シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

混沌の戦場 8

公開日時: 2021年7月10日(土) 05:47
文字数:4,041

「………………」


 その暴れっぷりを目の当たりにして僅かに正気を取り戻したのは、考え無しに突っ込んで交戦していたトリスだった。


 トリスの戦闘機操縦技術もかなりのものだが、それでも一機を撃墜するのに四十秒は必要としていた。


 もたもたしている間に四十二機が撃墜される。


 その間、トリスが撃墜したのは僅か三機。


 残り五機はバスターブレードを使うまでもなく、レヴィが急接近して次々と撃墜していった。


「……凄い」


 レヴィの伝説は知っていた。


 卓越した戦闘機操縦者であることも知っていた。


 しかし知識として覚えている姿と、実際に目の当たりにする姿は完全に別物だった。


 トリスも一流の操縦者であるという自負はあるが、それでもレヴィに勝てるとは思えない。


 それほどまでに凄まじい腕前だった。


 マーシャが憧れた操縦者。


 追いつきたい目標こそがあれなのだと、改めて実感する。


「いや。今は好都合だ」


 余計な護衛を潰してくれたのなら好都合だ。


 今は恩人すらも利用して目的を果たすべきだとトリスの理性が告げる。


 取り戻した理性は冷徹さも復活させる。


 レヴィに対して恐ろしく冷たい判断をしていた。


 彼を囮にすれば、自分はスムーズに目的を果たせると考えたのだ。


「まずはセッテ・ラストリンド。お前だ」


 叫び出したい衝動を何とか抑えられたのは、死してなおデジタルの人格として利用された仲間の残骸を全滅させられたからだろう。


 ほんの一部でも安らかになれたのだという想いが彼に冷静さを取り戻させている。


 すぐにセッテのいる船に攻撃を仕掛けようとする。


 しかし再び邪魔が入った。


「………………」


 トリスのクローンが乗ったキュリオスが戻ってきたのだ。


「ハロルドは……」


 足止めをしていた筈のハロルドはどうなったのか。


 トリスは急いでハロルドの反応を確認した。


「……良かった」


 撃墜されたが、生きてはいる。


 やはり撃墜出来ないという条件が辛かったのだろう。


 今は母船の方に戻っている。


 ギリギリのところで命を拾ったことに安堵した。


「………………」


 しかしハロルドでなければ死んでいたかもしれない。


 かつて自分が大切に想っていた人たちを、自分を大切にしてくれた人たちを容赦無く殺そうとした。


 これはトリスではない。


 だからこそ生かしておく訳にはいかない。


 自分の手で殺す。


 それがせめてもの……


「この手で、殺す。楽にしてやる」


 トリスはクローンの乗るキュリオスへと襲いかかる。


 一対一ならレヴィ以外に負ける気がしない。


 しかしクローンの戦闘技術もかなりものののようで、反応速度がトリス以上だった。


 攻撃をしても避けられる。


 こちらの反応速度以上の攻撃を仕掛けてくる。


 旋回して、攻撃して、すれ違い、避ける。


 その繰り返しだが、決定的なダメージを与えられない。


「くそっ!」


 自分自身に限りなく近い存在。


 だからこそ、幼くとも潜在能力の全てを強制的に引き出されているのかもしれない。


 ならば多少は犠牲を出してでも、つまり自分自身が損傷を受けることになっても殺すか?


「いや、駄目だ。それでは肝心の目的を果たせなくなる」


 このクローンだけ全てを懸ける訳にはいかないのだ。


 セッテを殺せず、仲間の遺体を取り戻せなければ、死んでも死にきれない。


 しかしこのクローンのことも放っておけない。


「くそっ! どうすればいい?」


 トリスはひたすらに攻撃を繰り返す。


 そうすることで相手の隙を見つけようとした。


「何だ……? 動きが……」


 しかし攻撃を続ける内に気付いた。


 キュリオスの動きが明らかに鈍っているのだ。


「どういうことだ?」


 トリスは怪訝そうに呟くが、明確な理由は思い浮かばない。


 精々が幼いクローン故に持久力の問題が発生したのかもしれないと考えるぐらいだ。


 セッテがそんなヘマをするとは思えないが、他に思い付かない。


 しかし動きが鈍っているならば今がチャンスだ。


 トリスは猛然とキュリオスへと襲いかかり、とどめを刺そうとする。


 しかしそこで再び邪魔が入った。


「っ!?」


 蒼い戦闘機がキュリオスへの射線を阻む。


「レヴィさんっ!?」


「よせ。トリス。こいつを殺す必要は無いだろう」


 レヴィが通信でトリスを止めようとする。


 しかしそこでトリスの怒りが爆発した。


「ふざけるなっ! こいつは俺の敵だっ! セッテ・ラストリンドに操られているだけの敵だっ! 殺さない理由がどこにあるっ!!」


「理由ならある」


「どんなっ!?」


「俺がこいつを死なせたくないからだ」


「っ!!」


「助けたい。それが俺の意志だ」


「貴方は……貴方はいつだって、そうやって……!!」


 トリスが泣きそうな声でレヴィに怒鳴りつける。


 そうやって助けられたのは他でもない自分自身だ。


 だからこそ、レヴィのその生き方を否定するということは、助かった自分自身を否定するということでもある。


「とにかく、こいつは殺すな。俺がなんとかする。トリスはセッテを殺すんだろう? こいつに構っている暇があるならとっとと向かえ」


「……そいつが完全に洗脳されているのなら、助けようとしても無駄だ」


「そいつはやってみてから考えるさ。それよりももたもたしていたらセッテが逃げるぞ。リーゼロックPMCの連中に監視はさせているけど、戦闘機が全滅したからな。本気で逃げられたら追いつけないかもしれないぞ」


「………………」


 レヴィの声はいつも通りだった。


 穏やかで、安心出来る、いつも通りの声。


 その声に安らぎそうになってしまう自分を必死で叱咤した。


「俺は……貴方のそういうところが、嫌いです」


 絞り出すような声で、本心とは真逆の言葉を伝えた。


 それがトリスに出来る精一杯だったのだ。


「……そりゃあ、悪かったな」


 それに対して、レヴィは苦笑交じりの返答をする。


 皮肉交じりに詰られても、自分の行動を変えるつもりは無いらしい。


 トリスはそのままセッテの船へと向かった。


 残されたレヴィの方は涙目になっている。


 冷静に、苦笑交じりに返事をしたつもりだが、内心ではかなり傷ついていた。


 あの可愛らしい少年だったトリスに嫌いだと言われたのはかなりのダメージだったらしい。


「うう~。ぜ、全部終わったらきっと撤回してくれる筈。そうに決まってる。よし、そういうことにしておこう」


 レヴィは自分に言い聞かせてからキュリオスへと対峙する。


 トリスとの戦いもある程度観察していたが、かなり手強い。


 しかし戦いの駆け引きなどはまったく出来ていない。


 素直過ぎる動きしか出来ないのなら、どれだけの反応速度を持っていたとしても、レヴィの相手としては不足だと言うしかない。


「しかしいきなりここまで動きが鈍るのは気になるな。早めに無力化しないと不味い気がする。よし多少は本体にもダメージがいくかもしれないけど、少し荒っぽくいくか」


 レヴィはクローンの乗るキュリオスへと襲いかかる。


 距離を取っての砲撃は避けられるので、近距離からの攻撃を食らわせる。


 ギリギリまで近付いてから、一瞬のタイミングで砲撃を行う。


 これはかなり危険な方法で、タイミングと威力調整をしくじれば自分も巻き添えにしてしまうものだった。


 しかしレヴィは神がかり的な操縦とタイミングでそれを可能にしている。


 威力はかなり抑え込んで貫通ダメージを優先し、推進機関を真っ先に潰してからキュリオスの運動能力を奪う。


 それでも全方位の砲だけは健在なので、攻撃が止むことはない。


 動けなくなっても的確に狙いを定めてくる。


「うーむ。これ以上攻撃するとクローンが危うい気がする。しかし潰しておかないと近付くことも出来ない。仕方ない。やるしかないか」


 無数の砲撃が飛び交う中を掻い潜り、近付き、威力調整した砲撃を何度も繰り返す。


 それは自殺行為に等しいやり方だったが、レヴィは驚異的な集中力を発揮してそれを成し遂げた。


 半分の砲を削ったところで集中しすぎて頭痛がしてきたが、残り半分を潰すまで自分を休ませるつもりはなかった。


 もふもふを、ちびもふを救う為にはこれぐらいの頭痛など顧みない。


 それがレヴィの信念だった。


 マーシャが聞いたらしょーもない信念だなと呆れるだろうが、レヴィはかなり本気だった。


 というよりも大真面目だった。


 残念すぎる天才なのだ。


 五分ほどかけて全ての砲を潰したので、キュリオスは丸裸状態になる。


 攻撃手段を持たず、推進機関も潰された以上、宇宙空間に漂う物体と大差ない。


「マーシャ」


「何だ?」


 マーシャに通信を繋ぐと、すぐに返事がきた。


 どうやらスタンバイしていてくれたようだ。


「この中に居る奴を助けたいんだけど、シルバーブラストの中に格納してくれるか?」


「そいつはハロルド達を苦しめていた奴だよな? そこまで無力化したのは流石だけど、どうして助けようとするんだ?」


「そりゃあ、もふもふは助けるべきだろう」


「……意志を奪われたクローンを助けても、不毛なだけかもしれないぞ」


「それは助けてから考える。不満か?」


「いいや。レヴィらしいと思う」


「なら頼んでいいか?」


「分かった。ただし、暴れたりしたら拘束させてもらうからな」


「それは仕方ないな。拘束されたら俺がもふもふして宥めてやろう」


「………………」


 どこまで本気で言っているのだろう。


 きっとどこまでも本気なのだろう。


「その後レヴィはどうするんだ?」


「そうだな。トリスが心配だから追いかけることにする」


「じゃあ頼んだ」


「おう。任せろ」


 シルバーブラストが向かってくるのを確認して、レヴィはその場から離れた。


 セッテを殺す為に突撃したトリスを追いかける為だ。


 厄介な敵はほぼいなくなった筈だが、セッテのことだから他にどんな隠し球を持っているか分かったものではない。


 トリスの精神状態を考えると、隠し球があった場合は冷静に対処出来ない可能性が高い。


 だからこそレヴィがサポートに向かう必要があるのだ。


「復讐がこれで終わりなら、ちゃんと日常に戻らせてやらないとな」


 トリスはきっとそれを望まない。


 だけどレヴィ達はそれを望んでいる。


 だからこそ、トリスのことを諦めない。


 絶対に諦めたりはしないのだ。


 それがトリスにとってかなり迷惑なことだと分かっていても、譲るつもりはなかった。



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