グリオット星系第七惑星イシュタリカ。
辺境惑星リネスのゴタゴタを終えたマーシャ達がロッティに戻る前に立ち寄ったのは、この星だった。
特に目的があった訳ではない。
強いて言うならレヴィとデートをしたかっただけだ。
それにシルバーブラストにフラクティール・ドライブを実装したのだから、たった一度の試運転では物足りない、というのもあった。
近くのフラクティール・ゲートを調べて、一度の跳躍で飛べそうな場所で、尚且つ観光に向いていそうなところを調べたら、このイシュタリカが出てきたので、ちょっと立ち寄ってみたくなったのだ。
イシュタリカは特殊自然保護惑星としてエミリオン連合に登録されており、首都特別地域以外はほとんど科学技術が使われていない昔ながらの生活を大切にする場所でもあった。
建物は木造建築、レンガ造りなどがメインで、街中の趣はどこか懐かしさを感じさせるものだった。
のんびりとしたのどかな風景は、マーシャにとってもお気に入りだった。
宇宙港にシルバーブラストを停泊させて、そのままタクシーに乗って首都特別地域まで出たのだが、マーシャは辺境地域まで足を伸ばすことにした。
もちろん他のメンバーも同様だった。
船を下りた後は出発までそれぞれ自由にしてくれて構わないとマーシャは言ったのだが、どうせなので一緒に遊ぼうということになった。
マーシャはタクシーの中でパンフレットデータを確認しながら、何処に行くかを考えていた。
海の綺麗な場所、山の綺麗な場所、温泉がある場所、工芸が盛んな場所など、とにかく見所が沢山ある。
「どこにしよう……」
うーんうーんと悩むマーシャを見ながら、レヴィが適当に言う。
「迷うぐらいなら全部回ってしまえばいいんじゃないか? どうせ滞在日数は大雑把にしか決めていないんだろう? クラウスさんにも急いで戻るようには言われていないみたいだし、のんびりすればいいんじゃないか?」
リネスを出た後、一度ロッティに連絡は取っている。
マーシャが戻った方がいいような案件は発生しておらず、のんびりと旅行を楽しんでくるといいと言われたので、遠慮無くそうすることにしたのだ。
「それもそうだな。よし、なら一番近い場所から回ろう」
あっさりと全部回ることに決めてしまった。
迷うぐらいなら全部選べというレヴィの言葉に、マーシャは迷うこと無く頷いたのだ。
思い切りの良さと同時に、お金にも時間にも余裕があるからこそ出来ることだった。
タクシーを一時間ほど走らせて辿り着いたのは、『ベリーベリーズ』という村だった。
その名の通り、ベリーの特産地である。
ストロベリーを始めとした様々なベリーが育てられている。
中でもブルーベリーやラズベリーは、他の惑星に輸出されるほどのブランド品として有名になっている。
村といってもベリーファームの面積が広大なので、大陸の二割を占めるほどに広い。
村そのものの面積はそれほどではないのだが、生産地としてはかなりの規模になっている。
村の中にはベリーを扱うお店がずらりと並んでいる。
メジャーなのはやはりストロベリーを使ったケーキやタルト、ブルーベリーやラズベリーを使ったジャムなどのお店だろう。
スイーツだけではなくソースにも使えるので、料理の材料として瓶詰めにされて並べられている店もあり、オッドはそちらに興味を持ったようだ。
もちろんシオンもついて行く。
それを見たマーシャは微笑してからオッドの肩を叩いた。
「後で合流しよう。ゆっくり見ていくといい」
別行動が決定した瞬間だった。
「オッドはやっぱり料理人気質だよな」
「俺もそう思う」
「本人は不本意なんだろうけどねぇ」
マーシャとレヴィ、そしてシャンティがニヤニヤしながら歩く。
「アネゴ。そろそろお昼にしない? 僕、お腹空いちゃったよ」
「そうだな。周りからもいい匂いがしてきたことだし、お昼にしようか」
「賛成」
ずらりと並ぶお店を見回して、一番いい匂いがする場所に入った。
恐るべき獣勘は大正解で、真っ先に注文したメニューはとても美味しかった。
肉をベリーソースにつけて食べるのだが、仄かな酸味が絶妙なバランスを引き出している。
「フルーツと肉って微妙だと思ったけど、意外と合うなあ」
マーシャが牛肉をもぐもぐさせながら言う。
腰巻きに隠された尻尾が見られないのが残念だった。
リネスではレヴィの要望で晒していたが、イシュタリカでは隠すことにしたようだ。
しかし隠していても、ご機嫌に揺れているのが分かる。
レヴィはチキンのベリーソース和えを食べている。
これもなかなか美味だった。
シャンティはべったりとソースの塗られたトーストを美味しそうに頬張っている。
美味しいけど、ベリー以外のメニューも欲しいな。連日続いたら流石に飽きるぞ……」
「言えてる。まあ一日二日滞在したら次の場所に移動するつもりだろうし」
「そうだな。今日はどうする?」
「せっかくだからベリーファームを見学していく。確かストロベリー狩りもあったな。そっちも試してみたい」
「大量に取ってどうするんだよ」
「オッドに渡しておけば何かデザートを作ってくれそうだし」
「おお、それは名案だな」
「僕はストロベリームースが食べたいな」
「頼めば作ってくれると思うぞ」
「オッドが作ったものだといいんだけど……」
シャンティが微妙な表情で呻く。
「?」
「どういうことだ?」
「うん。実はね、この前オッドと一緒に料理の練習をしていたシオンのね……失敗作……もとい練習作を食べさせられたんだよ……」
「………………」
「………………」
「別に酷い出来じゃなかったんだよ。オッドが監修していたんだから当然だけどさ。うん、味はまともだったんだよね。でもさあ、見た目がちょっとね……酷かったっていうか……味がまともなだけに微妙というか……」
「そうか。それは災難だったな……」
マーシャが同情し、
「いいじゃないか。女の子の手作りお菓子が食べられるなんて、少年の幸せというものだぞ」
レヴィがからかった。
「フリーの女の子ならそれでも喜べるけどさあ、人の彼女相手に練習台にさせられて喜べって言う方が無理だよ」
もっともである。
しかもシオンは翠緑の瞳をキラキラさせながら期待に満ちた表情で「どうですか~?」などと訊いてくるし、オッドは「不味いなんて言ったらしばき倒す」という眼で睨んでくるのだ。
シャンティにとっては拷問に等しい時間だった。
それからデザートのミックスベリーケーキを食べて、三人はホテルに向かった。
この村の場合、ホテルというよりはコテージという感じで、一棟それぞれが貸し出されるようになっている。
マーシャは五人がゆったり過ごせるだけの大きさがあるコテージを借りて、そこに荷物を運び込んだ。
丸太で造られたコテージは、セキュリティ面における不安は残るが、それでも不思議な温かみがあった。
「たまにはこういうのもいいな」
丸太を切って造られた椅子には背もたれもなく、テーブルも形が歪んでいる。
二階に行く為の梯子もところどころ斜めになっている部分があり、見ただけで不安定だと分かる。
それでもこの不安定さがいい味を出していた。
こういう場所ではこういうものの方が似合っている。
エアコンなどの空調設備は無いが、薪をくべる暖炉がある。
原始的な空間は意図的に造り出しているものだろう。
木の匂いに心地よさを感じながら、マーシャはのんびりとくつろいだ。
この後はストロベリー狩りに行くつもりだったが、もう少しこの心地よさを堪能したかったのだ。
「シャンティはこの後どうするんだ? 一緒に来るか?」
「んー。やめとく。なんか眠くなっちゃったし。ここで昼寝するよ」
「そうか」
シャンティは一番陽当たりのいい部屋に陣取っていた。
寂しい独り身少年なのだから、これぐらいの役得はあってしかるべきなのだとでも言うように。
ぽかぽかとした陽射しがベッドに降り注ぎ、シャンティはそこでごろごろしていた。
灰色の瞳がうとうとしていて、そのまま目を閉じてしまう。
お昼寝タイムのようだ。
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