シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

惑星ヴァレンツ

公開日時: 2021年8月16日(月) 22:46
文字数:3,195

 それから一週間もすると、流石にオッドの機嫌も治っていた。


 シルバーブラストのクルーも出発準備を整えていたので、いつでも旅立てる状態になっていた。


「じゃあそろそろ出発しようか」


 シルバーブラストの方も完全にメンテナンスを終了していて、いつでも発進出来る状態になっている。


 マーシャは操縦席についていつでも発進出来る状態だし、シオンの方もニューラルリンクに入って準備万端だった。


 シャンティもオッドも所定の位置に付いているし、レヴィはのんびりとその様子を眺めていた。


 船の操縦に関してはレヴィの出番がないので、彼だけはのんびりとしているのだ。


 戦闘時ではない限りオッド達にも出番は無い。


 比較的平和な旅立ちとなるだろう。


 マーシャはリーゼロックの管制に出発することを伝え、宇宙空間へのハッチを開けて貰う。


 エンジンは既に温めているし、いつでも出発出来る。


「じゃあそろそろ出るぞ」


「いつでもいいですよ~」


「僕もいつでもいいよ~」


「問題無い」


「おう。早く出ようぜ」


 クルー達も発進準備の姿勢は整えている。


 しかしマーシャはニヤリと笑った。


「エンジンに改良を加えたから、最高速度で出るぞ。ちゃんとシートベルトをしておいた方がいい」


「「「………………」」」


 マーシャが本気を出した時の操縦の凶悪さはよく知っているので、レヴィ達は冷やせ混じりにシートベルトを着用した。


 シオンだけはニューラルリンクの中で固定されているので、のんびりとその様子を眺めている。


 新しい機能を組み込んだばかりなので、マーシャはそれを試すのが楽しみでたまらないのか、ワクワクした表情で操縦桿を握っている。


 こういう部分は彼女も根っからの操縦者なのだろう。




 一秒後、恐怖の加速が開始された。







「相変わらず、いい腕はしているけど……」


「長時間アレはきっついよぅ……」


「………………」


 レヴィ、シャンティ、オッドはマーシャの全力操縦のダメージを受けてげっそりとしていた。


 戦闘中ならば頼もしい限りだが、平時にこういう操縦をされるとこちらの負担が半端ない。


「ふう~。まあまあだな。もうちょっといろいろ試してみたいけど。小惑星帯とか、バンバン行ってみたいなぁ」


 マーシャは充実した表情でそんなことを呟いている。


「出力七十パーセントですからね~。もうちょっと加速しても良かったぐらいですよ~」


 そしてシルバーブラストのシステムと同化しているシオンも少しばかり消化不良のようだ。


「………………」


「………………」


「………………」


 マジで勘弁して下さい……というのが三人の正直な心情だった。




 ともあれ、惑星ヴァレンツに無事到着した。


 通常航行で八日の道のりだったが、加速が恐ろしかったので、どっと疲れた。


 しかし他の船ならば一ヶ月はかかったであろう道のりだ。


 シルバーブラストとマーシャ、そしてシオンがどれほど凄まじいかはそれだけで理解出来る。


 軍艦でも二十日はかかるだろう。


 最新鋭というよりはチートフル稼働というイメージになってしまっている。




 無事に停泊手続きを済ませてから、ヴァレンツに入国する五人。


 街に出るとすぐに浮島の光景が目に入った。


「これは、凄いな」


 ワクワクした表情でマーシャが尻尾を揺らす。


 未知の光景を目の当たりにするのはいつだってワクワクする。


 このままいつまでも旅を続けていたいという気持ちになるが、リーゼロックの仕事もあるのでそういう訳にはいかない。


 割と好き放題に生きているつもりだが、それでも家族に対する義理だけはきちんと通したいと考えるマーシャだった。


 だからこそ、仕事の範囲で行ける場所では目一杯楽しむつもりでいる。


「確かに凄いな。久しぶりに来たけど、また浮島が増えてるな」


「そうなのか?」


「ああ。前に来た時はこんなに浮島は多くなかったと思う。多分、地方から移動させてきたんじゃないかな」


「移動出来るのか……」


「浮いてるから、牽引してくれば出来るんじゃないか?」


「なるほど」


 確かに島ごと牽引してくれば可能なのかもしれない。


 そうやって人工的な景観を造っているにしては、美しいと思えるのが不思議だった。


 空と雲、そして浮島。


 地上から眺めるそれらは、素直に美しいと思える。


 自然との調和も取れているから、そう思えるのかもしれない。


「とりあえず拠点が必要だよな。どこにする?」


「ちょっと待って。今検索かけてるから」


 マーシャは携帯端末で近くのホテルに検索をかけている。


 検索基準はもちろん『高級ホテル』だった。


 金に余裕があるだけではなく、セキュリティ面での安全を確保する為にも、グレードの高いホテルを選ぶのは必然という意識になっている。


 贅沢が身についてしまっているが、それを無駄遣いだとは考えない。


「あった。あそこにしよう」


 マーシャは一番大きな浮島を指さす。


「浮島ホテル?」


「うん。眺めもいいし、セキュリティもしっかりしている。悪くないと思うんだけど、どうかな?」


「俺はいいけど、高くないか?」


「問題無い」


「……まあ、マーシャが言うんならその通りなんだろうけど。うん。眺めも良さそうだし、俺は賛成かな」


「みんなは?」


 マーシャがシオンたちを振り返る。


「あたしはいいですよ~」


「僕も。いいホテルだとご馳走が食べられそうだよね」


「俺も構わない」


 三人とも同意した。


 高級ホテルに泊まれるなら文句は無いらしい。


 というよりも、子供達はワクワクしているようだ。


 浮島のホテルに泊まれる機会なんて、これを逃したら無いと思っているのだろう。


 オッドの方はマーシャとレヴィ、そして子供達が構わないのなら異論は無いという態度だった。


「なら決まりだな。よし。部屋もちゃんと空いてるし。最上階スイートで決定♪」


「……まさか、五部屋ともスイートで取るつもりか?」


 オッドがおそるおそる問いかけてくる。


 確かに五部屋ものスイートともなるとかなりの出費になる。


 他人の金で泊まらせて貰う身としてはスタンダードな部屋で十分なのだが。


「大丈夫だ。四部屋だから」


「?」


「私とレヴィで一部屋。残りは各自一部屋ずつ」


「なるほど。って、それでも高くないか?」


「いいんだよ。私が払うんだから」


「………………」


 確かにその通りだが、やはり金銭感覚が恐ろしい。


 しかしマーシャ本人が構わないと言っているのだから、口を出す問題でもないのだろう。


「それともオッドはシオンと同じ部屋が……あ、ごめん。何でもないです。怖いから睨まないでくれ……」


 ビクビクしながらレヴィの後ろに隠れるマーシャ。


 つい口から出てしまったのだが、氷点下のアイスブルーの視線に貫かれるとすぐに萎んでしまうマーシャだった。


 胃袋管理人を怒らせる怖さは身に浸みて……もとい胃袋に浸みている。


 道中の食事はとても美味しかったのだ。


 帰りの食事がカップラーメンになったらかなり困る。


 マーシャの中でオッドは怒らせてはいけないリストのほぼ最上位に位置づけられていた。


「あたしは別にオッドさんと同じ部屋でもいいですけど?」


「俺が良くない」


「そうですか~」


 シオンの方は無邪気にそんなことを言う。


 一人よりも誰かが居てくれた方が寂しくないからだろう。


 しかしオッドの方はそうもいかない。


 別に子供相手にそんな気持ちになったりはしないのだが、周りの意識がそういう方向に向いてしまうのは困るのだ。


「……なんだかシオンとオッドにフラグが立ってる感じ? 僕だけ独り身の寂しい予感が。まさかね~」


 フラグ立ても冗談であると分かっているのだが、冗談でもフラグが立っていることにピンチを感じるシャンティだった。


 仮にシオンとオッドにフラグが立ったとして、このメンバーで自分だけ独り身になるのはちょっと遠慮したい。


 というよりも、彼女が欲しい。


「別にフラグは立っていない。マーシャが悪ふざけをしているだけだ」


「そうなの?」


「そうだ」


「……なんか知らないけど、怖いからそれ以上は言わない」


 アイスブルーの氷点下で見据えられると怖くなるシャンティだった。





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