埠頭まで到着すると、オッドの方が辛そうになってきた。
「大丈夫か?」
「はい」
「そうは見えないんだけどな。やせ我慢するなよ」
「レヴィに言われたくはありません」
「………………」
随分と根に持たれているらしい。
心配すらさせてもらえない自業自得はとても辛い。
「まあ、もうすぐだから頑張れ」
「はい」
タクシーを拾っても良かったのだが、そうすれば乗車記録が残ってしまう。
車内にも記録装置があるので、顔も残ってしまう。
万が一の為に、自分達の行動記録を残しておくような真似はしたくなかった。
長い距離を歩かせているが、これも必要なことなのだ。
それから二十分ほど歩くと、目的の場所に到着した。
埠頭の外れに貨物トラックが止まっている。
船に積み込む為の荷物を載せているものだ。
車の番号を確認して、レヴィアースは近付いていく。
「こんばんは。アルフォート運送さんでいいのかな?」
「おう。ということはそっちが『荷物』でいいのか?」
トラックの運転席に乗っていたのは、二十台後半ぐらいの男性だった。
背は高く、体つきはしなやかだ。
一目で鍛えられている男だと分かる。
人なつっこそうな顔をしているが、その目には警戒の色が残っている。
密出国のつなぎを担当しているのだから、それぐらいは当然なのだろう。
「そういうこと。料金は前払いだったか?」
「ああ。現金一括前払い。それ以外は受け付けない。行き先の指定も不可。それでもいいんだな?」
「もちろんいいぜ」
レヴィアースは鞄の中から大きめの封筒を取り出した。
無造作に放り込んであるのは、五百万ダラスもの紙幣束だった。
運転手の男はそれらが本物であるか、そして枚数をきっちり確認していく。
「よし。代金はしっかり受け取った。乗りな」
トラックの貨物部分の扉が開いて、中に入るよう促される。
レヴィアースとオッドは大人しく中へと入った。
「とりあえず中にある木箱に入っとけ。そっちは特殊仕様で、外からは缶詰が入っているように見えるんだ」
「へえ~。面白いな」
「………………」
「運ぶ時は乱暴になるけど、我慢しろよ。缶詰をそーっと運んでいたら怪しまれるからな」
「俺はいいけど、そっちは出来るだけ優しく運んでやってくれ。大怪我をして、まだ治りきっていないんだ。傷が開いたら困る」
「そうなのか? 分かった。なるべく優しく運んでやる。傷が開いたらまあ、船内の治療キットを使わせてやるよ。別料金だけどな」
「………………」
言いたいことはあるのだろうが、密出国を企んでいる立場ではあまり強くは出られない。
金を払っているとはいっても、主導権はあちらにあるのだ。
「俺は構いません」
オッドは大人しく箱の中に入った。
お世辞にも居心地のいい箱ではないが、少しの我慢だ。
「大丈夫か? オッド」
「平気です。レヴィの方こそ、傷が開かないように気をつけてください」
「おう」
それからすぐにトラックで運ばれて、荷物チェックも無事にすり抜けられた。
どうやら本当に缶詰だと認識されたらしい。
レヴィの缶詰。
オッドの缶詰。
「………………」
そんな風に自分達の缶詰を想像して、少しだけ噴き出すレヴィアース。
「?」
その声が聞こえたオッドが箱の中で首を傾げる。
「いや、なんでもねえ。ちょっと暇潰しに妙な想像をしただけだ」
「そうですか」
自分達の缶詰が商品化した姿など想像したと言ったら、また怒られそうだった。
それから少し乱暴に扱われて運ばれたが、幸いにして傷が開くほどの衝撃ではなかった。
しかしオッドの方は体力の限界が近付いているようで、箱から出てくるなり倒れそうになったのでレヴィアースが慌てて支えた。
「危ねえな」
「すみません」
「いいけどさ。休める部屋はあるか?」
「もうすぐ出航だぞ。船員のふりをする手筈になっているんだが」
「体調不良ってことで休ませてくれ。どのみちこのままじゃ着替えも難しい」
「駄目だ。船内の人数は常にチェックされる。妙な動きをしていたらそれだけで追加チェックが入るぞ。無理してでも立っておけ。何かしろとは言わない」
先ほどまでの運転手は着替えを渡してきた。
他に選択肢は無いのだろう。
「悪いな。オッド。少し無理をさせる」
「いいえ。大丈夫です」
オッドは薬を飲んでから痛みを誤魔化す。
これで立っている程度なら何とかなる筈だ。
二人とも着替えを済ませてから、出航までは何とか立っていた。
帽子を目深に被って整備員のフリをしていたので、管制もそこまではチェックしなかった。
そして無事に出航出来た。
「はぁ~。ひとまず脱出出来たな」
「そうですね」
もういいだろうと判断したオッドがその場に座り込む。
立っているのが限界だったのだろう。
「本当に大丈夫か?」
「ええ。傷口は開いていません」
「休める部屋が無いか聞いてくる」
「無理だと思いますけど」
ただでさえ密出国という扱いなのだ。
客室が用意されているほどに贅沢な旅路とは思えない。
しかしレヴィアースは立ち上がってから艦橋へと移動した。
「どうした?」
艦橋には操舵手やオペレーターがいた。
船長らしき人も席に座っている。
船長は六十を過ぎたかなり体格のいい男で、顔つきもかなり怖い。
子供なら睨まれただけで泣いてしまいそうなタイプだった。
「いや。連れが体調を崩していてな。出来れば船室を用意して貰えると助かるんだが」
「生憎と、船室はねえよ。お前さん達は荷物扱いだからな。働いてくれるならそれも考えるが、ただ乗っているだけなら通路で我慢して貰おう」
「追加料金なら払うぜ」
「客室が一つ空いてるから好きに使え」
「………………」
あまりにもあっさりとした対応に、レヴィアースの方が呆れてしまう。
しかしこういうシンプルなタイプは扱いやすいので嫌いではない。
レヴィアースは追加料金を渡す。
「おう。まいどあり」
「じゃあ使わせて貰うぜ」
「おう。遠慮無く使え使え。ちなみに食事が必要なら別料金で用意してるぜ」
「……自分達で持ってるから、それはいい」
「なんだ。残念だな。金払いのいい奴からまだまだ搾り取ってやろうと思ったのに」
「金は持ってるけど無駄に払うつもりは無いし」
「そうか? 廊下で雑魚寝でもしていればいいんだから、これだって無駄金だろう?」
「怪我人がいるって言っただろう。出来るだけ安静にしときたいんだよ」
「なるほどな。エステリからの密出国だから訳ありなんだろうけど、お前さんも随分とお人好しだな。他人の為にそこまでするなんて」
「………………」
他人の為にそこまでする。
確かにその通りだった。
しかし、オッドは唯一生き残ってくれた部下なのだ。
他人で済ませられる存在ではなくなっていた。
「まあいい。詮索はしない。好きに使え」
「そうさせてもらう」
レヴィアースはそのまま艦橋から出て行き、オッドを客室まで連れて行った。
ベッドは一つしかなかったので、オッドに使って貰う。
ソファも無かったので、今度こそレヴィアースは床で寝ることになりそうだ。
「レヴィ。流石にそれは……」
一人だけベッドに寝かされたオッドは気まずそうに床に転がるレヴィアースを見ている。
「いいっていいって。ただしそっちのクッションは一つ貰うぜ」
枕代わりのクッションを一つ貰って、レヴィアースは床に寝転がる。
寝心地は最悪だが、訓練中に較べたら遙かにマシだ。
「狭いですが、ベッドで一緒に寝ますか?」
「冗談じゃねえ。男と同衾なんて死んでもお断りだ」
「……まあ、そう言うと思いましたけど」
オッドとしても遠慮したい。
しかしこのままレヴィアースを床で寝せることも気が引ける。
「女の子だったら大歓迎だけどな」
「それは俺も同感ですね」
「という訳で、さっさと眠れ。どうやらこの船はスターリットに向かうらしい。ひとまずそこでどうするか考えよう」
「そうですね」
何を言っても無駄なようだ。
だったらレヴィアースの好意に甘えるしかない。
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