そして今夜もランカとマーシャは同じ部屋で眠ることになった。
布団は二つ敷かれているが、ランカはもぞもぞしながらマーシャの布団に潜り込んできた。
そのままぎゅーっと抱きつかれたので、マーシャもランカのつややかな黒髪を優しく撫でた。
「ランカは意外と甘えん坊なのかな。タツミや他の人たちの前では凜としてて格好いいのに」
「そうかもしれないわ。マーシャと一緒にいると、無性に甘えたくなるのよね。どうしてかしら?」
「私に訊かれても分からないぞ」
「ふふふ。そうね。きっとこんな風に、誰かに甘えた経験が無いからかもしれない」
「そうなのか?」
「私が覚えている限りではだけど。小さな頃から私はキサラギの跡取りで、人の上に立つことが決まっていたから。父さんは立派な人だったし、私を大切にしてくれたけど、でも甘やかそうとはしなかった」
「お母さんは?」
「私が覚えていないぐらい小さな頃に、ラリーとの抗争に巻き込まれて……」
「そうか……」
ぎゅっと、ランカを抱きしめる腕に力を込めた。
大切な友達の寂しさが、少しでも紛れるように。
「今までは誰かに甘えたい、こんな風にしたいって、思った事は無かった気がするの。いつでもしっかりと、凜として立っていなきゃいけないって、ずっとそう思ってた。タツミが居なくなって、父さんが死んでしまって、私は一人になったから。もちろんキサラギの仲間達は一緒に居てくれたし、力にもなってくれたけど。でも私にとって、彼らは護るべき存在であって、弱音を吐いたり、縋ったりしていい相手ではなかったから」
「………………」
たとえ部下がそれを望んでくれたとしても、人の上に立つ人間は、常に堂々としていなければならない。
それが尊敬する父の教えであり、ランカ自身も共感出来る考え方だった。
だからこそ、ランカは今までその通りにしてきたのだろう。
それはタツミに対しても同じ事で、ランカは今まで誰にも弱いところを見せられなかった。
しかしランカ自身の内面はかなりの甘えん坊で、寂しがり屋で、繊細な少女でしかないのだ。
それなのに、ずっとその気持ちを押し殺してきた。
だからこそ友達になってくれたマーシャに対しては、本当の自分を見せているのかもしれない。
凜としたキサラギの当主ではなく、年相応の、もしかしたらそれよりもずっと幼いかもしれない、少女としての姿を。
そんな少女の脆さと儚さを可愛いと思いながらも、それでもマーシャはこのままではいけないと思って、ランカに言い聞かせる。
「ランカ。私達は友達だけど、でも私はずっとランカの傍に居てあげられる訳じゃないんだよ。この件が片付いたらまた宇宙に戻るし、会えることも少なくなると思う。私だけにそんな弱さを見せてくれるのは嬉しいけどね。でもランカは私だけじゃなくて、他の人間にもそれを求めるべきだと思う」
それを求められる相手は、きっとすぐ傍に居る。
いつも傍に居てくれて、誰よりも彼女を想ってくれている。
「分かっているの。それは分かってる。でも、私はタツミに酷い事をしてしまったから。ずっと頼り続けて、これからも頼り続けたら、いつかタツミは私の為にもっと酷い事になってしまうかもしれない。私の所為で八年も犠牲にしたのに……これ以上、タツミから何一つ奪いたくないのに……」
十二人を殺して、八年を犠牲にした。
それがタツミに対するランカの負い目なのだろう。
タツミがそれを全く悔いていないことは、ランカにも分かっている。
だけど、そんなタツミの気持ちに甘え続けたら、いつか取り返しの付かないことになるという確信があった。
「タツミはそれを犠牲だなんて思っていない筈だよ」
「分かってる。でも、これ以上は無理なの……」
「どうして?」
「怖いから」
「でも、ランカが受け入れなくても、きっとタツミはランカを助けようとするぞ。その結果、また同じ事になるかもしれない」
「………………」
「一度は言おうとしたんだろう? だったらもう一度頑張ろう」
「……言おうとしたけど、でもあれはタツミが」
「うん。あれはタツミが悪い。馬鹿すぎる」
「そうよね。やっぱりそうよね」
うんうん、と納得するランカ。
自分を正当化出来て嬉しいのだろう。
だけどそれは、臆病さを否定する理由にはならない。
「でも、もう一度頑張ろう。自分から言わないと、きっとタツミはランカを頼ってくれないよ」
「………………」
「いっぱい負い目があったとしても、その分、気持ちを返してあげればいいんだよ。大好きだっていう気持ちをね。それだけでタツミはもっと頑張るだろうし、ランカは今以上に頑張れるよ。頑張らなきゃって気負うんじゃなくて、頑張りたいって思えるようになるよ」
「そう……なのかな……?」
「そうだよ。それにタツミはもっとランカに頼って欲しいって思っているよ。弱さも脆さも見せて欲しいって思っているよ。見せてくれたら力になれるのにって思っている筈だよ」
「………………」
「だからもう一度頑張ろう。タツミに、ちゃんと気持ちを伝えよう。そうしたら、ランカはきっと大丈夫だから」
「……頑張るけど、また邪魔されたら自信が無いかも」
「うーん……」
それは否定出来ないなぁ……と微妙な表情になるマーシャ。
タツミ本人のアホっぷりは、もう直しようが無いレベルだ。
告白を台無しにしようとした訳ではないのだろうが、彼はランカとは逆に自分の気持ちに正直過ぎる。
恋人になりたいという願望の前に、犬になりたいという変態的欲求があるのだから始末に負えない。
「いっそのこと、犬を飼うぐらいの気持ちで付き合ってみるのは?」
「……犬に弱さとか脆さとか見せたくないわよ」
「それもそうだよなぁ……」
マーシャだってそれは嫌だ。
自分に出来ない事をランカにやれというのも酷な話だ。
「ならいっそのことランカから攻め込んでみたら?」
「え?」
「だから、この前はキスされたんだろう?」
「うん」
「今度はランカからキスしてやったらいい。強引に、押し倒す勢いで」
「押し……っ!?」
淑女として育てられた少女には過激な表現だったのだろう。
真っ赤になって、ぎゅーっとマーシャの胸にしがみついた。
動揺している顔を見られたくないのかもしれないが、一瞬の表情をマーシャはしっかりと見ているので、既に手遅れだ。
「主導権を握ってしまえばいいんだよ。そうすれば勝手な真似は出来なくなるし」
「……あのタツミを相手にして、主導権を握るのは、凄く難しい気がするわ」
「それもそうか……」
暴走駄犬相手に主導権を握ろうと思えば、自分も同じぐらい暴走しなければならないかもしれない。
しかしランカはそんなことが出来る性格ではない。
「なら、その性格も含めて受け入れたら?」
「うぅ……難しいかも……」
「そう? だってその性格も含めて好きなんだろう?」
「………………」
それも否定出来なかった。
タツミが好き。
その気持ちだけは、何があっても変わらない。
何度も諦めようとしたけれど、どうしてもこの気持ちだけは消えなかった。
だからこの気持ちを抱えたまま、ただ傍に居られればいいと思ったけれど、それでは駄目だという。
ランカにも弱音を吐いたり憤ったりする相手が必要なのだと。
マーシャという友達にそれをしてしまった今、ランカはその存在を狂おしいほどに求めている。
いつも傍に居てくれる訳ではない友達だけではなく、ずっと傍に居てくれる相手にそれを求めてしまう心を止められない。
「が、頑張ってみるわ」
ぐっと両の拳を握りしめて決意するランカ。
一体どのように頑張るつもりなのか、具体的なことは何一つ決めていないのだろう。
それでも頑張るつもりなのだ。
前に踏み出して、今とは少しだけ違う関係を望む為に。
「その意気その意気」
「だからちょっとパワーをちょうだい」
「え?」
ランカの両手がマーシャの尻尾に移動した。
さわさわもふもふされている。
「……パワーチャージされるのか? それで?」
「されるわよ~。ああ気持ちいい♪」
「………………」
「頬ずりしてみたいのだけれど、駄目かしら?」
「駄目だっ!」
「レヴィさんはしているでしょ?」
「あのもふもふマニアと同じ真似はするなっ!」
「私ももふもふマニアになりたいわ」
「ならなくていいからっ!」
二人はじゃれ合いながら、楽しい夜を過ごすのだった。
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