シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

クラウスとの再会 3

公開日時: 2021年4月29日(木) 16:43
文字数:3,770

「お爺さま。レヴィのことはあまり気にしない方がいい。ちょっと見ない間に病気が加速してしまったんだ」


「そうなのか? 至って元気そうに見えるが」


「元気すぎるのが問題なんだ。もふもふに関して見境がなくなりかけている」


「ああ、なるほど。確かにマーシャのもふもふは気持ちいいからな。狂うのも分かる」


「納得しないで欲しい」


「といっても、PMCの連中もマーシャのもふもふファンが多いじゃろう? 諦めが肝心じゃぞ」


「………………」


 そんなことを諦めたくはないのだが、現実は認めなければならない。


 実に複雑な心境になってしまうのだった。


「エミリオン連合とやり合った後の後始末はどうなっている? 必要なら儂の方でもいろいろと引き受けるぞ」


 勝利したとは言え、エミリオン連合軍と戦ってただで済む訳がない。


 後始末の方が大変だったりするのだ。


 クラウスはそのあたりのことを心配しているが、マーシャの方は笑顔で首を振った。


「大丈夫。シャンティとシオンが完璧に後始末をしてくれたからな。元々、あれはグレアス・ファルコンの独断だったんだ。情報漏洩を危惧して、他には知らせていなかったのが良かった。原因不明の艦隊壊滅だが、そこから追跡調査が出来ないという状況になっている。痕跡は完璧に消したから、私達まで辿り着かれる心配は無い筈だ」


「それは良かった。いざという時はリーゼロックの名前を使って構わんからな。無茶は禁物じゃぞ」


「うん。ありがとう、お爺さま」


「構わん構わん。久々に会えたんじゃから今日は一緒に過ごしたいものじゃ……と言いたいところじゃが、少し頼みがあるんじゃよ」


「頼み?」


「うむ。聞いてくれるか?」


「内容にもよるけど。でもお爺さまの頼みなら大抵のことは聞き入れるつもりだぞ」


「それはありがたい」


「どんな頼み?」


「人に会って貰いたいんじゃよ」


「誰に?」


「ユイ・ハーヴェイという科学者じゃな」


「もしかして、資金援助の話?」


「そういうことじゃ」


「どうしてお爺さまが直接行わないんだ?」


 クラウスに持ちかけられた資金援助の話ならば、彼が直接受ければいい。


 見込みのない相手ならば断ればいい。


 ここでマーシャに回してくる理由が分からない。


「求められる金額の桁が違うんじゃ。儂はそんなリスクは冒せん」


「桁が違うって、どれぐらい?」


「ざっと聞いただけで兆は超える」


「……それは私でも躊躇する」


 本当に桁が違う。


 国家予算に匹敵する資金援助を個人に求める方がどうかしている。


「それほどの規模ならば、国が援助するのが普通じゃないのかな?」


「儂もそう思うが、それは断られたらしい」


「つまり、見込みがない?」


「端から見るとそう思えるんじゃろうな。儂も、成功するかは五分五分じゃと思っておるし」


「どうして私に?」


 マーシャがその気になれば用意出来る金額ではある。


 しかしその話をマーシャに持ってくる理由が分からなかった。


「見込みは薄くても、マーシャが興味を持つと思ったからな」


「ということは、宇宙船関連の技術?」


「そういうことじゃ。しかも跳躍技術じゃ」


「っ!!」


 宇宙空間における跳躍技術。


 それはどこの国も喉から手が出るほど欲しいものだった。


 簡単に言えばワープ航法だ。


 しかし実現出来た国も企業もまだ存在しない。


 マーシャのシルバーブラストも最新鋭ではあるが、跳躍機能は備わっていない。


「ちょっと待って欲しい。そんな技術なら、それこそ他が放っておかないんじゃないか? どうして個人投資家に話が来るんだ?」


「見込みがないと思われておるからじゃろう」


「お爺さまは違うと思っている?」


「儂は専門外じゃから詳しいことは分からん。しかし面白いとは思う。宇宙船関連はマーシャが専門じゃろう? 話を聞いてみるだけでもいい刺激になると思うんじゃが、どうかな?」


「つまり、援助するかどうかは私が決めていいということ?」


「もちろんじゃ。見込みがあると判断すれば援助すればいいし、無いと判断すれば断ればいい。それはマーシャの自由じゃ」


「そういうことなら会ってみてもいいかな。話は聞いてみたい。跳躍技術については博士とも話し合ってみたけど、まだいい案が浮かばないしな。発想のとっかかりになるだけでもありがたい」


「マーシャならそう言うと思った」


「うん。ありがとう、お爺さま」


「どういたしまして。彼は最上階の部屋に待たせておるから、後で会いに行くといい」


「このホテルの最上階?」


「うむ。話の内容が機密だらけじゃから、セキュリティのしっかりした場所がいいと思ってな。このホテルの最上階なら覗き見防止はしっかりしておるぞ」


 エミリオンのホテルについては詳しくないマーシャだが、クラウスが言うのなら信用出来る。


 このホテルは要人達の話し合いや取引にも用いられることが多いらしいので、機密保持に重点を置いて造られている。


 外から覗き見される心配は無いということだろう。


「お爺さま。最上階の部屋って、まだ空きはあるかな?」


「どうじゃろうなぁ。泊まるつもりか?」


「相手との話し合いが長引くなら、泊まっていこうと思って」


「なるほど。フロントに訊いてみるといい。すぐに確認出来る筈じゃ」


「分かった」


 マーシャはすぐにフロントへと向かった。


 その後ろ姿を見送る二人。


「マーシャが泊まっていくなら儂ももう少しゆっくりしていってもいいかのう」


「ありがとう」


「ん? いきなりなんじゃ?」


「マーシャをあそこまで育ててくれて、ありがとう」


 今のマーシャがあるのはクラウスのお陰だということは分かっている。


 だからこそレヴィは感謝したかった。


 クラウスがマーシャを育ててくれたからこそ、レヴィは彼女と再会出来た。


 そのことがとても嬉しかったのだ。


 だからこそ、心からの感謝を届けたい。


「それを言うならマーシャ達を儂に出会わせてくれたことに感謝したいところじゃぞ」


「なら、お互い様かな」


「うむ。トリスのことは残念じゃったが、あの子の意志は尊重するべきじゃと思ったからな」


「やはりトリスは復讐を望んでいるのかな?」


「うむ。生きていることは間違いないようじゃが、どこにいるかは分からん」


「どうして生きていることが分かるんだ?」


「儂が持たせたカードの利用が未だに行われておるからな。あれを利用するには個体情報の照合が必要になる。つまり、あのカードが利用されている以上、トリスが生きていることは間違いないのじゃ」


 他人の不正利用を防ぐ為に、あのカードには個体情報の照合というセキュリティロックがかかっている。


 トリスが未だにそのカードを利用しているのは、必要以上の犠牲を出したくないという気持ちからではなく、クラウスに自分が生きていることを知らせる為なのかもしれない。


 復讐に取り憑かれていても、そういう部分は変わらない。


 どこまでも優しい少年なのだ。


「それはいい知らせだな。いつかは会いたいと思っているし」


「あの子は自身に課した誓いを果たすまでは帰らない。帰ることが出来ない。それが分かっているからこそ、儂も止められなかった」


「マーシャも同じ気持ちだったんだろうな。辛そうにしていたし」


「ついて行こうかどうか、悩んだらしい」


「マーシャらしいな」


「しかしトリスがそれを望まない以上、自分が足かせになってしまうと考えたんじゃろうな。結局は諦めた。そしてマーシャは自分自身の願いの為に邁進してきた」


「それが投資家であり、研究者であり、開発者であり、操縦者か……」


「うむ。呆れるぐらいに多才じゃろ?」


「呆れるで済ませていい問題か?」


「亜人の死体を研究しようとする奴の気持ちが分かるというものじゃな。皆がマーシャのような可能性を秘めているのだとしたら、とんでもない利益を生み出すことになる」


「リーゼロックもその恩恵を受けたってことか?」


「まあな。あの子の意志じゃから、ありがたく受け取っておいたぞ」


「それでいいと思う。それが彼女なりの恩返しのつもりだろうし」


「うむ。儂としてはマーシャが幸せに暮らしてくれればそれで十分なんじゃがな。それでもあの子のお陰で宇宙船開発部門は大きな利益を得た」


「良かったんじゃないか? その集大成がシルバーブラストなんだろう?」


「スターウィンドも同様じゃな」


「だろうなぁ」


「ちなみにシルバーブラストの技術はほとんどこっちに知らされていない」


「マジで?」


「うむ。あれはマーシャとそのブレインが知恵と遊び心と悪ふざけの限界にまで挑戦した最高傑作じゃからな」


「それを聞くと恐ろしい気するなぁ」


「そもそも、シルバーブラストのシステムのほとんどは、シオンがいなければ使えないからな。シオン自身も有機アンドロイドとしてはほとんどブラックボックス状態じゃからなぁ。こっちに流れてくるのはその一部じゃよ」


「恐ろしいなぁ」


「うむ。面白い」


「面白いって……」


「どこまでやらかしてくれるか、実に楽しみじゃ」


「物騒な楽しみ方だなぁ」


「歳を取ると刺激が少なくてなぁ。こういうことが楽しくてたまらなくなるのじゃ」


「………………」


 物騒な趣味だった。


 しかし気持ちは分かる気がする。


 レヴィ自身も、マーシャが何をどこまでやらかしてくれるのか、楽しみになってきているのだ。


 一緒に旅をしようと思ったのもそれが原因だ。


 マーシャと一緒に居たいという気持ちもあったが、それと同じぐらい、彼女が何をやらかしてくれるのかを見てみたいという気持ちがあるのだ。




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