シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

久しぶりの里帰り 4

公開日時: 2021年7月25日(日) 06:51
文字数:5,511

「マーシャ」


 シデンとの話が終わると、今度はちびトリスがくっついてきた。


 どうやら話が終わるのを待っていたらしい。


「どうした? ちびトリス」


 マーシャはちびトリスにはかなり甘いので、笑顔で抱っこをしてやる。


 抱き上げられたちびトリスは嬉しそうに尻尾をぶんぶん揺らしている。


 マーシャの尻尾もぶんぶん揺れているので、お互いにかなり仲がいい証拠だ。


「俺、どうしてもここに通わないと駄目かな」


「なんだ。嫌なのか?」


「他の子供達にどう接したらいいのか分からないし」


「それを含めて学ぶのも大事だぞ。ちびトリスはこれから一般社会で生きていく術を身につける必要があるんだからな。その為には普通の子供達とのコミュニケーションに慣れていかないと」


「う~」


「それともお爺さまの屋敷から一歩も出られない引きこもり生活がお望みか?」


「そ、それはちょっと……」


 そんなニートじみた大人にはなりたくない。


「そうだろう? だったらここで頑張らないとな。同じ亜人もいることだし、他の場所よりはずっと学びやすいと思うんだけど」


「う~。でも、あいつが……」


「トリスか」


「うん。あいつがいるから……」


「そんなに嫌いか?」


「そうじゃないけど……」


「出来れば、トリスとも歩み寄って欲しいな。ちびトリスが自分を偽物だって思う必要は無いんだ。たまたま同じ細胞から創られただけで、兄弟みたいなものなんだから。実際、トリスの小さい頃と、今のちびトリスはかなり違うし」


「そうなの?」


「ああ。昔のトリスはこんな風に私に甘えたりはしなかったしな。ちゃんと違う人生を生きている、別人なんだよ。だから安心していい」


「……うん」


 ちびトリスはまだ納得していないようだが、マーシャの言うことなので素直に聞き入れることにした。


「ずっとマーシャと一緒にいられたらいいのに……」


「うわ。可愛いこと言ってくれるな~♪」


 すりすりとトリスに頬ずりするマーシャ。


 あのトリスと同じ顔でここまで甘えてくれるというのが、なんとも萌える感じになっているらしい。


 ここにいるのがレヴィだったら萌えすぎて可愛さ爆発暴走をしているかもしれない。


「大丈夫だよ、ちびトリス。ここにいたら、きっと新しいことが見つかるから。ここでいろんなことを学んで、そしてやりたいことを探してみるのも楽しいと思うぞ」


「やりたいこと……」


「そう。もちろん、それだけじゃない。同じ子供達と遊んだりするのも大事だぞ。ここに居るのはちびトリスとそれほど変わらない子供達だからな。きっと楽しいぞ」


「うん」


「じゃああのドッヂボールに混ざっておいで」


「あれに?」


「そう。ルールは分かるか?」


「よく分かんない」


「そうか。まあ細かいルールは色々あるけど、シンプルなのは、ボールを敵陣営の奴に当てればオッケー。そして敵陣営が投げ返してくるボールは避けるかキャッチするかすればオッケーだ。そしてそのボールを敵に投げ返す。それだけでいい」


「なるほど。本気で投げていいのかな?」


「あ……」


 忘れていた。


 トリスですら力加減に戸惑っているのだ。


 ちびトリスも亜人としては破格の戦闘能力を誇っていた。


 ここでパワー調整も無しにドッヂボールを投げたりしたら、大惨事になるかもしれない。


「えーっと……ちょっと、腕相撲してみようか」


「え?」


「ちびトリスがどれぐらいのパワーを持っているのかを知りたいんだ」


「う、うん」


 近くのテーブルについて、腕相撲の準備をする。


 マーシャの手の方がかなり大きいのでバランスの悪いことになっているが、それでもパワーを見るにはこれが一番手っ取り早い。


「よし。じゃあ、始めっ!!」


「んっ!」


 ぐっと力を入れるちびトリス。


「………………」


 そこで負けたりするマーシャではないが、明らかに子供離れした力であることは間違いない。


 大の大人並みのパワーを持っている。


 レヴィともいい勝負が出来るかもしれない。


 人間離れはしていないが、子供離れはしている。


 ナノマシンで体内の劣化しかけた細胞を再生治療中の段階でこのパワーならば、万全の状態でやったらどうなることか……


 少しばかり冷や汗が流れるマーシャだった。


「よし。もういい」


「やっぱり勝てなかったな……」


 むっとした表情のちびトリス。


 どうやら勝つつもりだったらしい。


 そのあたりは普通の男の子らしいメンタルで安心する。


「流石に今のちびトリスに負けたらこっちが凹むよ」


「う~。だってその辺りも強化されているのに」


「……今度はちびトリスの地力で勝てるようになって欲しいな。強化されているのは自分自身で鍛えた力じゃないんだから」


「む……」


「私はちびトリスがちゃんと自分の力で強くなってくれた方が嬉しい」


 温かい表情でちびトリスの頭を撫でるマーシャ。


「う~。早く強くなってレヴィからマーシャを奪い取りたいのに」


「へ?」


「だって俺、マーシャが大好きだもん」


「そうなのか?」


「うん。だからレヴィなんかより俺がいいって分からせてやるんだ」


「えーっと……流石にちょっと反応に困るな……」


 トリスからそういう感情を向けられたことは無かったので(気付いていないだけ)、ちびトリスからそういう感情を向けられたことにはかなり驚いてしまうマーシャ。


「だから強くなって奪い取ってやるんだ」


「うーん。私はちびトリスにはそういう感情は抱いていないんだけど……」


「大丈夫。俺がレヴィをぶっ飛ばしたらきっと惚れ直すから」


「あ、あはは……なんというか、反応に困るなぁ……」


 まっすぐな感情を向けられて困るマーシャ。


 可愛い弟みたいだと思ったが、どうやらちびトリスの方は違うらしい。


 というよりも、ちびトリスの方も恋愛感情というよりはただの憧れとか、お姉さんに対する独占欲なのだが、マーシャはその辺りのことまでは分かっていない。


 ただ、どうやったらこの少年を傷つけずに諦めさせることが出来るのか、必死で考えている。


「ちびトリスはレヴィが嫌いなのか?」


「別に嫌いじゃないよ。腹立たしいけど、傍に居ると安心するし」


「腹立たしいのか?」


「だってすぐに俺の尻尾に触ってくるし」


「それはまあ、標準仕様だから諦めてくれ」


「アレが標準かぁ……」


 げんなりするちびトリス。


 気持ちはよく分かる。


「でもちびトリスが安心出来る理由ははっきりしてるよ。無条件で自分を護ってくれる相手だって分かるからだろう?」


「むぅ……」


 確かにその通りだった。


 レヴィは無条件で自分を護ってくれる。


 そう信じられる相手だった。


 もふもふマニアだから、という訳ではない。


 ちびトリスを自分が護るべき相手だと思って接してくれている。


 だからこそ、ちびトリス自身は護って貰えるという安心感があるのだろう。


「レヴィはそういう奴なんだ。どんな時でも大切な相手を護ろうとしてくれる。助けようとしてくれる。だから私はレヴィが好きなんだ」


「マーシャもレヴィに護られたり、助けられたりしたのか?」


「うん。今の私があるのはレヴィが助けてくれたお陰だ」


「だから好きになったの?」


「最初のきっかけはそうかもしれない。だけど短い間でも一緒に居たから、分かってしまったんだ。傍に居たい。ずっと隣で生きていきたい。そんな風に思えたから、追いかけて、捕まえた。そして今がある」


「マーシャが追いかけたの?」


「ああ。追いかけて捕まえて、恋人になったんだ」


「む~。今のところは俺が不利だな……。まだマーシャを護ってあげられないし……」


「あはは。まあ無理に奪わなくても、ちびトリスにもそう遠くない内に可愛くて素敵な女の子が現れると思うぞ」


「俺はマーシャがいい」


「困ったなぁ……。出来れば略奪愛系には目覚めて欲しくないんだけど」


「じゃあいつかレヴィに勝ったらデートしてよ」


「デート? それぐらいならいいけど」


「よし。頑張る」


「無理するなよ」


「うん」


「……話は戻るけど、とにかく子供達と遊ぶ際はそれなりに手加減すること。怪我をさせたらいけないからな。ただし、手加減していることはあまり悟られない方がいい。特に男の子は侮辱された気分になって悔しがったりするからな」


「難しいなぁ……」


「難しいけど、頑張って欲しい。私はちびトリスにはちゃんと普通の子供として幸せになってもらいたいから。だから、普通の子供みたいに過ごしてもらいたいんだ」


「今の俺が普通の子供みたいにっていうのが難しい」


「嫌か?」


「ううん。嫌じゃないよ。ただ、俺とあの子達は違いすぎるって、自覚しているだけ」


「自覚しているなら大丈夫さ。ちゃんと手加減出来る。それに、違っていたところで、楽しくない訳じゃないと思うぞ。普通におしゃべりしたり、体力勝負とは関係ない遊びなら、ちびトリスも全力で楽しめると思う」


「たとえば?」


「たとえばゲーム関係かな? ボードゲームとか。チェスとかなら単純な頭脳勝負だし。今のちびトリスでも負けることはあるんじゃないかな。後は普通にVRゲームでもいいと思う」


「なるほど。負けるつもりはないけど、確かにそういうものなら面白そうだ」


「だろう?」


「うん。ちょっと前向きになってきた」


「よし。じゃあ混ざっておいで」


「うん。行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 ちびトリスは小走りに子供達の群れへと向かう。


 子供達は急に混ざろうとしてきたちびトリスを嫌がったりはせずに、ぐいぐいと引っ張ってから輪の中に入れた。


 ちびトリスの方が戸惑うぐらいだったが、その戸惑いも含めていい経験になるだろう。


 すぐに楽しそうに遊び始めた。


 自分にぶつけようとしてきたボールをキャッチするのは難なく出来たが、手加減して投げるというのが難しいらしく、最初はへろへろの弾になっていた。


 しかし何度か投げる内にすぐコツを掴んだようで、適度な強さでいけるようになった。


 この辺りの要領の良さはオリジナルのトリス譲りなのだろう。


 すぐに本人も楽しそうにしていた。


 ただし、敵陣営にいるトリスに対しては仲良くなれなかったようだが。


 こうやって同じ環境に居て、少しずつ変わっていければいいと思う。




「モテモテだな。マーシャ」


「シデン。面白がってるだろう?」


「悪いか? あんたも俺の用務員姿を面白がるつもりなんだろう?」


「嫌ならトリスと引き離してPMCに放り込むけど?」


「ドSめ……」


「何か言ったか?」


「いいえ、何も」


 ギロリと睨み付けてくるマーシャ。


 とても逆らえそうにない雰囲気だった。


「しかしいいのか? あの二人を同じ環境に置いても。仲が悪いんだろう?」


「仲良くなって欲しいから同じ環境に置くんだよ。それにトリスにこの仕事は適任だし、ちびトリスにとっても普通の子供として過ごす時間は必要なんだ。お互いにとってここが最善だという意見は変わらないよ」


「それは俺も同感だが、二人のトリスに関しては問題が残るだろう?」


「それは私達がどうにか出来る問題じゃないからなぁ。それに、問題があるからこそ、向き合うべきだと思う」


「逃げるのは無しか?」


「逃げて楽になれる問題ならそれでもいいと思う」


「………………」


「でも、逃げたら余計に辛くなるだけの問題なら、今は辛くても向き合った方がいい。私はそう思うよ」


「……まあ、正論だな」


 逃げるだけでは救われない。


 トリスも、ちびトリスも、お互いに辛くなるだけだ。


 だったら今は辛くてギスギスしていても、お互いが納得出来るまで向き合って、ぶつかりあった方が将来的にはいい関係を築けるだろう。


 マーシャはそう考えている。


「まあそこまで心配はしていないけどな。私から見てもトリスとちびトリスは全然違うんだから。外見はとにかく、中身はあんまり似てないよ」


「そうなのか?」


「少なくともトリスはあんなに積極的じゃなかったからな」


「モテモテの件か。いつかレヴィに挑んだら面白いことになりそうだな」


「その前に可愛い女の子が見つかると思うけどな」


「それもそうか。見つからなかったとしても、レヴィには勝てない気がするけど」


「そうか? 戦闘機操縦なら無敵だが、対人格闘ならレヴィはそんなに強くないぞ」


「それは普通の対人格闘の場合だろう?」


「え?」


「もふもふがかかっていたら、レヴィは無敵だと思えるのは気のせいか?」


「………………」


 気のせいではない。


 根拠は無いのに確信は出来てしまうという、嫌な感じだった。


「もふもふのマーシャを奪い取られると分かったら、レヴィは絶対に負けないと思うな」


「……確かに」


「更に言うともふもふのちびトリスが挑んでも、もふもふへの執念から、レヴィは尻尾に触りまくって結果的に勝利してしまうような気がする」


「否定出来ない……」


 勝負など関係無しに、ちびトリスが自分に突進してきたら、間違いなく攻撃だけ避けて尻尾を触りまくるだろう。


 そして弱いところを撫でまくられて、ちびトリスの敗北。


 結果が目に見えている。


 しょーもない結果だが。


「まあその辺りのことはマーシャ達の問題だから、俺は高みの見物でもさせてもらうが」


「………………」


「あの二人、ちゃんといろいろと上手くいくといいな」


「上手く行くといいな、じゃないだろ」


「は?」


「お前もサポートするんだよ。その為に同じ環境で働かせるんだから」


「うぐ……。しかしトリスならまだしも、ちびトリスにはジジイ呼ばわりされたからなぁ。ちょっと嫌われているような気も……」


「ちびトリスは結構素直だからな。ちゃんと優しくしてやれば打ち解けてくれるさ」


「そうか?」


「私はそう思う」


「ならまあ、俺に出来る範囲でやってみるさ」


「よろしく」


 荒んでいたトリスの表情は、子供達と接する内に和らいできている。


 やはりここに連れてきて正解だった。


 これならば、昔のトリスに戻ってくれるのもそう遠い話ではないだろう。


 二人にとって新しい人生を始めるのには、いい場所だと確信出来た。



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