「シャンティは電脳魔術師《サイバーウィズ》としてのスキルを活かしたいだろうから、そっちのオペレーター席についてもらおうか。端末は自由に使ってくれて構わないぞ」
「了解」
シャンティはオペレーター席に着いた。
そしてすぐに端末を操作し始める。
自分の手足のように扱うには、その特性を把握する必要がある。
さっそく自分の仕事に取りかかっているのだろう。
「オッドは何が出来る?」
「俺も戦闘機ならある程度乗れるが……」
「悪いな。流石に二機は積んでいない」
「だろうな」
「砲撃は?」
「それなら出来る」
「では砲撃席に着いてくれ」
「分かった」
オッドは戦闘機操縦者だが、レヴィほどの腕は無い。
この場で役に立とうと思うのなら、砲撃席につくのが妥当だろう。
「レヴィはもちろん戦闘機で出撃だよな?」
「もちろんだ。だが、状況が分かるまでここで様子見をしていてもいいだろう?」
「ああ。もうじき敵の姿が見えると思う。副操縦席に座るといい」
「そうさせてもらおう」
レヴィはマーシャに言われた通り、副操縦席に座る。
操縦者のサポートをする席であり、いざとなればメイン操縦も行える席だが、マーシャがいる以上、ここでは何もすることがない。
レヴィも宇宙船の操縦は出来るが、このシルバーブラストは操縦出来る気がしない。
操縦桿とコンソールの配置が全く知らない仕様なのだ。
はっきり言って、扱い方が分からない。
どの宇宙船も決まった規格、パターンというものがあるのだが、このシルバーブラストはその辺りも特殊仕様であるらしい。
マーシャも操縦席に着いた。
そして操縦桿を握る。
「さてと。グレアス達の様子はどうなっているかな? 地上部隊をほぼ全滅させてやったことはもう伝わっていると思うが、この後、どう出るかが問題だな」
「なあ、マーシャ」
「何だ?」
「これ、宇宙船だよな?」
「それ以外の何に見える?」
「……いや、確かにその通りなんだけどさ。問題は、ここがどこなのか、ということなんだけど」
「ああ、なるほど。つまり飛び立てるかどうかを心配しているんだな?」
「そういうことだ」
宇宙船が飛び立つには、凄まじいエネルギーが必要になる。
現行の宇宙船はジェット噴射を利用した斜角離陸を行い、大気圏を脱出してから軌道上に出る。
しかしここは宇宙港ではない。
一般の工業地帯であり、ジェット噴射で離陸しようものなら、周りの被害がものすごいことになる。
間違いなく警察まで出動してしまうだろう。
スターリットに無視出来ない被害を与えることになる。
それは住民の一人として止めなければならないと思っていた。
しかしこの船は現在狙われている。
いざとなればその被害を無視してでも動かなければ、自分達が死んでしまう。
それは遠慮したかった。
巻き込まれたくなければ船から下りればいいのだが、今の段階では既に遅い。
マーシャが飛び立つまでに被害が届かないところまで逃げるのは、時間的に不可能だ。
それにマーシャがあのマティルダだと分かった以上、このまま見捨てるという選択肢は無い。
知りたいこと、訊きたいこと、話したいことが沢山ある。
どうあってもここで死なせる訳にはいかないのだ。
「心配しなくてもいい。被害は出ない。この船は最新鋭だと言っただろう?」
「……嫌な予感がする」
「失礼な。素敵な予感だと言ってくれ」
ふふんと胸を張るマーシャ。
かなり得意気だった。
自慢したいのかもしれない。
「シオン。エンジェルリングを出せ」
「了解ですです~。エンジェルリング起動。お空をびゅんびゅん飛ぶですよ~」
シオンの方は至って気楽そうな調子でそんなことを言う。
するとふわりと船が浮き上がる。
中にいる状態では把握しづらいが、それでもこの船が地上から浮いたのが分かった。
「浮いた!?」
「外から見てみるか?」
マーシャはホログラムウィンドウを操作してから、シルバーブラストの姿を映し出した。
少し離れたところにカメラも射出しているので、その様子を詳細に捉えることが出来るのだ。
するとシルバーブラストの上部に天使の輪のようなものが出ていた。
黄金に光るリングは夜空をキラキラと染め上げている。
「な、なんだありゃ?」
「見たことの無いシステムなのは分かるが……」
「うわ~。もしかしてあの天使の輪っかが反重力場を形成してるの?」
シャンティだけは天使の輪がどういったものかをいち早く理解したようだ。
電脳魔術師《サイバーウィズ》は情報に触れる機会が多いので、そういった技術にもさわりだけは詳しくなるらしい。
「正解だ。正確には『反重力場発生システム』とでも言うべきなんだろうが、あの形だからな。エンジェルリングと名付けてみた」
「そのままじゃねえか」
「だったら何かいい名前を提案してくれ。気に入ったら採用するから」
「む……」
そう言われても簡単には思い付かないレヴィだった。
簡単に思い付けば苦労はしない。
「まあ、マーシャの持ち船なんだからそれでもいいとは思うけど」
「何も思い付かなかったんだな」
「うぅ……」
ニヤニヤと笑うマーシャ。
からかわれていると分かってむくれるレヴィ。
かつてはあんなに可愛げがあったのに、今はちょっとだけ生意気になっている。
それが寂しくもあり、成長が嬉しくもある。
実に複雑な気分だった。
「このまま加速に入るですよ~」
「やってくれ」
「……まさか、反重力場を保ったまま、ジェット噴射モードとか……?」
レヴィが恐る恐る問いかける。
彼も元軍人として、最新鋭の宇宙船に乗っていた過去を持つ者として、宇宙船の常識というものをある程度は理解している。
数年が経過して、技術的ブランクがあるとしても、何が出来て、何が出来ないかぐらいは把握しているつもりだった。
それを考えれば、こんな大規模な反重力場を形成するシステムも、同時進行で加速させるのも、無謀だとしか言いようがなかった。
「正確には少し違う」
「どう違うんだ?」
「エンジェルリングと加速システムの切り替えを一瞬で行う」
「………………」
つまり、反重力場が消失した一瞬で加速するということだ。
タイミングがズレてしまえばこのシルバーブラストは地上に真っ逆さまとなる。
大惨事になることは明らかだった。
「なんつー無茶苦茶な……。少しでもミスったらお終いじゃねえか」
「もちろん、その通りだ。だがミスはあり得ない」
「何でそんなことが言えるんだよ。人間のやることに絶対なんかあり得ないぞ」
「確かに人間のやることには確率的なミスがつきものだ。しかし機械ならばミスはしない。シオンは人間の姿をしているが、この船を司るれっきとしたメインシステムだ。シオンが万全である以上、ミスはあり得ないんだよ」
「それがなぁ、いまいちよく分からない。どう見ても人間じゃないか」
「見た目はな。だが中身は大違いだぞ。人間の電脳魔術師《サイバーウィズ》、それも腕利きの処理能力と比較しても、シオンのキャパシティはその千倍を超えるからな」
「うっへぇ……」
それを聞いたシャンティが少しだけ辟易した視線をシオンに向けた。
そこまで明確な差があると、嫉妬するのも馬鹿馬鹿しい。
しかし彼には嫉妬よりも先ほどのパンツの方が脳に焼き付いていた。
実に幸せな少年である。
「分かったよ。つまりシオンがいる限り、どんな無茶に見えても、出来て当然の非常識ってことだな?」
「そういうことだ。しかし非常識とは心外だな。これはれっきとした最新技術であって、常識破りをしているつもりはない」
「………………」
先ほどから常識破りの連続だということは自覚していないらしい。
ツッコミを入れるのも馬鹿馬鹿しくなったレヴィだった。
それからすぐに加速に入ったが、船内は驚くほど反動が無い。
慣性相殺システムもかなり高度なのだろうとレヴィは判断した。
宇宙空間の加速においてもあまり心配しなくて良さそうだ。
ホログラムディスプレイの景色がぐんぐんと変わっていき、ついに宇宙空間に出た。
「………………」
久しぶりに見る宇宙の景色にレヴィがわずかに表情を歪めた。
そこにあるのは懐かしさなのか、それとも胸を抉る過去なのか。
レヴィ自身にもはっきりとは分からなかった。
「マーシャ」
「どうした?」
ニューラルリンクの中からシオンがマーシャに呼びかける。
「通信が入ってるですよ」
「繋げ」
「了解ですです」
シオンはシルバーブラストに入ってきた通信をマーシャに繋ぐ。
ディスプレイに映し出されたのは、グレアス・ファルコンだった。
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