「どうしたんですか? 少佐」
「なあ、カミュ」
『なんでしょうか。少佐』
「これはリアルタイムの映像だよな?」
『もちろんです。正確には一秒ほど遅れているかもしれませんが。ほぼリアルタイムの映像です』
「そうか」
「少佐?」
『どうかしたんですか?』
「いや。不味いかもしれないぞ、これは」
「?」
『どういうことでしょう?』
「ここを見てみろよ」
エステリの狙撃兵の位置が変わっている。
しかし打ち合わせ通りであることは間違いない。
何が問題なのか分からない。
「打ち合わせの時よりも、舞台の配置がズレているんだ。ここに注目」
レヴィアースが指さしたのはデミオ・アイゼンが演説している位置だった。
「確かに多少は位置が変わっていますが、何か問題でも?」
「ここ」
「あ……」
実際に歩いて、その場に立てば、本番の立ち位置など微妙に変わってくる。
マイクやテーブルの配置などで、バランスを考えて立たなければならないので、それは仕方の無いことだと言える。
しかしそのことを織り込み済みでこれを考えたのだとすれば……
「分かるか?」
「ええ。最悪ですね」
エステリの狙撃手の射線と、現在デミオ・アイゼンが立っている場所がしっかりと通っているのだ。
偶然で済ませてもいい問題かもしれない。
しかしこれが和平ではなく罠だとすれば、不味いことになる。
『少佐。しかし議長が立っている位置ではなく、議長に襲いかかろうとする敵が居た場合にも射線が通ることになります。そういうことではないのですか?』
通信越しにカミュが反論してくる。
確かにそうだとも言える。
レヴィアースにも明確な理由は説明出来ない。
嫌な予感がする。
それだけのことだ。
「ああ。そうだな。そうだといいんだが。カミュ」
『はい』
「その艦の長距離砲の使い方は分かるか?」
聞くまでもないことだった。
他国の監視衛星のアクセスロックすら突破して見せたカミュだ。
自軍の戦艦の操作ぐらい、出来ない訳がない。
『もちろん分かります。既に起動済みです。狙いはエステリの狙撃手でいいですか?』
「話が早くて助かる。妙な動きをしたらすぐに撃て」
『しかし先に撃っては不味いですよね? 一応は和平の締結ですし』
「そうなんだよなぁ。しかしうちの連中にエステリ側へと照準を合わせろとは言えないし」
『ここから密かに狙う分には気付かれないということですね』
「そういうことだ。しばらくそこで待機していてくれ。何かあれば自己判断での射撃を許可する」
『了解しました。何事も起こらないことを願っていますが、万が一の時には精一杯対処させていただきます』
「そうしてくれ。それから念の為に対物・対エネルギー防御も展開出来るようにしておけ」
『ここは地上ですよ?』
それは宇宙戦闘における防御システムの筈だ。
地上における攻撃では使うことなどあり得ない。
宇宙船の装甲は対物ライフルであっても貫けないほどに頑丈なのだ。
「念の為だ。展開しろとは言っていない。ただ、いつでも出せるように準備だけしておけ」
『理由を訊いてもいいですか?』
「問題が起こった時、俺たちが逃げる為だ」
『逃げるんですか?』
「撤退とも言うけどな。とにかくそれを壊されるのが最悪なんだ。俺がエステリ側で、エミリオンを嵌めようとするなら、まずは逃げる為の足を奪う。つまりその船だな。奪われない為には?」
『なるほど。防御が重要ですね』
「そういうことだ。使わないに越したことはないが、念の為ということで、頼むぜ」
『分かりました。お任せ下さい』
重要な任務だと分かったのだろう。
カミュはしっかりと頷いた。
その声は少しだけ嬉しそうだった。
憧れの上官に特別な任務を言い渡された事による誇らしさだろう。
音声通話は切ったが、動画の通信はそのままにしてある。
携帯端末からは小さすぎて判別しづらいが、拡張機能を利用して、空間にホログラムディスプレイとして表示させる。
画質は少し粗いが、何をしようとしているのかは見える。
「考えすぎだといいんですけどね」
「それは同感。仮に罠だとしたら、俺たちには止められない」
「どうしてですか? 気付いたのなら止められるでしょう」
「先に手出しが出来ないからだ」
「………………」
「向こうが何かをしようとしていても、それは警備の一環だと言い張られればそれまでだ。こちらが邪魔をしたとなると両国の関係に傷が入る。議長は俺たちを全員軍法会議にかけかねない。当然、責任者である俺は銃殺」
「………………」
「だから、こっちが手を出せるのは相手が何かをやらかしてからだ」
「しかしそれでは……」
「ああ。明らかに手遅れになるな。しかしそれも仕方ない。手を出せない以上、後手に回ることは覚悟しておけ」
「本当に、杞憂であることを祈りたいところですが」
「俺もそう思うよ」
そう言いながらもレヴィアースは緊張した面持ちでホログラムを眺めている。
デミオ・アイゼンから目を離さないようにしている。
狙いは明らかに彼だ。
狙撃手の一人が暴走しているだけなのか、それとも……
エステリの一部勢力だけではなく、国そのものが罠を仕掛けてきたのだとしたら、エミリオンは不味いことになる。
ここには議長だけではなくエミリオンの首脳部も大勢いるのだから。
行政が麻痺することはないだろうが、それでも混乱に陥って他国からつけ込まれる隙が出来上がることは確かだろう。
しかも長年確執のあるエステリから罠に嵌められた無様な連合という侮蔑のおまけ付きだ。
どう考えてもありがたくない。
新たな戦争が引き起こされるかもしれない。
そうなったらまた犠牲が増える。
それだけは避けたいと考えているが、どうやったら避けられるのかが分からない。
「少佐っ!」
「っ!!」
先に気付いたのはオッドだった。
デミオ・アイゼンに射線の繋がっている狙撃手が、狙撃銃を僅かに動かしたのだ。
そして狙いは明らかにデミオ・アイゼンだ。
「不味いっ!」
止めようとするが既に手遅れだ。
身体で庇おうにも間に合う距離には誰も居ない。
近くに居る護衛は、死角から狙ってくる狙撃手に気付いていない。
デミオ・アイゼンは変わらず演説を行っている。
両国の平和と絆が……などと盛り上がっているが、自分を狙う狙撃手にまるで気付いていない。
このままでは撃たれるっ!
「カミュ!」
『は、はいっ! 先に撃ちますかっ!?』
「まだだっ!」
『少佐っ!? しかしっ!!』
「よく考えろっ!! 相手は狙撃だぞっ! 間近で銃を向けている訳じゃないんだっ! 手出しされる前にこっちが撃てば、どんな言いがかりをつけられるか分かったものじゃないぞっ!」
『ですがこのままでは議長がっ!!』
「……議長のことは諦めろ」
『しょ、少佐……?』
「仮にあいつの狙いが議長だったとしても、こっちが先に手出しは出来ない」
『そんな……』
「ただし、撃った直後は容赦なく撃て。議長は犠牲になるかもしれないが、被害の拡大は防げる。ここで先に撃ってしまえば、混戦になって被害が広がるだけだぞ」
『は、はい……』
冷徹な判断に怯むカミュ。
しかし今はこれが正しい。
万が一相手が何もしなければ、和平は成り立つのだ。
確定していない可能性を優先して台無しにしてしまっては意味が無い。
たとえ、確定してしまった後にデミオ・アイゼンという犠牲が出たとしても、それは避けられないものとして受け入れるべきなのだ。
それに側近の護衛が気付かない落ち度でもある。
そして、場を支配する銃声が響いた。
「か……は……っ!!」
胸を押さえて膝をつくデミオ・アイゼン。
周りの護衛も慌ただしく動いている。
しかし傷を見るからに手遅れであることは確かだ。
そしてテロリストの存在を探した。
そう。
エステリ軍ではなく、外部のテロリストの存在を探してしまったのだ。
それが最大の失敗だった。
「カミュ。撃てっ!」
『は、はいっ! 狙撃手のみでいいですかっ!?』
「狙撃手と観測手両方だっ! ついでにこのタイミングでこっちに敵対しそうな奴らもまとめて制圧射撃っ!」
『りょ、了解っ!』
「そのまま船の中で射撃を続けろ。そこならば戦闘中の弾切れの心配が無い。可能な限り撃ち続けろっ!!」
『はいっ!』
宇宙船で生成、チャージされているエネルギーは膨大なものだ。
本来は大気圏から出て宇宙空間を飛び回り、更には砲撃戦まで行う仕様なのだから、地上砲撃程度でエネルギーが尽きる筈がないのだ。
カミュがそこにいる限り、砲撃支援が尽きることはない。
念の為という状況だったが、カミュだけでも船に戻していて正解だった。
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