シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

恋の暴走駄犬GOGO!

公開日時: 2022年2月10日(木) 22:16
文字数:3,380

 翌日の朝は早速出発の話になった。


 オッドの手料理を堪能してから、それぞれが準備を開始する。


「マーシャ」


「どうした?」


 一夜のガールズトークが盛り上がった結果、ランカはマーシャとかなり打ち解けたようで、呼び捨てにするようになった。


 マーシャ相手ならば、喋り方もかなりくだけたものになっている。


「調査に向かうんでしょう? だったらタツミの事も連れて行ってくれる?」


「どうして?」


 連れて行くのは構わないが、その意図が分からず首を傾げるマーシャ。


「今回の件にラリーが関わっているのなら、キサラギの眼だからこそ分かることがあるかもしれないでしょう?」


「あ、そうか。言われてみればその通りだな」


「ええ。だから連れて行ってくれるかしら?」


「うん。そういうことなら構わない。こちらとしても証拠固めを出来るなら助かるしな」


 幸い、クロドを引き渡したばかりなので客室は空いている。


「という訳でタツミ、役に立ってきなさい」


 ランカは振り返ってタツミに命じる。


 しかしタツミは不満そうに眉をハの字にした。


「えー……せっかく檻から出てきてお嬢と再会出来たのに、またすぐお別れかよ。寂しい寂しい寂しい寂しいっ!!」


 このまま地団駄を踏んでしまいそうなごねっぷりだった。


 そんなタツミに絶対零度のスマイルを投げかけるランカ。


「役に立ってきなさい」


 声も絶対零度だった。


 まさしく女王の威厳だ。


「い、いえっさ-……」


 こうなると忠犬よろしく従う以外の選択肢は無かった。


 元々この件はしっかりと決着を付けなければならないと考えていたのもあって、同行そのものは構わないと考えていた。


 ただ、ランカと離れるのが寂しいだけなのだ。


 お嬢がもう少し寂しがってくれたらもっとやり甲斐があるのに……と未練がましく考えているだけなのだ。




 シルバーブラストがある宇宙港まで車で送り届けると、船に乗るまで見送るつもりらしく、ランカは最後まで付いてきた。


 ぞろぞろと宇宙港を歩いて、シルバーブラストへと向かう。


「あ、そうだ。スターウィンドはちゃんと回収しておいたからな」


「マジか。一体どうやったんだ? あれって一応は証拠品扱いになっている筈だろう?」


 愛機を取り戻してくれたマーシャには感謝しているが、あまり無茶なことをされても心配になってしまう。


 もちろんレヴィ自身も取り戻す気は満々だったのだが、自分の知らないところで無茶をされるのも困るのだ。


 マーシャは悪戯っぽく笑ってからレヴィの肩を叩いた。


「大丈夫。無茶はしていない。あれは元々私の所有物だからな。所有権を主張して、正当な権利として取り戻しただけだ。それに表向きレヴィは釈放された。つまり無実だったという事になるんだから、スターウィンドも証拠品にはなり得ない。だから取り戻すのはそんなに難しくなかったよ」


「そうか。ならいいけど」


「まあ、このまま大人しく引き下がるとは思えないけど、その時は正面から潰してやるだけだ♪」


 ふふふ、と獰猛に笑うマーシャ。


 絶対に敵には回したくない姿だった。


「その時は俺がやる。今回は苦い経験だったからな。鬱憤はしっかり晴らさないと」


「なら、どちらが多く撃墜するか競争するか?」


「勘弁してくれ。天弓システムがあるシルバーブラストに単機で勝てる訳がないだろ」


 百に及ぶ分離操作型のレーザー砲を備えているシルバーブラストと撃墜数を競ったところで、勝てる訳がない。


 かつては『撃墜王《エース》』と呼ばれたレヴィだが、そんな彼でもシルバーブラストと撃墜数を競う気にはなれない。


「まあそれもそうだな。少しばかり不公平か」


「少しばかり、どころじゃねえだろ」


 不満そうに頬を膨らませるレヴィを見て、マーシャがクスクスと笑う。


 自分よりもずっと年上なのに、子供みたいな表情を見せてくれるのが嬉しいのかもしれない。


 そんな二人を、ランカが少しだけ羨ましそうに見ていた。


 本人には気付かれないように、ちらりとタツミに視線を移す。


 自分達もいつかはあんな風になれるだろうか、と考えてしまったのだ。


 昨夜、マーシャと同じ布団の中で語り合った恋バナが、少しだけ彼女を積極的にしている。


 気持ちを伝えるべきかどうか、今も迷っている。


「お嬢?」


 見られていることに気付いた訳ではなく、何か悩んでいるように見えたので、タツミが心配そうに声を掛けてくる。


「な、何でもないわ」


「そうか。ならいいけど」


「………………」


 そこはもう少し気にして欲しい、と思うのは贅沢なのかもしれないが、つい考えてしまう。


 シルバーブラストの前まで辿り着くと、シャンティが一番最初に乗り込んだ。


「僕は例の件を先に探ってみるから」


「ああ。頼む」


 リネス警察にあった迎撃衛星に関するデータについて、もう少し詳しく調べるとシャンティが提案していたのだ。


 その為にはシルバーブラストの中にあるシャンティ専用端末が必要になる。


 シャンティが使うのに最適化された端末は、彼の能力を最も効率的に引き出してくれる仕様になっている。


 ランカの別荘で借りた端末とは較べ物にならないハイスペックなので、僅か数十分しか使えなくても、調査はかなり捗るだろう。


「シオンも手伝って。調査だけならともかく、この船にかけられているハッキングが鬱陶しいからね。僕がやっている間、牽制して欲しいんだ」


「了解ですです~」


 スターウィンドだけではなく、このシルバーブラストもリネスにとってはオーバーテクノロジーの塊だ。


 この宇宙港にある間、少しでも調べようと躍起になっていることは知っている。


 整備の申し出もいくつかあったが、全て断っている。


 しかしハッキングとスキャンは今も続いている。


 物理防壁もネットワーク防壁も突破されていないので、貴重なデータが盗まれるような事は無いが、この相手をしながらリネス警察や軍の管制頭脳にアクセスするのは少々面倒くさい。


 シオンとシャンティはランカにひらひらと手を振ってから、シルバーブラストに乗り込んでいく。


 そしてオッドも一礼してついて行った。


 残されたのはマーシャとレヴィ、そしてランカとタツミだった。


「これがマーシャの持ち船なのね」


 ランカはシルバーブラストを見上げて楽しそうに呟く。


「うん。名前はシルバーブラスト。私の大事な半身だよ」


 操縦者にとって持ち船は己の半身も同然なので、そういう表現をした。


 その気持ちはレヴィにもよく分かるので、同じように頷く。


 彼にとってのスターウィンドも己の半身と言えるものなのだ。


「それでは一度お別れね、マーシャ。でも、なるべく早く戻ってきてね」


「分かってるよ。ちゃんと証拠を掴んで戻ってくるから、それまでにラリーと最終戦争になったりするなよ」


「出来るだけ努力するわ。でも、そうなったとしても負けるつもりは無いけどね」


「私も出来るだけ協力するよ」


「頼りにしているわ」


 マーシャとランカはすっかり仲のいい友達同士になっている。


 一緒に温泉に入ったり、同じ布団で眠ったりしたのは、かなり効果的だったらしい。


 人間に対しては冷たいところのあるマーシャも、ランカにはとても優しくしてあげたいという気持ちになっている。


「じゃあ行ってくるよ」


「ええ。気をつけてね」


 マーシャとレヴィは一足先にシルバーブラストへと乗り込む。


 そしてランカとタツミのみが残された。


「……何やってるんだよ、マーシャ」


 マーシャは船に乗り込んでもすぐに操縦室には向かわず、付近にあるディスプレイの電源を入れた。


 入り口付近にある監視カメラの映像を流しているのだ。


 つまり、ランカとタツミの様子を覗き見している。


「何って言われても困るんだけど、強いて言うなら覗きかな」


「堂々と言うなよ」


 呆れたように肩を竦めるレヴィだが、こういう事に興味を持つマーシャは珍しいので、自分も同じように覗いてみる。


「あの二人が気になるのか?」


「ちょっとな。ランカがもう少し積極的になってくれるといいんだけど」


「やっぱりあの子はタツミに気があるのか?」


「見れば分かるじゃないか」


「……端から見るとすげー冷たい女王と駄犬だけどな」


「レヴィは鈍い」


「気付いていないとは言っていない」


「とにかく成り行きが気になるんだ」


「趣味が悪いぞー」


「ならレヴィは操縦室に行けばいい」


「いや、ここまで来ると俺も気になるし」


「……自分だって悪趣味じゃないか」


「わはは。そういうことにしておこう」


 などと言い合いながら、二人はディスプレイを覗き見ていた。



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