シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

絶望の牙

公開日時: 2021年2月19日(金) 11:51
文字数:3,121

「………………」


 マティルダは地面に倒れていた。


 ここは地下闘技場であり、いつも通り仲間と闘うことになる筈だった。


 しかしいつもと違っていたのは、二人きりで闘う訳ではなく、生き残った奴隷闘士達が全員集められていたことだった。


 不思議そうに首を傾げる仲間達。


 トリスも困惑していた。


 いつもと違う状況に、嫌な予感がしていたのだろう。


 しかし考える暇は与えられなかった。


 首から凄まじい衝撃を感じたと思ったら、地面に倒れていた。


 子供達は悲鳴を上げる暇も無く、絶命した。


 マティルダやトリスのように、電撃に対する訓練を積んでいなければ、抵抗することも出来ずに死んでしまう。


 致死量の電撃なので、抵抗する間もなく絶命しただろう。


「………………」


「………………」


 生き残ったのはマティルダとトリスのみ。


 彼らは少し離れた場所に倒れている。


「………………」


 これは、予想以上だった。


 電撃に対する訓練を誰よりも積んできたマティルダであっても、このレベルの電撃を食らえば動けなくなる。


 しかしすぐ傍で倒れている仲間に較べたらマシな状況だった。


 死んでいることは明らかだ。


 生体反応を確認しなくても、生きているか死んでいるかぐらいは気配で分かる。


 亜人はそういう特殊な感覚を持っているのだ。


 勘どころが優れているからこそ、ある意味では人間よりも優れた種とも言える。


「………………」


 分かっていたことではあった。


 いずれこうなると分かっていた。


 覚悟もしていた。


 しかしいざその状況を目にすると、絶望しかなかった。


 生き残りたくて、必死で足掻いてきた。


 いつかはこんな絶望から抜け出してやると誓っていた。


 他の誰を踏みにじっても、仲間を見殺しにしてでも、自分だけは生き残ってみせると決めていたのだ。


 しかし仲間の死体をすぐ傍で眺めていると、どうしようもない気持ちになってしまう。


 後悔はしない。


 見捨てた以上、そんなことをする資格はない。


 それに、自分のことだけで手一杯だったことも確かなのだ。


 だから仮に後悔して、やり直しが出来たとしても、マティルダに彼らを助けることは出来なかっただろう。


 だからこれは仕方の無いことだった。


 そう割り切らなければならなかった。


 だけど、気持ちはそう簡単に納得してくれない。


「う……ぐぅ……」


 涙が溢れる。


 これはあんまりだ。


 闘うことすら出来ていない。


 足掻くことすら出来ていない。


 こんな、ゴミのように殺されて、打ち棄てられるのはあんまりだ。




「これでガキ共の始末は終わりだな」


「ああ。スイッチ一つで百人以上のガキを皆殺しか。上もえげつないものを作ったものだな」


「楽でいいじゃないか」


「確かに楽だけどな」


「それに弾丸の節約にもなる」


「首輪やバッテリー代の方が高くないか?」


「ははは。確かになぁ。まあこいつらはガキであっても身体能力は俺たちよりも上なんだ。これぐらいは仕方ないさ。近づけずにスイッチ一つで殺せるなら楽なもんだろ」


「確かにな」


 倒れたマティルダの近くで、ジークスの軍人達が話している。


 人数は二人。


 生体反応を確認するようなことはしていない。


 それだけこの電撃が確実だと思っているのだろう。


「おい。あまりのんびりしている暇はないぞ。そろそろエミリオン連合軍がやってくる筈だ。お出迎えに遅れたら大佐から小言を言われるぜ」


「それは嫌だな。大佐の説教は長いし」


「しかも鉄拳制裁付き」


「くわばらくわばら」


 二人の軍人はそのまま立ち去っていく。


 どうやらこれからエミリオン連合軍を出迎えるつもりらしい。


 子供達の生死は確認しない。


「………………」


 ここで彼らに飛びかかって、殺してやりたいという気持ちになるマティルダだったが、必死で堪える。


 生き残ることが出来たとはいえ、身体は痺れたまま動かない。


 こんな身体で飛びかかったところで、殺されることは目に見えている。


 生き残りたい。


 その気持ちが第一だった。


 仲間の仇を取るよりも、生き残ることを優先したマティルダは、ひたすら身体を回復させることに集中していた。


「………………」


 すぐ隣には仲間の死体。


 マティルダが見捨てた仲間の死体。


 光の無い目でこちらを見ている仲間も居た。


 目が合うと、泣きそうになった。


 それでも、泣かない。


 彼らの為に涙を流す資格は無い。


「トリス……は……」


 仲間達は死んだ。


 しかしトリスはどうだろう。


 トリスもマティルダと同じく電撃に対する訓練を積んでいた。


 だったら生き残っている可能性もある筈だ。


「う……」


 しかし動けない。


 トリスの生死を確認出来ない。


 それがマティルダには悔しかった。


 自分の身体が思うようにならないのがもどかしい。


 今は動けるようになるまで耐えるしかない。







「……最悪の気分だ」


「同感です」


 そして惑星ジークスに降り立って極秘任務についているレヴィアース・マルグレイトとオッド・スフィーラは不快極まりない表情でそう呟いた。


 彼らは地下闘技場にいた。


 亜人の生き残り、子供の生き残りを探す為だった。


 上官達がジークス政府や軍と連合加盟の手続きをしている間に、レヴィアース達は加盟に必要な調査という名目で自由に歩き回っていた。


 立場はエミリオン連合の方が強いので、ジークス側に拒否する権利は無い。


 それでもこっそりと動いているのは、彼らが隠したがっている後ろめたい事実も掴むことを目的としている為だ。


 そうやって交渉を有利に進めようとしているのだろう。


 隠密行動が基本だが、仮に見つかったとしても、堂々としていればジークス側は引き下がるしかない。


 その強みを最大限に活かして、レヴィアース達は子供達を闘わせていたという地下闘技場の方に足を踏み入れていた。


 そしてそこで目にしたのは、百人以上の子供の死体だった。


 血は一滴も流れていない。


 だけど彼らが死んでいることは明らかだった。


「恐らく、この首輪に電撃が仕込んであったのでしょう。囚人に対するものと同じ仕組みです」


「こんな子供にそこまでするとはな……」


「子供と言っても亜人ですからね。その身体能力は侮れません。銃殺よりもスイッチ一つで始末出来るこちらの方を優先したのでしょう」


「………………」


 理屈は分かるが不快であることに変わりは無い。


 確かに狙いを定めて撃たなければならない銃では、避けられる可能性がある。


 亜人の身体能力であれば、弾丸を避けながら接近を成功させ、返り討ちに遭う可能性も否定出来ない。


 彼らはそう考えたのだろう。


 そしてそれは正しい。


 その身体能力があったからこそ、亜人達は技術で大幅に劣っていながらも、ここまで抵抗することが出来ていたのだから。


「上は死体でもサンプルを欲しがるかな」


「欲しがるでしょうね。ここまで綺麗な死体ならば尚更」


「気が進まない」


「ならば無視すればいいのでは?」


「え?」


「俺たちが受けた命令は『生き残りの確保』ですからね。『死体の回収』までは命じられていません。上が欲しがっていると分かっていても、命令に含まれていない以上は無視しても問題ないでしょう」


「それもそうか。しかしこのままにしておくのも可哀想だけどな」


「そこは割り切ってください。どうしようもないことです。俺たち個人の意志で彼ら全員を埋葬することは出来ませんし、そんな目立つ行動を取ったら、死体の回収をしろと追加命令をされかねません」


「だよなぁ……」


 それは嫌だった。


 野晒しの死体になってでも、このままの方がマシだろう。


 生きている間に地獄を味わい続け、死んでからも身体を弄くり回されるのは遠慮したい筈だ。


「仕方ない。ここは放置でいいか」


「ええ」


 レヴィアースとオッドは軽く話し合いながら、その場から立ち去ろうとした。


 しかしその直後、レヴィアースの背後から黒い影が襲いかかってきた。


「大尉っ!?」


 オッドが驚きの声を上げた時には、既に遅かった。




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