「レヴィ」
「何?」
「マーシャのことを頼んだぞ」
「俺に出来る範囲でなら引き受る」
「うむ。それでよい」
出来ることは出来る。
出来ないことは出来ない。
だから出来る範囲で引き受ける。
それがレヴィの答えだった。
人一人の人生など、そう簡単には引き受けられない。
マーシャの事を頼むということは、彼女の気持ちも知った上での言葉だろう。
任せて欲しいとは言えなかった。
マーシャはレヴィを慕っている。
しかしレヴィは決定的なところでマーシャを受け入れられずにいるのだから。
そんなレヴィの後ろめたさも見抜いた上で、クラウスは目を細める。
「無理はせんでいい。大切なものを二度と失いたくないと思う気持ちは誰にでもある。簡単には吹っ切れないということも分かっているつもりじゃ」
「悪いな。自分でも情けないとは思うんだけど」
「そうでもない。マーシャと一緒に旅をすると決めた時点で、ある程度は受け入れているんじゃろう? マーシャが幸せなら、儂はそれでいい」
「そりゃあ、あそこまで一途に追いかけられたら、否とは言いづらいからな」
「しかも美人じゃし?」
「そこも重要だな」
美女に追いかけられる。
それは男にとって至福の一つだ。
レヴィにとってもマーシャに追いかけられたのは悪い気分ではなかったのだ。
「それはそれとして、せっかくの腕を錆付かせるのも勿体ないじゃろう? よかったら儂のところで戦技教官をやるつもりはないか? PMCの方で大歓迎したいんじゃが」
「お世話になっているから引き受けるといいたいところだけど、マーシャの方が先約なんだよなぁ。彼女を説得してくれたら、考えるってことで」
「むう。マーシャの説得など、儂には無理じゃ」
「やっぱり?」
「機嫌を損ねたら必殺技を出されるからな」
「必殺技?」
「『お爺さまなんか大嫌いだ』」
「………………」
「駄目じゃ駄目じゃ。それを言われたらしばらく立ち直れん」
「………………」
徹底的に甘い駄目お爺さまになっているようだった。
しかしそれぐらいマーシャを可愛がってくれていることは嬉しいと思った。
「まあ落ちついたら考えてみてくれ。うちの連中の質も上がるじゃろうしな」
「リーゼロックPMCの面々は十分に質が高いだろうに。少なくとも評判はいいと聞いているけど?」
「当然じゃ。しかしそこに伝説の操縦者が加われば更に質が向上すると思わんか?」
「別に伝説になった覚えはないんだけどなぁ」
「自覚がないのは本人だけか」
「………………」
自覚がないというよりは自覚したくないという方が正しい。
誰が好きこのんで自分を『伝説』だと自覚したいものかと訴えたい。
一流の操縦者であることは自負しているが、伝説扱いは勘弁して欲しいというのが正直なところだった。
「まあ落ちついてから考えてくれたらよい。それまでは気長に待つことにするからな」
「そうしてくれると助かる。まあ、クラウスさんには恩があるからな。出来る限り恩返しをしたいと考えはいるよ」
「そう考えてくれているのはありがたいな。しかし恩返しは儂にではなくマーシャに還元してくれればよい。あの子を大切にしてくれるなら、儂としてはそれで十分じゃからな」
そんな会話をしていると、マーシャが戻ってきた。
嬉しそうな表情を見ると、どうやら部屋は空いていたらしい。
「部屋が空いていたぞ」
「それは良かった」
「二人部屋だから一緒に泊まろう」
「分かった」
「これはレヴィの分の鍵だ」
マーシャは二枚のカードキーの内の一枚をレヴィに渡す。
受け取ったレヴィはポケットの中にしまいこんだ。
「後でたっぷりもふもふしてやるからな~」
「………………」
嬉しそうなレヴィとは対照的に、少しげんなりするマーシャ。
しかしレヴィと一緒の部屋に泊まれることは嬉しいのだろう。
少しだけそわそわしている。
「仲良くしているようで何よりじゃな」
「うん。私とレヴィは仲良しだぞ」
「うむ。それでは儂は少し他のところに顔を出してくる。マーシャの方もユイ・ハーヴェイとの交渉は任せたぞ」
「分かった。この後向かうことにする」
ご馳走もたっぷり食べた後なので、もうこの会場に用はない。
クラウスとも顔を合わせたので、いつ出て行っても問題無いのだ。
「じゃあちょっと上に行ってくる」
「分かった。俺ももう少し飲んだら部屋に戻るよ」
「うん。でもまだ着替えずにいてくれると嬉しい」
「マーシャ?」
「折角格好良く正装してくれたんだから、後で飲みに行こう。このホテルは最上階にラウンジがあるんだ。そこで飲まないか?」
「分かった。じゃあ着替えずに待ってる」
「うん」
折角二人共正装をしているのだから、もう少しこの時間を楽しみたい。
マーシャのそんな乙女心を受け入れたレヴィは、こんなにも喜んでくれるのならば堅苦しい格好を我慢した甲斐があったなと思っている。
マーシャのドレス姿も似合っているし、実に眼福だと思っていたのだ。
パーティー会場を出るマーシャを見送り、レヴィはもう少しご馳走をつまむことにした。
一つ一つが絶品なので、つい手が動いてしまうのだ。
そして気ままに会場を歩いていると、見慣れない女の子が中に入ってきた。
おろおろしながら、きょろきょろとあたりを見渡している。
まだ十代後半ぐらいだろう。
栗色の髪を綺麗に結い上げて、真っ白なドレスに身を包んでいる。
琥珀色の瞳は少しだけ怯えていて、緊張しているのだろうと思わせる。
一言で表すなら『可憐な少女』だった。
「まだこういうところに慣れていないんだろうなぁ。まあ、場数を踏むのが大事だから、頑張れとだけ言っておこう」
遠目に映るその少女を、レヴィは観察するだけに留めていた。
きっとどこかの令嬢なのだろうが、眺めている分には可愛らしい。
酒の肴ぐらいにはなりそうだった。
おろおろしながらパーティー会場を歩き回り、きょろきょろしている。
どうやら誰かを探しているようだ。
しかし人の姿を探すことに集中するあまり、周囲への注意がおろそかになってしまっている。
あれは不味いなと思った時、それは実現してしまった。
飲み物を持って回っているコンパニオンに、少女がぶつかってしまったのだ。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
少女とコンパニオンがぶつかり、飲み物が倒れてしまう。
幸い、床に落ちてガラスが割れることはなかったが、それでも少女のドレスが真っ赤に染まった。
純白のドレスが無残なことになってしまっている。
「す、すみませんすみませんっ! その、大丈夫ですかっ!?」
明らかに自分の不注意なのでぺこぺこと頭を下げる少女。
「い、いえ。その、お客様こそ、大丈夫ですか? その、服が大変なことになっているのですが……」
コンパニオンの男性が気まずそうに指摘する。
パーティーにやってきた少女の純白のドレスが飲み物で真っ赤に染まっているのだから、何か言いたくなるのも当然だろう。
「え……あ……う……うぅ……」
そして初めて自分の状態に気付いたのか、少女はみるみる内に泣きそうになってしまう。
「え……ちょ……お客様っ!?」
いきなり泣き出す少女に戸惑う男性。
恐らくはアルバイトで入っているであろう立場で、いかにも上流階級のお嬢様を泣かせてしまったとなれば、焦るのも当然だろう。
しかも周りにも注目されている。
泣き出す少女に注目が集まり、男性の方がいたたまれなくなっている。
流石に可哀想になってきた。
男性の方も可哀想だが、不注意でドレスを台無しにしてしまった少女の方も放っておけなかった。
「やれやれ。仕方ねえな。放っておくのも後味悪いし」
盛大なため息を吐いて動き出すレヴィ。
困っている弱者を見捨てられないのは、自分の欠点なのかもしれないと思った。
人によっては美点だと言うのかもしれないが、厄介事を抱え込むと仲間を巻き込む可能性もある。
それを考えると欠点かもしれないと考えてしまうのだ。
しかしだからといってそう簡単に自分の性分は変えられない。
仕方ないので助けることにしたのだ。
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