「うん。貴方はシンフォのことをよく理解しているようだ。だったら私が細かいことを言う必要は無いな。予算は気にしなくていいから、シンフォが望む最高の機体を用意して貰いたい」
そしてマーシャは世間話を打ち切ってから本題に入る。
このまま世間話を続けていたら、本題に進めないかもしれないと思ったのだろう。
「予算は気にしなくていいって、随分と凄いことを言ってくれるな」
「私はお金持ちだからな。本当に予算を気にしなくて、つぎ込めるパーツと技術の全てを集結して、最高の、最強の機体を用意してくれたらいいんだ。私はそれでシンフォが飛ぶのを見てみたい。もちろん、オッドもそうだろう?」
俺に振り返るマーシャ。
俺はしっかりと頷いておいた。
「ああ。見てみたいな」
マーシャが居てくれなければ、シンフォは制限された機体で飛ぶことになっただろう。
俺だけが最初から最後まで関わっていたら、シンフォを満足に飛ばせてやれなかった。
そういう意味では、素直に頼ることも大事だと実感する。
「しかしそういうことなら面白い機体があるんだが、見てみるか?」
「面白い機体?」
シンフォを見てニヤリと笑うゼスト。
シンフォの方もすぐに食いついた。
ゼストの腕を知っているからこそ、どんな機体なのか興味があるのだろう。
「おう。こっちに来てみろ。乗り手がいないままの展示品になるかもしれないと思っていたんだが、お前ならきっと乗りこなせるだろうよ」
作業場の方に案内された俺たちは、そこで完成品のスカイエッジを見せられた。
いくつものスカイエッジが整備中の中、その期待だけは優美な完成品としてそこに存在していた。
「こいつは実験機なんだけどな。シンフォに合わせて造ってある」
実験機として造られていたのは、偶然にもスターウィンドと同じ蒼い機体だった。
俺が知っている戦闘機よりもずっとシンプルな造りだが、フォルムはレヴィのスターウィンドに少し似ている。
「へえ~。地上だとこのぐらいの構造でも動くんだな」
レヴィが感心したように呟く。
スターウィンドの密度に較べると、かなり物足りなく感じているのだろう。
しかしスターウィンドは宇宙用戦闘機としても破格のスペックを誇る機体だ。
通常の大気圏内用機体とは密度に差がありすぎるのは当然だろう。
「その台詞。他の機体をいろいろ知っていそうだな」
ゼストがレヴィの台詞に食いつく。
整備士としての血が騒いでいるのかもしれない。
「俺たちが知っているのは宇宙用戦闘機だけどな。宇宙を飛ぶ機体だから計器類や武装、慣性相殺システムにシールド防御、結構な機能を積んでいるから、密度が段違いなんだよ」
「なるほどなぁ。もしかして整備士出身か?」
「いや。操縦者の方だ。俺もオッドも、そしてマーシャも全員が操縦者だよ」
「そうなんですか?」
「こりゃあ驚いた」
シンフォとゼストが本当に驚いた視線で俺たちを見る。
操縦者には見えなかったのかもしれない。
それはそれでショックだが。
しかし今の俺が厳密には操縦者とも言えないんだがな。
まあいいか。
元操縦者という括りならば同一だ。
「宇宙船の操縦者ってことは、元軍人か?」
「まあな~。マーシャは違うけど、俺とオッドは元軍人だ」
「なるほどなぁ。戦闘機に乗り慣れているんだったら、スカイエッジは物足りなく感じるかもしれないな」
「そうでもない。これはこれで面白そうだ」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ」
スカイエッジをこよなく愛するゼストは本当に嬉しそうに笑っている。
整備士は機体を弄るのが好きで堪らないという人間が多いが、ゼストもその例に漏れないようだ。
「操縦そのものは戦闘機とそこまで変わらない筈だ。計器類のチェックがかなり省略されている分、かなり簡単になっているとも言える。後で試しに乗ってみるか?」
「いきなり乗って大丈夫な代物なのか?」
「戦闘機に乗れる奴なら大丈夫だろ」
「ふむ。じゃあオッド。後で乗ってみるか?」
「俺が?」
「最初にシンフォに関わろうと決めたのはオッドだからな。スカイエッジにも興味があるみたいだし、乗ってみたらどうだ?」
いきなり俺に振られたので驚く。
しかしレヴィ自身は乗ってみたいとは思わないのだろうか。
「俺はスターウィンド以外に浮気は出来ないからなぁ。マーシャの前だし」
「ふふん。よく分かっているじゃないか」
冗談めかして言ったようだが、マーシャは割と本気のようだ。
スターウィンドはマーシャがレヴィの為だけに造った機体であり、浮気をするのは面白くないらしい。
尻尾が見えていたらぱたぱたと揺れているだろう。
「そういうことなら、後で乗ってみたいな」
俺自身はスカイエッジに興味もあるし、浮気となるような機体も無い。
安心して乗れるというものだ。
「オッドさん、嬉しそうですです」
シオンがからかうような視線を向けてくるのが少し面白くないが、まあいいだろう。
「珍しいね。オッドが嬉しそうにしているのって」
「そうなんですか?」
「優しいけど、基本的にはクールだからな~」
「へえ~」
シャンティが余計なことを言っている。
しかし反応すると泥沼になりそうだったのでやめておいた。
その間、シンフォは機体の詳細ファイルを確認している。
ファイルから視線を外さずに食い入るように見ているので、この機体にかなり意識が傾いているのだろう。
「気に入ったか?」
マーシャはワクワクした表情でシンフォの隣に行く。
「はい。少し手を加えて欲しいところはありますけど、この機体なら私にとって満足のいく飛翔が出来そうです」
「そうか。じゃあこれで決まりだな。ゼストさん。この機体に更に改良を加えるとして、大体どれぐらいになる?」
「そうだな。大体三千万ぐらいか?」
「分かった」
マーシャは携帯端末を操作している。
きっと自分の口座からお金を振り込むつもりなのだろう。
「すぐに振り込むから口座を教えてくれ」
「すぐにって、一括か?」
「うん。一括だ」
「……どんだけ金持ちなんだ」
「あるところにはあるんだぞ」
「そうみたいだな……」
ゼストは呆れ混じりに店の口座を教えると、すぐに振り込み完了した。
「うわ。本当に振り込まれてる……」
口座に三千万の振り込みを確認して、更に呆れるゼスト。
「よし。これでこの機体はシンフォのものだ。思う存分自分の為に調整をしてくれ」
「あの。本当にありがとうございます。マーシャさん」
「うん。お礼は最高の飛翔でしてくれたらいいぞ」
「はい。頑張りますっ!」
まだ終わりにしなくていい。
もっと飛べる。
それだけでシンフォは幸せそうだった。
そしてシンフォは俺の前までやってくる。
「どうした?」
「オッドさん。本当にありがとうございます」
「? 俺は特に何もしていないだろう。スポンサーを引き受けたのはマーシャだし」
「いいえ。オッドさんがあの時私に声を掛けてくれたから、今の状況があるんです。私を見捨てないでいてくれたから、私はまだ飛べるんです。本当にありがとうございます」
「………………」
シンフォは俺の手をぎゅっと握って、涙ぐんだ表情でお礼を言ってくる。
飛ぶことが生き甲斐なのだろう。
そして飛べなくなったら生きる気力を失う。
それは危うい精神性なのかもしれない。
しかしその危うさがあるからこそ、辿り着ける場所がある。
そんな気がするからこそ、その危うさを責めようとは思わなかった。
俺はシンフォの頭に手を置いて、そっと撫でた。
「良かったな」
「………………」
何故か赤くなるシンフォ。
「ん? 子供扱いみたいで悪かったか?」
「い、いえ。その、そういうことをされたのはかなり久しぶりなので……照れるというか……」
「そうか。それは悪かった。最近はこういう感じで女の子に接することが多かったからな。つい同じようにしてしまった」
「それってあたしのことですか~?」
「他に誰がいる?」
いつの間にか隣に来ているシオン。
頭を撫でて欲しそうにしていたので、希望通りにしてやった。
「えへへ~」
子供に接するのと同じように、シンフォにもしてしまった。
シンフォはまだ若いとは言え、子供とも言えない年齢なので、流石に頭を撫でるのは不味かったかもしれない。
それからシンフォとゼストの打ち合わせが始まった。
細かい希望を聞き入れて大幅な改造が行われるかと思ったが、元々あの機体はシンフォが乗ることを前提として造られているらしいので、ほとんどの希望が叶えられていた。
ゼストは本当にシンフォのファンなのだろう。
楽しそうにシンフォの希望を聞き入れているところを見ると、自分の造った機体で飛んで貰えることが誇らしいのかもしれない。
俺たちはその間、店の斜め前にある喫茶店でのんびりとしていた。
シンフォを待つ間、店の中でくつろぐよりも、のんびりとお茶をしようということになったのだ。
マーシャは優雅に紅茶を飲んでいるし、レヴィはその隣でアイスコーヒーを飲んでいる。
二人とも相変わらず仲がいい。
隣にいるのが自然で、離れている方が違和感を覚えるぐらいに馴染んでしまっている。
「とりあえずこれでシンフォは大丈夫かな?」
「そうだな。マーシャのお陰だ。ありがとう」
「うん。オッドが頼ってくれて嬉しいから問題無い」
「そうか」
「うん。そうだぞ」
にこにこしながら答えるマーシャ。
仲間に対しては本当に優しい。
「マーシャ。折角だから次のレースでシンフォさんに賭けたらどうですか? 今なら大穴だから、勝ったらボロ儲けですよ~」
「いいな、それ。儲け分をシンフォの今後の活動資金にしてやろうか」
「それは名案ですです~」
シオンの提案にマーシャも乗り気になる。
スカイエッジ・レースはギャンブルなので、多額の金が動く。
それを利用して今後のシンフォがスポンサーを得られなくても、レーサーとして活動出来る為の下地を作ってやろうという腹づもりらしい。
「もしかしてマーシャもシンフォのことを気に入ったのか?」
「シンフォが気に入ったというよりは、オッドが肩入れするつもりになった女の子が気になったという感じだな。春が来たりしたかもしれないし?」
「そっちか……」
がっくりと肩を落とす。
確かにシンフォに肩入れする気にはなっているが、そういう感情は持っていない。
むしろ幼い子供みたいな印象があって、そういう気持ちになりづらいというか。
「生憎と、そういう対象にはなりそうにないな。というよりも、考えたこともなかった」
「そうなのか? シオンと違ってちゃんと大人の女性だからロリコンにはならないぞ」
「………………」
「ごめん。嘘です。睨まないでくれ」
ロリコン呼ばわりされかけて睨むと、マーシャはレヴィの後ろに隠れた。
マーシャの方がずっと強いので隠れる必要はないと思うのだが、こういう攻め方をすると弱いということだろう。
「あたしはオッドさんでもいいんですけどね~。格好いいし、ご飯美味しいし」
「俺は嫌だ」
「あう~。振られちゃったですです~」
「ちっとも振られた悲壮感が無いね、シオン」
「あはは。まあ冗談ですしね~」
冗談でロリコン扱いされたらたまったものではないのだが、まあ子供の悪ふざけで済むレベルなら許しておこう。
マーシャやレヴィ相手ならある程度容赦をしなくて済むのだが、子供相手に怒りすぎると可哀想だという気持ちになってしまう。
やはり子供には甘過ぎるのかもしれない。
「オッドにも春が来てくれたら私は嬉しいんだけどなぁ」
「気持ちだけ貰っておく」
俺を心配してくれる気持ちは嬉しい。
しかし俺にもそう出来ない理由があるのだ。
レヴィが乗り越えたものを、俺は乗り越えられない。
それは弱さなのかもしれない。
だけど弱いままでもいい。
あの地獄を乗り越えたのだから、その程度には自分を甘やかしても許されるだろう。
「取り敢えずあのシンフォにはしばらく関わるんだよな?」
「そのつもりだ。早めにロッティへと戻りたいのなら、俺のことは置いてもいい」
「いやいや。面白そうだから最後まで付き合うよ。たまには戦闘機以外のものに興味を持ってみるのも楽しそうだし」
「そうだな~。俺はマーシャが喜ぶと尻尾が気持ちよくなるから賛成」
「……レヴィ。その理由はかなりアホだぞ」
「もふもふマニアだから仕方ないだろう」
「開き直ったな……」
本当に、その理由もどうかと思うのだが、まあレヴィが幸せそうなら構わないということにしておこう。
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