「確かに難しい問題だけどな。オッド自身は記憶を消されることを望まないだろうから、そこは考えなくていいよ」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。それにこの手の問題に正しい答えは無いからな。ただ、簡単に判断したらいけないことだという部分だけ理解してくれればいい」
「でもそれだったらずっと辛いままじゃないですか?」
「そんなことはないさ。あいつ、ちゃんと笑っていたんだろう? 悲しい顔だけじゃなくて、笑顔になった時もあったんだろう?」
「そうですけど……」
「だったら大丈夫だ」
「う~」
大丈夫だと言われても納得は出来ないのだろう。
不満そうなシオンの青い頭をそっと撫でるレヴィ。
オッドを心配してくれるのは嬉しいが、夢の中で蘇る以外は乗り越えた問題だと思っているので、そこまで気にする必要は無いと考えている。
「過去は変えられない。でも嫌な思い出は幸せな思い出で上書きすることが出来る筈なんだ。これから先、オッド自身が幸せだと思えることがもっと増えれば、あの過去は消えなくとも、悲しい顔や辛い顔をすることはぐっと少なくなる筈だ」
「さっきは幸せとは対照的な顔をしていた気がするですけど」
「わははは。まあ、あれは俺たちが悪いな」
「うん。反省してる……」
ビクビクしながら頷くマーシャ。
オッドを怒らせるとレヴィが首を絞められるだけではなく、食事まで侘しくなってしまう。
これは大問題だった。
食事のグレードが下がると、幸せのグレードまで下がってしまうような気持ちになってしまうのだ。
これからはなるべくオッドを怒らせないようにしようと心に決める二人だった。
「でもオッドさんって、何に幸せを感じているですか?」
きょとんとなりながら言うシオンに、レヴィも返答に困ってしまう。
腕を組んで考え込んでみる。
「それが結構謎なんだよな。見たところ、女に興味が無いって訳じゃない。でも特定の誰かを気にしている風でもない。趣味があるようにも見えないしなぁ」
「強いて言うなら料理が趣味か?」
「あれは趣味というよりは俺たちの面倒を見てくれているだけという気もしてくるしなぁ……」
「確かに。見ていられなかったんだろうな」
「まあ、助かってるけど。オッドの料理は日々成長していて、ますます美味くなってるし」
「確かに。この調子で腕を上げていけばレストランでも通用するんじゃないか?」
「それどころか店を開けるかもな」
「あ、いいかも。その時は私が出資しようかな」
「その時は頼むぜ。それにしても、うーん。オッドの幸せかぁ。やっぱりすぐには思い付かないな」
長年一緒にいる相棒的存在ではあるのだが、レヴィはオッドについてそんなことも知らなかった。
そんなことも知らなかったという事実に、少しばかり凹んだ。
今までそれを考えようともしなかった自分が腹立たしい。
オッドに支えられていることを自覚しているだけに、オッドを支えられない自分がもどかしいのだ。
彼の為に、自分は何をしてやれるだろうか。
それが分からないことがもどかしい。
いっそのこと本当にロリコンであってくれたのなら、全力でシオンとの仲を応援するのに、などということも考えてしまう。
「私に分かるのは、オッドの最優先順位がレヴィであるということだけだな。彼はレヴィが傷ついたり死んだりすることを恐れている。レヴィが仲間を失うことを恐れているのと同じようにな」
「そうなんだよな。俺のことを大事にしてくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっと自分のことを考えて欲しいっつーか。でも今のオッドにそれを言っても伝わらないんだよな」
「何度か言ったのか?」
「言った。そんでもって返ってくる言葉はいつも一緒。『これは俺が望んでやっていることですから』だとさ」
「……自分の意志と言われると弱いな。こっちが口出し出来なくなる」
「そうなんだよな~。だから問題なんだけどさ」
「そうだな。ああいうタイプにはそれ以上は言うだけ無駄だからな。自分自身に誓ったことを曲げろというようなものだし」
「そりゃ簡単には曲げられねえよな」
「その通りだ」
「いっそのことそれが恩義や忠誠心ではなく、恋愛感情だったら話はシンプルになるのにな」
「怖いことを言うなよっ!」
身震いしながら叫ぶレヴィ。
ロリコンならば生暖かい目で見守ることも出来るが、同性愛者だと自分の身が危険に晒されてしまう。
しかも体格差からしてレヴィが受けだ。
冗談ではない。
「まあ、それは私も困る。オッドが相手だと嫉妬しづらいからな」
真面目に考えるのも止めて欲しい。
「だからそっち方面で話を広げるのはやめてくれ……」
「オッドにとってはレヴィが幸せで居てくれることが一番望ましいんだろうけど、レヴィはそれだけじゃ嫌なんだろう?」
「当たり前だ」
「オッドにはオッド自身の幸せを求めて貰いたいってことだな」
「そういうことだ」
「難しいな。あいつ、変な部分で俺に似ているし」
「頑固な部分でな。それで私も苦労させられた」
「今はラブラブだけどな~」
「そうだな。でも尻尾に触りながら言うな。いろいろ台無しだ」
「え~。いいじゃないか。幸せだし」
「………………」
むくれながらもマーシャは肩を竦めている。
レヴィの性癖については諦めているようだ。
「ん~。オッドさんはいろいろと難しそうですね……」
シオンはそんな二人を見つめながら一人で考える。
同じ過去を共有していても、レヴィは幸せそうで、オッドはそうではない。
だったら二人の違いは何だろう。
レヴィにはマーシャがいる。
しかしオッドにはその相手が居ない。
恋人が出来ればオッドも幸せになれるのだろうか。
そんなに簡単な問題ではないことは分かっているつもりだが、だからといってどうすればいいのか、シオンにはまるで分からない。
ただ、みんなが幸せであればいいと思う。
大好きなマーシャも、レヴィも、シャンティも、シオンが見る限りはみんな幸せそうに思えるのだ。
レヴィと一緒に居るマーシャはほんわかしていて、見ていて嬉しくなる。
マーシャにもふもふしている時のレヴィはだらしなく緩みまくった表情になっているが、全身から幸せオーラが出ている。
電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスキルにますます磨きをかけているシャンティはいきいきとしていて、やっぱり日々を楽しそうに過ごしている。
シャンティのことを考えると、幸せになるには必ずしも恋人が必要な訳ではないらしい。
シオン自身も、今は楽しくて幸せだと思う。
それなのに、オッドだけがそこから外れている。
幸せそう見える時もある。
レヴィが幸せそうにしている姿を見守っている時のオッドは、それなりに幸せそうな空気を出している。
しかしオッドが一人でいる時は、寂しそうで、辛そうで、見ていられなくなる時がある。
眠っている時など、特にそうだ。
夢を見ているから仕方がないのかもしれないが、起きている時も時折その記憶に苛まれるのならば、やっぱり全体的には幸せではないのかもしれない。
みんなが笑ってくれればそれだけで十分なのに、それだけのことがとても難しい。
どうすればオッドにも幸せになって貰えるのか。
長年一緒に居る筈のレヴィや、とても頭のいいマーシャが頭をひねっているのに全く思い付かないのだ。
シオンが何かを考えたところで、妙案が思い浮かぶ筈もない。
「うーん。とにかく行動が大事ですです」
考えるよりも行動することが大事だと、シオンは決意する。
オッドの為に、彼が少しでも哀しい顔をしなくて済むように、シオンは自分に出来ることをしようと決めた。
やっぱりみんなが笑ってくれている方が嬉しい。
それにあんな顔を見てしまった以上、放っておけなくなってしまったという気持ちもある。
これまではそこまで深く関わってこなかったが、もう少し深く踏み込んでみる勇気が必要になるだおる。
レヴィとマーシャはシオンのそんな幼い決意を温かく見守る。
シオンの行動が何かを変えるとは限らない。
しかしなんらかのきっかけにはなるかもしれない。
そうなるといいなという願いがレヴィの中には存在していた。
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