シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

多分幸せ?

公開日時: 2021年11月17日(水) 05:13
文字数:5,412

 俺達は一通り休んでから、マーシャ達が待つ家へと戻った。


 みんなを俺の部屋に集めて、食事の準備前にシオンが大々的に俺達が付き合うようになったと発表した。


 俺と腕を組んで、べったりとくっついたまま、得意気に語る。


「と、いう訳で、あたしとオッドさんはめでたくラブラブになったのですです~♪」


「……まあ、そういうことだ」


 大はしゃぎのシオンとは対照的に、俺の方はやや気まずい。


 周りに迷惑を掛けてしまった気まずさや、やはり年齢差のこともあったり、ロリコン扱いされるかもしれないという気恥ずかしさだったり、色々と複雑なものがあるのだ。


「おー、ぱちぱちぱち」


「ついにくっついたか~」


 マーシャが拍手をして、レヴィがやれやれと肩を竦める。


「おめでと~」


 シャンティはそれを無邪気に喜んだ。


 友達が幸せそうにしているのが嬉しいらしい。


 新しいカップルの誕生に、俺達はおめでたい空気に包まれていた。


「えへへ~。ここまで来るのにかなり苦労させられたですよ~」


 シオンが妙な達成感と共にそんな事を言う。


「確かに。ガンガン攻めていたしな」


 マーシャがからかうように言う。


「当てて砕けの勢いですです~」


「……それを言うなら当たって砕けろではないのか?」


 妙な言い回しのシオンに問いかける。


 不思議な物言いだった。


 しかしシオンは得意気に胸を張る。


 張ってもボリュームは少ないのだが、それを言えば怒られそうなので口を噤む。


「あたしは砕けたくないですし~」


「……俺は砕けてもいいのか?」


 その物言いだと、俺を砕く気満々ということになるのだが……


「頑固なオッドさんのこだわりごと砕くつもりだったですよ~」


「………………」


 そう言われてしまえば返す言葉もない。


「まあこれから思う存分いちゃつけばいいじゃないか。オッドも覚悟を決めてラブラブしてくれるだろうさ」


 レヴィがシオンの頭を撫でながら励ます。


 しかしシオンは少しだけむくれている。


「それが肝心の覚悟はまだ決めてくれていないみたいです~」


「なんだと。そりゃひでえな。応えた以上は責任を取ってやれよ、オッド」


「そうだぞ。男ならきっちりと最後まで責任を取るべきだ」


「………………」


 レヴィとマーシャの息の合ったツッコミにげんなりとしてしまう。


 他人事だと思って好き勝手言ってくれる。


「そうは言いますけどね。レヴィなら七年前のマーシャに手を出そうという気になりますか?」


「七年前?」


 出会ったばかりの十二歳ぐらいの外見だったマーシャを思い出す。


 あの時は危うくレヴィが殺されるところだった。


 幼い姿なのに、かなり危険な少女だったのだ。


 そしてレヴィはそんなマーシャの姿をまじまじと思い出しているようだ。


「レヴィ?」


 真面目に考え込んでしまったレヴィを見て、マーシャが首を傾げている。


 どう反応するのかが気になっているらしい。


 尻尾がそわそわしているのが分かる。


 俺としては、手を出すと言われても、出せないと言われても複雑なのだが。


 しかし、レヴィの反応は俺達の予想を遙かに上回っていた。


 もちろん、悪い意味で。


「ちびもふ……」


「………………」


「………………」


 じゅるり、と舌なめずりをしたレヴィを見てドン引きする俺達。


 結局はもふもふなのか……と脱力してしまうマーシャ。


 そして俺の方ももふもふならロリでも構わないのかと呆れ果ててしまう。


「アニキ……そこまでいくと完全に変態さんだと思うよ……」


 シャンティだけは果敢にツッコミを入れていた。


「失礼な。俺は自分の欲求に正直なだけだ」


 憤然と言い返すレヴィだが、墓穴を掘る結果にしかなっていない。


「うん。もう完全に手遅れだね」


 処置無し、とシャンティも判断したらしい。


「まあ変態のレヴィさんは置いておくにしても、こっちはもう少し待つつもりですです。いざとなったら寝込みを襲うつもりですし」


「おお。意外と過激だな。っていうか変態言うな。なんかヴィクターと同列に扱われている気がして嫌すぎるぜ」


「方向性が違うだけで、変態度は博士と大差が無いような気がするぞ」


「やめろーっ! あんなモノと一緒にするなあーっ!」


 反論するレヴィと呆れるマーシャ。


 流石のレヴィもアレと一緒にされるのだけは耐え難いらしい。


 レヴィは本気で頭を抱えて呻いていた。


「なんだかなぁ。僕だけあぶれちゃった感じ?」


 そして俺達の中で二組ものカップルが成立してしまったので、シャンティだけが寂しい独り身になってしまっている。


 子供だということを差し置いても、少々複雑な状況だ。


 いちゃいちゃする二組のカップルを前にして、素直に祝福だけ出来るほど、シャンティも人間が出来ている訳ではないのだろう。


「あ、シャンティくんのこと気になっている人がいたですよ」


 シオンが思い出したように言うと、シャンティがぱっと表情を輝かせる。


「え? マジで? どんな子? 可愛い!?」


 恋愛経験ゼロのシャンティだが、恋愛ごとに無関心な訳ではないらしい。


 興味津々でシオンに訊いている。


「この前一緒に出かけたジャンクパーツ屋のお姉さんですです。シャンティくんのことを可愛いって言ってました。お姉さんが手取り●●取り教えてあげたいって鼻息荒く言っていましたよ」


「………………」


「シャンティくんさえ良ければセッティングに協力するですよ?」


「うーん……。美人のお姉さんは大歓迎だけど、●●取りはまだ僕には早い気がするんだけどなぁ。でも美人だったよね、あのお姉さん……」


 僅かに悩むシャンティ。


 美人なお姉さんに弱いのは、少年にとって当然の心理……いや、真理なのかもしれない。


 そこにレヴィが冷静なツッコミを入れる。


「やめておけ。年上の女は怖いぞ。弄ばれて搾り取られて乗り換えられるのが落ちだぞ」


 独断と偏見に満ちた意見だが、やたら実感がこもっているので、経験に基づいたものなのかもしれない。


 レヴィもあれで結構遊んでいたので、そういう意味では経験豊富なのだ。


「弄ばれて搾り取られるって……年上怖いなぁ……」


 シャンティが想像だけで身震いする。


 搾り取られるというのは、もちろん金銭ではない。


「まるで弄ばれて絞り取られて乗り換えられた経験があるみたいな言い方だな」


 そしてマーシャがジト目でレヴィを見る。


「んー。まあ軍に入る前は結構無茶な遊びもしていたからなぁ。飲み屋街のお姉さん達に気に入られてさ」


「ふーん……」


 マーシャの銀色の瞳が更に潜められる。


 過去のことなので浮気には勘定されないようだが、聞いていて面白い話でもないのだろう。


 次の格闘訓練ではいつも以上に痛めつけてやろう……などと物騒なことを呟いているのが恐ろしい。


 きっとレヴィは近い内に酷い目に遭うだろうが、庇う気にもなれないので、少しは懲りて貰おう。


 そしてレヴィはそんなマーシャの心境を知っていて、その反応を楽しんでいるのだからなかなか性格が悪い。


 好きな子を虐めたいという心境なのかもしれないが。


 後から自分が酷い目に遭わされることについては、敢えて考えないようにしているのかもしれない。


「まあ、僕の方は焦らずゆっくり見つけることにするよ。僕にもいつか運命の女の子が現れちゃったりするかもしれないしね」


「ですです。シャンティくんは可愛いですし、その気になればきっとモテモテですですっ!」


「シオン……。それ、男に対する褒め言葉じゃないから」


「えー。しっかり褒めてるですよ~」


「僕は可愛くなりたいんじゃなくて、格好良くなりたいのっ!」


「……後五年ぐらいしたら格好良く見えるかもですけど、今は普通に可愛いだけですね」


「……率直な意見をありがとう」


 疑わしげに見るシオンと、複雑に呻くシャンティという、仲のいい姿がそこにはあった。




 そんな会話の後はいつも通りの食事だった。


 もちろん作るのは俺だった。


 俺達のカップル成立祝いということで、ご馳走をリクエストされている。


「………………」


 一応は俺達のお祝いである筈なのに、俺だけが料理を作らされていることに対しては、深く考えない方がいいような気がした。


 どうせいつものことだ、と割り切るのが正解なのかもしれない。


「手伝うですよ~。オッドさん」


 それでもシオンが食器を運んだり、盛り付けを手伝ったりしてくれたのは嬉しかったし、少しだけ助かってもいる。


 二人で共同作業というのもなかなかに楽しい。


 マーシャに料理を教えていた時とはまた違った楽しさがある。


 相手がシオンだからなのかもしれない。


 一生懸命手伝ってくれようとする姿は、何だか見ていて嬉しくなるのだ。


「これも持って行ってくれ」


「はいです~」


 シオンは楽しそうに動いてくれている。


 俺もかなり手際よく料理を仕上げているので、テーブルの上にはあっという間にご馳走が並んだ。


 やがて全ての準備が終わると、全員がテーブルについた。


 レヴィがグラスを掲げて音頭を取る。


「それではロリコンカップル成立を祝ってっ!」


「………………」


 そんな音頭は必要無い。


 俺はレヴィを可能な限り冷たい視線で睨み付ける。


「うっ……」


 突き刺さるような視線を意識したので、流石のレヴィも怯んだようだ。


「…………ええと、新たなるカップル成立を祝ってっ!」


 俺の冷たさに怯んだレヴィが怯えたように言い直す。


 シオンを受け入れても、ロリコン呼ばわりを受け入れるつもりはない。


 言われても仕方が無いことは理解しているが、それでも受け入れるつもりは無い。


「かんぱーい!」


「いえ~い」


「ですです~♪」


「………………」


「飲むぞーっ!」


 かちん、とグラスを合わせて飲み始める。


 後は飲んで騒いでのお祭り状態だった。


「あー、何はともあれ、一件落着で何よりだな~」


 マーシャがご機嫌に尻尾を揺らしながら飲んでいる。


 よほどシオンの事が心配だったらしい。


 レヴィがそんなマーシャの尻尾をもふもふしながらご機嫌に頷いていた。


「だな。終わり良ければ全て良しだが、過程で結構振り回された感じがするし」


「飲む時ぐらいはもふもふをやめろ」


「無理♪」


「………………」


 ライフワークどころか中毒《ジャンキー》になっているのではないだろうか、とマーシャが嫌そうな顔をする。


「マーシャ。祝いにいっぱいもふらせて欲しいですです~♪」


 レヴィだけではなくシオンまでマーシャの尻尾にすり寄っていった。


 レヴィの手から尻尾を奪い取って頬ずりをしている。


「……どいつもこいつも」


 はあ……と盛大なため息を吐くマーシャだが、お祝いと言われては逆らえないらしく、好きにさせておく。


 こういう部分は甘いのだな、と和んでしまう。


「俺のもふもふが……」


 そして奪われたもふもふを名残惜しそうに見ているレヴィ。


「子供と張り合うな」


「うぅ……」


 いい歳をした大人が、奪われたもふもふを本気で恋しがっている。


 この姿を見ただけでは、彼がかつての『星暴風《スターウィンド》』だとは誰も思わないだろう。


 あまりにも落差が激しすぎる。


 しかし落ち込むレヴィを見ていると少しばかり申し訳ない気持ちになってしまうのか、マーシャは仕方なさそうに呟いた。


「耳なら好きに触っていい」


 他の相手ならあり得ない譲歩だろう。


 そしてレヴィの表情がぱっと輝く。


「よしきたっ!」


 レヴィは大喜びでマーシャの頭を抱き寄せてから耳を触っている。


 尻尾に較べたらもふもふが足りないが、それでも感情に応じてぴくぴく震えたり、ぺたりと垂れたりするマーシャの耳はレヴィの大好物らしい。


 撫でてやるとぷるぷる動いているのを見て、実に幸せそうな顔になっている。


 尻尾をシオンに頬ずりされ、レヴィに抱き寄せられたまま耳をなでなでされ、マーシャはされたい放題の状態だった。


 しかしレヴィに抱きしめられているので、気分はそれなりにいいらしく、マーシャは体勢を変えて、そのままレヴィの膝に頭を載せた。


 そうしていると獣が甘えているようで、少しだけ微笑ましい。


「………………」


 その様子を見ると、少しだけ笑ってしまう。


 いつもなら呆れてしまうのだが、今だけはこんな光景をずっと見ていたいと思ってしまうのだ。


「なんかさー、楽しいよねぇ」


 シャンティがオッドの気持ちを代弁するようなタイミングで呟いた。


「アニキがいて、アネゴがいて、シオンがいて、オッドが居て、僕がいて……。馬鹿騒ぎしながらご馳走食べて、みんなはしゃいでさ。こういうのって、楽しいよねぇ」


「そうだな。楽しいな」


 俺も同意した。


 今までは無意識の内に気持ちをセーブしていたから気付けなかったが、こういう時間はとても楽しいと、素直に思える。


 余計なことを考えずに、ただ楽しいと感じることが出来る。


 それに気付くことが出来たのは、シオンのお陰だろう。


 シオンと一緒に居ると、自分の中に在る遠い日の後悔や、今まで感じていたどうしようもない寂しさや、幸せになる権利など無いという思い込みが、少しずつ薄れていくのだ。


 今は自分から幸せになりたいと思えるようになった。


 自分から望むようになったからこそ、この楽しさにも気付けたのだ。


 本当はもう、ずっと前から傍に在った筈のものだった。


 だが、遅すぎるなんてことは無いのだろう。


 気付けたその瞬間から、これからもそうありたいと望むことが出来るのだから。


「ずっとこんな時間が続けばいいな」


「そうだね~。ずっと続いて欲しいよね」


 俺の呟きにシャンティも同意してくれた。


 楽しい時間は穏やかに過ぎていく。


 永遠に続くなんて思っていない。


 それでも、少しでも長く、一秒でも長く、こんな時間が続けばいい。


 きっとこの場に居る全員が、同じ事を願っているだろうと、今は確信出来るのだった。



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