シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

もう一人のトリス 2

公開日時: 2021年7月18日(日) 18:54
文字数:3,396

 一方、クローンのトリスの方はかなり荒れていた。


「止めろーっ! 離せーっ!」


「わははは。気性の荒いトリスも可愛いなぁ。もっふもっふもっふもっふもっふ♪」


「はーなーせーっ!」


「もふもふ~」


 じたばたと暴れるクローンのちびトリス。


 そしてそんなちびトリスに抱きつき頬ずりして、尻尾をもっふもっふしまくるレヴィ。


 やりたい放題だった。


 そして実に幸せそうだった。


 顔がだらしなく緩んでいる。


 本気で涙目になっているちびトリス。


「あー……なんか、これがあの『星暴風《スターウィンド》』かと思うと、いろいろと幻滅だな……」


 そしてそんな様子を眺めていたシデンは呆れ混じりに呟く。


 レヴィの正体についてはリーゼロックPMCとのやりとりで気付いた。


 彼らが当たり前のようにレヴィを『星暴風《スターウィンド》』と呼んでいるのに対し、レヴィも嫌々ながら応じていた。


 そして何よりも、ハロルド達との模擬戦を見学するにあたって、それは確信となった。


 レヴィは間違いなくあのレヴィアース・マルグレイトであり、『星暴風《スターウィンド》』と呼ばれた天才操縦者なのだ。


 エステリ出身のシデンとはそれなりの因縁もあるし、何度か宇宙で戦闘をこなしたこともある。


 といっても、一方的に蹴散らされるのに対して命からがら免れただけだが。


 そして同じ戦闘機操縦者として、敵でありながらも敬意を払っていた。


 ……筈なのだが、現状を目の当たりにすると、そんな敬意もどこかに吹っ飛んでしまう。


 それどころか、幻滅してしまう。


「あんた、そういう性格だったのか?」


「ん~? まあ、俺は元々こういう感じだったと思うけど?」


「……そうか」


 納得したくはないが、本人がそう言うなら納得するしかないのだろう。


 深々とため息をつくシデン。


 正確にはマーシャとトリスという亜人に出会い、もふもふの素晴らしさを体感してから駄目人間になった感じだが、本人にその自覚は無い。


 それどころか、あの頃よりも充実した人生を送っているので、自分は幸せだと確信しているぐらいだ。


 マーシャともふもふ出来て、トリスとももふもふ出来て、更にちびトリスをももふもふ出来るのだ。


 天国が大軍で押し寄せてきたようなもので、レヴィとしては人生絶好調だと叫び出したいぐらいにハッピーだった。


 過去の自分などとっくに忘れている。


 それどころか、過去の自分すらも書き換えてしまっている。


 自分は元からこうだったと本気で思い込んでいるのかもしれない。


「おっさん。いい加減離せよっ!」


「おっさんじゃない。レヴィお兄さんだ。ほら、呼んでごらん♪」


「ジジイ」


「ぐはっ!」


 おっさんを通り越してジジイ呼ばわりに大ダメージを受けるレヴィ。


 その隙に抜け出すちびトリス。


 ようやくもふもふ地獄から抜け出して、レヴィから距離を取る。


 代わりにシデンの傍に寄った。


「お? どうした?」


 ちびトリスに近付かれて少し照れるシデン。


 オリジナルの性格を知っているだけに、同じ顔をしているこの少年に対してどう接していいのか分からないらしい。


「おっさんはあのジジイに対する盾だ。しばらく後ろにいさせて」


「………………」


 盾扱いされていた。


 よほどレヴィを警戒しているらしい。


「こらーっ! ジジイ呼ばわりはせめて訂正しろーっ!」


 そしてジジイ呼ばわりされたレヴィが喚く。


 金色の瞳に涙をにじませている。


 ちょっぴり哀れな表情だった。


「やだ。俺から見たらどっちもおっさんだ」


「………………」


 シデンの方はレヴィと違い涙目にはならなかった。


 代わりにちびトリスを捕まえて、拳を頭に当てる。


「口の悪いお子様だな。ちょっとお仕置きしてやろう」


「え?」


 ちびトリスの小さな頭を大きな拳で挟み込み、そのままぐりぐりと圧力をかけ始めた。


「いだだだだだだーっ!? 痛い痛い痛い痛い痛いーっ!」


 ちびトリスは涙目で叫ぶが、シデンはやめない。


 躾けも兼ねているので、手加減はしても、容赦をするつもりはなかった。


「おっさんまでは許すが、ジジイは許さん。分かったか?」


「わ、分かった。分かったから痛い痛い痛いーっ!!」


「よし」


 涙目で頷くちびトリスを見てようやく解放してやるシデン。


 かなり厳しい躾けだった。


「うう~……」


 涙目で頭を抑えているちびトリス。


 自業自得とはいえ、かなり哀れだった。


「容赦ねえな。可愛い子供相手なんだから、もう少し手加減してやればいいのに」


 涙目になったトリスをよしよしと撫でるレヴィ。


 ついでに逃げ出さないように捕まえてから、再び尻尾をもふりまくる。


「う~……」


 もふもふされるのも嫌なのだが、痛いよりはマシだと判断してレヴィの方で妥協するちびトリスだった。


「ジジイ呼ばわりされて怒らないほど温厚じゃねえよ。元海賊だぞ」


「じゃあ俺が退治してやろう」


「やめろ。マジでやめろ。お前が言うと洒落にならん」


「そんなに怖がらなくてもいいのに」


「一度の砲撃で腕利き戦闘機を複数スクラップにするような化け物相手を怖がるなって言う方が無理だろうが。この常識ブレイカーめ」


「そこまで言うか? ちょっとコツを掴めば他にも出来る奴はいると思うぞ」


「……自覚無いって恐ろしいな」


 自分がどれだけの天才なのかを自覚していないというのはかなり恐ろしい。


 しかし自覚されても腹立たしいので、これで妥協するべきなのかもしれない。


「ふあ……」


「お、どうした? トリス」


「ん……眠い……」


「そうか。また眠くなったのか。よし、俺が膝枕してやろう。安心して眠るといい」


「ベッドがいいんだけど」


「遠慮するな」


「嫌がってるんだけど」


「わははは。トリスは照れ屋さんだな~」


「………………」


 逆らっても無駄だと分かったのだろう。


 レヴィが自分の身体を横たえて膝に頭を乗せてくれるのを黙って受け入れた。


 もふもふは嫌だが、この手は優しい。


 安心して身を委ねられると知っているのだ。


 オリジナルのトリス自身の記憶がどこかに残っているのかもしれない。


「すぅ……すぅ……」


 そしてちびトリスはすぐに眠った。


「寝顔もやっぱり可愛いな~」


「……どうせデレるなら彼女相手にしとけよ」


「もちろんマーシャも可愛い。しかしもふもふは全部可愛い」


「おっさんのもふもふは?」


「………………」


 レヴィはかなり難しい表情で黙り込んだが、やがて意を決して頷いた。


「も、もふもふ限定で、か、可愛い……筈……」


 ちょっぴり涙目だ。


 やせ我慢ともふもふマニアもここまでくればあっぱれだ。


「じゃあばあさんのもふもふは?」


「もちろん敬老の精神でたっぷりもふもふする。優しく尻尾をブラッシングだ」


「……見境無いな」


「ほっとけ。これが俺の生き様だ」


「しょーもない意見を聞かされているだけのように思えるのは俺だけか?」


「お前だけだ」


「今度彼女にも意見を聞いてみたいな」


「……やめてくれ。凹む答えが返ってきそうだ」


「やっぱり分かってるんじゃねえか」


「うるせえな」


 膝の上で眠るちびトリスは目を覚ます様子もなく、すやすやと寝息を立てている。


 かなり深い眠りのようだ。


「やっぱり、ダメージは深刻だな」


 レヴィが痛ましげな表情でちびトリスの頭を撫でる。


 獣耳の部分をそっと撫でて、いたわるように包み込んだ。


「そうだな。セッテ・ラストリンドがどれだけ非道なことをやっていたのかは完全には把握していないが、この子の状態を見ただけで、ある程度は察せられる」


「……なるべく早く治してやりたいんだけどな。ロッティに戻ってから、クラウスさんに相談してみよう。リーゼロックならそれぐらいの伝手はありそうだし」


「クラウス・リーゼロックという伝手自体がとんでもないと思うけどな」


「そうか? 気のいい爺さんだぜ」


「………………」


 ロッティの経済を牛耳り、エミリオン連合軍にも少なくはない影響を与えているリーゼロック・グループの会長と伝手があるというのに、レヴィの方は『気のいい爺さん』呼ばわりだ。


 呆れるやら感心するやら、複雑な心境になるシデン。


 しかもしれだけではなく、トリスやマーシャにとっては保護者のような存在であり、家族同然だというのだから更に驚きだ。


 トリスがどこからあれほどの資金と技術力を調達してくるのか、ちょっとした謎だったのだが、リーゼロックとの繋がりを維持していたのならある程度は納得出来た。


 クラウス・リーゼロックも犯罪者になってしまったトリスを未だに支援し続け、保護しようと目論むほどには甘い人物らしい。


 きっとこのちびトリスのこともいいように計らってくれるだろう。




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