シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

Rewrite Edition 3

産業コロニー『クレイドル』

公開日時: 2021年6月15日(火) 06:50
文字数:3,288

「なあ、ここって惑星じゃなくて、コロニーなんだよな?」


 レヴィアースは空を見上げながら隣に居るマーシャに問いかける。


 温かな陽射し。


 そして美しい晴天。


 所々に雲まである。


 辺りは美しい緑が植えられている。


 ここが居住可能惑星ではなく、宇宙空間に作られた人工的な産業コロニーだと言われても、にわかには信じられなかった。


 隣を歩くマーシャはにこにこしながら頷く。


「まあ、気持ちは分かる。コロニーに初めて来る人間の反応は大体そんな感じだから」


 マーシャの方は慣れているらしく、この景色に対して特に驚くことはないらしい。


「やっぱり他の人間も驚くのか?」


「今頃はオッド達も驚いているんじゃないかな」


「というか、いいのかな。またオッド達を置き去りにして」


「自由行動でいいって伝えてあるから、いいんじゃないか? 私はレヴィとデートしたかったし」


「むぅ……」


 そう言われるとレヴィとしても悪い気はしない。


 オッドの方にはシャンティとシオンの子守だけ押しつけてしまった形になっているが、その内何らかの形で報いればいいだろう。


 なんだかんだで、面倒見のいいオッドは子守もそこまで嫌がってはいないようだし。


「まあ、そうだな」


「うん。そうだぞ♪」


 ぎゅっと腕にしがみつくマーシャ。


 胸の感触が素晴らしい。


 こうやって堂々といちゃついてくれるようになったのも最近のことなので、レヴィもかなり嬉しい。


 今まではやはり遠慮していたのだろう。


 素直に甘えてくるマーシャは可愛くて、ところ構わずもふもふしたくなる。


 流石に外では自粛しているが。


 それに今のマーシャは腰巻きとカツラを着用中なので、可愛らしいもふもふは露わにしていない。


 それがとても残念だった。


「空気の匂いが違ったり、風の流れが不自然だったり、分かる人には分かると思うんだけどな」


「待て。そんな微妙な違い、普通の人間には分からないぞ」


「そういうものかな?」


「間違いなく」


 亜人の鋭敏な感覚を通常の人間と共有出来ると思ったら大間違いだ。


「今回は部品を仕入れたらすぐ出て行くんだっけ?」


「うん。そのつもりだけど。もうちょっと長居するかもしれない」


「なんで? 早くロッティに戻りたいんじゃないのか?」


「そりゃあもちろん、一度は戻りたいと思っているけど。でも急いでいる訳じゃない。こうやっていろんなところを旅するのも面白いしな」


「そういうものか?」


「そういうものだ。レヴィは違うのか?」


「俺もまあ、今が楽しいことは否定しないけどな。まだ心が現実に追いついていない感じだ」


 楽しむよりも戸惑いの方が大きい。


 マーシャと一緒に居ることの戸惑いではなく、仕事もせずに気ままに宇宙を旅している『ヒモ』みたいな現状に心が追いついていないのだ。


 ヒモ男万歳と思えるほど、レヴィの神経は太くない。


 だからといって仕事こそ我が命、などと言えるような仕事中毒《ワーカホリック》でもないのだが。


 要するに、適度に仕事をしていて、適度な収入を得て、そこそこの生活をしている状態が一番落ちつくのだ。


 つまり、心の底から庶民気質なのだ。


 そんな庶民気質を自覚して、レヴィは内心でため息をつく。


 兆単位の金額をぽんと出すような彼女がいるのに、庶民気質のままだというのは不味いと思う。


 感覚のズレは、感情のズレに繋がりやすい。


 些細なことで喧嘩になったりしたらかなり気まずい。


 だからといって己の価値観は簡単には変えられない。


 だからこそ、のんびりと順応していくつもりだ。


 無理をしてもロクなことにはならないのだから、レヴィなりのペースで慣れていくべきだろう。


「そんなに落ち着かないなら、ロッティに付いたら仕事は山ほどあると思うぞ」


「え?」


「ロッティに戻ったらPMCの連中が黙っていないと思うし。ハロルドとか、イーグルとか」


「うわあああああ……」


 七年前の悪夢を思い出して頭を抱えるレヴィ。


 当時はまだ小さかったマーシャとトリスを保護して、ロッティに連れて行った時、縁を結んだリーゼロック系列のPMCの隊員達から、徹底的に模擬戦を申し込まれたのだ。


 何せ伝説の戦闘機操縦者である。


 そして彼ら自身も腕に覚えのある操縦者だ。


 一度は手合わせしてみたいと考えるのも当然の流れだろう。


 結果として、レヴィは一日で五十人近くと対戦させられることになったのだ。


 五十回も戦えば流石に身体が保たないので、一対五ぐらいで十回戦うことになったのだが、その全てに勝利した。


 当然、簡単には勝利出来なかった。


 リーゼロックPMCの戦闘機操縦者の技倆は、エミリオン連合軍のベテラン勢と較べても遜色が無いほどに卓越したものだったので、レヴィもかなり苦戦させられたのだ。


 しかし一対多数の戦いはレヴィが最も得意とするものでもある。


 得意技であるバスターブレードの射線を見切り、一瞬で多数を撃破する。


 そういう戦い方が本能にまで染みついているレヴィは、その全てを撃墜した。


 そして悔しがったPMCの人間が更に再戦を申し込もうとしたところで、レヴィは逃げ出したのだ。


「冗談じゃねえ。あんなバトルジャンキー共と付き合えるか」


 今思い出しても身震いするような経験である。


 そんな仕事をするぐらいなら、こうやってヒモ同然の生活に甘んじていた方がずっといい。


 これならばマーシャと存分にいちゃつけるし、レヴィとしても文句無しの素敵な状況なのだ。


「でもロッティに戻ったらあいつら、乗り込んでくると思うな」


「逃げていいかな……」


「逃げられるなら逃げてもいいけど、追いかけてくるんじゃないか?」


「何が悲しゅーて男に追いかけられなきゃならんのだ……」


「モテモテだな」


「嬉しくない」


「男に熱烈に追いかけられる男か。考えてみたら凄い構図だな」


「やめろ。おぞましい想像をさせるな」


「じゃあ男の集団に熱烈に追いかけられる男?」


「より酷くなってるじゃねえかっ!」


 酷すぎる図になっている。


 しかも言葉にされてしまっているので、リアルに想像出来てしまうのが嫌すぎる。


「あはは。まあ、私もレヴィが戦うところは久しぶりに見たいから、ちょっとは付き合ってくれると嬉しいかな」


「む……」


 マーシャにおねだりされると弱いレヴィだった。


 PMCの連中と戦って、華麗に勝ち抜けば、まだ惚れ直してくれるかもしれない。


 以前は同じ機体で戦っていたが、今回はスターウィンドが使える。


 あれが使えるのなら、前回よりもかなり余裕を持って勝てるだろう。


 彼らもそれなりに腕を上げているし、レヴィにもブランクはあるが、スターウィンドがあるのなら、誰が相手でも負ける気はしない。


「マーシャがその後たっぷりもふもふさせてくれるなら、考えてもいいかな」


「やっぱりそっちなのか」


「駄目か?」


 金色の瞳が期待に満ちている。


 子供みたいな眼差しだなと苦笑するマーシャ。


 自分よりもずっと年上なのに、呆れるぐらいに子供っぽくて、無邪気な一面を残している。


 そこが好きだと思ってしまうのだから、自分もかなりレヴィに参っているのだろう。


「完全勝利なら考える」


「よし。頑張る」


 やる気を出すレヴィ。


 単純だが、面白い。


 その根底にあるのがマーシャへの愛情だと分かっているので、嬉しくなってしまう。


 腰巻きで隠している尻尾が忙しなく揺れているが、今の状態は見せられない。


「じゃあさっそく用事を済ませようか」


「ああ。オッド達にも何かを頼んでいたな?」


「うん。詳しいデータはシオンに持たせてあるから、後は直接購入するだけだ」


「オッドじゃなくて?」


「シオンが仕事をしたいと言ってきたからな。任せてやらないと」


「子供のお使いを見守る母親みたいな感じだな」


「どちらかというと妹のお使いを見守る姉かな。母親って歳でもないし」


「それもそうか。やっぱりシオンは妹みたいな感じなのか?」


「そうだなぁ。妹みたいだし、歳の離れた友達みたいな感じでもある。まあ家族ということでいいんじゃないか?」


「なるほど」


 大雑把にまとめてしまえばそういうことになるらしい。


 妹だとしても、友人だとしても、家族だとしても、マーシャがシオンをとても大切にしていることが分かるので、そのままでいいのだろう。


 レヴィとマーシャは腕を組んだまま、目的地へと向かうのだった。




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