マーシャ達とシオン達は目的の買い物を済ませたので、ホテルエリアへと戻ってきた。
先に戻っていたのはシオンたちの方で、ロビーでのんびりとくつろいでいた。
クレイドルでもトップクラスの高級ホテルだが、予約者当人であるマーシャの認証が無いとルームキーを受け取れない仕組みになっているのだ。
かなり豪華なホテルだが、その分セキュリティもしっかりしているので、マーシャが宿泊場所にお金を惜しむことはない。
むしろ無駄なぐらいにつぎ込む。
このホテルも一泊が数十万という、とんでもないお値段だった。
財布事情を気にしなくていいとは言え、この金銭感覚は恐ろしい。
もっとも、幼い頃からリーゼロックのお嬢様同然の育ちをしてきたマーシャにとっては、金銭感覚など最初から狂っているようなものだが。
何も持たなかった奴隷闘士、リーゼロックのお嬢様、そして一人前の投資家。
よく考えるとものすごい成長っぷりだった。
波瀾万丈すぎる人生とも言う。
「待たせたな。全員分のルームキーだ。最上階に一部屋ずつ。とりあえず好きに使ってくれていい。食事は朝と夜のバイキング形式。昼は適当に食べてくれ」
マーシャが全員にルームキーを渡す。
シオン、シャンティ、オッドは一人一部屋ずつだが、マーシャとレヴィは二人で一部屋だった。
一部屋ずつでも良かったのだが、レヴィが断固として拒否した。
夜のもふもふタイムを逃すつもりは全く無いという意思表示だろう。
マーシャとしてもレヴィといちゃいちゃ出来るのは嬉しいので、拒否はしなかった。
「はーい。じゃああたしはお部屋でのんびりするですよ~」
「僕も。ちょっと疲れちゃった」
「……俺も部屋に戻ります。何かあったら呼んで下さい」
シオンは割と元気そうだが、シャンティはやや疲れている。
オッドの方はかなり疲れているようで、表情に覇気がなかった。
やはり子守を任せたのは大変だったのだろう。
「悪かったな、オッド。子守ばかり押しつけて」
「構わない。レヴィとのデートは楽しかったか?」
「うん。楽しかった」
「ならいい」
「ありがとう。オッドは優しいな」
「別に、マーシャの為だけという訳でもないから気にしなくていい」
「分かってる。レヴィの為だろう?」
「ああ」
「だったら、やっぱりありがとうだ」
「………………」
無邪気な笑みを向けてくるマーシャに、オッドも苦笑した。
レヴィの為に気を遣ってくれるオッドに対する心からの感謝。
それはマーシャが本当にレヴィの事を大切にしてくれているからだろう。
オッドにはそれが嬉しかった。
オッドはレヴィに幸せになって欲しいと願っている。
そしてマーシャと再会してからのレヴィはかなり幸せそうだった。
もふもふマニアという残念な一面も増えてしまったが、それでも幸せそうであることに変わりはない。
そんなレヴィを見ていると嬉しくなる。
だからこれでいいのだと思う。
「おーい。二人で何を話しているんだ?」
「何でもない。ちょっとした惚気話だ」
「惚気って俺の?」
「うん」
堂々と肯定するマーシャに苦笑するオッド。
確かに惚気話なのだが、ここまで臆面も無く肯定出来る感性が貴重だなと思った。
しかしそんなマーシャだからこそ、レヴィも惹かれたのだろう。
「出発は四日後でいいのか?」
「うん。そのつもりだ。仕入れた部品をシルバーブラストに納品完了するまで、それぐらいの日数がかかると言われたからな。その間はここでのんびりしよう」
「一泊数十万の部屋でのんびりと言われても緊張するがな」
「気にしなくていい。たったの五十万だ」
「………………」
その金銭感覚が恐ろしい。
しかしマーシャにとっては本当に大したことではなさそうだ。
「支払いは私なんだから気にしなくていいじゃないか」
「まあ、それもそうか」
言われてみればその通りなのだが、これに慣れると後が恐ろしい。
「大丈夫だ。私と一緒に旅をしていれば、その内慣れる」
「だから、慣れるのが恐ろしいんだが」
「慣れてしまえば過去のことになるさ」
「………………」
駄目だ。
会話が通じない。
真っ当な金銭感覚と、狂った金銭感覚。
しかし誰も損をしていないのだから、これ以上言い合うのは不毛だろう。
「分かった。マーシャの懐が大して痛まないのなら、それでいい」
「うん。大丈夫だ」
「なら、俺もそろそろ行く」
「うん。ご苦労様。ゆっくり休んでくれ」
「ああ」
やや疲れた背中を見送るマーシャ。
「オッドには苦労を掛けているなぁ。何か労ってやれればいいんだけど」
オッドが自分達にデートをさせる為にシオンとシャンティの面倒を引き受けてくれていることは分かっている。
そのお陰で気兼ねなくレヴィとのデートを楽しむことが出来ているし、感謝しているのだが、何で報いたらいいのかが分からないのだ。
「だよな。あいつに何か感謝しようと思っても、何をしてやればいいのかが分からないんだよ。それが困る」
レヴィもそれは同意見のようだ。
オッドはレヴィの為にいろいろと苦労を背負い込んでくれるのだが、自分がそれに報いてやれているとは思えない。
何をすればいいのかが分からないのだ。
感謝をしても当然のように流されてしまうので、何をすればオッドが喜ぶのか、いつも考えている。
しかし思い付かないのが困りものだ。
「まあ、焦ることもないか。その内、何かいいお礼が思い浮かぶかもしれないし」
「だな。その時は目一杯感謝の気持ちを示してやろう」
マーシャとレヴィは部屋へと向かう。
最上階へのエレベーターはスムーズに上っていき、すぐに到着した。
部屋の中に入ると、クレイドルの景色が広がっている。
宇宙コロニーなので地上の景色と同じようにはいかないが、それでも悪くはない眺めだった。
「やっぱり豪勢な部屋だなぁ」
「悪いか?」
「悪くはないけど、まだ慣れない」
「私は慣れた」
「恐ろしいなぁ」
七年前までは何も持たなかった少女が、こんな強烈な状況に慣れているのだから、時の流れとは恐ろしい。
しかしその成長が嬉しくもある。
「うーん。ベッドの寝心地もいいな~」
そしてベッドに寝転がるレヴィ。
「このまま寝ちまうか?」
「夕食がまだだぞ」
「うーん。抜きでもいいような……」
「そうか。じゃあ私一人で食べてこようかな」
「いいんじゃないか?」
「レヴィ。そこは一緒に行くと言うのが男の甲斐性じゃないのか?」
「でも疲れたし」
「男の癖に情けないぞ」
「亜人の体力と一緒にするなよ。しかも十代の体力と。俺はこれでも三十代だぞ」
「おっさんだな」
「おっさん言うなっ!」
まだまだ気持ちは若いつもりのレヴィだった。
しかし身体だけはどうしても衰えてくる。
三十代ならまだまだ男盛りだが、十代の体力と同列には語れない。
マーシャと較べたら体力的に劣るのはどうしようもないことなのだ。
「もふもふすれば気力が充填されるんだけどなぁ~」
レヴィは一緒に寝転がったマーシャを抱き寄せてからその尻尾をもふもふする。
腰巻きもカツラも取れているので、今は可愛らしい亜人の姿なのだ。
尻尾をきゅっと掴むとマーシャがびくっと反応した。
「い、いきなり強くするなっ!」
「悪い悪い。でも付け根が弱いよな、マーシャは」
「ふあっ! ちょっ!? だから止めろと言っているだろっ! ふああああっ!!?」
付け根のところを指で弄られて、マーシャの身体がビクビクと反応してしまう。
もふもふというよりは、完全にセクハラだった。
抵抗しようにも、弱い付け根を弄られているので力が入らない。
力ではマーシャが圧倒的に勝るのだが、今は弱点を責め立てられているので、されるがままになるしかない。
「くっ! このっ! いい加減……に……ふにゃあっ!」
猫みたいな声を上げるマーシャ。
弱いというよりは、エロい。
実際、そういう快感も込み上げてきている。
このままそういう流れになりそうだったが、マーシャの方は断固拒否だった。
「い、いい加減に……ふあうっ!!」
「うーん。いい反応だな~。なあ、このままやっていい?」
「駄目に決まってるだろうっ!」
「えー。俺はマーシャが欲しいんだけどな~」
「うぐ……」
欲しいと言われると弱いマーシャだった。
しかしこのままずるずると引き摺られてしまっては、マーシャ自身の目的が果たせなくなってしまう。
「駄目だっ!」
「ふぎゃっ!」
レヴィを突き飛ばしたマーシャは荒い息を整える。
このままだと本当に不味かった。
「何すんだよっ!」
「それはこっちの台詞だっ! まだ夕方なのに何をしようとしたっ!」
「そりゃ当然ナニを……」
「………………」
「あ、ごめんなさい。絶対零度の視線で蔑むのは勘弁してください」
絶対零度の視線でさげすみの視線を向けてくるマーシャには全面降伏してしまうレヴィだった。
なんだかんだで惚れた弱みなのだ。
それはマーシャも同様なのだが、もふもふとエロ系に関してはマーシャの方が立場が強い。
マーシャを怒らせるともふもふ禁止令が下されるので、レヴィとしては絶対服従を誓うしかないのだ。
このもふもふは俺のものだから、触る権利も俺にあるっ!
などと言い張ったところで、本当の持ち主であるマーシャがへそを曲げたらそれまでなのだ。
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