シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

マーシャVSレヴィ デートと尻尾びんた 2

公開日時: 2022年3月7日(月) 06:42
文字数:3,806

「なるほど」


 そしてタツミは納得したように呟いた。


 つまり、一国の宇宙軍を敵に回したところで、彼らはそれを全く問題にしていないのだ。


 目の前を飛び回る蝿の群れが鬱陶しいから、少し叩き潰しておくか、ぐらいの気楽さだ。


「タツミか。これから戦闘だから座っておいた方がいいぞ。船も激しく揺れるし、とりあえるレヴィの席でベルトを固定しておけ」


「ここにいてもいいのか?」


「私達の戦力評価をしたかったんだろう? だったらそこが特等席だ」


「了解」


 思惑もバレていたらしい。


 マーシャとレヴィの地上における戦闘能力は知っていたが、宇宙におけるそれはまだ知らない。


 それを知っておこうと思ってここまでやってきたことも分かっているらしい。


 この戦力評価でキサラギとの協力関係をどう維持していくか、それを思案しているのだろう。


 マーシャ達が厚意でキサラギに力を貸してくれている訳ではなく、自分達が巻き込まれた麻薬密輸事件を綺麗に片付ける為に動いているだけだということは知っている。


 その上でこちらがそれをどう利用するかを、マーシャの方こそ試しているのかもしれない。


 利用するというのはあまりいい言葉ではないが、それでもランカの為に出来る事をしなければならない。


 タツミが自らに定めた役割の為にも、しっかりと見極めておく必要があった。


「ならお言葉に甘えて見物させて貰うことにしよう。まさか一軍を動かしてくるとは思わなかったけど、ラリーも一体何を考えてここまで大掛かりなことをしているんだろうな」


 レヴィの席に座ってベルトを締め、不思議そうに呟くタツミ。


「これは恐らくラリーの差し金のみじゃないよ。リネス宇宙軍の思惑も絡んでいる筈だ」


「え?」


「この船の技術が欲しいんだろうさ。スターウィンドをある程度解析したのなら、このシルバーブラストの技術も欲しがる筈だからな」


「そこまで凄いのか? この船って」


「まあ、見ていれば分かる」


 マーシャは得意気に笑いかけてくる。


 まるで自分の玩具を自慢したい子供みたいな笑顔だった。


「シオン。自動操縦を解除してこっちに舵を回せ」


「了解ですです~」


 シオンもニューラルリンクに収まった。


 本格的にシルバーブラストで大暴れする為に、フル稼働の準備を整えたのだ。


 ニューラルリンクに収まるシオンを不思議そうに眺めるタツミ。


「あれは一体何なんだ?」


「シオンの能力をフル稼働させる為のデバイスだと思ってくれればいい。細かい説明をすると長くなるだろうし、多分、難しすぎて理解出来ないだろうからな」


「なんか、すげー馬鹿にされた気がするぞ」


「馬鹿なんだろう? 駄犬呼ばわりされていたし」


「うぐ……」


 そう言われると、馬鹿呼ばわりを否定出来ないのが辛いところだった。


 やがて艦隊が近付いてきて、警告無しにミサイルを発射してきた。


「うわっ! いきなり撃ってきたよ、アネゴ」


「潰せるか?」


「半数なら何とかね」


「ならそれで頼む」


「オッケー」


 ミサイルには自動追尾機能がある。


 中に入っているプログラムに割り込みを掛ければ、近くにあるミサイルに狙いを変えることは可能だ。


 シャンティは同時に六のミサイルの照準を狂わせて、合計で十七のミサイルを破壊した。


 残りのミサイルはオッドの砲撃でちまちまと破壊している。


 マーシャも舵を切って上手く避けている。


「シオン。天弓システムを解放しろ」


「了解ですですっ! 天弓システム解放っ!」


 百の分離型ビーム砲が自在に動いてから、残りのミサイルを一瞬で破壊した。


「すげ……」


 それをスクリーンで見ていたタツミは感嘆の声を上げた。


 それぞれが卓越した技術を持っている事は明らかだった。


 ただの子供だと思っていたシオンとシャンティも、電脳魔術師《サイバーウィズ》として卓越した能力を発揮している。


 オッドの砲撃も着実なもので、お荷物になっている者は一人も居ない。


 強いて言うなら見物人にしかなれない自分がお荷物だが、それは最初から分かっていたことだ。


 宇宙は自分の戦場ではない。


「マーシャ。戦闘機が出てきたですよ~。数は三十二。予想よりも少しだけ多いですです~」


「みたいだな。よし。なら戦闘機はレヴィとシオンに任せるか」


「もちろん頑張るですよ~」


『おうよ。半分はこっちで引き受けてやるから安心して戦艦に突っ込んじまえ、マーシャ』


「そうさせてもらう。あ、そうだ」


 マーシャは面白いことを思い付いたかのように、操縦席で手を叩いた。


『どうした?』


「折角だから勝負しないか?」


『へ?』


「レヴィの受け持ちである敵戦闘機十六と、私が敵の戦艦を三つ沈めるのと、どちらが早いかを勝負してみないか?」


『待て待て待てっ! 数が違いすぎるだろうがっ!』


 戦艦と戦闘機という差があるとは言え、十六を片付ける間に戦艦三つ。


 他の操縦者ならばともかく、マーシャの操縦能力とシルバーブラストの必殺技である『アクセルハンマー』があれば、すぐに片付いてしまうだろう。


 レヴィにとってはかなり分が悪い。


 しかしマーシャは心外そうに両手を広げて驚いて見せた。


「おやおや。伝説とまで言われる『星暴風《スターウィンド》』にしては、随分と弱気な物言いじゃないか」


『むぐっ!』


 挑発的な物言いにむっとなるレヴィ。


 こういう挑発をされると、どうしても受け流せないのが自分の悪癖だと思いながらも、しかし操縦者としてマーシャと勝負をしたことがなかったのも確かだった。


 戦闘機と宇宙船。


 操る機体が違いすぎるので、どちらの技倆がより優れているという証明にはならないのだが、こういう勝負は面白そうだと思った。


 戦闘機同士で勝負をすればレヴィが勝つ。


 宇宙船同士で勝負をすればマーシャが勝つ。


 戦闘機と宇宙船では、戦力的にドッグファイトは不可能だ。


 だからこの機会にちょっと勝負をしてみよう、とマーシャは提案したのだ。


『分かった。負けた方は勝った方の言うことを、何でも一つだけ聞くっていうのはどうだ?』


「……いいけど。どうせもふもふ絡みだろう?」


『もちろんっ! でも今までとは違うことを試してみたいんだっ! 普段のマーシャなら絶対にやってくれないかもしれないことをっ!』


「……嫌な予感がするぞ」


『びんただっ!』


「……はい?」


『いつももふもふしているその尻尾で、俺をびんたして欲しいっ! もふもふびんたされてみたいっ! 唐突にそういう欲求が芽生えたんだっ! でも普段のマーシャにそんなことをお願いしたら拒絶されるだけじゃなくてお仕置きまでされそうだから黙っていたけど、こういう勝負ならいいよな?』


「………………」


 操縦席でハアハアと興奮している姿を見てしまったマーシャは、かなりドン引きしていた。


 尻尾びんたなど、考えたこともない。


 しかし尻尾を激しく、そして自由に動かせるマーシャにとっては不可能でもない。


 大喜びで頬を差し出してくるレヴィに対して、尻尾でびんたをする。


 ……かなり変態的な図にしかならないことは明らかだった。


 しかし何でも言うことを聞くと承諾した以上、尻尾びんたは覚悟しておかなければならない。


「……なら私が勝ったら一週間もふもふ禁止っていうのは?」


『俺を殺す気かーっ!!』


 本気で死んでしまいそうな声で嘆くレヴィ。


「何を大袈裟な」


『いいやっ! 今の俺はもふもふによって生かされているっ! 一週間も禁止されたら死んでしまうっ! 精神的にっ!!』


「………………」


 自分が愛されていると喜ぶべきか、もふもふしか眼中に無いのかと嘆くべきか、ちょっぴり悩んでしまうマーシャだった。


「分かった。なら別のものにする」


『おう。まあ俺が勝つけどな』


「私だって頑張るし」


『なら勝負だな』


「うん」


 それっきり、スターウィンドとの通信が切れた。


「……これから命懸けのバトルをやろうっていうのに、随分と緊張感が無いんだな」


 それを横で聞いていたタツミが呆れたようにマーシャを見る。


「不謹慎だって言いたいのか?」


「いや。よくもまあ、そこまで戦闘を日常として割り切れるものだって、感心しているだけだよ」


 そこまで辿り着くのにどれだけの戦場を経験して、どれだけの人を殺してきたのか。


 タツミには想像も出来なかった。


 しかし、僅かながらに感じるものはあったようだ。


 マーシャはにっこりと笑って肩を竦めた。


「どうせ命を狙われるのなら、その過程を楽しんだ方が得だって私は考える。私は戦うのが結構好きだし、敵には情けをかける理由も無いからな」


「なるほど」


 タツミも戦いそのものは好きだった。


 自分の全力を注いで戦っていると、生きている実感というものをこれ以上無いほどに感じるのだ。


 それらは自らを満たしてくれる甘露のようなものであり、堕落させる麻薬のようでもある。


 その感覚に恋をしてしまいそうになるけれど、それは一歩踏み外すと快楽殺人者のような犯罪者になってしまう。


 だから必死で自制していたのだが、マーシャは違う方向で踏み外してしまっているらしい。


 純粋に勝負を楽しむ。


 その過程で失われる命については、完全に割り切っているのだ。


 敵の命に価値を置かない。


 それはある意味において冷酷な人間性だが、敵も自分達の命に価値を置いていないし、問答無用で殺そうとしているのだから、お互い様というものだ。


 楽しむ為に殺すのではなく、どうせ殺すしかないのなら、少しでも戦闘を楽しんだ方がマシだと、そう言いたいのだろう。


 それはどこか壊れた考え方なのかもしれないが、罪悪感で竦んでしまい、戦えなくなるよりはずっといい。


 タツミにとっても共感出来る考え方だった、




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