シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

ランカの戦い

公開日時: 2022年5月24日(火) 12:52
文字数:3,333

 それぞれがそれぞれの場所で戦い続ける中、ランカはキサラギ本家で突入部隊への指示を出していた。


 その為にはタイミングを合わせなければならず、ランカはタツミと、そして突入部隊との通信を維持している。


 どちらの状況も把握して、そしてタイミングを合わせて指示を出せるのは、現在ランカだけなのだ。


 同じように、ランカの状況もタツミに伝わるようにしてあるが、今のところは本家で大人しくしているので、エリオット・ラリーを刺激するような事にはなっていない。


 ギリギリまで迷っている風に見せなければ、この作戦は成功しないと思っていた。


「みんな。どうか無事で……」


 最低限の警備を残してから、ランカは一人きりの部屋で祈っていた。


 その祈りは今のところ効果を発揮しているようで、タツミのいる宇宙港からも、突入部隊のいるフォートレス社周辺からも、負傷者や犠牲者が出たという報告は入っていない。


 しかし危険は彼らにではなく、自身に迫っているという事に、ランカはまだ気付いていない。


「お嬢っ! 逃げて下さいっ!」


 突然、本家の警備をしている部下から通信が入った。


 肉声でも聞こえてくるぐらいの近距離で、しかも相当に切羽詰まった声だった。


「コウタ!? 一体どうしたのっ!?」


 本家の警備責任者を任せているコウタ・アヤセに一体何が起こっているのかを訊こうとしたのだが、その前に悲鳴が聞こえた。


 警備の全員がやられた音だと、確認するまでも無く理解して、ランカはコウタとの通信を切ってから警戒した。


 いつでも針を、そして鉛玉を取り出せるようにしておく。


 どたどたと騒がしい音を立てて屋敷の中を探っているのは、間違いなく敵の音だ。


 キサラギの人間は、こんな下品な足音は立てない。


 ふすまの向こうからやってくる誰かを確認する事も無く、開いた瞬間にランカは鉛玉を撃ち込んだ。


 真っ先に突入しようとした二人の男が、くぐもった呻き声を上げながら倒れる。


 残りは七人。


 ランカは容赦無く鉛玉を撃ち込もうとしたのだが、一番後ろで護られている相手の顔を見て首を傾げた。


「ヴィンセント?」


 敵同士ではあるが、よく顔を合わせている人間でもあった。


 ランカではなく、ヴィンセントの方からランカに会いに来るのだ。


 エリオットとは違い、ヴィンセントにはほとんど敵意が無かったので、ランカもそれほど警戒はしていなかった。


 どうやら彼はランカ自身に執心しているようで、機会を見つけては口説いてくる。


 ラリーとキサラギが手を結べばこの抗争も終わらせることが出来る、と理想論めいた戯れ言を口にしたことはあるが、それはあくまでもラリーを優位に置いた上での事だとランカは理解していた。


 それ以上に、ヴィンセントはランカを手に入れたがっている。


 個人的な欲望の為に、ラリーとキサラギを巻き込もうとしている。


 そんな申し出に応じるほどランカは愚かではなかったし、それに個人的にもヴィンセントの事を好きになれなかった。


「やあ、ランカ。久しぶりだね」


「………………」


 軽薄極まる挨拶にうんざりしてしまう。


 この男はいつもこうなのだが、それにしても少しは空気を読むという事を覚えて欲しいものだ。


 ラリーの傘下企業をある程度成長させている事からも、決して頭は悪くないし、優れた手腕を持っていることは認めるが、肝心な部分が、具体的にはおつむが弱すぎる。


 ラリーとキサラギは現在最大限の規模で抗争中であり、ヴィンセント自身はキサラギの警護を撃ち倒してからこの部屋にやってきたのだ。


 この状況でぶつけ合うのは好意ではなく敵意、言葉ではなく弾丸の筈だ。


 それを理解しているとは思えない口調に、ランカは黒瞳を細めてヴィンセントを睨み付ける。


「わざわざ来なくても、時間が来れば自分からエリオットの所に出向いたわよ。一体何の用があってここまで来たのよ、ヴィンセント」


「もちろん君に会いに来たのさ。ランカ。僕と父さんは少し意見の食い違いがあってね。父さんはのこのこやってきた君を殺すつもりだ。でも僕は君が欲しい。生きている君を手に入れたいんだ。だから先に君を無力化して、その上で保護すれば、君の命を助ける事が出来る。この状況で僕がここまでやってきたのはそういう理由さ」


 僕は君の命の恩人なのだからもっと感謝して欲しい、とでも言いたげな口調に、ランカはうんざりしてしまう。


「みんなを見捨てて一人だけ生き残るぐらいなら、自分で自分を終わらせた方がマシよ。そんなことも知らない癖に、よくも人を口説こうって気になれるわね」


 ランカは強気に言い返す。


 ヴィンセントを含めた七人の屈強な男達に囲まれたこの状況でも、ランカは諦めるつもりなど無かった。


 護衛は一人残らず倒されてしまったようだが、ランカ自身にも戦闘能力はあるし、それは達人の域だという自負もある。


 この程度の人数ならば、遠距離狙撃と針を上手く使えば切り抜けられると計算する。


 確実ではないが、それでも諦めるよりは遙かにマシだ。


「ふうん。もしかして君、迎撃衛星を何とか出来るって考えてる?」


「………………」


 楽しそうにニヤニヤと笑うヴィンセントに、ランカは無言の睨みを返す。


 ここで正直に答えるほど馬鹿ではない。


「知ってるよ。最近出来たお友達は結構凄いんだってね。警察の管理データをこっそり消したり、非合法に確保しようと向かった第三艦隊を、証拠も残さないほど完膚なきまでに壊滅させたり」


「………………」


 艦隊壊滅のことまでは知らなかったが、マーシャならそれぐらいはやるだろうと納得してしまった。


「馬鹿だなあ。そこまで知っていて、こっちが何の手も打っていないと思うのかい?」


「………………」


 おつむの弱いあんたにだけは馬鹿呼ばわりされたくないわよっ! と噛みつきたかったが、ぐっと堪える。


 何か、嫌な予感がするのだ。


「あの船の周りには、四十人の戦闘要員を配置している。彼らをたった数人で切り抜けるだけでも大変だよ」


「………………」


 それでもマーシャ達ならやってくれると信じている。


 あんなに強い人たちが、そう簡単にやられる筈が無いと信じている。


「仮に切り抜けられたとしても、宇宙船はあらゆる圧力で固定してある。無理に宇宙へと上がろうとすれば、船も無事では済まない」


「………………」


 電脳魔術師《サイバーウィズ》の二人がいればそこまでする必要は無い。


 船に入り込んでしまえば、後は何とかしてくれる。


 今はそれだけがランカの希望なのだ。


「しかもそれだけじゃない。今現在、僕たちが占拠している迎撃衛星は、ネットワークから完全に遮断されているんだよ」


「っ!?」


「つまりどれだけ腕のいい電脳魔術師《サイバーウィズ》を用意したところで、その動きを制限することは出来ないってことさっ!」


 あはははは、と愉快そうに笑うヴィンセント。


 ランカの信じた儚い希望を踏みにじったのが愉快でたまらない、とでも言いたげだ。


「馬鹿な事をっ! 迎撃衛星をネットワークから切り離すなんて、そんなことをすれば本来の役割である隕石や小惑星などの迎撃が出来なくなるでしょうっ!!」


 迎撃衛星はそれ単体にも監視機能があり、他の衛星ともリンクして軌道上を監視している。


 それらのネットワークを利用した連携により、万全の迎撃態勢を維持出来ているのだ。


 それを自分達の目的の為だけに切り離すなど、それに護られているリネスの人間に許される行為ではない。


「何をそんなにムキになっているんだい? どうせほんの少しの間だよ。明日になればネットワークは復旧させるさ。この星の安全に関わることだからね。でも今はこれが最善だ。何故なら、有害なハッキングを受けずに済むんだからね。むしろ切り離すことで君たちの反撃を封じた妙手だと褒めて貰いたいぐらいだね」


「……それは、エリオットの考えなの?」


「いいや。僕が提案したのさ。ランカを手に入れる為には、一つ残らず反撃手段を封じる必要があったからね。父さんはネットワークを介してコントロールを奪えばいいって考えたみたいだけど、僕はそれだけだと不十分だって判断したんだ。結果として、それは正しかった」


「………………」


 この頭の良さが厄介極まりない、とランカは舌打ちする。


 確かに頭は切れるのだ。


 敵に回れば恐ろしいことこの上ない、それがヴィンセント・ラリーという男だ。




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