「………………」
気まずくなった俺はマーシャから視線を逸らした。
「ならばシオンの行動にも納得がいく。今のシオンにとっては、オッドへの気持ちが一番大事なものなんだ。もちろんそれ以外を蔑ろにするつもりなんて無いだろう。しかし良くも悪くもあの子はまだ子供なんだぞ。ちょっとしたことで傷ついて、暴走してしまうことは仕方無いだろう。オッドを振り向かせる為なら手段を選ばない、などということを考えても無理はない」
「だから、どういう意味なんだっ!?」
はぐらかすような答えばかりで、俺は我慢出来なくなりマーシャを怒鳴りつける。
まるでわざと俺の不安を煽っているような言い方に我慢出来なかったのだ。
「教えない。今のオッドに教えることなんて何も無い」
「マーシャ!」
状況も忘れてマーシャに掴みかかってしまう。
ここまで冷静さを失うのは、自分でも意外だった。
しかしもう止められない。
しかしそんな俺を見て、マーシャはより一層不快そうに舌打ちした。
「っ!?」
マーシャの方が逆に俺の手を掴んで、そのまま関節を極められた。
「痛っ!」
あっという間の出来事だった。
対人格闘はそれなりに自信のあった俺が、ここまで簡単に抑え込まれるなんて……。
マーシャの身体能力についてはよく知っていたつもりだが、ここまで圧倒的だとは思わなかった。
これでは手も足も出ない。
「うわぁ……。やっぱりオッドが相手でもそれだけの実力差があるんだなぁ……」
レヴィの方は感心したように俺達を見ている。
……出来ればマーシャを止めて欲しい。
しかしあの表情を見る限り、そのつもりはなさそうだ。
「っていうか、僕たち、現状では完全に仲間外れっぽくない?」
シャンティが不思議そうな表情でぼやく。
どうしてこんなに険悪になっているのかが分からないのだろう。
「まあな。でもシオンのことだし、一応、見物ぐらいはしておこうぜ」
「だね。僕も心配だし」
「………………」
シオンのことを心配するのは構わないが、俺のことも少しは心配して欲しい。
「まったく。シオンのことを受け入れられない癖に、そこまで心配するのは残酷じゃないか?」
マーシャはその間にも俺の腕をねじり上げて、床に引き倒して、両手両足を曲げさせる。
「ーーっ!!」
海老反りのような体勢にされた俺は身動き一つ取れなくなった。
「なあ、オッド。あの子の何が駄目なんだ? 子供だというだけの理由でそこまで頑なに拒絶しているのか?」
「………………」
「確かに分別のある大人としては抵抗があるよな。それは分かる。オッドにも好みというものがあるだろうから。だがそこまで拒絶するのなら、どうして今更シオンのことをそこまで気にする? あの子が何をしようと、その結果どうなろうと、放っておけばいいじゃないか。それはシオンの責任であって、オッドの責任じゃない」
両手両足をギリギリと締め上げながら、口調だけは穏やかなのが恐ろしい。
その穏やかさの中にどれだけの怒りが込められているのか、俺にもしっかりと伝わってくる。
しかしここまで本気で怒っているマーシャを見るのも初めてだった。
普段は激しく怒る癖に、本気で腹を立てている時はどこまでも冷静で、どこまでも冷たくなる。
しかしここで怯む訳にもいかない。
折れそうになる心を叱咤して、マーシャに抵抗を試みる。
「原因が俺にあるのなら、俺の責任だろうっ!」
「違う。原因がオッドにあるとしても、決めるのはシオンだ。その結果に責任を負うのもシオンだけなんだ」
「………………」
「今の自分に価値を見出していないのなら、新しい自分になる。確かにそうするしか無いだろうよ。直情的なシオンらしい決断だ。私は反対だが、シオンが本気なら止めるつもりはない。シオンをあのまま苦しめ続ける方が、よほど残酷だからな」
「新しい自分……? どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だ。それ以上教えるつもりは無い。少なくとも、今までオッドを悩ませていたことは少しだけ解決する。それで良しとするべきなんじゃないか? あの子を受け入れられないのなら、あの子がどうなろうと構わないだろう?」
「頼むから分かるように説明してくれっ!」
「断る」
「がっ!」
最後にマーシャは俺の頭を掴んでから、床に叩きつけた。
意識を刈り取る為とはいえ、かなり酷いことをする。
もう少し容赦というものをしてくれてもいいと思うのだが……
俺の意識はそこで途切れた。
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