彼女は最近様子がおかしい。
俺と目が合うと、何故か避けるのだ。
嫌われている訳ではないようだが、避けられる理由が分からないのが少し悲しい。
子供は嫌いではない。
特にシオンは素直で可愛らしいので、面倒を見ていると俺の方も気持ちを和まされる。
シオンと一緒にいるとシャンティも子供らしい感覚を取り戻すようで、あの二人の面倒を見るのは割と好きだったりする。
シャンティはその能力の高さ故に子供らしさをそぎ落としてしまった部分がある。
それは頼もしい部分でもあるのだが、出来ればもっと子供らしくして欲しいと思う時も合ったのだ。
しかしシオンと一緒にあれこれしている姿を見ると、年相応の子供らしさを取り戻しているように思えるのだ。
きっと自分よりも高い能力を持った同世代(外見年齢のみ)がいるから、自然体に戻れたのだろう。
大人と一緒に育つだけなら、子供らしさを残したままではいられない。
だからこそ、シオンと出会えたことで、シャンティも自然体になれたのだ。
それは喜ばしいことだと思う。
しかしシオンはどうなのだろう。
シャンティはシオンと一緒にいることで子供らしさを取り戻したが、シオンは外見に内面が追いついていない子供だ。
背伸びをしているようには思えないのだが、どこかアンバランスな気もする。
それは彼女の内面が一歳にも満たない子供だからなのか。
いや、それはない。
生まれて一年ほどだとしても、シオンの中身は子供なりに成長している。
だからこそアンバランスに映るのかもしれない。
そんなシオンは、少し前まで俺にくっついていた。
どうしてくっついていたのかは分からないのだが、俺の中にある何かに気付いて、それを癒やそうとしてくれていたのはなんとなく分かる。
そんな自分でも気付けないものに気付いて、それを何とかしようとしてくれる気持ちが嬉しかったりもしたのだが、今度は避けられている。
ハッキリ言って、訳が分からない。
しかし問い詰める訳にもいかないので、このまま放っておくしかない。
「………………」
しかし気になることも確かだ。
「おかわりを頼む」
「不景気な面して飲んでるな、兄ちゃん。悩み事かい?」
ハチマキをつけた屋台の店主がそんな俺を見てニヤリと笑う。
よほど不景気な顔をしていたのだろう。
傍目から見ても分かるほどに悩んでいるのは、自分でも意外だった。
これでも表情を表に出さないことに関してはそれなりに自信があったつもりなのだが。
気安い調子で声を掛けてくる店主に、俺はグラスを差し出す。
店主は気前よく、表面張力いっぱいにまで注いでくれた。
こぼれそうになるのは困るが、サービスはありがたく受けておく。
「別に。ただ、女の子の気持ちというのは、時々謎すぎるなと思っただけだ」
「はっはっはっ! そりゃそうだろう。女は謎が多いほど魅力的なもんだ。男はその謎を解き明かそうと必死になる。そこを艶然とあしらうのがいい女って奴なんだがな」
「……いや、そういう意味ではなく」
どうやら魅力的な女性を攻略出来なくて困っている情けない男だと誤解されてしまったらしい。
特定の女性に執着心のない俺にとっては不本意な誤解だが、むきになって否定しても墓穴を掘るだけなので堪えておく。
外見年齢十五歳、内面年齢一歳の女の子について何かを言おうとしたところで、適切な言葉など見つからないのだ。
そんな存在がいることを認識して貰うことすら難しいだろう。
最終的にはロリコン扱いされて終わりだという結果が見えているので、詳しく話すつもりにはなれない。
ロリコン扱いは嫌だ。
「まあ、いろいろと謎なことは確かだな」
「兄ちゃんも大変だねぇ。まあここでたっぷり飲んで食って、次に攻略する元気を蓄えてくれよ」
「………………」
攻略する気は全く無いのだが。
しかし誤解はそのままにしておいた。
シオンのことについて詳しく話せない以上、そうしておくしかないのだ。
適当に飲んで食って、そして屋台を後にした。
風俗エリアに足を踏み入れると、薄着の女性が何人か声を掛けてくる。
「暇なら寄っていかない? 満足させてあげるわよ
「今ならたっぷりサービスしてあげるわ」
「………………」
誰を選んでもいいのだが、何故か選ぼうとするとシオンの顔が思い浮かんだ。
「?」
どうしてそうなったのかよく分からず、首を傾げて考え込む。
しかし答えは見つからなかった。
「どうしたの?」
腕を絡ませてきた巨乳の女性が俺を見上げてくる。
腕に当たる感触は柔らかくて心地いい。
感触が気に入ったので、彼女に決めた。
「いや、何でも無い。案内してもらえるか?」
「ふふふ。一名様ご案内ね♪」
他の女性を断って、巨乳の女性と一緒に店へと向かう。
俺という客をゲットした女性はご機嫌な様子で案内してくれる。
彼女の店まではほんの一分ほどで、すぐに辿り着けた。
ネオンの煌めくピンクコーディネートのお店には、何人もの男が出入りしている。
女性に見送られて機嫌良さそうに戻っていく男達は、きっと満足させて貰えたのだろう。
当たりの店を引き当てたようで、少しだけ期待する。
自分の中にあるもやもやとしたものを発散させるにはこれが一番手っ取り早いということを、俺は自らの経験で知っていた。
健全とは言いがたい方法かもしれないが、それに対して後ろめたく思うほどに若くはない。
少なくとも周りに当たり散らしたり、悩んだ顔を見せつけたりするよりはずっとマシだろうと思っている。
俺は女性と一緒に店へと入ろうとするのだが、何故か彼女の方がきょとんとした表情でこちらを見ている。
「どうかしたか?」
どうしてそんな顔で見られるのか、理解出来ない。
何か不快なことでもしてしまっただろうか。
「どうかしたっていうより、その子、誰?」
「え?」
言われて、女性が指さした方を見る。
「あ……」
そこにはぷっくりと頬を膨らませたシオンがいた。
機嫌が悪いのか、目が据わっている。
顔色も真っ赤で、今すぐにでも爆発しそうなぐらいに怒っているのが分かる。
「シオン?」
どうしてここにいるのか、どうしてそんなに怒っているのか、言いたいことは山ほどあったのだが、流石に風俗店に入るところを見られている状況では、少しばかり立場が弱い気がする。
後ろめたいことは何も無い筈なのに、シオンの態度を見ていると、俺の方が悪いことをしてしまったような気にさせられるのだ。
理不尽だと思わなくもないが、そういう気分になったのなら諦めるしかない。
「知り合い?」
俺に腕を絡ませている女性が不思議そうに問いかけてくる。
「一応、仕事仲間ではある」
「そう。せっかく捕まえたのにもったいないけど、先にその子をどうにかした方がいいんじゃないかしら。放っておくとお店の中まで付いてきちゃいそうな感じよ」
「……それは困る」
「困るというか、見たところまだ本当に子供みたいだし、教育上も良くないと思うわ」
「そうだな。気遣ってくれてありがとう」
こういう商売をしている割には常識的な考えをしているらしく、俺もこの女性に好感を持つ。
何度も利用しているからこそ分かることなのだが、商売上なのか、それとも性質なのか、こういう場所で働いている人たちにはその手の一般常識が欠けている場合が多いのだ。
全員がそうだとは言わないが、少なくとも俺が接してきた人たちの八割はそんな感じだった。
だからこの女性のこういう気遣いは本当に稀少なものだと理解出来てしまう。
「いいわよ。その代わり今度来る時は私を指名してね」
そう言って女性は自分の名刺を渡してくる。
約束は守る方なので、素直に受け取っておく。
今度利用する時は彼女を指名しようと決める。
借りが出来てしまったのだから、いつかは返すべきだろう。
「じゃあまたね」
女性はひらひらと手を振って俺達を見送った。
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