マーシャは操縦室に戻ってから、シオンとシャンティに相談して、リネス全体と警察の事情について可能な限り調べるように頼んだ。
「了解ですですっ! レヴィさんの身柄を取り戻す為にも協力するですよ」
シオンの方はマーシャの為に献身的に働くことを約束してくれたのだが、
「そうだね。ちょっと面白そうだし。どす黒い事情とかわんさか出てきそう。弱みとか握りたいんでしょ?」
シャンティの方は可愛らしい顔に、にんまりとした笑みを浮かべている。
発言はかなりブラックだが、顔が可愛らしいのでギャップが凄いことになっている。
小悪魔ショタだな、と内心で苦笑するマーシャ。
しかしこういう時はとても頼もしいので、敢えて突っ込んだりはしなかった。
「弱みでも強みでも構わない。とにかく情報が欲しい」
「オッケー。それにしてもアネゴを敵に回すなんて、リネス警察も命知らずだよね」
「本当にな。とことんまで思い知らせてくれる」
がるるる……と獣の唸り声が聞こえてきそうなぐらい物騒な表情だった。
その敵意を向けられる相手に心から同情しながらもシャンティは久しぶりに電脳魔術師《サイバーウィズ》としての本領発揮を楽しむことにするのだった。
クロドの引き渡しは明日行うとレイジには言ってあるので、その間に情報収集を行うことになった。
ちなみに宇宙港入りしたシルバーブラストは厳重な監視下に置かれている。
麻薬密輸容疑をかけられているので当然の対応だが、しかしそれもクロドを引き渡してしまえば、表向きは監視する理由も拘束する理由も無くなってしまうので、一日の猶予期間で調べられる限りの情報を得ようとしているのだろう。
しかしマーシャはそれをさせなかった。
補給も整備も全て断った。
元々、食糧以外の補給は必要無い仕様なので当然だ。
食糧もまだまだ余裕がある。
ここで部外者を大事な船の中に招き入れてやる理由は何処にも無いのだ。
「鬱陶しいな」
それでも調べられることは調べようとしているらしく、外部からのスキャンやネットワークの侵入が絶えない。
スキャンしたところで簡単に構造が分かるとは思えないし、優秀な電脳魔術師《サイバーウィズ》が二人も居るこの状況でハッキングを許したりはしないのだが、鬱陶しいことに変わりはない。
向こうも苛立っているだろうが、こちらも苛立っている、
しかし今は耐えることにした。
そしてシオンとシャンティの情報収集はあっさりと完了した。
エミリオンの管制頭脳にまであっさりと入り込める腕利きの二人なのだから、地方惑星であるリネスの電子防壁など障子紙も同然だった。
欲しい情報はすぐに手に入り、マスコミや個人の掲示板にある情報まで網羅して、それらの情報を整理するまでにかかったのは僅か二時間。
かなり優秀な処理時間だった。
「二人ともお疲れ様。助かったよ」
マーシャは二人のちびっこ電脳魔術師《サイバーウィズ》を労った。
具体的には尻尾をもふもふさせてやった。
二人ともマーシャの尻尾が大好きなのだ。
特にシャンティは滅多にもふらせてもらえないので、大喜びでもふもふしてきた。
「はう~。一仕事の後はこのもふもふが最高ですです~」
「だよね~。アニキがいないから遠慮無くもふもふ出来るし」
レヴィがいる時は流石に気が引けるのだが、シャンティもマーシャのもふもふは大好きなので、こういう時は遠慮をしない。
マーシャは二人にもふもふさせながら、まとめてもらった電子資料に目を通していた。
惑星リネス。
建国三百四十年の歴史を持つ国家であり、浅くもなく古くもない、中途半端な国だった。
星追い人《スターウォーカー》によって発見された居住可能惑星で、エミリオン連合の手によって本格的な発掘が進められた。
エミリオン周辺の惑星から移住希望者を集めて、本格的な都市開発が進められ、二百二十年ほど前には惑星ニラカナからの移民も大量に流れ込んできた。
彼らは北部に定住し、初期の移民は南部に定住することになった。
それから時間が経過し、やがて北部と南部で二大組織が形成されることになる。
それがキサラギ一家とラリー一家だ。
二つの家は昔から争い続けながらも、リネスの発展に貢献してきた。
リネスの大企業から中小企業まで、どちらかの影響を受けていないものは存在しないほどに二つの家の力は大きかった。
個人営業者でさえ、彼らの影響から逃れることは出来ない。
といっても二つの組織の性格は対照的で、ラリーは支配、キサラギは共存と手助けを主な目的として活動しているらしい。
積極的に影響力を広めようとしているラリー一家の方が勢力は上だが、北部の人間に圧倒的な支持を受けているキサラギ一家の人気は侮れない。
ラリー一家が北部の人間に理不尽な危害を加えようとすれば、キサラギ一家が黙っていない。
支配力を北部にまで伸ばそうとする度に、キサラギが邪魔をするのだ。
ラリーにとってキサラギとは、強烈なまでに忌々しい存在なのだろう。
彼らは何度もキサラギを潰そうとしていたが、どうしても上手くいかなかった。
八年前は唯一の跡取りであるランカ・キサラギを殺してしまおうとしたらしいが、傍に居た護衛が敵を皆殺しにして無事に済んだらしい。
ランカ・キサラギもその時に重症を負ってしまったようだが、今は立派に跡を継いでキサラギ一家を切り盛りしている。
弱冠十六歳の少女がマフィアを切り盛りしているあたり、彼女の才覚もなかなかのものなのだろう。
そして最近はラリーも警察組織にまでその影響力を伸ばしていき、今や警察そのものが彼らの言いなりになっている有様だった。
警察組織が犯罪組織の下僕扱いなど、実に笑えない話だった。
しかしこの状況だと、レヴィを簡単に手放してくれるとは思えない。
何か方策を考えなければならないだろう。
「いざとなればキサラギに繋ぎを取ってみるのもいいかもしれないな」
ラリーと拮抗する勢力はキサラギなのだから、対抗しようと思えば彼らに手を貸して貰うのが一番手っ取り早い。
資金提供や技術供与などで交渉すれば、キサラギの協力を取り付けるのはそこまで難しくないと考えている。
もちろん、リーゼロックの力を使えば力ずくで全てを叩き潰すことも不可能ではないが、それをやると目立ちすぎる。
後処理もかなり面倒になりそうなので、出来ればもう少し小規模なレベルで何とかしたい。
「リーゼロックの力を使うのは最終手段だな。使えば簡単に潰せるが、それじゃあ面白くない」
権力者に対して最も有効な剣は、それ以上の権力と金なのだ。
マーシャはその両方を保有している。
だからこそ、ある程度の手加減が必要なのだ。
レヴィを取り戻すだけでは面白くない。
きちんと相手に思い知らせてやらなければならない。
手加減をしなければ、いたぶることも出来ないではないか。
獲物が一瞬で壊れてしまっては意味が無い。
徹底的に潰してやるが、その為にじっくりといたぶらなければならない。
底意地の悪い考えだが、レヴィを奪われたマーシャは完全に腹黒猛獣モードになっているのだった。
獰猛で冷徹な笑みを浮かべているマーシャを見て、ちびっこ達はもふりながらも震えていた。
「………………」
「………………」
もふもふ天国で労われていた筈なのだが、その笑みを見てからはそろそろと離れていくのだった。
猛獣をいつまでももふりつづけていたら、いつ暴発するか分からないからだ。
触らぬ猛獣に祟り無し、である。
そしてラリー一家はこれから大いに祟られるであろう。
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