それから四日後。
レヴィアースは精力的に動き回ったが、オッドは大人しくしていた。
痛みはだいぶ回復したが、体力はかなり落ちてしまった。
トレーニングをしたい衝動にかられるが、傷が悪化しては元も子もないので、ストレスを溜めながらも大人しくしておいた。
しかしその甲斐あって、四日目にはひとまず動けるようになっていた。
「呆れた根性だな……」
「え?」
点滴を外した医者が呆れたようにオッドを見る。
既に動けるようになっているので、点滴も今日で最後だった。
「本来ならまだ動けるような状態じゃねえぞ。死にかけてたんだからな」
「その、いろいろとお世話になりました」
「構わん。どのみち、死にかけの怪我人を見せられたら治療しない訳にもいかないだろう。正式な患者として扱えないのは何か事情があるからだと分かったが、悪い奴らでもなさそうだったしな」
「そう思って貰えたのなら幸いです」
「お前もそうだが、もう一人の方は悪い奴どころか、徹底的なお人好しだろう」
「分かりますか?」
「当たり前だ。自分だって腹に穴開けてたんだからな」
「え……」
「ひとまず傷を塞いでいたが、人一人運んでくるのは相当な負担だった筈だ。しかもその状態で俺を抑えつけて脅しやがった。更に脅しておいて、すげー申し訳なさそうな顔するんだ。矛盾しまくりだろ?」
「……ちょっと待って下さい。腹に穴が空いてたって、どうしてそんな状態でレヴィは動き回れたんですか? レヴィの方こそ安静にしていないと不味いでしょう」
「穴は空いてたけど急所はしっかりと外していたからな。命に別状は無かった。それでも大人しくしとけっつったんだが、時間が無いっつって動き回ってんだよ。傷口が開くような真似はしていないから、俺も大目には見てやったがな。それにもう塞がってる。今は痛みもほとんどないだろうよ」
「………………」
「あいつを怒ってやるなよ。無茶してるのは分かるが、そうしなければならないって顔していたからな。実際、危ないんだろう?」
「はい」
「だったら無茶ぐらいは大目に見てやれ」
「その、貴方はどうして俺たちを見逃してくれるんですか?」
「見捨てるのは寝覚めが悪い。そして助けた以上は、売り飛ばすのも更に寝覚めが悪い。それだけだ」
「なるほど」
寝覚めが悪い。
気分が悪い。
人間としてはシンプルな理由だった。
案外、そんなものなのだろう。
自分も、そしてレヴィアースも、シンプルな理屈に従って生きている。
これからも、そうやって生きていく。
「どんな事情を抱えているかは詮索しない。だが、助けた以上は助かりきってもらう。それがお前達の責任だ」
「はい。肝に銘じます」
「それでいい。これは今後必要になる薬だ。最低でも一ヶ月は飲み続けろ」
「ず、随分と多いですね」
「当たり前だ。普通は一週間分とかに小分けして出す分だからな。四倍なんだから山ほどになるのは当たり前だろ。ついでに言うと二人分だ」
「え?」
「あいつの分も含んでる」
「ああ、なるほど。分かりました」
そういえば腹に穴を開けていると言っていた。
塞がってきたとは言え、まだ薬が必要無いとは言えない状況だろう。
抗生物質や痛み止めなどの薬、ついでに眠れなくなった時の為の睡眠薬なども含まれている。
どのタイミングでどれを飲むかなどという説明をしっかり覚えてから、オッドは薬を受け取った。
★
「ただいまー。船の出航は今夜だから、すぐに準備して出るぞ、オッド」
「お帰りなさい。レヴィ。身体は大丈夫ですか?」
レヴィアースが戻ってくると、オッドは真っ先にそれを確認した。
「え? なんのことだ?」
しれっとした態度で惚けるレヴィアース。
「………………」
「オッド?」
アイスブルーの瞳が冷たく睨み据える。
怒っているのだと分かって少したじろいでしまうレヴィアース。
「腹を殴っていいですか?」
「……ごめんなさい勘弁して下さいマジで死にます」
ブルブル震えながら謝るレヴィアース。
やると言ったら必ずやる。
それがオッドという男だった。
長い付き合いでそれぐらいのことは分かっている。
「まったく。怪我をしているんなら、ちゃんと教えて下さい」
「いやいや。言ったらお前がソファに寝るとか言い出しかねないだろ?」
「当然です」
「それが困るんだよ。明らかにお前の方が重症なんだから。これは単なる優先順位。お前がベッド。俺がソファ。これを変更させる訳にはいかなかったんだ。それに俺の方は命に別状は無い程度のものだったしな」
「………………」
それでも睨むオッド。
じーっと睨み続けられると、レヴィアースとしても謝るしかない。
「分かった。悪かった。すまん。俺が悪かったから」
「二度としないで下さい」
「ああ。約束する」
本気で心配してくれていると分かるからこそ、レヴィアースも謝るしかなかった。
オッドに同じ事をされたら本気で怒っている。
だから怒られても仕方がない。
「先生から預かった薬です。飲む時間と薬の種類は紙に書いておきましたから、しっかりと読んでいてください」
「おう。さんきゅーな」
レヴィアースは薬とメモの入ったポーチを受け取った。
それからすぐに荷物をまとめた。
着替えなどは持たずに、現金と偽造の身分証明、そして数日分の携帯食料と飲み物のみを持っている。
リュック一つに収まる量だった。
レヴィアースはそれとは別に現金がそのまま入った鞄を持っているが、リュックの方はオッドが持つことになった。
「行くのか?」
出て行く前に居間にいる医者に声を掛けた。
名前も聞けなかった医者だが、大変世話になったので、最後はきちんとお礼を言いたかったのだ。
名前を訊かなかったのはレヴィアースの気遣いだ。
違法行為に加担させた相手のことを覚えていなければ、万が一捕まったとしても情報を漏らさずに済むからだ。
自白剤を使われたとしても、記憶していなければバラしようがない。
住所などを自白させられたらお終いだが、それでも出来る限り情報を頭に入れない努力をしていたのだ。
「ああ。おっさん。世話になったな」
「お世話になりました。この恩は忘れません」
リスクを承知でレヴィアースとオッドを治療してくれたのだ。
いくら礼を言っても足りないぐらいだった。
「構わん。どうせなりゆきだ。報酬も貰ったしな。それよりも、せっかく助けたんだから、死んだり捕まったりしたら承知しねえぞ」
医者がぶっきらぼうに返す。
心配していると素直に言えないのが難儀な性格だ。
しかしその気遣いがありがたかった。
「おう。任せとけ」
「捕まりません。そして、死にません。貴方に助けて貰った命をそんなことで無駄にはしません」
「分かっているのならいい。とっとと行け」
二人とも最後に深々と頭を下げてから、医者の家を出て行った。
「………………」
「どうした? オッド」
夜の街を歩くオッド。
不思議そうにエステリの星空を見上げている。
「いいえ。外を出歩くのは久しぶりなので」
「久しぶりってほどでもねえだろ。一週間ぶりぐらいなんだから」
「十分に久しぶりです」
「それもそうか」
「すっかり身体が鈍りました」
「まあ今は仕方ないさ。徐々に戻していけばいい」
戦闘を生業とする軍人として、身体が鈍るのは本能的な恐怖がある。
しかしついこの間まで死にかけていたのだから、これは当然の代償だった。
レヴィアースの言う通り、徐々に戻していくしかないのだろう。
「レヴィは平気ですか?」
「ん? まあな。俺の方はそこそこ治ってるし。治ってない間も動き回っていたから、そこまで身体は鈍ってねえよ」
「………………」
「だから睨むなって」
「……助かりましたけど」
「だったらいいじゃねえか」
「………………」
「ごめんなさい俺が悪かったですだから無言で睨むのやめてください」
じーっと無言で睨まれると謝る以外の選択肢が無くなってしまう。
凶悪な精神攻撃だった。
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