シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

釈放、そして反撃準備 6

公開日時: 2022年1月18日(火) 07:11
文字数:3,360

「そのアンプル、一つ分けてくれないか?」


「マーシャさん?」


「成分分析をすれば、無効化薬剤を作れるかもしれない」


「え?」


 それは思い付かなかったらしく、マーシャをまじまじと見つめるランカ。


「多分、出来ると思う。でも無効化薬剤が出来たところで、大人しく喰らってくれるとは思わないから、それを弾丸に仕上げれば武器としては有効じゃないかな。名前は……そうだな。アンチミア・バレットとかどうかな?」


「で、出来るんですか?」


「出来る自信はあるよ。船に戻れば設備も整っているし、それに頼もしいブレーンもいるからな」


 頼もしいブレーンとはもちろんヴィクターのことだ。


 変態だが頼もしいことは確かなのだ。


 シルバーブラストの通信を介して、船の設備を利用した解析を頼めば、きっと望み通りのものを作ってくれる筈だ。


 ヴィクターは基本的にマーシャの頼みを断らない。


 彼女の頼みを断ると、研究予算を削られることが分かっているからだ。


 マーシャはヴィクターを利用しているが、彼も同じようにマーシャを利用しているのだから、お互いの頼み事は基本的に断らないという暗黙の了解が存在する。


 あの変態……もとい天才ならば、すぐに無効化薬剤も作ってくれるだろうし、弾丸加工もしてくれるだろう。


「密輸の流れを止められないのなら、最初から止めなければいい。無効化された武器に意味は無いんだから、そっちに力を入れるべきだと思う」


「そうですね。ではお願い出来ますか?」


 ランカはアンプルを一つマーシャに渡した。


 二つとも渡してしまっても構わなかったのだが、しかし自分達も出来るだけの事をしようと思ったので、これは持っておくことにした。


 これは自分達の戦いなのだから、部外者に頼りきりではいけないと自らを戒める。


 あの強化された動きに耐えられる戦力は限られている。


 キサラギの中ではランカとタツミ、そして僅か数名の手練れのみだろう。


 武芸に特化した人間は、キサラギの中にそれほど多く居る訳ではない。


 もちろん荒事には慣れているが、達人と呼べるほどのレベルに達しているのはごく僅かだ。


 ランカもタツミもその一人ではあるが、ミアホリックを利用した兵隊が攻めてくるのだとすれば、圧倒的に戦力が足りない。


 何とかしなければならなかった。


「分析と無効化武器の製作費用はこちらで負担します。ですからお願いします」


「了解だ。任せておけ。今回の件では私もかなり頭にきているからな。徹底的に潰してやる」


 費用は要らないと言っても良かったのだが、その方がランカに気兼ねさせなくて済むと思ったので、そのままにしておいた。


 資金援助が必要ならばいつでも応じるつもりだが、今はそれほど切羽詰まってはいないらしい。


「ありがとうございます」


 横からぺこりと頭を下げるランカ。


 その仕草も洗練されていて、マーシャはほうっと息を吐いた。


 美しいものを見ると心が和むのだ。


「そう言えば……」


 そしてランカがふと思い出したようにマーシャを見た。


「?」


 自分達の戦力評価と相手の脅威評価を終えて、それに正面から対抗していたマーシャとレヴィの事を思い出したのだ。


 特に、マーシャの動きは人間の限界を遙かに超えているように見えた。


 レヴィはまだ常識の範囲内だ。


 あれは最適化された肉体運用の結果だとランカは理解している。


 自分もタツミもそういう訓練を積んできたからこそ、同じものには敏感なのだ。


 しかしマーシャは違う。


 彼女の動きは最適化されたものでも、強化されたものでもない。


 もっと別の何かだった。


 まるで存在そのものが別次元であるかのような印象を受けたのだ。


 そのことを質問すると、マーシャは肩を竦めて苦笑した。


 どうしたものかと考えたのだ。


 しかし悩んだのは数秒だけで、すぐにカツラと腰巻きを取ってもふもふを露わにした。


「あっ!」


 それを見てびっくりするランカ。


「まあ、こういう事なんだ」


 隠したままでも良かったのだが、せっかく友達になりたいと言ってくれたランカに対して、それは不誠実だと思ったのだ。


「亜人、ですか?」


「うん。だから人間よりも遙かに高い身体能力を持っているんだ」


 亜人のことはランカも知っていたらしく、まじまじとマーシャを見つめている。


 その瞳には戸惑いと、そして好奇心があった。


 それがその後、好意と差別のどちらに傾くのか、マーシャは試すつもりだった。


 これで離れていくのなら、最初から友達にはなれないと割り切っている。


 しかしランカは予想外の行動に出た。


「可愛いっ!」


 いきなりそう叫んで、マーシャに抱きついたのだ。


「わあっ!?」


 いきなり抱きつかれて、素っ頓狂な声を上げるマーシャ。


「可愛い可愛い可愛いですっ! どうせならあんな駄犬じゃなくてこんな可愛い子に傍に居て欲しかったぐらいっ!」


「なっ!? お嬢それは酷いぞっ!!」


 傍にいた駄犬、もといタツミが大いに傷ついたようで、涙目になっている。


 そしてレヴィは自分のもふもふを他人に触られて少しだけ複雑だった。


 相手が美少女なので怒る訳にもいかず、「あれは俺のもふもふなのに……」と悔しそうに呟くだけだった。


「耳触ってもいいですか? いいですよね?」


「い、いいけど……」


 ワクワクしながら問いかけてくるランカにやや引き気味のマーシャ。


 そして耳に触れられると、くすぐったそうに身を捩った。


「う~……」


「ふわふわですね~。本当にうちに来ませんか? 三食昼寝付きで大歓迎しますよ~」


「遠慮しておく……」


「尻尾もふわふわですね~」


「う~……」


 ランカはすっかりマーシャのもふもふが気に入ったようだ。


「お手とか言ってみてもいいですか?」


「良くないっ!」


「お嬢お嬢。お手もお代わりもちん●んも俺がしてやるからさ~。俺にも構ってくれよ~」


「お黙りなさい、駄犬」


「ぐはっ!」


 冷たい声でバッサリと切り捨てられる駄犬タツミ。


 出所したばかりだというのに哀れすぎる姿だった。


 犬扱いされかけたマーシャが少しだけむくれる。


「第一、私は犬じゃなくて狼ベースの亜人なんだから、お手もお代わりもしないからなっ!」


「狼ですか。なるほど、可愛らしい狼ですね」


「……ランカみたいな美少女に言われると複雑だな」


 マーシャもずば抜けた美人ではあるのだが、しかしランカの美少女っぷりと較べるとやや格が落ちる。


 それは顔の造形の問題ではなく、纏う雰囲気、そして洗練された仕草が一体となっているからこその完成美であるからだ。


 つまりランカには美を完成させる為の気品が備わっている。


 野性的なマーシャにはそれが備わっていないし、備えようとも思わない。


 そしてマーシャはありのままの姿が一番魅力的なのだ。


「他に亜人の知り合いの方は居ませんか? 居たら我が家にスカウトして大歓迎するのですが」


「ロッティに来ればかなりの亜人がいるぞ。積極的に保護しているからな」


「じゃあロッティから連れてきて下さいっ!」


「それは無理だ。彼らにも生活があるんだから。どうしてもと言うのなら、ランカが直接出向いて説得するしかないだろうな」


「う~。ロッティまではかなり遠いですし……困りました……」


 フラクティール・ドライブが実用化されれば一日で到着するのだが、現在では遠すぎる道のりだった。


 しかしランカは諦めるつもりもないようで、ぐっと拳を握りしめる。


「ではロッティに居る亜人の方々にリネスへの移住希望者がいないか聞いてみてください。希望者がいたら全力で支援しますから」


「……その場合の移住先は?」


「もちろん我が家に決まっているじゃないですか♪」


「……ペット扱いは遠慮したいんじゃないかな」


「駄目ですか?」


「駄目だと思う」


 本気でペット扱いする気満々のようだ。


 マーシャだってそんなのはお断りだ。


 もちろん人権を無視するつもりはないのだろうが、それでも毎日もふられることが義務化されるのは勘弁して欲しい。


「探せば亜人もちらほら存在するし、その内縁があるかもしれないぞ」


「そうですね。じゃあ定住の決まっていない亜人がいたら是非とも紹介してくださいな」


「……考えておく」


 ペット扱いを前提で来てくれる亜人がいるとは思えないが、一応は頷いておくマーシャだった。


 もしかしたら、自分の代わりに生け贄になってもらうかもしれないし……などと物騒なことも考えている。


 生け贄と言っても、もふられる程度なので、衣食住が全て保証されるのなら悪い話ではないだろう。



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