シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

猛獣美女の大暴れ4

公開日時: 2021年3月13日(土) 07:39
文字数:4,392

「軌道上にいるのはちょっとした因縁のある相手だからな。マーシャの話では、この船の中には戦闘機もあるってことだし、ちょっと借りようと思って」


 レヴィはグレアス・ファルコンのことを二人に話した。


 シャンティは不思議そうに首を傾げていたが、オッドの方は物騒な唸り声を漏らした。


 彼にとっても因縁の深い相手なのだ。


「そういうことなら、俺も行きます」


「まあ、そう言うだろうと思ったけどな。止めても無駄だよな?」


「レヴィが思い留まってくれるのなら、考えます」


「うん。無駄だな」


 思い留まるつもりなどこれっぽっちも無い。


 そしてその気持ちはオッドも同じなのだ。


 だからこそ、自分に出来ないことをオッドに強要するつもりはなかった。


 もっとも、レヴィの理由と、オッドの理由は少しばかり食い違っている。


 レヴィは過去の因縁に決着を付けなければならないと考えている。


 オッドも同じ気持ちだが、それ以上にレヴィを護らなければならないと考えている。


 いざという時は彼の盾になってでも護り抜く。


 それがオッドが自身に課した誓いでもあるのだ。


 レヴィはそれを知っていて、止めても無駄だと割り切っている。


 正直、そんな風に護られるのはご免被りたいのだが、何を言ってもその誓いを取り消してくれないのだから諦めている。


 要するに、自分が危ない目に遭わなければいいのだ。


 何かあっても、自分自身の力で切り抜ければいいのだ。


 少なくとも、宇宙空間においてならそれが出来ると自負している。


 戦闘機があれば自分は無敵だ。


 無敵だった頃の腕はまだ錆び付いていない。


 そう信じている。


「シャンティはどうする?」


 対して、シャンティはこの因縁とは何の関係も無い。


 死ぬつもりは無いが、危険であることに変わりは無い。


 だからこそ地上で待っていて貰いたかったが、付いてきてくれるならかなり心強いとも思っていた。


 だからシャンティの意志に任せたい。


「うーん。そうだなぁ。ねえ、マーシャさん」


「なんだ?」


「今回の件は報酬を貰ったけど、この後も協力したら、追加報酬が貰えたりするのかな?」


 一億ダラスも貰っておいて、まだ貰おうという姿勢を見せるシャンティ。


 かなりの神経だったが、それぐらいでなければレヴィやオッドの仲間は務まらない。


 マーシャはそんなシャンティを見て面白そうに目を光らせた。


 銀色の瞳が楽しそうに笑っている。


「もちろん。追加で三億。これでどうだ?」


「まいどあり~♪ じゃあ僕も行く。こんなぼろ儲けな話は滅多にないもんね~♪」


 大喜びで船に乗り込むシャンティ。


 因縁でも、仲間の為というだけでもなく、ただ報酬の為に協力する。


 ある意味でシャンティらしい駆け引きだった。


 シャンティは自分の能力を正確に評価している。


 その気になれば三億の報酬に匹敵する技倆を持っていると自負しているのだ。


「そういうことなら、私の船に招待しよう。ようこそ、『シルバーブラスト』へ」


 マーシャは楽しそうに笑ってから、タラップを登っていく。


 その際、後ろ姿が妙な動きを示した。


「?」


 登っていく際に見えたのはマーシャの太ももあたりの位置なのだが、そこが不自然な動きを見せたように思えたのだ。


 目をこすってもう一度見たが、もう動いていない。


 何だったのだろう、と首を傾げるレヴィ。


「レヴィ。いくら美女とは言え、お尻をガン見するのはあまり褒められたことではないと思うんですけどね」


「うが……」


 違うと言いたかったが、否定出来なかった。


 正確には太ももあたりを見ていたのだが、腰巻きに隠れてあまり見えない。


 実に勿体ない、とその後にガン見してしまったことは事実なのだった。


「腰巻きの上からでもすらっとしているのが分かるよね。スタイル抜群だし」


 シャンティは楽しそうにマーシャの後ろ姿を眺めている。


 エロい意味ではないが、純粋に目の保養になっているのだ。


「シャンティまで……」


 そんな二人の様子に呆れるオッド。


 彼とてマーシャの美女っぷりを否定するつもりはないのだが、時と場合を考えて貰いたいと主張したかった。


 しかし緊張感の無さは救いでもある。


 グレアス・ファルコンに対するレヴィの憎悪は決して浅くはない筈だ。


 だからこそ彼が憎悪に染まるのではないかと危惧していた。


 しかし表向きはいつも通りに飄々としている。


 このまま、決着がつくまで理性を保っていてくれるとありがたいのだが。


 たとえ美女の尻や太ももをガン見していたとしても、それで荒んだ憎悪が多少なりとも霧散しているのだとしたら、そこは素直に受け入れておくべきなのかもしれない。







『シルバーブラスト』の船内はかなり広かった。


 十万トンクラスの船なだけあって、スペースにはかなり余裕がある。


 客室なども多いのだろうと思ったが、どうやらほとんどが船の機能維持に費やされているらしく、居住スペースはほんのわずからしい。


 これだけの大きさの船に対して、居住スペースは五人分だという。


 もちろん、居間や客間、娯楽スペースなどは別にあるらしい。


 案内された操縦室は、それなりの広さだったが、不思議なものもあった。


 主操縦席、副操縦席、オペレーター席などは分かるが、その中心には筒のようなものがあったのだ。


 強化ガラスの筒は人一人がゆったりと入れるほどの大きさだった。


 その筒を不思議そうに眺めるレヴィ。


 何やら興味を抱いているらしい。


「なんだこりゃ?」


「何だと思う?」


「さっぱりだ。俺もいろんな軍艦に乗ってきたが、こんなものは初めて見るぞ」


「それはそうだろう。これはニューラルリンクという装置だ」


「?」


「まあ、最後のパーツを組み込む為の場所だな」


「最後のパーツって、俺たちが運んできたやつか?」


「その通り」


 マーシャはその場でトランクケースを開こうとした。


 周りに集まったレヴィ達が注目する。


 軍に狙われるほどのパーツだ。


 どんなものなのか興味があった。


 しかし、それは予想外の代物……いや、姿だった。


「………………」


「………………」


「………………」


 中に入っていたのは女の子だった。


 年齢はよく分からない。


 十二歳ぐらいにも、十五歳ぐらいにも見える。


 あどけない寝顔は酷く幼いのに、大人びた感じもする。


 青い髪は長く、トランクケースの中身の大半をその色に染めていた。


 真っ白なワンピース姿の少女は、大きなトランクケースの中ですやすやと、気持ちよさそうに眠っていた。


「……パーツ?」


 レヴィが辛うじて言葉を発した。


 自分が運んでいたのがまさか人間の、しかも少女だとは思わなかったのだ。


 それ以上に、マーシャが少女をパーツ扱いしたことも不思議だった。


 人間を道具扱いするようなタイプには見えなかったのだ。


 マーシャはそんなレヴィ達の視線を正面から受け止めた。


 しかし全く悪びれていない。


「言いたいことは分かる。でも、この子は正真正銘、このシルバーブラスト最後のパーツなんだ」


「人間を道具扱いしているのか?」


 レヴィの声は険しかった。


 彼はこういったことを許せないタイプの人間だ。


 返答次第ではマーシャとの決裂も有り得る。


「そんなに怒るな。言いたいことは分かるが、パーツ扱いはしても、道具扱いをするつもりはないぞ。それにこの子は人間じゃない」


「え?」


「んにゅ……」


 そんなことを言っている間に少女が目を覚ました。


 翠緑の瞳がきょろきょろと辺りを見渡している。


「あれ? もうシルバーブラストに到着したですか?」


 見た目通りにあどけない声だった。


 幼くて可愛らしい、純真な少女のそれに聞こえる。


「おはよう、シオン」


「おはようです、マーシャ。運んでくれてありがとうですです」


「どういたしまして。私としても眠っていてくれた方が助かったからな」


「あたしは荒事にはまだ対処出来ないですしね~」


「対処出来るようになっても困るけどな」


「そうですか? マーシャの役に立てるなら頑張ってみるのもいいと思ってるですよ?」


「無理だ。そもそも、そういう機能は備わっていない筈だし」


「それもそうですね~。まあ人間に近いように造ってくれたのはありがたいと思ってますけど。特に美味しいものを食べられるのはモチベーションが段違いですです~」


「分かったから、仕事に移ってくれ。この船を発進させる。その後はすぐに戦闘だ。天弓システムを起動しろ」


「いえっさ~」


 びしっとしたものではなく、へにゃっとした敬礼で応えるシオン。


 全く様になっていない。


 しかし可愛らしいので、気分が和むことは確かだった。


 しかし仕草もしゃべり方も、もちろん姿形も、人間にしか見えない。


 人間でなければロボットだろうか。


 いや、それはあり得ない。


 どこからどう見ても人間だった。


「……人間にしか見えないぞ」


「まあ、人間に見えるようにしてあるからな。強いて言うなら有機アンドロイドといったところか。厳密には違うんだが」


「アンドロイド?」


「ですです~。あたしは人間じゃないですよ~」


 シオンはいそいそと起き上がってから準備を整える。


 しかしその前にマーシャの違和感に気付いた。


「どうした?」


「マーシャ。どうして隠してるんですか?」


「まあ、人間の前では隠しておいた方がいいものだからな。前にも言っただろう」


「そういえばそうですね~。あ、そういえばこの人達は誰です?」


「………………」


「………………」


「………………」


 今更すぎる反応だった。


 たった今気付いたというよりは、マーシャ以外には関心が無かったのかもしれない。


 マーシャにだけ意識が向いている。


 彼女がアンドロイドならば、マーシャは創造主であり、主人でもあるということだから、それも当然の反応なのかもしれないが、無視されていたのは少しばかり寂しい。


「今回のごたごたに協力してもらうことになったんだ。時間は無いけど、自己紹介だけでもしておけ」


「はーい。シオンです。よろしくですです」


 ぺこりと頭を下げるシオン。


 シンプルすぎる自己紹介だった。


「それじゃあ準備に入るです~。……ふにゅっ!?」


「危ないっ!」


 トランクケースから出ようとしたシオンは、そのまま足を引っかけて転びそうになる。


 マーシャが慌てて支えたが、少しばかり遅かった。


 間に合わずに一緒に倒れ込む。


「う……」


「あう~。マーシャ、ありがとうですです~」


「それは構わないが……いや、結構痛いな……」


 ちょっぴり涙目になるマーシャ。


 床で頭をぶつけたので、かなり痛そうだった。


「あ……」


「………………」


「嘘ぉ……」


 しかしレヴィ達三人の反応はマーシャを案じるそれではなかった。


 ぎょっとしている。


 三人とも驚愕を隠せない。


 隠していたものが晒されてしまったのだ。


 倒れた拍子にカツラがズレてしまい、マーシャ本来の頭部が露わになる。


 髪の色は今までと同じ黒だが、頭部には可愛らしい三角の耳がぴょこんと生えていた。


 代わりに人間の耳があるべき場所には何も無い。


 今までは長い黒髪で隠れていたが、そこには人間の耳など無かったのだ。


 あったのは獣の耳。


 そして緩んだ腰巻きからも黒々とした立派な尻尾が見え隠れしていた。




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