「あ。エミリオン連合軍の艦隊が動いたですよ」
最初に反応したのはシオンだった。
のんびりごろごろしていたところ、すぐに顔を上げる。
ニューラルリンクに入っていなくても、シルバーブラストと繋がっているシオンは受信した情報をタイムラグ無しで把握することが出来る。
「よし」
「動くか」
「さてと。僕も準備しないとね」
「………………」
のんびりしていたのがすぐに意識を切り替える。
清々しいまでのオンオフ機能。
これがこのメンバーの強みなのかもしれない。
オッドだけはそこまではっきりとしたオンオフは出来なかったが、それに馴染もうと努力はしている。
黙って砲撃手席に着いてから、的確にサポートを行えるようにする。
戦闘機に乗ることも考えたが、レヴィと違ってブランクをすぐに取り戻す自信の無いオッドは砲撃手の方が的確にこなせると判断したようだ。
「ふふふ」
マーシャが尻尾を揺らしながら笑う。
戦いが始まる前にご機嫌のようだ。
「どうした? ご機嫌だな、マーシャ」
「そりゃあご機嫌にもなる。エミリオン連合軍を堂々と叩き潰せるんだからな」
「さいですか……」
嗜虐の笑みを浮かべるマーシャにちょっとだけ引いてしまうレヴィ。
しかし気持ちは分かる。
マーシャとトリスの子供時代を滅茶苦茶にしたのはエミリオン連合軍とジークスの人間なのだ。
復讐対象の片割れがいるのだから、昂ぶる気持ちも理解出来る。
トリスと違って完全な復讐心ではなく、ただの腹いせ、しかもついでという残念さがあるが、それでも堂々とエミリオン連合軍を叩き潰せるというのは気分が爽快なのだろう。
その気持ちを否定しようとは思わない。
トリスのように自分を燃やし尽くすようなものでなければ、軽い復讐心ぐらいは当然の権利だと思うからだ。
トリスのことも止めようとは思わない。
ただ、助けるだけだ。
トリスの望みを叶えて、そして自分達の望みも叶える。
強欲だと言われようと、傲慢だと責められようと、関係ない。
自分達はやりたいようにやるだけだ。
その為の力を手に入れたのだから、振るわなければ何の為にここまでやってきたのか分からなくなる。
「レヴィも早くスターウィンドで待機していた方がいいぞ」
「そこまで急かさなくてもいいじゃないか」
「別に急かすつもりはないけど、もたもたしていると私とシオンの天弓システムが全部敵を倒してしまうぞ。レヴィの出番無しだな」
「そ、それはちょっと遠慮したいな……」
女の子にだけ戦わせて自分の出番が無いというのは流石に情けない。
「レヴィ」
「ん?」
「トリスのこと、頼んだ」
「……ああ」
レヴィが本当に求められている役割は、戦場で大暴れすることではない。
死地に飛び出していくであろうトリスをギリギリで引き戻すこと。
それもトリスが納得出来る形で。
それが出来るのはきっとレヴィだけだ。
マーシャはそう信じている。
自分では駄目なのだ。
トリスにとって、マーシャは護りたかった存在だ。
しかしトリスにとってのレヴィは護られたいと思える存在なのだ。
幼い自分を唯一護ってくれた存在。
唯一、甘えることを許せる存在。
自分で自分を許せる。
レヴィが相手なら、きっとそれが出来る。
トリスがそうしてくれると、マーシャは信じている。
レヴィもそれは分かっている。
屋台で再会した時、自分にだけ弱い表情を見せてくれた。
あの時のままの少年の心が、トリスの中に残っている。
そしてその弱さを見せてくれるのは、自分だけなのだ。
だからこそ、受け止めなければならない。
「護ってやるさ。絶対に」
「うん」
何が出来るかはまだ分からない。
しかし戦場に出れば、きっと何をするべきか分かる。
その為には動かなければならない。
レヴィは人を殺す為ではなく、大切な少年を護る為に再び戦場に出る。
★
一方、ファングル海賊団の方はいよいよ作戦開始直前段階に入っていた。
エミリオン連合軍はすぐ近くに居る。
海賊団なだけあって正面から正々堂々という訳にはいかない。
自分達はあくまでも逃げ、そして隙を見て攻める側なのだ。
今も逃げるそぶりを見せながら反撃の機会を窺っている。
「………………」
トリスは艦橋で砲撃手席に着いていた。
今回の作戦はトリスが鍵を握っている。
操縦者達は全て戦闘機で待機させている。
トリスも自分の仕事が終わったらすぐに自分の専用機へと向かう予定だ。
「頭目。本当に出来るんですか?」
トリスの横に立っているのは副頭目であるシデンだった。
トリスがあらゆる面で天才なのは知っている。
しかしこれはあまりにも難易度が高い。
「出来ないとでも思っているのか?」
トリスの方は無表情でシデンを見上げる。
出来ると確信しているというよりは、出来ない方がおかしいとでも言いたげな顔だった。
「出来るとしたら頭目だけだとは思っていますがね」
「ならば黙って見ていろ」
「まあ、いいっすけどね」
トリスの機嫌は最悪だ。
恐らくはマーシャと会ったことが原因なのだろう。
揺らいでいる自分を必死で抑えようとしている。
感情を取り戻したら、自分は立っていられない。
このまま燃え尽きるまで進むには、その感情こそが邪魔なのだ。
生き残ると約束した。
それでも、このまま消えたいという願いもある。
二つの気持ちの間で板挟みになっているトリスは、不機嫌の仮面の下で泣きそうになっていた。
「………………」
相変わらず、自分は弱いままだ。
未来を見ることが出来ない。
未来を信じることが出来ない。
いつだって揺らいで、迷って、手探りで歩いている。
それでも、これだけは譲らない。
マーシャであっても、レヴィであっても、これだけは譲れない。
邪魔をするなら、絶対に許さない。
「頭目。来ました。エミリオン連合軍です」
「………………」
オペレーターも兼任している電脳魔術師《サイバーウィズ》がトリスに報告する。
追いつかれたというよりは、追いつかせた。
リーゼロックの技術も流用しているこのフォルティーンは本気を出せばエミリオン連合軍からも逃げ切れるだけの速度を持っている。
しかしここで逃げるつもりは無いトリスは、撃破するつもりで迎撃準備を整えていた。
相手は追いついたとでも思っているだろう。
「前面の旗艦が主砲発射態勢に入っています」
「分かった」
これこそトリスが待っていたものだ。
一番前に旗艦がいるのは、距離があるからだろう。
最初は最大火力で牽制する。
その後、戦闘機やミサイルなどの波状攻撃に切り替える。
トリスはその作戦も見越して、自陣の作戦を立てた。
人間業とは思えないやり方で強引に突破する。
この戦力で出来る最善を行う。
不可能すらも突破して、セッテ・ラストリンドまで辿り着く。
この戦場に、セッテ・ラストリンドは確実にいるのだ。
匿われているのではなく、前線に出てきている。
それはトリスの存在に気付いているからだ。
執拗に狙い、逃げ続けてきたセッテ・ラストリンドは、ここに来てトリスの前に出てきた。
その理由はトリスの身柄を確保すること。
これだけの戦力を集めた今ならば、それが可能だと確信しているのだろう。
エミリオン連合軍は何度も辛酸を嘗めさせられたファングル海賊団を壊滅させる。
セッテ・ラストリンドはトリス・インヴェルクの身柄を確保する。
お互いの取引はそんなところだろう。
トリスは自分を餌にしてセッテをおびき出した。
セッテも自身を餌にしてトリスを釣り上げた。
お互いが、お互いを狙っている。
マーシャが狙われずに済んだのは幸いだった。
最も、リーゼロックの庇護を受け、驚異的な戦闘能力と技術力、そして資金力を手にしたマーシャを捕らえるのは容易なことではないだろうが。
それならば海賊として指名手配されているトリスを秘密裏に確保する方がまだ容易い。
「……ここで、終わらせる」
「………………」
トリスの呟きを聞き取るシデン。
ああ、やっぱりこの人は死ぬつもりなんだな……と諦めにも似たため息をつく。
しかし死なせるつもりはない。
マーシャに言われたからではない。
シデン自身が、この青年を死なせたくないと願っているから。
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