観客席ではマーシャ達がのんびりとレースを眺めていた。
シンフォが出るレースは十八レースなので、まだ時間がある。
シャンティ達はのんびりとポップコーンを食べている。
レヴィの方も腕を組んでのんびりと眺めているようだ。
「シンフォはまだかな?」
「もう少しだろ」
「やっぱり早く出て欲しいよな~」
「つまらなかったか?」
「シンフォの飛翔を見ていると物足りない感じかな」
「自分の操縦に較べたら、じゃなくて?」
「そうとも言うけど」
「ふふふ」
マーシャがからかうように言うが、レヴィは否定しなかった。
彼は自分というものをちゃんと知っている。
最強だという自負もある。
マーシャが憧れて、追いかけて、そして捕まえてくれた自分は最強で在るべきなのだという誇りもある。
ある意味ではマーシャへの愛情の形なのかもしれない。
マーシャから見てもシンフォの飛翔は大した物だと思った。
だからこそ、スポンサーとして投資をする価値があると考えたのだ。
もちろん、最初のきっかけはオッドへの手助けだったが、最後は彼女自身を応援したいという気持ちにもなっていた。
「あれ? オッド。お帰り。もうシンフォのところはいいのか?」
「ああ。緊張しているかと思ったが、かなり落ちついているようだ。あれなら大丈夫だろう」
戻ってきたオッドがシオンの隣に座る。
空いている席がそこしかなかったのだ。
シオンが荷物を置いて確保してくれていた。
「なら大丈夫だな。大儲けだ♪」
うきうきしながら言うマーシャ。
しかし自分が儲かるのが嬉しいのではなく、シンフォが勝てばその分彼女に与えるお金が増えるのが嬉しいらしい。
「結果を出し続ければスポンサーは付くかもしれないが、今度はきちんとえり好みをした方が良さそうだからな。グラディウスはかなりピーキーな仕様になっているし」
オッドが心配そうに言う。
シンフォの勝利は心配していないが、その後のことはやはり気にしているようだ。
ロンタイのように融通の利かないスポンサーが接触してきたとしても、断れるだけの環境を用意しておきたい。
「スポンサーについては手を打っておいたから、問題無いと思う」
「マーシャ?」
「実は……」
マーシャが内緒話をするかのようにごにょごにょと耳打ちしてきた。
それを聞いたオッドは驚いた表情になるが、すぐに納得した。
「なるほど。確かにそれなら適任だ。前例はなさそうだけど、あの二人なら何とかなるだろう」
「うん。私もそう思う。これが一番の組み合わせだと思うから。どちらにとってもウィンウィンな関係になりそうだな」
「ああ。しかしそれはマーシャの思いつきか?」
「ううん。レヴィだよ。こういう組み合わせの方がいいんじゃないかって、提案してくれた」
「レヴィが?」
オッドがレヴィの方を見る。
レヴィは少しだけ楽しそうに肩を竦めた。
「これまでの慣例にこだわるよりも、冒険とか博打とかをしてみた方がいい結果を出しそうな時もあるだろう? 思い付いただけだが、考えてみたら上手く行きそうな気がしたからな」
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
レヴィの方は提案しただけで、交渉をしたのはマーシャだ。
マーシャに雇われているだけのレヴィよりも、資金提供者であるマーシャが説得した方が成功率が高いし、話もきちんと聞いてもらえる。
「何はともあれ、後は見守るだけだな」
「ああ。そうだな」
命を賭ける覚悟で飛び続けると決めたシンフォに対して、オッド達が出来ることは限られている。
見守り、見届ける。
ただそれだけだ。
その先は、あくまでもシンフォ自身が手に入れなければならない。
それは誰にも手助け出来ない、シンフォだけの試練なのだ。
「まあ、シンフォなら大丈夫だよな」
「ああ。大丈夫だ」
大丈夫だと確信出来る。
「あ、シンフォさん出てきたですよ~」
「ほんとだ~。やっぱり美人さんだな~。でもこのレースも女の人が一人しか居ない。もっと女性レーサーを増やした方が男性ファンも増えると思うんだけど」
シャンティが男性視点からの要望を口にする。
実現するかどうかは別として、確かに女性レーサーも増えた方がファン層も広がっていくだろう。
「うん。大丈夫だ。ちゃんと覚悟の決まった顔をしてる」
マーシャが満足そうに頷く。
「すげーな。ここから表情まで見えるのか?」
「うん。バッチリだ」
「どんだけすげー視力なんだ……」
マーシャの隣でレヴィがやや呆れている。
亜人の視力は凄まじい、などと考えているのかもしれない。
『それでは本日の最終レース、いよいよ開始ですっ!』
★
アナウンスのかけ声と共に飛び立つスカイエッジ達。
私も同時に飛び立った。
浮島の少ない上方を駆けていく他のレーサー達とは違い、私とグラディウスだけは浮島の多い下方を駆けていく。
明らかに効率の悪いコースを飛び続けているように見えるだろう。
観客はいつものことかと、いつも通りに失望しているのかもしれない。
そんな失望を感じ取りながらも、私は動揺したりはしなかった。
ちゃんと、希望と共に見守ってくれる人たちがいることを知っているから。
私の飛翔を完成させてくれた人たちがいるから。
オッドさん達の為に、私は最高の空を飛ぶ。
私だけの道。
そこに、勝利がある。
そして気がついたらトップへと躍り出ていた。
「ふふふっ!」
下を飛び続けていた私がいきなりトップに出たのでびっくりしたのだろう。
他のレーサー達が慌てて追いすがってくる。
「あっ!」
しかし強風に襲われた所為で、機体のバランスが崩れる。
追いすがってきた機体も同様にバランスを崩した。
そして私のグラディウスにぶつかりそうになる。
「………………」
しかし慌てたりはしない。
グラディウスは既にバランスを取り戻している。
ならば、私に出来ないことはない。
何でも出来る。
どこまでも飛べる。
その確信だけがある。
滑らかに操縦桿を動かして、危なげなく避けることが出来た。
「うん。大丈夫」
自分の操縦に満足している。
そして避けられた相手が驚いた顔をしている。
もちろん自分も助かったのだが、どうやったらあんな操縦が出来るのか、不思議なのだろう。
少し前の私でも同じような表情をしていたのかもしれない。
意識の違い。
そして覚悟の違い。
もちろん、技術も必要だけれど。
たったそれだけのことなのだ。
「よし。行こう、グラディウス」
私は愛機の操縦桿を再び握る。
ゴールは目の前。
私がトップ。
これは、譲らない。
久しぶりのトップコースはとても光で満ちているように思えた。
そして私はゴールラインを飛翔する。
「やった……やったよ。グラディウス……」
トップでゴールした私はサービスの飛翔を行いながら、涙ぐんでいた。
この結果を手に入れたくて、頑張ってきた。
自分だけの飛翔で、トップを獲りたかった。
ずっと手を伸ばし続けたものに、やっと手が届いた喜び。
本当に嬉しい時は、涙が出るのだと初めて知った。
哀しみの涙よりも、ずっといい。
飛んでいる間は、すごく怖い。
見えている世界が違う。
飛んでいる道が違う。
それは私が目指したものではあるけれど、やっぱり怖かった。
その恐怖と正面から向き合って、そして飛びきった。
その結果がここにある。
怖かったけれど、それでも生きている実感があった。
これが私の飛翔だという、確信があった。
これからも私はこの空を飛び続けるだろう。
操縦桿を握っているので、涙は拭わない。
しばらく、拭いたいとは思わなかった。
★
「やったですっ! シンフォさんやりましたですよーっ!」
シンフォさんがトップでゴールを駆け抜けるのを見て、あたしは大感激しましたです。
アナウンスもシンフォさんの勝利が意外だったらしく、ゴール後数秒だけ沈黙してから健闘をたたえています。
それから会場も盛り上がったり、唖然としたりで忙しそうです。
どんでん返しな結果ということですね。
もちろんマーシャを含めたあたし達は大儲けですけど♪
「オッドさんっ! シンフォさんがついにやったですよっ!」
隣に居るオッドさんと一緒に喜びを分かち合いたいと思って声を掛けます。
いつもどこか寂しさを抱えているオッドさんが、少しでも笑ってくれたりしてくれると嬉しいです。
今まで応援してきた人が優勝してくれたので、きっとオッドさんも喜んでくれると信じています。
きっと、あたし以上に喜んでいる筈です。
「ああっ! ついにやったなっ!」
「え……?」
オッドさんの表情は、ある程度予想通りのものでした。
嬉しそうな表情で、心の底からシンフォさんの勝利を喜んでくれています。
「あ……」
その表情はまるで少年のようでした。
いつも感情を抑えているようなところのあるオッドさんが見せてくれた、ありのままの表情です。
「あ……う……」
初めて見るその表情は、あたしの心を混乱させました。
顔が赤くなっているのが分かります。
身体が火照って、自分野中でよく分からない感情がむくむくと湧き上がってきます。
「シオン?」
あたしの様子がおかしいことに気付いたオッドさんが不思議そうに見下ろしてきます。
「ひゃうっ!?」
見下ろされることで顔が近付き、触れ合えるほどの距離になってしまいます。
いつもなら調子に乗ってすり寄ったりするのですが、今だけはそれが出来ません。
「あうあうあう~~っ!!」
ぱたぱたと両手を振ってからオッドさんを遠ざけようとします。
「っ!? 危ないだろうがっ!」
いきなり突き飛ばされたオッドさんは椅子から落ちそうになります。
「ごめんなさいです……。うにゃっ!?」
今度はあたしが椅子から落ちそうになりました。
「シオン!」
オッドさんが慌てて引き寄せてくれます。
抱きしめられてしまい、更に心臓がバクバクしてしまいます。
「っ!!」
いつもなら気にしない腕の強さとか、心臓の音とか、逞しい身体の感触とか、好ましい匂いとか……あわわわわ……
「ちょ、ちょっとトイレですーっ!」
オッドさんから急いで離れたあたしはすぐにその場から離れました。
オッドさんは唖然としています。
訳が分からないのでしょう。
当然です。
あたしにも訳が分からないのですから。
自分でも分からないことが、他人に分かる筈がありません。
「あわわわわ……」
オッドさんから逃げ出す形で誰も居ない通路までやってきたあたしは、自分の感情に戸惑っていました。
無邪気さの垣間見えたあの笑顔を思い出すと、また顔が赤くなります。
ドキドキしていまいます。
寂しそうなオッドさんを放っておけなくて、笑って欲しくて、傍に居ようって決めた筈なのに。
その通りにしてきた筈なのに。
特別な気持ちなんて、意識していませんでした。
ただ、放っておけないと思っただけだったのに……
自分にこんな気持ちが芽生えること自体初めての経験です。
本当にそうなのかどうか、確信はありません。
でも、そうだと信じたい気持ちはあります。
あたしにとって、初めての恋心。
みんなが大好きだという気持ちとは、一線を画した明確な想い。
たった一人の特別を、あたしは見つけてしまったのです。
それはずっとあたしの傍にあったもので、特別だと気付いたのはついさっきです。
それでも、気付いてしまったからには止められません。
「うわあうわあうわあ……」
初めて経験する気持ちにどうしていいか分からず、真っ赤になった顔を自分の両手で抑えます。
手に伝わってくる熱が自覚出来て、更に熱くなります。
それからゆっくりと、自分の気持ちを自覚していきます。
「そっかぁ……」
大きく息を吸い込んで、まずは気持ちを落ち着けます。
「あたし、好きになってたですね。オッドさんのこと……」
大切な仲間としてではなく、一人の男の人として、特別な気持ちを抱いています。
そう自覚してしまうと同時に、少しだけ哀しい気持ちも湧き上がってきます。
あたしは、知っているんです。
オッドさんが、あたしのことを子供としてしか見ていないことを。
外見だけではなく、内面も含めて子供扱いしてくれないことを。
「まあ、事実ですけど……」
あたしが身も心も子供なのは事実です。
有機アンドロイドとして生み出されて、人並みに成長することは出来るけど、それでも中身だけはまだまだ子供なんです。
マーシャと博士に生み出して貰った年月を考えると、実年齢はまだ一歳程度です。
そんなあたしを女性として見てくれという方が、無理だと思うです。
「うわあ……。そう考えると凹んでくるですよ……」
自覚した瞬間に実らないと理解させられてしまった恋心に、かなり凹んでしまいます。
外見はしばらくどうしようもありません。
内面も、簡単には成長してくれません。
どちらも時間が解決してくれる問題です。
もしもオッドさんがあたしの成長を待ってくれるようなら……
「ううん。駄目です。それまではあたしが待てないですです」
最低でも十年の時間が必要になると分かっているので、無理だと判断します。
それだけの年月、この気持ちを抑えつけることは出来ません。
初めての恋心だからこそ、この気持ちはあたしの中で確かな熱を持っています。
燃え上がって、ぶつける場所を探しています。
中身が幼いからこそ、気持ちをコントロールすることが出来ません。
「はぁ……前途多難すぎですぅ……」
ようやく落ちついてきたあたしは、ちょっぴり泣きたくなってしまいます。
だけどオッドさんの前では笑顔でいたいので、もう少しだけここで泣いて、それから戻ることにします。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!