シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

スターウィンドの大活躍 4

公開日時: 2022年6月23日(木) 15:11
文字数:4,151

「……とは言ったものの、どうするかな」


 ランカとの通信を切った後、タツミは困ったように頭を掻いた。


 といってもヘルメット越しなので、ふりだけになってしまっているが。


 爆発まで後二分も無いだろう。


 発着場は却下で、後は逃げられそうな場所も無い。


「おーい、レヴィ。聞こえるかー?」


『どうした? タツミ』


 スターウィンドを操縦中のレヴィはのんびりとした声で答えた。


 どうやら第二陣も、そしてその奥に控えていたらしい母船も残らず片付けたようだ。


 あの神がかった操縦技術を見せつけられた後ならば、それも当然だと納得するが、自分のピンチを考えると少しばかり複雑である。


 まあ手が空いているならば、全面的に頼りに出来るので良しとしておこう。


「ああ。実はかなりの大ピンチでさ。助けてくれないか?」


 タツミは現在の状況を簡略してレヴィに説明した。


 時間が無いので発着場から奥へと移動しながらだが、レヴィはその説明だけでやるべき事を理解したようで、すぐに指示を出してきた。


 シャンティがすぐさま引き出してきてくれた迎撃衛星の内面図と、発信機を持たせているタツミの位置を照合して、移動するべき場所を細かく指示している。


『そうだ。そこをまっすぐ言って左に曲がれ。カーブした道をそのまま進んでから……』


 タツミはレヴィの指示通りに動く。


 そしてその途中で足下が大きく揺らいだ。


 同時に爆音。


 自爆システムが作動して、同時に発着場にも仕掛けられた爆弾が起爆したようだ。


「いてっ!」


 その振動で体勢を崩したタツミは、壁に肩をぶつけてしまった。


 頭は気密ヘルメットで覆われているから助かっているが、何度もぶつけるとダメージで動けなくなってしまいそうなので気をつけたいところだった。


 振動の大きさは、この迎撃衛星が長くは保たないことを教えてくれる。


 中に取り残されたのは、タツミが倒した戦闘員と技術者のみ。


 当然、助けるつもりは無い。


 こんなことをしようとした以上、巻き込まれるのは自業自得だし、そもそもこの状況で他人を、しかも敵を助ける余裕などある筈もない。


『タツミ。時間が無いからもう仕掛けるぞ。でっかい衝撃に備えておけ』


「げ。了解」


 仕掛ける、というのは、外壁と内部空間が近い場所に大穴を開ける、という事だ。


 スターウィンドの五十センチ砲が火を噴いてしまえば、迎撃衛星の装甲などバターのように溶かされて穴あきにされてしまう。


 タツミは通路の壁にある手すりに掴まって、衝撃に備えた。


 その直後、爆音と共に大きな衝撃が走った。


「うぐ……」


 熱風がここまで届く。


 もう少し近付いていたら危なかったが、それは臨時で作られた脱出口が近いという証明でもある。


 熱気が耐えられるレベルまで収まるのを待つ余裕もなく、タツミは床を蹴って走り始めた。




 そしてレヴィが荒っぽい方法で作り出した脱出口に辿り着く直前、迎撃衛星は大きなひび割れと共に砕け散った。


「おい、タツミ! タツミ! 応答しろっ! 駄犬っ!!」 


 レヴィは必死で呼びかけるが、応える声は無い。


 無惨に崩れ散ってしまった迎撃衛星の残骸があるだけだ。


 付近で待機していたレヴィが必死で周りを確認する。


 爆発が予想以上に早かったが、それでもタツミならどうにかして生き残っている可能性がある。


 あのタツミが、ランカを置いたまま死ぬ筈がない。


 何の根拠も無い理屈だが、感情だけで理屈を覆す常識破壊パワーが彼には備わっている気がするのだ。


 そして破壊の粉塵や鉄くずの中で、小さなヒトガタがひらひらと手を振っているのが見えた。


『おーい。早く回収してくれ~。熱いし……』


 気の抜けた声で破片の間を漂っているのは、間違いなくタツミだった。


 その間抜けな姿を見て、レヴィもほっと息を吐いた。


「破片が多すぎるな。そこまで行くと機体にぶつかりまくる。噴射装置で何とか移動出来ないか?」


 タツミが来ている宇宙服の背面には噴射装置《ポータブルジェット》が付いてる。


 それを使えば無重力の宇宙空間内でも移動が可能なのだ。


『無理。爆発に巻き込まれた時に壊れたみたいで、ぜんっぜん作動しない』


「マジか……」


『マジマジ。つー訳で、何とか助けに来てぷりーず』


「鬱陶しいから周りの破片を砲撃でバラしていいか?」


『俺までバラされちまうよっ!!』


「冗談冗談。まあこの程度ならこっちの機体が傷ついたりする事は無いだろうから、そこで待ってろ」


『了解~』


 レヴィはスターウィンドの速度を最低限以下にまで落とし、のろのろとタツミに近付いていった。


 ここまで速度を下げないと、ぶつかっただけでタツミが粉々になってしまう。


 ここまで来てタツミを接触事故で死なせたなどという事になったら、ランカに殺されてしまう。


 美少女の憎悪を引き受ける度胸など無いので、レヴィも慎重に近付いていった。


 そしてその場に漂っていたタツミの回収に成功した。




「しんどかった……」


「ご苦労さん」


 そのしんどさはまだ続いている。


 何故なら、タツミだけが荷物スペースにぎゅうぎゅうに押し込まれているからだ。


 しかし命が助かったのだから、文句を言う訳にもいかない。


 コクピットの中に多少の破片も入り込んでしまったが、操縦に影響は無いのでそのまま宇宙港に戻ることにした。


 戻った時にまた管制に何か言われるかと思ったが、マーシャの方がリネス宇宙港を占拠……もとい制圧……もしくは迎撃衛星の爆破映像や中に居た人間の証拠写真を根拠としたラリーによる大規模テロだということを納得させた為、地上への超長距離狙撃を阻止した英雄的存在であるスターウィンドは大人しく入港させてもらえることになった。


 そのままシルバーブラストの格納庫に収まり、二人は広い船内に降りるとそのまま座り込んでしまった。


「疲れたなー」


「ああ。滅茶苦茶疲れたな」


 背中合わせで床に座り込む二人は、長い間戦場を共にしてきた友人同士のような、不思議な気分を味わっていた。


 こんな気持ちにさせられるのは、オッドと一緒に戦っていた時以来だが、彼とも上司と部下という関係だったので、微妙に違う気がする。


 それでも悪い気分ではなかった。


 もう少しここでゆっくりしていたいところだが、その前にマーシャがやってきた。


「お疲れ様、二人とも。オッドがダイニングでポトフを用意しているぞ」


「おお。すぐ行く。腹減ったし」


「俺も俺も~」


 似たもの同士の二人はすぐに立ち上がる。


「ああ。タツミの方は下に迎えが来ているぞ」


「え?」


「ほら」


 マーシャが壁に備え付けられているディスプレイを指で示すと、小さな画面には着物姿の美少女が映っていた。


「お嬢っ!」


 どたたたたっ! という音を立てながら、タツミはすぐに出口へと駆けていった。


「早いな」


「流石は駄犬」


 あっという間に遠ざかる後ろ姿を見て、レヴィとマーシャは苦笑して肩を竦めた。


「お帰り、レヴィ」


「ただいま、マーシャ。尻尾びんたしてくれよ」


「……ポトフが待っているぞ」


「いや。尻尾びんたはすぐ終わるし」


「温かい内が一番美味しいと思うぞ」


「温め直せばいいし」


「いや、出来立てが最高だぞ」


「それは認めるけど」


「早く行け」


「後でたっぷりしてくれよな」


「………………」


 うきうきしながらダイニングへと向かうレヴィの姿を眺めながら、マーシャはがっくりと肩を落とした。


「何だか、段々と変な趣味になっていく気がするぞ……」


 もふもふ大好きだというだけならまだしも、尻尾びんたが大好きだというのは、もうドMの領域に突入しつつあるのではないだろうか……と身震いしてしまう。


 ドMとはドSが一番相性がいい筈だが、自分がドSになるのは遠慮したい。


 そんな変態的な性癖はいらない。


 自分にも、レヴィにも、断じて必要無い。


「まあ、いいか」


 マーシャはこれ以上考えるのを止めた。


 考え続けても不毛な気がしたのだ。


 後で尻尾びんたをしてやらなければならないのは気が重いが、ちゃんと怪我一つ無く戻ってきた以上、約束は果たさなければならない。


 ぶんぶん、と尻尾の動きを確認しながら、びんたの為に準備を整えるのだった。







 その様子を監視カメラの映像越しに見ていたのは、シャンティとマーシャだった。


 レヴィはオッド特製のポトフを食べる為にダイニングへと移動しているし、オッドもその給仕の為に同じ場所に居て、シオンは当然それにくっついている。


 操縦室には暇な二人が残されたのだが、折角の恋模様なので出歯亀、もとい成り行きを見守ることにしたのだ。


 ランカがキスするところも、タツミが駄犬扱いされるところも、わんと言うところもしっかりと見ていた。


「……胸ぐらを掴んでキスするって、ランカさんもかなり乱暴だよねぇ。流石はマフィアの当主。清楚なお嬢様に見えるのに、内面は結構怖い?」


「押し倒してみろと助言はしたけれど、結構積極的だなぁ、ランカ」


「アネゴの入れ知恵なのっ!?」


「悪いか?」


「別に悪くはないけど」


「タツミのペースに巻き込まれるだけだと、ランカが可哀想だからな。たまには攻めてみろと言ってみた」


「ふうん。でもランカさんが飼い主なんだから、主導権はあっちにありそうだよね」


「本来の命令系統ならそうだが、恋愛関係になると、裏側で下克上とかしそうじゃないか? タツミの場合」


「あ、やりそう……」


 その様子がありありと想像出来たのか、シャンティが少しワクワクした表情になっていた。


「何はともあれ、一件落着だな」


「だねぇ。まだ後始末は残ってるけど」


「宇宙港は黙らせたけど、問題は警察と軍だな。警察はともかく、軍は少しやり過ぎだな。潰しておくか?」


「やめてー。一国の軍を潰したりしないでー。アネゴならマジで出来そうなのが怖いから」


「出来るぞ。ロッティからリーゼロックPMCの全戦力を呼び寄せて、私達が加われば楽勝だ」


「やーめーてーっ!」


 本気でやってしまいそうなのがかなり怖かった。


「まあそれなりに落とし前は付けさせてもらうさ。今後の安全の為にもな」


 ランカの今後の安全を考えるのなら、まずはラリーを潰しておかなければならない。


 南部の支配者であるラリーを潰す事で、その地域にどんな影響が現れるかは分からないが、マーシャは手心を加えるつもりは無かった。


 ランカの事もあるが、もっと個人的な理由で、マーシャはエリオット・ラリーに腹を立てていたのだ。


 マーシャが容赦の無い報復をエリオットに与えるのは、その翌日のことだった。




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