それからフラクティール・ドライブの開発計画についてある程度詳しい話を進めてから、マーシャはユイの研究所を出た。
「よし。これでフラクティール・ドライブに関する開発は一段落ついたな」
まだ試作品すら完成していないのだが、マーシャが手助け出来るのはここまでなので、彼女自身の仕事は一段落ついたと言ってもいいだろう。
後はユイとヴィクターに任せておけばいい。
自分の手が必要になったらまた呼ばれるだろう。
「さてと。この後はどうしようかな」
この後の予定は特に入れていない。
レヴィを呼び出してデートをするのも魅力的だが、たまには一人でぶらぶらするのも悪くない。
孤独を愛している訳ではないのだが、たまには一人で落ちついてのんびりしたい時もある。
一人になりたいのではなく、その方が何も考えずに頭をからっぽに出来る、つまりぼんやりと出来るのだ。
「ヒルトンガーデンで昼寝も悪くないな」
ロッティの市民公園であるヒルトンガーデンは、色鮮やかな花々と芝生、そして木々が生える自然の空間だ。
大自然というほど濃密な空間ではないが、晴天の芝生でのんびり寝転がるにはちょうどいい場所でもある。
「よし。のんびりしよう」
たまには一人でのんびりと過ごすのもいいだろう、という結論に達したマーシャはヒルトンガーデンへと移動した。
「ん~……」
伸びをしながらごろごろするマーシャは、久しぶりに頭を空っぽにしてぼんやり状態になっていた。
いつも何かについて考えているので、たまにはこういう何も考えない時間というのも素晴らしいと思っている。
「ふにゅ……ふにゅ~……」
芝生の上でごろごろしながら、ひたすらにぼーっとしている。
実に幸せそうだ。
周りには同じようにごろごろする人や、カップルや家族連れなども点在している。
「ああ~。幸せ……」
このまましばらくぼーっとしていたい気分だったが、すぐに携帯端末にメールが届いた。
「ん? レヴィかな?」
みんなとは今は別行動の筈だが、何かあったのだろうか。
レヴィだったらもふもふ欲求が暴走しているだけだと分かるのだが、彼は今現在空の家へと遊びに行っているので、その欲求は満たされている筈だ。
本来ならあまり立ち入らせたくはないのだが、子供達の方がレヴィを気に入ってしまったので、マーシャも妥協することにした。
子供達相手にもふもふしまくるレヴィは、ブラッシングの達人として子供達にも人気だった。
ただもふもふするだけではなく、気持ちよくブラッシングして丁寧にもふもふしているので、亜人の子供達も満足しているのだろう。
というよりも、無条件の愛情を向けてくれるレヴィのことを好きになっているのかもしれない。
人懐っこくて気さくなレヴィは、基本的には誰とでも仲良く出来る。
子供達なら尚更だ。
本来なら初対面の相手には警戒する空の家の子供達が、すぐにレヴィと打ち解けたのは、彼の人徳によるものだろう。
あのもふもふ狂いを人徳だとは思いたくないが、結果がそれを示しているので認めるしかない。
「ありゃ。レヴィじゃないな。シオンか。どうしたんだろう?」
シオンに連絡を取ってみると、すぐに出てくれた。
『もしもし、マーシャですか?』
「ああ、どうした? 何かあったのか?」
『ん~。特に何も無いんですけど』
「?」
何も無い、という割には何か悩んでいるような声だった。
シオンは大切な妹みたいな存在なので、悩んでいるのなら力になってやりたい。
『マーシャ。今、時間大丈夫ですか?』
「大丈夫だ。ちょうどのんびりしていたところだからな」
『じゃあちょっと相談したいことがあるですよ』
「分かった。そっちに戻ろうか?」
『あたしがマーシャのところに行くですよ。ちょっと外出して気分転換しようと思っていたところですし』
「そうか。今はヒルトンガーデンでごろごろしているところだ」
『分かりました。じゃあヒルトンガーデンに向かいますね』
「西六エリアにいるからな」
ヒルトンガーデンはかなり広いので、エリアをきちんと伝えておかないと、シオンが無駄に探してしまうことになる。
ここは西六エリアなので、これでシオンもすぐに分かるだろう。
しばらくごろごろしていると、すぐにシオンがやってきた。
「マーシャ~」
「ふぎゃっ!?」
いきなり後ろから尻尾に抱きつかれたので、マーシャが悲鳴を上げてしまう。
変な部分に力を入れられて、びくんとなってしまったのだ。
「お待たせですです~」
「いきなり尻尾を掴むのはやめろっ!」
「レヴィさんには許してるんだからいいじゃないですか~」
「レヴィは許さなくても勝手にやるんだっ!」
「じゃああたしも勝手にやるですです~」
「ふああっ!?」
尻尾に頬ずりしてそのままわしゃわしゃされてしまう。
変な感覚に襲われたマーシャは再び悲鳴を上げる。
最終的には、シオンにげんこつを喰らわせることで止めさせた。
「……痛いですです」
涙目で頭をさするシオンは、恨みがましそうにマーシャを見ている。
「シオンが悪い」
「うう~。愛情表現なのにぃ。レヴィさんもやってるのにぃ」
「言っておくが、レヴィだったら本気のパンチが顔面に炸裂しているからな」
相手がシオンだからこそ拳骨で手加減してやったのだということをきちんと言い聞かせておく。
「うう~」
「それで? 相談したいことというのは?」
「う。それはですね……」
シオンがいきなり言いにくそうに口をもごもごさせている。
相談したいのはやまやまなのだが、どう切り出していいのかが分からないらしい。
しかしマーシャにはある程度見当がついている。
最近のシオンを見ていたら、かつての自分と同じ感情に振り回されていることが分かってしまうのだ。
意外だとは思ったが、理解も出来る。
そしてシオンが初めて経験するその感情を、マーシャは歓迎していた。
「オッドに関することだろう?」
「あう~」
シオンは真っ赤になって頷く。
否定するつもりはないらしい。
「やっぱり分かるですか?」
「シオンは分かりやすいからな。まあ、オッドはあの通り大人の男性だから、今のシオンが振り向かせるのは難しいかもしれないけど」
「それは分かっているつもりですけど」
「分かっていても、振り向かせたくて悩んでいるのか?」
「だって、好きだっていう気持ちはどんどん大きくなっていきますし」
「まあ、それはそうだろうなぁ」
「マーシャ」
「何だ?」
「あたしの身体って、人間じゃないんですよね?」
「ああ」
シオンは人間ではなく、マーシャとヴィクターが造り出した有機アンドロイドだ。
肉体的には本当の人間とそこまで変わらないのだが、決定的に違う部分も存在する。
脳の処理能力は人間よりも遙かに上回っているし、大量の情報を処理する為の耐久性も備えている。
身体についても人間とは違う部分があり、その一番大きな部分は、成長を操作出来るということだった。
肉体の成長を操作出来るということは、その成長を止めることも出来るということだ。
シオンはまだ生まれて一年ほどしか経過していない。
しかし肉体年齢は十五歳ほどの少女になっている。
これは電脳魔術師素体《サイバーウィズマテリアル》として最大の性能を発揮出来る用に調整した結果だ。
シオンもその調整には満足しているし、納得もしている。
しかし現状は十五歳のまま成長を止めているのだ。
もちろん、いつまでもそのままにしておくつもりはない。
人間ではないが、人間のように生きたいと願うのならば、マーシャはそれを叶えるつもりだ。
しかし今は成長を止めている。
それにはもちろん理由がある。
内面の問題だ。
シオンの内面はまだ幼い。
だからこそ、肉体年齢を十五歳で止めて、十五年をきちんと生きた後に人間と同じように成長させようと考えているのだ。
当たり前のように歳を取って、そして死んでいく。
そんな人生をシオンにも送って欲しいと、マーシャは考えている。
もちろん、シオンが望むのなら肉体年齢を止めたままにすることも可能だが、恐らくそれは望まないだろう。
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