シルバーブラストは通常航行を経て、ようやく惑星ロッティへと到着した。
リーゼロック専用の宇宙港へと着陸して、人目の無いところで安心して伸びをする。
「ん~……久しぶりのロッティだからな~。ちょっと気が抜けそうだ」
船から下りたマーシャは思いっきり伸びをした。
シオンやシャンティ、そしてオッド達も船から下りてくる。
「マーシャ」
「ん? 何だオッド」
降りてきたオッドがきょろきょろと辺りを見渡している。
不思議に思っていることがあるのだろう。
「ここはロッティの宇宙港だよな?」
「そうだけど。それがどうかしたか?」
「いや。人が居ないから、不思議だと思っただけだ」
宇宙港は本来、国の出入り口であり、人も船も機械も出入りする場所だ。
本来はもっと賑わっていないとおかしい。
それなのにマーシャが停泊したドックでは人の姿が無いのだ。
管制の声すら聞こえないのが不自然すぎる。
停泊時には管制の誘導があったようだが、その後どこに移動するようになどという放送が一切無いのが不自然だと思ったのだろう。
「ん、ああ。そういうことか。そうだな。私はこれに慣れているから普通の感覚だが、他のみんなは慣れていないんだったな」
「やっぱりここが異常なのか」
「異常は言い過ぎだ。せめて特殊と表現してくれ。ここはリーゼロック専用の宇宙港で、このドックは私専用なんだ。シルバーブラストの整備は人間を介さずに行われるから、ここに人の姿は無いし、立ち入りには私の許可がいる。だからここには誰も居ないんだ。もちろん、このドックから出たらリーゼロックの職員で賑わっているけどな」
「なるほど」
宇宙港を個人企業が保有するというのもとんでもない話だが、リーゼロックならばそれも有り得るのだろうと納得しておく。
「じゃあちょっとした貸し切りなんだな」
レヴィも辺りを見渡しながら楽しそうに言う。
ここまで静かな宇宙港は初めてなので、かなりテンションが上がっているようだ。
表情がうきうきしているのが分かる。
「シオンは慣れているみたいだね」
「慣れてますよ~。というよりも、シルバーブラストをオーバーホールする際はあたしもここでオートマトンを管制しますからね~」
「なるほどね」
ちびっこ二人組はそれほどテンションは上がっていない。
「貸し切り……」
「改めて、とんでもない規模だな。リーゼロックって……」
トリスの方は呆れつつも、リーゼロックならそれぐらいやるだろうと思っているので、それほど驚かなかったが、隣に居たシデンの方は非常識っぷりに呆れ果てている。
それぞれがそれぞれの反応を示す中、ちびトリスだけはつまらなそうにしていた。
トリスの近くにいるのが面白くないのだろう。
「………………」
「………………」
トリスの方もちびトリスが嫌がっているのを理解しているので、無理に近付いたりはしなかった。
ただ、その表情は寂しそうだ。
「不器用だよな、そういうところ」
シデンが呆れたようにぼやく。
ぴくんと獣耳を動かしたトリスがアメジストの瞳で睨み付ける。
「何か言ったか?」
「いいえ。なーんにも」
「………………」
その声にからかいが混じっているのが分かるので、睨んだままそっぽ向いた。
今はトリスの方が立場が弱い感じだった。
助けて貰ったというのもあるが、シデン自身が自分を上司ではなく、弟みたいに扱い始めたからだろう。
「さてと。じゃあまずはみんなでお爺さまのところに行こうか」
「クラウスさん大丈夫か? 仕事中じゃないのか?」
「問題無い。私が戻ってくると連絡したら、この後の予定は全部キャンセルしたと言っていた」
「……なんつーフリーダム」
「お爺さまは昔からそういう感じだぞ。元々、仕事の大部分は下に任せていて、お爺さまが担当しているのは僅かなものだからな。残りは趣味で投資をやって、そっちの利益が大きかったりもするけど」
「マーシャと同じか」
「そういうことだな。今日はエミリオン連合の政府高官との会合が入ってたって言ってたけど、後日まで待たせるらしい」
「……なんつータイムリーな」
「というか、十中八九その用件だと思うぞ。通常航行で戻ってきたから、あの戦場からリーゼロックの痕跡を何か見つけ出したんだろうな」
「やばくないか?」
「問題無い。少なくとも確信出来る証拠は何も残していない筈だから。シオンとシャンティの手際を信じろ」
「それなら問題無いだろうな」
シオンとシャンティが事後処理をしたのなら、少なくとも証拠として確信出来るものは何も残されていないと確信出来る。
それに現場のエミリオン連合軍は生き残りを一人も残さなかったし、軍艦の方も管制頭脳を復元出来ないほどに壊してきたので、何も問題無いと思っている。
「現場の痕跡というよりは、こちらの移動経路がデータに残っていたのかもしれない」
「移動経路?」
「リーゼロックPMCの移動経路だ。公海上はなるべく避けたつもりだけど、やはり痕跡は残るからな」
「ああ、なるほど。じゃあ推測の域を出ないだけかもな」
「そういうこと。その程度ならいくらでもはぐらかせる」
「あくどいなぁ……」
「何か言ったか?」
「何も言ってません」
今度は銀色の瞳がギロリと睨んでくる。
トリスのそれよりもずっと鋭く殺気の籠もった視線は、とても恋人に向けるものではないが、これもマーシャらしさだと言える。
このギラリとした殺気がゾクゾクするんだよな~、とかアホなことを考えているので、これはこれでいいのだろう。
「………………」
不安そうにきょろきょろしているちびトリスはどうしたらいいか分からなかったが、シオンの方が手を繋いできた。
「っ!?」
ぎょっとするちびトリス。
しかしシオンはにっこりと笑いかける。
「そんなに不安にならなくても大丈夫ですです。一緒に行くですよ~」
「……う、うん」
美少女の笑顔はそれだけで効果が高いのだろう。
見た目は年下の少年をお姉さんらしく引っ張っていけるのが嬉しいのかもしれない。
実年齢はそれほど変わらないどころか、下手をするとシオンの方が年下なのだが、あまり気にしていないようだ。
「じゃあ僕は反対側~」
「え?」
「嫌?」
シャンティの方がシオンとは反対の手を握ってきた。
ぎょっとするちびトリスだが、その手が温かかったので、不思議と安心出来た。
「別に嫌じゃないけど……」
「けど?」
「女の子二人に手を引かれるのは、ちょっと恥ずかしい……」
「………………」
「ぷっ!!」
シャンティの方が顔を引きつらせ、シオンが噴き出した。
「あははははっ! やっぱりシャンティくんは美少女に見えるですよね~っ!」
「シオンの馬鹿ーっ! 僕は男っ! 男だからっ! 男の子だからねっ! ちびトリスもそこは勘違いしないでお願いだからっ!」
「えっ!? 男っ!? その顔でっ!?」
「その顔でとかゆーなっ!」
シャンティは灰色の目を涙で滲ませて抗議する。
そうすることでより『美少女』らしくなっていることに気付いていない。
「ご、ごめん。あまりにも可愛かったから……」
「うう~。褒め言葉が致命的なダメージに……ぼ、僕もオッドぐらい男らしかったらなぁ……」
「シャンティくん。レヴィさんは駄目なんですか?」
「アニキを真似るとアホっぽさも引き継ぎそうだから。僕としてはオッドみたいなクールで寡黙で頼りがいのある男を目指したいところだね」
「確かにオッドさんはいい男だと思うですよ~。レヴィさんもいい男だと思うけど、やっぱりアホっぽさが際立ちすぎてますからね~」
「だよね。という訳で僕が目指すのはオッドなんだ」
「その顔立ちだと無理っぽいです」
「無理っぽいゆーな」
「じゃあ頑張ってみるといいですよ」
「が、頑張るもん。絶対いい男になってやるもんね……」
涙目で決意するシャンティ。
ほぼ初対面の相手に女の子扱いされたのがよほど堪えたらしい。
「その……ごめん……」
ちびトリスの方が気まずそうに謝る。
自分の一言が相手を傷つけてしまったと気付いたからだ。
「う……」
つぶらな瞳で謝られるとこれ以上は怒れない。
大人トリスと違ってこちらのちびトリスのアメジストの瞳は澄んでいて、とても愛らしいのだ。
ちなみにトリスの瞳は同じアメジストであっても、この七年間の戦場経験でかなり荒んだ色合いになってしまっている。
「べ、別に次から間違えなければそれでいいよ」
「うん。気をつける」
「うぐぐ……どっちが可愛いんだか……」
素直に頷くちびトリスの方もかなり可愛らしい。
女の子っぽい可愛らしさではないのだが、それでも小動物を愛でているような気持ちになるのだ。
この少年があの凶悪なキュリオスを操縦していたとはとても信じられないが、見た目よりはずっと戦闘能力が高いことは確かだろう。
しかし精神は自分よりもずっと幼い。
だから護ってやらなければという気持ちにさせられる。
「はいはい。いちゃいちゃしてないで行くですよ~」
「……シオン。男相手に誤解を招く表現は止めてね。いちゃつくなら女の子がいいから」
「シャンティくんが女の子役をすればちょうどいいですよ~」
「断固拒否だよっ!」
子供達はのどか(?)なやりとりをしながらドックを出るのだった。
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