そして一行はホテルに移動する。
それぞれの部屋にチェックインしてから、各自自由行動となった。
マーシャは取引があるので先に仕事をする必要があるのだが、それ以外はただ付いてきただけなので、それぞれで自由行動をしても構わないということになったのだ。
「ああ、でもオッドは珍しい食材とかあったら買っておいてくれ。帰りの道中で美味しいものが食べたいからな」
「分かった」
料理担当のオッドに仕事が与えられる。
オッドはそれも仕事の内だと考えているので快く了承した。
「じゃああたしが買い物に付き合うですよ~」
「一人でも十分なんだが」
「じゃあ一人で見て回るですです」
「……分かった。一緒に行こう」
一緒に行く必要は無いのだが、子供一人で街中をうろつかせるのも心配という、過保護なオッドだった。
「シャンティも買い物があるなら付き合うが、どうする?」
「僕? 僕はいいよ。ちょっと自由に見て回りたいからね。女の子じゃないから、そこまで心配は要らないと思うし」
「分かった」
女の子と違って、男の子は過保護にしすぎると反発されるので、オッドは大人しく引き下がる。
シャンティはいざという時に自分を護る術を持っている。
周辺のネットワークにハッキングをかけて警備システムを発動させ、オートのレーザー銃や警報を操作することが出来るのだ。
シオンもその気になれば同じ事は出来るのだろうが、それでも女の子だと心配になってしまうのは仕方が無い。
「………………」
「………………」
そしてレヴィとマーシャはオッド達を見て、やはり脈有りなのではないかと思ってしまう。
もちろん、過保護だから、子供が心配だからというのは理解している。
それでも、オッドのその過保護さが、いつかほだされてしまうレベルのものに変わるのではないかと思ってしまうのだ。
もちろん、口に出したりはしないのだが。
★
俺は自分の部屋に行くと、まずは間取りなどを確認した。
元軍人としての性なのか、安全確認だけはどうしても怠れない。
セキュリティがしっかりしているホテルなのでそこまで神経質になる必要は無いと分かっているのだが、それでもこうやってチェックしてしまうのは、ある意味で職業病なのかもしれない。
「………………」
全ての安全を確認すると、ようやくくつろぐことが出来ていた。
本当に職業病だと自分でも呆れてしまう。
「まあ、何もしないでストレスを抱えるよりはマシか」
敢えて我慢して、そわそわするよりはマシだと思っておく。
落ちついたところで部屋の中にある各種パンフレットを眺める。
折角なので街を回りたいのだが、その為にもある程度の知識は必要だ。
観光雑誌ぐらいには目を通しておくべきだろう。
「………………」
マーシャに言われた通り、珍しい食材や調味料などがあれば購入するつもりだが、街そのものにも興味があった。
以前、軍の任務で訪れたことはあるのだが、その時は観光どころではなかった。
とんぼ返りも同然だったので、ゆっくり見て回れるのは俺にとっても嬉しいことだった。
こうやっているとほとんど遊んでいるニート……もといヒモのように感じてしまうのだが、現状に不満がある訳ではない。
少しばかり居心地が悪いと思ってしまうだけだ。
マーシャとリーゼロックに護られている以上、レヴィの安全はほとんど確保されている。
だから今の俺がレヴィの傍に居続ける必要は無いのかもしれない、と最近は考えていたりもする。
それでも離れようとしないのは、俺がレヴィの傍から離れたくないと思っているのか、それとも心配がまだ残っているからなのか。
自分でもそれがよく分からない。
ただ、レヴィが自分自身の生き甲斐を見つけている現状で、俺だけが宙ぶらりんのままでいるのは良くない気がする。
もちろん、与えられた仕事はこなしているし、いざという時はまあまあ役に立っているという自負もある。
レヴィとの連携を高度なレベルでこなせるのは俺以外にはマーシャだけだろう。
だから今後も役に立てるという自信はあるのだが、まさかいつも戦闘ばかりという訳でもないだろうし、マーシャ達にはいざとなればリーゼロックPMCの戦力もある。
だからこそ、俺自身がやりたいことを探してみるのもいいのかもしれない。
「といっても、何をやりたいのか、まだはっきりしていないのが困りものだが」
レヴィの為に生きてきた。
彼に恩を返す為にこの命を使おうと決めていた。
だけどレヴィの状況が落ちついてくると、それが重荷なのではないかと考えるようになっていた。
少なくともレヴィがそれを望んでいないことは知っている。
それでも不安定なレヴィを放っておけなかったし、自分が支えたいと思っていた。
しかし今のレヴィは違う。
安定しているし、マーシャがいる以上、俺の支えはほとんど必要なくなっている。
だからこそ、俺は俺自身の生き方を見つけなければ、いつまでもレヴィに心配を掛けてしまう気がするのだ。
「ん?」
ぼんやりとパンフレットを眺めていると、変わった物が目に付いた。
「なんだ?」
戦闘機らしきものが空を飛んでいる。
しかし俺の知る戦闘機とは少し違う。
「大気圏内専用機か」
宇宙空間も飛び回れる無重力対応機ではなく、大気圏内だけを飛び回るものらしい。
それに厳密には戦闘機ではないのだろう。
武装が無いし、何よりも装甲が薄い。
これでは敵の攻撃どころか、岩石に当たっただけでも機体が破損してしまうだろう。
「大気圏内専用機にしても、仕様が脆すぎないか?」
不思議に思ってパンフレットをめくってみる。
そして内容を見て納得した。
「なるほど。レース仕様なのか」
どうやら、岩石の浮島が密集する地帯を飛び回るレースらしい。
そういうことなら納得出来る。
レースならば武器は必要無いし、重い装甲を抱えていては高速で飛び回ることが出来ない。
この仕様はレースにとって必然なのだろう。
「しかし、純粋なレース仕様の機体か。面白いな」
戦闘機乗りとしての本能が少しばかり刺激される。
レヴィのように根っからの戦闘機操縦者という訳ではないのだが、それでも過去の経験が、このレースに興味を持ってしまう。
血が騒ぐ、とでも言うのだろうか。
「スカイエッジ・レースか。一般人はギャンブルとして参加するらしいな」
レースで使用する機体の名称は『スカイエッジ』。
そしてレースそのものは『スカイエッジ・レース』という名前があるらしい。
ヴァレンツの各地でレースは行われており、国内の公式ギャンブルとして大きな利益を上げているらしい。
「見に行ってみるか」
どうせ暇なのだ。
買い物以外で時間を潰すのなら、楽しめることがいい。
スカイエッジがどんな風に空を飛び、レースを争うのか、少しばかり興味が湧いてきた。
レヴィも誘えば楽しんで貰えるかもしれないが、彼はマーシャとのデートに忙しいだろう。
マーシャがこういうレースに興味を持つかは分からないが、まずは仕事を優先するだろうから、一人で見に行くことになるだろう。
「よし」
俺は立ち上がってから外出の準備をする。
興味が湧いた以上、すぐにでも見に行きたいというせっかちな気持ちがあるのだ。
他にやることが無いからというのもあるが、やはり早く見てみたいという気持ちが大きいのかもしれない。
しかしその希望は叶わなかった。
「オッドさん。入っていいですか~?」
「……ああ」
ノックをして入ってきたのはシオンだった。
既に出かける準備を終えている。
……そういえば買い物に付き合う約束をしていたのだった。
シオンを一人で買い物に行かせる訳にもいかないので、こちらを先に済ませるべきだろう。
「あたしはいつでもお出かけ出来ますけど、オッドさんはどうですか?」
「俺もいつでも構わない。何を買いたいんだ?」
「特に決めてないですよ~。ただ、見て回って、欲しいな~と思ったものを買うですよ」
「………………」
浪費癖が激しそうだ。
いつも大量の荷物を持たされる身としてはげんなりしてしまうが、マーシャが許可しているのなら俺が口を出す問題でもない。
金があるのならば浪費するのも悪くはないだろうし。
「ついでに食材も見て回るですよ。オッドさん、マーシャに頼まれてましたよね?」
「ああ。そうだな」
どうせ見て回るのならマーシャの頼みも一緒に済ませてしまった方がいいだろう。
「えへへ~。じゃあお出かけなのですです~」
シオンが俺の手を取って歩き始める。
当たり前のように手を繋いでくるのは、彼女自身が寂しがり屋だからなのかもしれない。
マーシャとのやりとりを見ていると、他人に甘えるのが好きなようだし、ここで突き放しては傷つけてしまうような気がして、好きにさせることにした。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!