ゼストさんはそのまま機体の方へと移動した。
私もついていく。
「え?」
いきなり後ろから頭をぽんと叩かれた。
叩く、というほど暴力的なものではない。
むしろ慰める的なものだった。
振り返ると、オッドさんが立っていた。
「オッドさん?」
「案外、難しいものだろう?」
「え?」
「誰かに遠慮無く甘えるというのは」
「……確かにそうですね」
「だがこれからのシンフォにはそれが必要だと思う。だから頑張れ」
「そうですね。頑張ります」
「ああ」
静かに笑うオッドさん。
あまり器用な慰め方ではないけれど、これは彼なりの気遣いなのだろう。
オッドさんの方こそ誰かに甘えるのは苦手なのかもしれない。
なんとなくだけど、そんな気がする。
どちらかというと、甘えられるのが得意なのかもしれない。
「大丈夫ですです~。ちゃんと自分が望むようにすれば、自然と相手に甘えられるですよ~」
気がつけばシオンちゃんが目の前に居た。
そしてぎゅっと抱きついてくる。
「ほら。こんな風に」
「そうだね」
この子は本当に甘え上手だ。
呼吸をするように甘えてくる。
そしてそれが不快じゃない。
この子みたいに振る舞えたら、確かに私は変われるのかもしれない。
「要求された部分はきっちりと仕上げた。後は飛んでみてから調整したい部分をまとめてくれ。その都度対応する」
グラディウスの前までやってきて説明してくれるゼストさん。
見た目は変わらないけれど、きっと私の思い通りに飛べる調整が施されている筈だ。
元々が私が飛ぶことを想定して作られた機体なので、手間はかなり少なく済んだという。
別の機体だったら徹夜どころでは済まなかったかもしれない。
どうしてゼストさんが私が飛ぶことを前提とした機体を作ってくれていたのかは分からないけれど、今はこの偶然に感謝したい。
「分かった。取り敢えず飛ばしてみたいんだけど、もう出しても大丈夫かな?」
「ああ。ここ一ヶ月の飛行許可は取ってあるから、遠慮無く持っていきな。ただし燃料には気をつけろよ」
「ありがとうっ! でも、一ヶ月の飛行許可って……すごく、高くなかった?」
「マーシャさんに相談したらすぐに追加料金を出してくれたよ。金に物を言わせれば大抵のことはまかり通るからな」
「ふふん。とりあえず追加で五千万ほど振り込んでおいたからな。シンフォの活動資金として使ってくれ」
「………………」
とってもありがたいことではあるんだけれど、相談しただけでぽんと振り込んでもいい金額ではないような気がする。
「あの……本当に大丈夫なんですか? そんなにお金を出して貰って……」
今のところ、合計で八千万。
私が今まで稼いだ金額をとうに越えている。
「問題無い。私は投資家でもあるからな。これぐらいの金額なら本腰を入れれば一日で稼げるんだ」
「………………」
「………………」
この発言には私だけじゃなくてゼストさんも言葉を失った。
顔を見合わせて苦笑する。
運がいいことは確かなのだろう。
今はただ感謝するしかない。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい。結果を出してくれればなおいいけどな。シンフォみたいに自分だけの飛翔を目指している奴っていうのは、ちょっと応援したくなってくるし」
「期待に応えられるように頑張ります」
「頑張るのはいいけど、気負ったら駄目だぞ。リラックスが大事だ」
「はい。善処します」
八千万ものお金を出して貰っておいて緊張するなというのはかなりの無理があるけれど、それがマーシャさん達の望みならば、私は全力でリラックスするしかない。
……全力でリラックスというのも変な感じだけれど。
★
それから飛行練習場へと向かった。
私はグラディウスに乗って移動したけれど、マーシャさん達はまた別の機体で付いてきてしまった。
マーシャさんもオッドさんも己の手足のように機体を操っているのが凄い。
レヴィさんも操れそうだけれど、マーシャさんが操縦席を譲ってくれなかったらしい。
ギロリと睨まれると渋々副操縦席に座っていた。
しょんぼりしている様がなんだか可愛い。
オッドさんの方も滑らかな操縦で、かなりの腕だということが分かる。
だけどオッドさんの機体はマーシャさんの乗っているものとは違い、座席が一つ、つまりレーシング用のマシンなのだ。
移動の為だけならばあれに乗ってくる必要は無かったと思うのだけれど、何か意図があるのかもしれない。
そしてやってきたのは浮島密集地帯。
浮島密集地帯はスカイエッジ・レーサーの練習場所として利用出来る。
荒野のような場所に浮かぶ浮島の数々は、荒れ果てた大地に見えるのに、どこか幻想的だった。
この練習場所はあまり人気が無いので、今日は誰も居ない。
グラディウスを地上に降ろすと、マーシャさん達の機体も同じように降りてきた。
三機分の飛行許可を取るのにどれだけかかったのか、ついでに言うとレンタル費用もどれだけかかっているのかについては、もう考えないことにした。
マーシャさんにとって、お金とは稼ぐものではなく、数字として調整するものなのだろう。
世界が違うということにしておこう。
「寂しい場所だな~」
シャンティくんが機体から降りて辺りを見渡してそんなことを言う。
確かに人もいないしお店も無いのだから、寂しい場所であることは間違いない。
もっと居住地に近い場所の方が、補給や食事などの都合がいいので、ここは人気が無いのだ。
要するに、不便だから。
何もかもを置き去りにして練習に費やしたいというコアなレーサーしか利用しない場所でもある。
しかしコアなレーサーであっても、燃料の問題で長時間利用出来ないので、結果として人気がないのだ。
燃料補給出来なければ長時間の練習は出来ないからだ。
「ああ、燃料については問題無いぞ。こっちにたっぷり積んであるからな。一日中練習しても問題無いぐらいの燃料があるから、遠慮無く励んでくれ」
レヴィさんが貨物コンテナの方を指さして教えてくれる。
乗る人数に対して機体がかなり大きいと思ったけれど、そういう意図もあったらしい。
「ありがとうございます。遠慮無く使わせて貰います」
こうやって協力してくれる人がいてくれれば、かなり使い勝手のいい練習場所だと思う。
もっとも、協力者にも操縦して貰わなければならないし、飛行練習している間はずっと眺めていることしか出来ないので、そこまで付き合ってくれる人がいるレーサーの方が珍しいとは思うけれど。
そう考えると、期間限定とは言え、私は本当に運がいいのだと思う。
それから練習を開始する。
最初は馴らし運転をしていたけれど、すぐに本格的な飛翔に移行する。
浮島の間をすり抜け、次々と進んでいく。
加速しようとするけれど、どうにも上手く行かない。
いつも通りのレースと同じく、行き詰まっている。
「……どうしてなんだろう。飛びたい道は見えているのに」
やりたいことは見えている。
飛びたい道も見えている。
それなのに、実行出来ない。
自分の夢見ているものを、現実に出来ない。
それが悔しい。
自分の腕が足りないとは思わない。
私はそれが出来るだけの練習をずっと積み重ねてきたのだという自負がある。
自身過剰に繋がりかねないものだけれど、その自負がなければ人前で飛び続けるレーサーになんてなれない。
「ううん。練習あるのみ。今回はゼストさんが調整してくれたお陰で、いつもよりずっとマシになっている。きっと、もう少しなんだ」
操縦桿を握りしめて、自分に言い聞かせる。
何かが足りないことは分かっている。
だけど足りないものを見つけるには練習あるのみ、なのだろう。
ひたすらに、愚直に、練習だけを積み重ねる。
きっとそうすることで、私のなりたい自分になれると信じている。
「う……」
集中力が途切れてきたので、そろそろ休憩する。
熱中しすぎると事故に繋がるので、この辺りの切り替えはしっかり出来るように自分に言い聞かせている。
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