温泉から上がると、ランカはマーシャに浴衣を用意してくれた。
「折角温泉に入ったんですから、やっぱり風情を大事にしたいですよね。これ、マーシャさんの分です」
「へえ~。浴衣か。面白そう」
和装は初めてのマーシャだったので、どうやって着るのかと首を傾げたのだが、ランカが嬉々として教えてくれた。
「尻尾の穴もバッチリですっ!」
「……そこは別にどうでも良かったのに」
鼻息荒くそんな説明をするランカに苦笑してしまうマーシャ。
マーシャ用の浴衣を急遽用意したのだろうと思うと、少し複雑だった。
花をあしらった真っ白な浴衣は、マーシャにとてもよく似合っていた。
「どうかな?」
その場でくるりと回ってみる。
「よくお似合いですっ!」
水色の浴衣を着たランカが嬉しそうに手を叩く。
「せっかくだから髪も少し弄りましょうか」
「え?」
「いつもと違う格好をしているのなら、髪型も変えてみた方が面白いじゃないですか」
「ええ? い、いいよ。いつも通りで」
「駄目です。ほらほら。やってあげますから」
「あわわわ……」
強引に迫ってくるランカを拒絶出来ず、化粧台の前に座らされる。
ドライヤーでマーシャの髪を乾燥させながら、綺麗に整えていくランカ。
「どんな髪型がいいとか、希望はあります?」
「特に無いけど。あまり自分の髪って弄った事無いし」
「勿体ないっ! こんなに綺麗なのにっ!」
「ランカに言われても説得力無いよ」
髪の毛の綺麗さで言えば、ランカの方が上だとマーシャは確信している。
自分は最低限の手入れしかしていないので普通の黒髪ロングだが、ランカの髪の毛は手間暇掛けて手入れしているのが分かるぐらい、つやつやのサラサラなのだ。
「ふふふ。だったら髪型は私の好きにさせて貰いますね~」
「あまり奇抜じゃなきゃいいけど……」
「大丈夫です。可愛くしてあげますから」
「………………」
不安だ……とマーシャは思ったが、楽しそうにしているランカを見ると口には出せなかった。
「はい、完成です」
「思ったよりもシンプルだな」
完成した髪型はマーシャが予想していたものよりも大人しめだったので、少しだけほっとした。
サイドに分けられた黒髪を緩く結んで前に流してある。
まさしくお風呂上がりヘアーだった。
「お風呂上がりですから、リラックス出来るものにしようと思いまして。アップにしていろいろ弄りたい気持ちもあったんですけど、そうすると可愛い耳が隠れちゃいますから勿体ないんですよね」
「………………」
耳がぴくぴく震えてしまうのは、ランカのうっとりした表情が少し怖かったからだ。
「これならレヴィさんも惚れ直しちゃいますよ」
「そ、そうかな……」
それは考えていなかったが、考えてみると楽しい想像だった。
「可愛いっ! 浴衣もふもふ可愛いっ!!」
そしてレヴィには大好評だった。
マーシャの浴衣姿も初めてだったが、普段は髪型に気を遣わない彼女の新鮮な姿にレヴィがノックアウトされたようだ。
顔を合わせるなり飛びつかれた。
「ちょ……苦しいってばっ! 分かったから離せっ!」
抱きしめられて頬ずりされているマーシャは、嫌がりながらも嬉しそうだった。
「尻尾の穴もあるっ! 流石に分かっているなっ!」
これはランカへの賞賛だった。
「ふふふ。もちろんです」
ぐっと親指を立ててドヤ顔で笑うランカ。
達成感に満ちた表情だった。
「おお、温泉効果でもふもふもつやつやになってるっ!」
尻尾にも触りまくるレヴィ。
いつもならここで殴るのだが、今回は我慢しておいた。
惚れ直してくれるかも、という言葉を思い出して、本当にその通りだったら嬉しいなと考えてしまったからだ。
「お嬢も浴衣姿可愛いな~。抱きしめていい?」
そんなラブラブカップルを見ていると、タツミも少しいちゃつきたくなったようで、ランカにそんな提案をする。
「却下」
「そんなぁ……」
「それよりも早く入ってきなさい」
「一緒に入りたかったのに……」
「マーシャさんもいるのに出来る訳が無いでしょう」
「お嬢だけならオッケー?」
「もちろん却下」
「………………」
しょんぼりとなるタツミ。
そんな姿を見て、本当に彼は自分のことを恋愛対象として見てくれているのだろうか、と考えてしまう。
「お嬢?」
ランカに下から覗き込まれて不思議そうに首を傾げるタツミ。
「どうかしたのか? 俺の顔に何かついてる?」
ぐっと近付いてきた顔は、八年間も離れていたのに、とても見慣れたものだと感じてしまう。
この八年で距離を広げる為に一度も会いに行かなかったというのに、心の中には常にこの姿があったのだ。
それを実感して、ランカは真っ赤になってしまった。
「な、何でもないわよっ!」
「うわっ!?」
どん、と勢いよく身体を押されてふらつくタツミ。
「いきなり何するんだよっ!?」
「その顔を見ていたらムカついたのよっ!」
「はあっ!?」
「何でもないっ!」
ぷんすかしながらその場から立ち去ってしまうランカを、唖然としながら見送ることしか出来なかった。
それだけではなく、ショックで打ちひしがれている。
「ムカつく……お嬢にムカつくって言われた……」
ずしーんとした効果音を出しながら落ち込んでしまうタツミ。
女の子の照れ隠しに気付けるほどの鋭さなど、駄犬には存在しなかったようだ。
それから全員が露天風呂を利用した。
男三人は寂しく入り、オッドはシオンに手を引っ張られて一緒に入る羽目になり(本人はかなり嫌がったが、最後には涙目でぽかぽか攻撃をされてしまった為、敗北してしまう)、全員がのんびりとくつろいでいた。
夜も深まってきたので、そろそろ就寝時間になったのだが、それぞれの部屋で寝る筈が、何故かランカがマーシャの部屋に突撃してきたのだ。
「一緒に寝ましょう♪」
「ええっ!?」
いきなり部屋に入ってきたランカは、押し入れからもう一組の布団を取り出して、マーシャの隣に敷いた。
そしてばふっと勢いよく収まった。
「ど、どうした?」
ハイテンションになりすぎているランカのことが心配になり、恐る恐る問いかける。
「べ、別にどうもしないですよ」
「その割にはテンションが高いけど」
「そ、そうですか?」
「高いな」
「~~っ!」
「ランカ?」
マーシャが顔を覗き込むと、ランカは布団を頭から被って丸まってしまう。
「その……一人だと色々考えてしまって、落ち着かないんです……」
「え?」
「タツミのこと……」
「ああ、なるほど」
「だからマーシャさんと一緒なら、楽しくお話して忘れられるかなーって……思って……」
「忘れる必要は無いと思うけど、話がしたいっていうなら付き合うよ」
自分の恋心に積極的になろうとして、でも不器用だからいつも通りに振る舞えなくて、動揺しながらも今の気持ちを楽しんでいる。
そんな様子がありありと分かってしまう。
「なら、よろしくお願いします」
嬉しそうにはにかむランカはマーシャの布団に潜り込む。
二つを繋げたので、それでもスペースには余裕があった。
「どんな話をする?」
年相応に可愛らしい態度のランカを見て、妹がいたらこんな気分になるかもしれないと考えてしまった。
「マーシャさんとレヴィさんの馴れ初めのお話を聞きたいです」
「私達の?」
「駄目ですか?」
「駄目って訳じゃないけど、でもあまり楽しい話にはならないと思うぞ」
「そうなんですか?」
「うん。だって私は初めてレヴィと出会った時、彼のことを殺しかけたから」
「え?」
あっさりと言うマーシャにぎょっとしてしまうランカ。
どうして馴れ初めがそこまで物騒なのだ……と理解に苦しむ。
「そしてオッドに撃たれたり」
「ええっ!?」
驚いたり、ハラハラしたりしながら、それでもランカはマーシャの話を聞いていた。
マーシャとレヴィの出会いは驚くほど波瀾万丈で、恋人同士になれるまでは山あり谷ありの連続だった。
大きな犠牲と苦労、そして乗り越えたものがあるからこそ、今の幸せがあるのだと感じた。
自分に同じ事が出来るだろうか、と不安になる。
今の関係を変えたいのか、それともこのまま維持したいのか、ランカは決めかねていた。
マーシャは自分の話を終えると、今度はランカの話を聞きたがった。
断片的にしか知らない八年前の事件について、もっと詳しく知りたいと思ったのだ。
自分の恋バナをしてしまったので、相手の恋バナにも興味を持ったらしい。
ランカも相手の話だけを聞くのはフェアではないと思ったので、素直に話してくれた。
こうして、女の子達の長い夜が続く。
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