翌日にはマーシャ達と一緒にシンフォへと会いに行くことになった。
俺が一人で会いに行くつもりだったが、気がつけばかなり同行者が増えている。
俺だけではなく、シオンも付いてきたし、マーシャとレヴィもいる。
そして何故かシャンティまで付いてきた。
シオンはシンフォに関わった当事者なので付いてきたくなるのも分かる。
マーシャは大事なスポンサーなので、必然的に付いてくるだろう。
マーシャが動けばレヴィも付いてくる。
そこまではいい。
しかしシャンティが同行する理由が分からない。
「僕だけ仲間外れとか、寂しいこと言わないでよね」
「仲間外れのつもりはないが、付き合う必要もないんだぞ」
「いいじゃん。美人のレーサーだったら可愛がって貰えるかもしれないし」
「……女漁りが目的か」
「ううん。美女鑑賞が目的♪」
「………………」
それもどうかと思うが、少年としては健全な目的なのかもしれない。
シャンティ自身が少女と見紛うほどの美少年なので、確かに可愛がって貰える可能性は高い。
いつものフルメンバーが揃って会いに行くと、シンフォが驚くのではないかと思ったが、確かにシャンティ一人だけ置き去りにするのも可哀想なので、やむを得ないだろう。
美女鑑賞という目的はどうかと思うが、シャンティもシオンと同様に可愛がられる性格なので、昨日の件で落ち込んでいる彼女に対していい刺激になるかもしれないと前向きに考えることにした。
五人揃ってシェンロンのグエン・ターミナルの噴水前に行くと、既にシンフォが待っていた。
先日のレーサー服とは違い、デニムのスカートに淡い白のシャツというプライベート用の可愛らしい服を着ている。
きっとプライベートでは違う一面もあるのだろう。
「おはようございます、オッドさん。シオンちゃん」
「おはよう、シンフォ」
「おはようですです~」
「すまないな。大人数で押しかけて。昨日の件を話したら、興味を持ったらしくて付いてきたんだ」
「それは構いませんけど、どういうご関係なんですか?」
「家族のようなものだ」
「家族ですか」
「ああ」
同じ船のクルーなのだから、家族同然だと思っている。
マーシャ達も否定しないので、同じ気持ちでいてくれるのだろう。
「初めまして、シンフォ嬢。私はマーシャ・インヴェルク。オッドの家族みたいなものだよ」
「は、初めまして」
にこにこしながら寄ってくるマーシャに戸惑うシンフォ。
あんな美人に近付かれたら戸惑うのも理解出来る。
シンフォもそれなりの美女だとは思うのだが、マーシャの美女っぷりは格が違う。
顔の造形だけではなく、オーラが違うような気がするのだ。
シンフォも同じように感じているのだろう。
マーシャの存在に圧倒されかけている。
しかし嫌な感じではないので、戸惑いながらも視線を外せないようだ。
「今回はオッドの代わりにスポンサーを引き受けることになったんだ」
「え?」
「オッドよりも私の方が適任だったからな。ちなみに私は億どころか兆を叩き出す投資家だから、予算は気にしなくて最高の機体を要求してくれ」
「え? お、億!? 兆っ!?」
にこにこ笑うマーシャ。
状況についていけずに戸惑うシンフォ。
無理もない。
いきなり金の心配をしなくていいと言われたのだから。
「すまないな、シンフォ。俺がスポンサーをするつもりだったが、話を聞いたマーシャが乗り気になった。確かに彼女の方が金を持っている……というか、湯水のように使えるから、本当に遠慮しなくていい。最高の機体を手に入れてくれ」
「えっと……よく分かりませんけど、ラッキーってことですか?」
「うん。そういうことだな。シンフォはラッキーなんだ。だからこのラッキーには乗りかかっておくのがいいと思う」
にこにこしながら頷くマーシャ。
俺も苦笑しながら頷いておいた。
予算を気にしなくていいというのは、どの分野においても喉から手が出るほど欲しい状況だ。
そんな状況がどん底から転がり込んできたのだから、戸惑う気持ちも分かる。
しかし適応能力は高いようで、シンフォは輝くような笑顔を見せた。
「ほ、本当にいいんですか? いろいろと改造したい部分もあるんですけど、三千万を越えそうなんです。それでもいいんですか?」
「もちろんだ。億だって出してやるぞ」
「やったっ! これでいろいろ試せるっ!」
はしゃぐシンフォ。
昨日の落ち込みようとは大違いだ。
やはり遠慮していたのだろう。
「良かったな、オッド」
「ええ」
マーシャに頼って正解だった。
シンフォがここまで生き生きした表情を見せてくれるのならば、俺自身のこだわりなど些細なことだと思える。
というよりも、かなり遠慮していたシンフォに水くさいという気持ちにもなってしまう。
しかし最初からあの金額を言われていたら、流石にスポンサーになることに躊躇いはあっただろう。
最終的にはマーシャに頼ったかもしれないので、結果は同じだったかもしれないが。
あくまでも俺の気紛れであり、俺自身が納得行くまで面倒を見るのが義務だと思っていたのだが、こうしてシンフォが喜んでいる姿を見ると、それもくだらないこだわりだったのかもしれないと自省する。
「なあ、オッド」
「何ですか?」
「どうしてスカイエッジに興味を持ったんだ?」
「スカイエッジの外見は戦闘機によく似ています」
「ああ、そうだな。だが決定的に違うものだろう?」
「ええ。決定的に違う。だから興味が湧いたんですよ。同じようなものなのに、違う世界が見える。それは一体どんなものなのだろう、とね」
「なるほど」
俺たちが命懸けで動かしていたものを、娯楽で動かしている。
俺たちがかつて動かしていた戦闘機は、一つでも操縦を誤れば宇宙の鉄くずになる。
そういうものだった。
海賊との戦闘中に油断をすればレーザー砲撃の餌食にされる。
いつだって死と隣り合わせの操縦席。
それが戦闘機に乗るということ。
それなりにやり甲斐も感じていたが、恐怖が無かった訳ではない。
それは違いすぎる世界だからこそ、興味を引かれてしまう。
自分でも不思議な感覚だとは思うが、興味を抱いた以上は関わってみたいと思ったのだ。
「ああいう世界もあるというのが、興味深かったんです。もちろん機体が違えば操縦方法も違います。見えている『道』も違います。その中でも、戦闘機操縦者と同じ視点で『道』を見ている人間がいました」
「それが彼女か?」
「ええ。一度だけですが、彼女は明らかに他のレーサーとは違う『道』を飛翔しようとしていました」
「それで興味を持った訳か」
「ええ。今は結果に繋げることが出来ずに追い詰められていますが、その『道』を飛ぶことが出来るようになれば、彼女はトップに立つことが出来ます。それを見てみたいと思ったんです」
「気持ちは分かるけどな。だがそれは本当にいいことなのか?」
「どうでしょうね。悪いことなのかもしれません」
「オッド」
「でも、彼女は自分でそれを見つけようとしています。ならば、いずれ見つけるかもしれない。だったらここで少し手助けしたとしても、構わないかもしれないと思っただけです」
「……まあ、それはそうかもしれないけどなぁ」
レヴィの言いたいことは分かる。
その『道』はレーサーが目指すべきものではない。
決定的に違うものなのだ。
だからこそ、見えない方が幸せなのかもしれない。
しかしシンフォは見てしまった。
自分だけの道を見てしまったのだから、それを目指すことを止められないだろう。
「……まあ、いいけどな。オッドがそうしたいと思ったんなら、気が済むまでやってみるといいさ。マーシャも張り切っているしな」
「張り切っている?」
「ああ。オッドが頼ってくれたのが嬉しかったんだろうよ」
「え?」
「オッドは俺たちをサポートしてくれるけど、頼ってくれることは珍しいからな」
「………………」
「だから嬉しそうだ」
「………………」
頼ってくれることが嬉しい。
マーシャらしいとは思うのだが、そんなことにも気付けなかった自分が少し情けなかった。
家族のようなものだと紹介しておきながら、俺自身は壁を作っていたのかもしれない。
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