そしてピアードル第一刑務所に入れられたレヴィは、真っ先にその洗礼というべきものを受けていた。
如何にも柄の悪そうな囚人達に取り囲まれてしまったのだ。
複数で一人を取り囲んでいながらも、看守は何も言わない。
ということは、ラリー一家のメンバーなのかもしれない。
「俺に何か用か?」
五人の屈強な男達に囲まれながらも、レヴィは平然としていた。
見たところ力は強そうだが、動きは素人に毛が生えた程度のものだ。
まだ戦闘にはなっていないが、歩いたりする仕草だけでもそれが分かる。
本当に強い人間は、動きの軸がほとんどぶれないのだ。
しかし彼らの動きはぶれないどころか不安定で、滑稽ですらある。
話しかけるが、男達は何も言わない。
ただニヤニヤしているだけだ。
恐らく自分を痛めつけることだけが目的なのだろう。
散々痛めつけ、それを毎日繰り返し、心を折った段階で別の人間がやってきて、情報を吐き出させるつもりなのだろう。
レヴィはそこまでのことを瞬時に推測した。
そしてそういう事ならば遠慮する必要はないと割り切った。
どうせ看守も暴力を見過ごしているのだ。
こちらが少しばかり過激な反撃をしたところで文句はあるまい。
普段なら一撃入れて動けなくしたところで勘弁してやるのだが、今回は徹底的に痛めつけることにした。
「この野郎っ!」
「ふざけんなっ!」
「死ねくそったれがっ!」
などなど、実に口汚い罵声を浴びせてくるが、殴られながらなので、大変に見苦しい。
レヴィは一人目の攻撃を避けてから、振りかぶった右腕を絡ませてそのまま顔面を殴った。
その際に相手の腕も折っておいた。
絡ませた際に関節を極めておいたので、そのまま振りかぶるだけで簡単に折れてしまったのだ。
二人目は掴みかかってきた腕を取って、そのまま投げた。
これも投げる際に同じように関節を極めていたので、相手の利き腕はもちろん折れている。
ついでに頭から地面に落としてやったので、すぐに意識を失った。
三人目は後ろから羽交い締めしようとしてきたので、体重の乗ったエルボーを鳩尾に喰らわせてから、回し蹴りでとどめを刺した。
これだけの動作にかかった時間は僅か八秒。
それなりに荒事専門のようだが、マーシャとの格闘訓練に較べたら子供の取っ組み合い以下のレベルだ。
レヴィの実力を目の当たりにしてしまった残りの二人は顔を見合わせて怯んでしまう。
「それで、どうする?」
ふてぶてしく嗤う姿は、二人にとって悪魔のそれに見えただろう。
「やるならこっちも容赦をするつもりはないぜ」
「………………」
「………………」
二人は震えていたが、しかし果敢にもレヴィに飛びかかってきた。
ここで逃げ出した場合、ラリー側の制裁があるのかもしれない。
それならば全員敗北の連帯責任にしてもらった方が、まだダメージが少ないと判断したのだろう。
そういうことならば遠慮する必要もないので、レヴィも徹底的に応じることにした。
四人目を顔面ワンパンチで足を止めて、その隙に五人目の頭を掴んで、そのままコンクリートの壁に叩きつけた。
「がっ!」
頭から血を流した男は闇雲に暴れようとするが、レヴィはそのまま抉るようなパンチを腹部に食らわせた。
そして残る一人は、運動ついでに人間サンドバッグになってもらうことにした。
気絶しない程度に殴って、殴って、殴り続ける。
五分ほどタコ殴りにして気が済んでから解放してやると、そのまま地面に倒れた。
「ふう」
軽い運動を済ませた程度の気分で、レヴィはその場で伸びをした。
その様子を見ていた看守は深々とため息を吐いていたが、やはり無関心。
彼もラリー一家の息がかかっているのかと思ったが、この無関心さを見る限りだとそうでもなさそうだ。
単に興味が無いだけなのかもしれない。
それともいちいち対応していたら切りが無いと割り切っているのか。
どちらにしてもレヴィにとっては助かる対応だった。
さて、自分の作業に戻るか……と踵を返そうとしたところで、小さな拍手が耳に届いた。
「?」
振り返ると、レヴィよりも少しだけ背の低い男が拍手をしていた。
無邪気な笑顔でこちらに近付いてくる。
歳は二十代後半ぐらいで、黒髪黒目の青年だった。
ほどよく筋肉のついた身体はそれなりに鍛えられていることが分かる。
青年は後ろに縛った黒髪を尻尾のように揺らしながら、レヴィに近付いてきた。
「いや~。凄いな。あんな綺麗な動きは初めて見た」
青年は素直に褒めてくれている。
レヴィの前までやってきて、ようやく拍手が止まった。
「そりゃどうも。ずっと見ていたのか?」
「ああ。あんたが絡まれてからずっと見物してた」
「……助けに入ってくれても良かったんだが」
普通、その状況なら助けに行くか、見て見ぬ振りをするかのどちらかだと思うのだが。
まさか見物されているとは思わなかった。
「ヤバそうだったらそうしようと思っていたよ。でも、その必要は無さそうだと思ったからな」
「………………」
まあ、その通りではあるのだが。
最初からそこまで見抜いていたのだとすれば侮れない男だ。
レヴィは少しだけ警戒を強める。
「それで、俺に何か用かな?」
「用ってほどのものじゃないけどな。少し興味があっただけだ。初日からラリーの奴らがあそこまで露骨に仕掛ける囚人は珍しいからな。一体何をやらかしてこんな所に入れられたんだ?」
世間話を装いながらも、青年の眼は真剣そのものだった。
しかし口元はヘラヘラしている。
それでレヴィもぴんときた。
「もしかしてタツミ・ヒノミヤか?」
ラリーの状況を気にしているという事は、キサラギの関係者である可能性が高い。
そしてここにはタツミ・ヒノミヤがいる筈なのだ。
「俺のことを知っているのか?」
青年、タツミは意外そうにレヴィを見る。
やはり予想は正しかったようだ。
「知っている訳じゃない。ただ伝言を頼まれただけだ。君の態度からキサラギの関係者だと推測した」
「確かに俺はタツミ・ヒノミヤだ。その伝言とやらを聞こうか」
「ラリー一家がミアホリックっていう麻薬を手に入れようとした。まあ、失敗して警察に没収されたけどな。ちなみに没収したのはラリーの影響下に無い一部の勢力だから、横流しされる心配は無いと思うぜ」
「………………」
すうっとタツミの瞳が冷たい光を放つ。
先ほどまではどこかお気楽な青年だったが、今は冷酷に敵を屠る戦士のような雰囲気に変わっている。
「ミアホリックっていうのはどういう麻薬なんだ?」
「知らないのか?」
「俺は八年、ここに入っているからな。外の状況も、新開発された麻薬のこともほとんど分からない」
「……お仲間は面会に来てくれなかったのか?」
「…………………………」
当然の疑問を口にしただけなのだが、何故かタツミは打ちひしがれたように膝をついた。
冷たい光を放っていた眼からは、ちょっぴり涙がにじんでいる。
よくもまあここまでコロコロと態度が変わるものだ、とレヴィは妙に感心していた。
「来てくれない……。キサラギの奴らも、そしてお嬢も来てくれない……」
「お嬢、というのはランカ・キサラギのことか?」
「ああ……。お嬢にはもう八年も会えていない」
「………………」
「お嬢に会いたい……お嬢に会いたい……お嬢に会いたい……会いたい会いたい会いたい会いたい………………」
「………………」
どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったようだ。
これ以上ランカ・キサラギの話題に触れるのは止めておこう。
「ええと、ミアホリックっていうのは人体強化麻薬で、要するに自分の所の戦力増強が目的だったらしいな」
「……そうか。ならばキサラギに本格的に攻め込むつもりだったのかな」
「かもしれない。俺はラリーについてもキサラギについても詳しくは知らない。先日この星にやってきたばかりだからな」
「旅行者か?」
「最初はそのつもりだったんだけどな。途中でトラブルに巻き込まれた。壊れた宇宙船から助け出した運び屋に頼まれて、ワクチンをこの星に運んできたんだけど、それがいつの間にか麻薬に変わっていた。で、逮捕された」
レヴィはここに来るまでの流れを簡単に説明した。
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