そして警察まで連行され、今度は別の警官が事情聴取に取りかかる。
これが実に最悪なものだった。
「いい加減にしろっ! お前が持ち込んだ麻薬だろうがっ! 一体こいつはどこから仕入れたっ!? 誰に渡すつもりだったっ!? さっさと吐かないと痛い目に遭うぞっ!」
「………………」
これでは立派に恫喝であり脅迫である。
元軍人であるレヴィはその程度で怯んだりはしない。
彼が怯むのは怒れるマーシャを目の前にした時だけだ。
それよりもうんざりした気持ちの方が大きい。
警官を見る目に軽蔑の色合いが混じるのは仕方のないことだろう。
名前は知らない。
名乗ったような気はするのだが、明らかに覚える価値も無いような相手だったので、最初から記憶しなかったのだ。
ゴリラのような外見をしているので、ゴリ警官とだけ認識している。
もちろん口に出したりはしないが。
「おい。いつまでも黙秘が通じるとは思うなよ」
ぐいっと胸ぐらを掴まれる。
本当にこれが正規の警官なのかと疑いたくなるが、誰も咎めないところを見ると、この場所ではこれが普通らしい。
相手がエリック警部ならばもう少し情報を与えても良かったのだが、こんなクソゴリラが相手では喋る気にもならない。
レヴィは徹底的に冷めた視線を向けるだけだった。
「このっ!」
ゴリ警官の右拳が大きく振りかぶられ、レヴィの顔を殴ろうとする。
もちろん大人しく殴られるような性格ではないので、がっちりとその拳を受け止めた。
今は手錠も掛けられていないので両手が自由に動く。
警官に暴力を振るうことは許されないが、理不尽な暴力を振るわれた場合に自分の身を護るぐらいは許されるだろう。
その際、強めに握ってダメージを与えることは忘れなかったが。
レヴィは握力もかなりあるので、受け止めた手で相手の拳を思いっきり握るだけでも結構なダメージになる。
「いててててっ! 離せこのっ!」
ゴリ警官がみっともなく喚くので、ため息交じりに離してやった。
「貴様っ! よくもっ!」
キレたゴリ警官が今度は拳銃を向けてくる。
流石にこれは取り押さえるべきかと思ったが、そこまですれば他の同僚が黙っていなかった。
「おいっ! よせっ!」
同僚の警官がすかさず拳銃を取り上げてから、ゴリ警官を下がらせる。
最初は自分が事情聴取をすると強引に割り込んできたが、ここまで短気を起こされては任せておけないと判断したらしい。
最初からそうしろと言いたくなる。
「すまなかったな。怪我は無いか?」
「あの程度の馬鹿相手に怪我をするほど弱くはないぞ」
「それは良かった」
次に座ってきたのは初老の警官だった。
先ほどのゴリ警官よりは話の分かる相手のようなので、レヴィも表情を緩めた。
「ミアホリックについて詳しい話を聞かせてくれないか?」
「……と言われてもな。大体の事はエリック警部に話したと思うんだが、その資料は持っているんだろう?」
「もちろんだ。だがそれだけではないだろう?」
「それだけだ。クロドを救助して、ワクチンを届けて欲しいと頼まれて、その通りにしてやっただけだ。一体どこで麻薬なんぞにすり替わったのかは分からないが、巻き込まれたこっちはいい迷惑だよ」
「それは災難だったな」
初老の警官が同情してため息を吐いた。
その反応はレヴィにとって意外だったようで、金色の目がきょとんとしている。
「なんだ。信じるのか?」
「最初から信じて貰えると思っていないような態度だな」
「さっきのゴリラを見ていたらそう言いたくもなる」
「あれは例外だ……と言いたいが、むしろリネス警察ではあっちの方が標準だな。嘆かわしい事に」
「腐ってるなぁ」
「はっきりと言えばそうなんだがな。だが上の方が染められてしまっているから、下の方からでは何も変えられんのさ」
「それが分かっていて、あんたみたいな奴が警官を続けている理由は何だ?」
「さっきみたいな時に、少しぐらいは防波堤になる人間が居た方がいいだろうと思ってな。エリックもそう考えて、この状況で踏みとどまっているんだろうよ」
「少数派過ぎて大した防波堤にはならないんじゃないか?」
「それを言われると弱い。だがもう少しすれば状況が変わるかもしれん」
「?」
「リネスに多大なる影響を与えている二大マフィアがあってね。その内の一つがここの上層部とぎっちぎちに癒着しているんだが」
「マフィアと警察がねぇ……」
レヴィは怒るどころか楽しそうに口元を吊り上げていた。
腐った話を聞くと、こんな風に笑いたくなる。
これは本気で楽しんでいるから笑っているのではなく、蔑んでいるからこそ嗤うのだ。
「癒着している方の組織はなんていう名前なんだ?」
「ラリー一家。現在の当主はエリオット・ラリー。ピアードル大陸南部を支配している巨大ファミリーだ」
「ふうん」
ピアードル大陸は惑星リネスにある最大の陸地であり、この惑星はそこに都市機能が集中している。
他にも大小の島国が存在しているが、このピアードル大陸を手中に収めれば、惑星を手中に収めたも同然と言えるだろう。
初老の警官の顔を見る限り、ろくな組織ではなさそうだが。
「もう一つは?」
「キサラギ一家。現在の当主はランカ・キサラギ。こっちは逆に大陸北部で勢力を伸ばしているファミリーだな」
「支配ではなく?」
「そういう組織じゃない。どちらかというと治安維持の独立部隊、といった感じだな。元々リネスは治安が最悪なんだ。街中ではならず者が好き勝手に振る舞っては被害が続出しているような有様でね。この二つの組織が台頭するまではかなり酷い有様だった」
「つまり、リーダーが馬鹿共をまとめ上げたってことか?」
「そういうことだ。巨大な組織を敵に回してでも好き勝手に振る舞うほどの度胸がある奴は、そうそういないからな。結果として、リネスの治安はかなりマシになった」
良くなった、と言わないところが状況を分かりやすく示している。
「支配と治安維持の独立部隊ねぇ。随分と正反対な組織なんだな。キサラギ一家っていうのがどれだけの力を持っているのかは知らないが、そんな甘い考えでよくもまあ警察との癒着までやってみせる組織と張り合えるもんだ」
そこだけはレヴィも感心していた。
それだけ性格の違う組織ならば、普通は甘い方が潰される。
しかし二大組織というからには、その力は間違いなく拮抗しているのだろう。
そして初老の警官は確かに行ったのだ。
もう少しすれば状況が変わるかもしれない、と。
それは僅かな期待が籠もっている口調だった。
「そのキサラギ一家っていうのが、もうすぐ何らかの動きを見せるって事か?」
「恐らくな」
「その根拠は?」
「当主のモチベーションの差だ。もうすぐランカ・キサラギの右腕と言うべき男が檻の中から出てくる。そうなれば今まで守勢に甘んじていた彼女は、恐らく攻勢に出るだろう。ラリーはその前になんとかしてキサラギを潰そうとしていたが、流石に彼女はそれをさせなかった。そして彼女が最も頼りにしている男を取り戻した時、初めて奴らに牙を剥くだろう。敵対組織の全面戦争が始まって、どちらかが壊滅するだろう。上手くすればキサラギが勝つ。そうなればこの腐敗した組織も、少しはいい方向に変わるだろうさ」
「その右腕というべき男はランカ・キサラギの恋人なのか? 頼りにしているということは、よほど親密な間柄なんだろう?」
「さて、どうかな。逮捕された時は大人と子供ぐらいの年齢差だったからな。それに彼の様子を見る限り、恋愛感情よりも忠誠心の方が勝っているように思えた。暴走気味なのでアレを忠誠心と呼ぶ人間は少ないかもしれないが。少なくとも彼はランカの為に命を張ることが出来るし、実際そうしてみせた。だからこそ檻の中にいる訳だが」
「へえ」
レヴィは少しだけその男に興味が湧いてきた。
忠誠心でも、他の想いでも、誰かの為に躊躇わず命を張ることが出来て、その結果として檻の中に居る。
そこまでの強烈な意志を感じさせる相手に会ってみたいと思ったのだ。
もうすぐ出てくるというのなら、見物に行くのもいいかもしれない。
その前に自分が檻の中から出なければならないのだが、それについてはあまり心配していない。
マーシャがレヴィをこのままにしておく筈がないからだ。
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