シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

マーシャVSレヴィ デートと尻尾びんた 4

公開日時: 2022年3月14日(月) 06:38
文字数:3,906

 そこからの航行は順調だった。


 自動操縦における最高速度でディルグッド星系を目指し、リネスから飛び立って八日後には第二惑星ミスティカに到着していた。


「速いなぁ。一般の快速船でも十四日はかかるっていうのに」


 その速度に感心するタツミだが、今更この程度のことで驚いてはいられない。


 その前に散々驚かされたのだから、いい加減慣れたというのもある。


 地上のミスティカ宇宙港まで降りて、入国手続きを済ませると、マーシャとレヴィはさっそくデートに出て行ってしまった。


「おいおい。調査に来たんじゃないのかよ……」


 呆れるタツミだが、そちらはマーシャ達ではなく、シオンとシャンティの管轄らしい。


「お土産よろしくですよ~」


「僕はチョコレートケーキがいいな」


 これから働くことになる二人の子供は、しっかりと見返りを要求していた。


「分かった。チョコレートケーキと、他にも何か買って帰るよ」


 マーシャは機嫌良く請け負ってから、レヴィと一緒に出て行った。







「さてと。なら仕事をしますかね~」


「ですです~」


 シオンとシャンティが腕まくりをしながらやる気を漲らせている。


 電脳魔術師《サイバーウィズ》の本領が発揮出来る機会は、二人にとってもやり甲斐のあるものなのだ。


 マーシャとレヴィが船から下りたのに、シオンとシャンティがここに残っているのは、二人の専用端末がここにあるからだ。


 ミスティカの管制頭脳に侵入して手際よく情報を得る為には、ここで作業するのが最も効率がいいのだ。


 シャンティは専用端末を利用するが、シオンの方は最大のパフォーマンスを発揮する為にニューラルリンクへと入ることになる。


 しかし作業前に要求することは忘れていなかった。


「オッドさん。作業の間におやつを作って欲しいです~」


「……マーシャにお土産を頼んでいなかったか?」


「それはそれ。これはこれなんですよ~」


「………………」


 小さくため息を吐きながらもオッドは頑張る小さな恋人の為にお菓子を作る事に決めたようだ。


「シオン。何だったら一緒に行ってきてもいいよ」


「え? でもこれから調べ物ですよね?」


「そうだけど。とりあえず探るだけなら僕一人でも問題無いよ。シオンにはその圧倒的な処理能力を活かしてもらって、情報の選別をやってもらおうと思って」


「うーん。面倒くさい作業だけ押しつけられている気がするですよ~」


「僕は別にどっちでもいいんだよ。アニキ達がデートに行ったんだから、シオンだってオッドと二人っきりでいろいろやりたいだろうな~って思っただけだから」


「行ってきますっ!」


 しゅたっと立ち上がって操縦室から出て行ってしまうシオン。


 行動が速すぎるが、その直情さがとても可愛い。


 そんな後ろ姿を見送ってから、


「いいなぁ。僕も可愛い彼女が欲しいなぁ……」


 少しだけ寂しそうにぼやくのだった。


 お姉さん達にはいつも可愛がって貰っているが、やはり自分だけの恋人が欲しいと思ってしまう。


「そのぉ……なんだ……ええと……」


 そんなシャンティに、タツミが言いにくそうに口を開く。


「ん? 何?」


「あの子は、オッドの……その……」


 今までオッドとシオンの様子は見ていたが、とても仲のいい二人だとは思っていた。


 子供を甘やかすおじさんと、おじさんに甘える子供として見ていたのだ。


 しかしもしかしたら……もしかしたら……と恐ろしい可能性に思い至ったのだ。


 まさかあの二人は恋人同士なのか……と。


「もちろんあの二人は恋人同士だよ」


「うわ……マジか」


「マジマジ。まあ倫理コードギリギリだと思うけどね」


「というか犯罪だろ、あの年齢差は。あんなクールな様子で、まさかロリコンとは……」


「……それ、オッドの前では言わない方がいいよ。首を絞められるから」


「……肝に銘じておく」


「その方がいいね。アニキも一度口を滑らせて、首を絞められてるもん」


「うわ……」


 タツミから見ても、オッドはレヴィに忠実だった。


 明確ではないが、上司と部下のような関係として見ていた。


 しかしその関係を翻してしまうほどの下克上発言となり得るのだ。


 オッドの前で『ロ』で始まり『ン』で終わる四文字は決して言うまいと心に決めるタツミだった。




 それからシャンティは自らを電脳潜行《サイバーダイブ》させて情報を探っていく。


 電子化される自らの意識を感じながら、シャンティは目的の情報を検索、そして取得する。


 欲しい情報の内容は最初から決まっているのだから、それを探り出すのにさほど苦労はしなかった。


 三週間前の宇宙港の監視カメラ映像。


 そこから探り出すのはクロド・マースの『ステリシア』がある場所、そして彼に麻薬とすり替えられたアタッシュケースを届けた何者かの映像を得ることだった。


 そこまで詳しく調べようとすると、かなりの時間がかかってしまうので、シャンティはざっと一週間ほどの監視カメラ映像データを抜き取ってからデータ化した。


「ふう……」


 電脳潜行《サイバーダイブ》から戻ってきたシャンティは軽く息を吐いた。


 倦怠感はあるものの、達成感もあるので、それは心地いい疲労だった。


「なんだ。もう終わったのか?」


 ほんの五分ほどで作業を終えたシャンティに不思議そうな視線を向ける。


 タツミは電脳魔術師《サイバーウィズ》がどんな能力を持っているのかも、電脳潜行《サイバーダイブ》がどれほど人間離れした技術なのかも理解していない。


 腕のいいハッカー、ぐらいの認識しか持っていないのだ。


 大筋の意味においてはそれも間違いではないのだが、しかしその意味の大きさにおいては致命的に間違えている。


「必要なデータはもう手に入れたよ」


 シャンティは端末を操作してから、監視カメラの映像データを表示させる。


 宇宙港全体における一週間分の映像なので、かなりのデータ容量になるが、シルバーブラストのデータストレージ容量はかなり大きいので、全く負荷はかかっていない。


 一隻の船でありながら、一国のデータバンク並の記憶容量を持っているのだから、規格外もいいところだが。


 この程度のデータ量で処理落ちするような事は無いと断言出来る。


「さーてと。これらをステリシアとクロドの映像があるものに選別しなきゃいけないんだよなぁ。それからそこに映っているであろう怪しい誰かのデータを、今度は街中の監視カメラから探らないといけないんだから、結構大変だよね」


「そっちは俺も手伝う。ラリーの一員なら、俺に分かるかもしれないからな」


「うん。そっちは任せる」


 シオンとオッドがおやつを作ってくるまで、二人は手に入れた映像データの選別に取りかかっていた。


 シオンが戻ってきてから本格的に始めるつもりだったので、この時点ではまだのんびりとしたものだった。


 そしてお菓子が届いた。


「出前ですよ~」


 シオンが持ってきたのは、出来立てのクッキーだった。


 プレーンの生地に、チョコレートやフルーツピール、アーモンドやクルミなどが練り込まれている。


 出来立て熱々のクッキーは、ほのかな湯気を立てている。


 皿に盛られた一つを手に取って、シャンティはもぐもぐと頬張る。


「美味しいね。流石はオッド」


「むっ! あたしも手伝ったですですっ!」


 オッドの腕のみを褒めると、シオンがむくれてしまう。


 シャンティはこうやってシオンをからかうのが好きなのだ。


 あまりからかいすぎると本格的にむくれてしまうので、そのさじ加減が難しいのだが。


「へえ、シオンは何をしたの?」


「生地をこねこねしたですっ!」


「他には?」


「……型抜きをしたです」


「つまり、味そのものはオッドの手柄なんだね」


「あう~っ! シャンティくんが虐める~っ!」


 シオンは涙目になりながらオッドに抱きついた。


「シャンティ」


 オッドはシオンの頭を優しく撫でながら、シャンティを軽く睨む。


「うわっ! それだけで怒るのっ!? どんだけシオンに甘いんだよっ!?」


 少しからかっただけで睨まれるのだからたまらない。


「………………」


 重度のロリコンだな……と言いかけたが、慌てて口を噤むタツミ。


 確かに見ているとかなり甘い。


 恋人同士にはあまり見えない。


 見れば見るほどおじさんと幼女なのだが、しかしそれについてはこれ以上考えないことにした。


「まったく……。データは抜き出しといたから、検索はシオンにお願いするよ。僕はちょっと疲れたから休む」


 電脳潜行《サイバーダイブ》は酷く疲れるのだ。


 僅かな時間であっても、脳疲労がかなり蓄積される。


 戻ってきた後は適度に休憩を入れないと身体が保たない。


 それはシオンにも分かっているので、了解ですと頷いた。


 こういう作業は自分の方が向いていると分かっているのだ。


「さてと。なら始めるですよ~」


「俺も手伝うよ」


 シャンティと一緒に映像を選別していたタツミだが、引き続きシオンを手伝うつもりだった。


「疲れたら遠慮無く休んでいいですからね~」


「ああ」


 オッドは自分の席について、映像データを一部引き寄せてから作業を開始している。


 必要な時以外はひたすら寡黙な仕事に入るのがオッドなので、シオンも気にせずにニューラルリンクへと収まった。


「航行時以外にもその中に入るのか?」


 シオンがニューラルリンクに入るのは航行システムの大部分を引き受けているからであって、その為のインターフェースだと思っていたのだが、タツミの質問にシオンはにこにこしながら頷いた。


「この中に入っていた方が、あたしのパフォーマンスが上がるんですよ~」


 このニューラルリンクはシオンの為に設計されたインターフェースなので、航行時にかかわらず、彼女の能力を最大限に発揮する為には、この中に入るのが一番いいのだ。


「ふうん」


 理屈はよく分からないが、とにかくそういうものらしいと認識したタツミはそれ以上気にすることなく自分の作業に没頭し始めた。


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