「俺達をどうこうするつもりがないというのなら、どうして俺に会いに来たんですか? 俺としてはそっとしておいて欲しい気分なんですけどね。どうこうするつもりがないのはありがたい話ですけど、それでも俺はエミリオン連合への恨みを忘れた訳じゃないんです。穏やかに話をしているのにも、かなりの忍耐を強いられていることは理解して貰いたいですね」
「レヴィアース・マルグレイト。そしてオッド・スフィーラ」
「………………」
「………………」
「最初に聞いておく。戻ってくるつもりはあるか?」
「論外ですね」
「レヴィと同じく、論外です」
エミリオン連合軍に戻れというのなら、断固拒否だという反応を示した。
これは分かりきっている答えなので、ギルバートも驚かなかった。
「君たちがそのまま戻って来るという訳ではない。新しい戸籍は準備するし、これ以上君たちが危険にならないよう、過去の件については処理もする。それでも戻ってくるつもりはないか?」
「ありませんよ。第一、折角軍人から足を洗えたのに、どうしてまた戻らなければならないんですか。俺は元々好きで軍人をしていた訳じゃないんですよ。今はこうやって気ままにもふもふ……じゃなくて、マーシャといちゃいちゃ……でもなくて、とにかく楽しく過ごしているんだから、邪魔はしないでもらいたいですね」
「……それを言われると辛いものがあるな」
レヴィのそんな言葉にギルバートが苦笑する。
「?」
単純に嫌々軍人をやっていたことが複雑だったのだろうか、とレヴィが首を傾げる。
「実はホルンへと視察に行った時に、君の操縦を見てエミリオン連合軍へスカウトするように手続きを行ったのは私なのだよ」
「へ?」
あまりにも意外な言葉にレヴィの表情がぽかんとしたものになる。
少しばかりアホ面になっているが、今はそんなことを気にしている場合でもない。
要するに、目の前にいるギルバートこそがレヴィにとっての諸悪の元凶ということだった。
兵役を終わらせて運送屋としての未来を期待していたレヴィを強制的にエミリオン連合軍へと入隊させ、望まない軍人としての人生を押しつけたのは、ギルバート・ハイドアウロなのだ。
「……なんか、殴りたくなってきましたね」
本気で憎んでいる訳ではないのだが、一発ぐらいは殴っても罰は当たらないような気がしてきた。
ギルバートさえいなければ、自分はあの地獄を味わうこともなかったのだ。
「そ、それはやめてくれ」
拳を振るわせて今にも殴りかかってきそうなレヴィを見て、慌てて宥めるギルバート。
本気で殴られそうだと危惧したのかもしれない。
「……ま、いいか」
思うところは山ほどある。
しかしエミリオン連合軍に入らなければ、オッドには出会えなかっただろうし、マーシャやトリス、そしてクラウス達にも出会えなかった。
今の自分があるのは間違いなく彼らのお陰だし、出会わなければ良かったなどと、絶対に思わない。
軍人になって良かったとまでは思えないが、それでも今の自分を否定したくはなかったので、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
何よりも、マーシャに出会えたことはレヴィにとっても大きな幸せなのだ。
その始まりが軍人なのだとしたら、我慢出来ないこともない。
「正直、エミリオンで会った時は他人のそら似だと思っていたんだがな」
「それが普通の反応の筈なんですけどね」
「そうだな。君がエミリオンに入り込めば、生体認証システムが反応する筈だ。死人が入り込んだとなれば、中央管制システムが動き出す。すぐに警察か軍が君を捕まえに来た筈だ」
「だったら貴方の言うレヴィアースと俺は別人ということになる筈なんですけどね」
「普通に考えればその通りだが、君がリーゼロックの縁者だとすれば話は別だ。彼らの技術力があれば、中央管制システムの防壁ぐらいは突破してみせるだろうし、データ改ざんも容易だろう」
「……それは買いかぶりすぎなような」
買いかぶりすぎでも何でも無く、それが事実なのだが、正直に言う訳にもいかない。
リーゼロックの技術力というよりも、マーシャ個人の技術力の結晶であるシオンと、元々の仲間であるシャンティの手際なのだが、それを言うつもりもない。
「大体、エミリオン連合軍の重鎮である貴方がそんなことを言ってもいいんですか? 中央管制システムは鉄壁。それが表向きのルールでしょう。疑うのなら専門家に侵入の痕跡を調べさせてみればいい」
「痕跡を残すようなヘマはしていないだろう?」
「………………」
それも事実だった。
シャンティとシオンの手際なのだから、そんなヘマをする訳がない。
あの二人の仕事ならば信頼出来る。
「そんなことをする必要は無い。改ざんされているかもしれないシステムを調べるよりも、もっと確実な方法があるからな」
「確実な方法?」
「エミリオンの治安を司る中央管制システムとは違い、一部の医療管理システムはネットワークから完全に切り離されている。そこにはエミリオン連合軍の健康診断データも入っているのだよ。もちろん、生体データも」
「………………」
流石にそこまでは考えていなかったレヴィは言葉に詰まる。
医療管理システムがネットワークから切り離されていること自体を知らなかったので無理もない。
エミリオンに長期滞在するつもりならマーシャもその辺りのことは気をつけたのだろうが、あの時点ではそこまでの必要は無いと思っていたのだ。
しかし今になってそれを後悔することになるとは……
「君から髪の毛の一本も拝借して、そして照合すればどうなると思う?」
「………………」
そんなことは考えるまでも無い。
三年前に殉職した筈のレヴィアース・マルグレイト少佐の生態情報と完全に一致する。
つまり生きていることがバレる。
「……そうなった場合、貴方の命も保証出来ませんけどね」
これはレヴィ自身の脅しという訳ではない。
そこまでした場合、絶対にマーシャが黙っていないと確信しているからだ。
「心配するな。私もリーゼロックを敵に回すつもりはない。特にマーシャ・インヴェルクの凶暴さは身に浸みているからな」
「……そこが可愛いのに」
マーシャが凶暴なことは否定しないが、そこが可愛いと本気で考えているレヴィは堂々と惚気た。
「まあ、貴方がどう思っていようと、今の俺はただのレヴィなんですよ。レヴィン・テスタールとしての人生を生きています。レヴィアース・マルグレイトに戻るつもりは無いんですよ」
「やはり、恨んでいるか?」
「当然でしょう。でも、貴方個人を恨んでいる訳じゃない。それに、言い訳もしてもらいたくない。そんなことは理不尽に殺される側にとっては関係無いんです。目の前で裏切られて、部下を殺されて、死体の山を目にしてきた人間が、今更その元凶である組織に戻れと言われても、頷ける訳が無いことも理解出来るでしょう? 俺達が自分自身を死んだことにしてまで新しい人生を求めたのは、そんなエミリオン連合にうんざりしたからですよ。しかしエミリオン連合に限らず、大きな組織に属すれば大なり小なりそういうことはあるでしょう。だから、今の生活が気に入っているんですよ」
リーゼロックもエミリオンに迫るぐらいに大きな企業となっているが、それでもマーシャ達は自由だった。
自分のやりたいことをやって、気ままに生きている。
その結果として、リーゼロックにも貢献している。
そんな人生を、レヴィは気に入っていた。
今の新しい自分を、生涯続けていきたいと、本気で考えている。
「恨んでいるのは事実ですが、復讐を考えている訳でもありません。ただ、今の生活を続けたい。俺が願っているのはそれだけです」
三年前の悲劇にギルバートが関わっていたかどうかは分からない。
しかし彼はエミリオン連合軍の重鎮であり、重要な決定に関わっていなくとも、その責任は負うべきなのだ。
エミリオン連合軍に対する恨みは消えない。
しかしその復讐は、直接手を下したグレアス・ファルコンを殺した時点で、一区切りはついたのだ。
相手が個人ならば、直接手を下せばいい。
しかし本当の相手はエミリオン連合という一つの社会なのだ。
数年でトップの代替わりが行われるような組織相手に、いつまでも復讐心を滾らせていても意味がない。
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