私はグラディウスの操縦席に乗り込んで、大きく息を吸う。
私の飛びたい道。
駆け抜けたい空。
それを教えてくれたオッドさん。
その全てが私を満たしていく。
「今なら、きっと飛べる」
操縦桿を握り、ぐっと前を見据える。
一気に飛翔してから、浮島へと突入した。
それは、戦いだった。
今までとは違う飛び方に対する恐怖。
死ぬかもしれないという恐怖。
危険な場所を、更に危険な飛び方で駆け抜けていく。
レーサーならば絶対に選ばない道。
そんな危険をくぐり抜けていく。
怖くて震えそうになる。
だけど、同時にワクワクしている。
恐怖と、興奮。
負けないように、押し潰されないように、今居る心の場所からほんの少しだけ前へと踏み出す。
とても怖いけれど、少しだけ誇らしい。
その気持ちを明確に感じ取って、分かったことがある。
きっとこれが『勇気を出す』ということなのだろう。
勇気を出して、恐怖と戦い、望む結果に少しずつ近付いていく。
これが、夢に向かうということ。
それに最も近付いた瞬間こそが、夢を叶えるということなのだろう。
「あははっ! そうかっ! そうなんだっ!!」
操縦桿を握ったまま、私は新しい世界を手に入れた。
動きが一気に変化するのが自分でも分かる。
今まで見えなかったものが見えてくる。
今まで見せてくれなかった景色が、私を友人のように受け入れてくれる。
速度がぐんぐんと上がり、そして浮島はまるで道を空けてくれるように並んでいるように映る。
新しい世界を手に入れようとしている私を、迎え入れてくれるように。
私はきっと、この『世界』と仲良くなれる。
★
「掴んだな」
動きが一気に変わったシンフォを見て、俺は呟く。
彼女が自分だけの世界を手に入れた瞬間。
それを見届けられた。
俺の目的はこれで果たされたと言える。
「動きが良くなったですです」
隣に居るシオンも弾んだ声で言う。
「ああ。シンフォはもう大丈夫だ。あの感覚を掴んだのならば、後は飛ぶだけで慣れるだろう」
「どうしていきなり動きが良くなったですか?」
「意識の変化、だろうな。こればかりは言葉や技術で教えてやれるものじゃないからな。シンフォがそれを、自分自身で掴んだんだ」
「ん~。つまり自分で必要なものを見つけたってことですか?」
「そういうことだ」
俺に出来たのは飛び方を見せることだけだ。
レーサーではない飛び方を見せることで、その違いを感覚的に理解させる。
技術だけならば俺よりもシンフォの方が優れていると思う。
だから技術的に教えられることは何もなかった。
意志と覚悟、そして継続。
決して諦めなかったシンフォが自分の手で掴んだ夢の切れ端。
これからシンフォは再びトップに返り咲くことが出来るだろう。
異質なレーサーとして問題視されるかもしれないが、それでも結果を出し続けていれば、レーサーとして生きていくことは出来る筈だ。
俺の役割はここまでだろう。
後はもう、シンフォ一人でどうにか出来る筈だ。
「オッドさんっ! 私、分かりましたよっ!何が必要だったのか。何をしなければならなかったのか、分かりましたっ! 感覚なので上手く言葉には出来ないんですけど、でもちゃんと分かりましたっ!」
戻ってきたシンフォはテンションが上がりすぎておかしな事になっているが、喜んでいることだけは伝わってきた。
「ああ。良かったな」
そんなシンフォのはしゃぎっぷりを微笑ましく思う。
「はいっ! ああ、この感覚を忘れたくないなっ! もうしばらく飛んできますねっ!」
「ああ」
休憩も挟まずに再びスカイエッジに乗り込むシンフォ。
本来ならば休憩を入れなければ命に関わるのだが、あの状態のシンフォには何を言っても無駄だろう。
それにああいう具合でテンションが上がっている時は不思議とミスもしない、という不思議な法則があったりする。
ああ負い状態の時は感覚が研ぎ澄まされているので、必然的にミスをしないという理屈なのだろう。
あの感覚を身体に覚え込ませたい、という気持ちもあるので、このまま飛び続けることはある意味で正しい。
気が済めば休むだろうし、燃料切れになれば嫌でも落ちつくだろう。
そして加速することでアクセルを踏み込み、いつも以上に燃料の減りが早かったので、それは思ったよりも早く訪れた。
「うぅ……予備の燃料をもっと持ってくるべきでした……」
休憩無しで四時間も飛び続けた癖に、まだ足りないらしい。
気持ちは分かるが燃料が切れた以上、戻るしかない。
「諦めろ。それにいくらテンションが暴発気味とは言え、それ以上飛び続けると身体が保たないぞ」
「分かってますけど……。でももうちょっとなんですよ。後は機体の反応速度にラグがある感じなので、そっちの感覚をどうにか出来れば……」
「反応速度のラグ……?」
「ええ。いえ。整備不良じゃないですよ。ただ、私の操縦速度にシステムの方がついて行けていないみたいで。でも現状では最高の管制システムを積んでいる筈ですから、これは私が感覚を合わせていくしかないと思います」
しょんぼりしながら言うシンフォ。
機体性能が自分の腕に追いついていないということだろう。
「ねえねえ、シンフォさん。それ、ちょっと僕が見てもいい?」
「え?」
いつの間にかシャンティがシンフォの傍に来ていた。
「シャンティくん? いいけど、どうして?」
「機械関連なら僕は結構強いと思うからね~」
「?」
シャンティはワクワクしながらグラディウスへと乗り込む。
「じゃああたしも行くですです~」
シオンの方もシャンティが何をするのか興味があるのだろう。
ワクワクした表情でグラディウスへと乗り込んだ。
子供なので二人ぐらい乗り込んでもどうってことないらしい。
「あの……。あの二人は一体何を?」
「まあ、任せておけばいいと思う。悪いようにはしない筈だ」
「はあ……」
そうとしか言えないのが申し訳ないが、シャンティが出来るというのなら、それはいい結果へと繋がることの筈だ。
「大丈夫だ。あの二人は腕利きの電脳魔術師《サイバーウィズ》だから、管制システムにはめっぽう強い筈だ。なんせいつも軍用……もごもご」
「おーい。マーシャ。それは流石に言っちゃ駄目だろ……」
マーシャが得意気に軍用管制頭脳のシステムを台無しにしている二人の活躍を話そうとしたのだが、慌ててレヴィに口を塞がれていた。
「むー……むー……」
じたばたと暴れるマーシャだが、レヴィの意図を察したようで大人しくなった。
「ま、まああの二人なら大丈夫だ」
「?」
「とりあえず細かいことは気にしないということで」
「はあ……」
腑に落ちない様子のシンフォ。
まさか犯罪行為を堂々と自慢する訳にもいかないしな。
といっても、自衛の為であったり、大切な相手を護る為に必要なことであったり、本当の意味での犯罪として彼らの能力を利用したことはないのだが。
それでも知られない方がいいことは確かだった。
しばらく二人の様子を見ていると、それなりに盛り上がっていた。
シャンティは自分の端末をシンフォの機体に繋いで、システムを書き換えているらしい。
ハード面ではなくソフト面の問題ならば確かにシャンティならば解決出来るだろう。
「えーっと、ここのシステムに負荷がかかりすぎているから、こっちに処理速度を回して……ああもう、もっといいCPUを積んでたらなぁ……」
「現状でこれ以外のCPUを積んだら違反らしいですよ~」
「え? そうなの? 競技って不便だね」
「言えてるですです~。でもルールがあるから競技じゃないですか? 戦場だと何でもアリアリですし」
「確かにね~。卑怯卑劣何でもござれの戦場に較べたら健全だよね~」
「ですです~」
……会話は全く健全ではないのだが。
子供が二人ではしゃぎながら戦場の話とか、勘弁して欲しい。
「あんまり使っていない部分の処理を遅くして、操縦反応優先に費やしたらどうかな?」
「いいと思うですよ~。その場合プログラムの書き換えは……」
「おお~。流石シオン。でもそれだとちょっとやばくない?」
「大丈夫ですです~。違反にはならない筈ですから」
「発言がヤバいね~」
「ついさっきスカイエッジ・レース協会のマニュアルにアクセスしたですよ~。違反行為については基準値を超えるパーツを使うことだけで、プログラムの書き換えについてはまったく触れられていないですよ」
「へえ~。そうなんだ。まあそこまで調査出来る人間がいないからっていうのもあるかもしれないけど」
「言えてるかもしれないですね~」
……物騒なことを話している。
まあ、違反ではないのなら構わないが、かなりのグレーゾーンなのだろう。
それにシンフォの飛び方だと通常のプログラムでは追いつかない。
改変を加える程度のことはしてもいいだろう。
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