シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

むくれるマーシャちゃん 2

公開日時: 2021年5月14日(金) 22:21
文字数:5,029

「資料を見る限り、見込みが無い研究じゃないし、本格的に実用化出来れば、簡単に取り戻せる金額でもあるからな。何せ、宇宙の常識が変わる」


「まあ、そうかもしれないな」


 跳躍技術が確立すれば、宇宙航行の常識が一変する。


 それは世界が変わるのと同義だ。


 人類はもっと遠くまで行けるようになるだろう。


 そして多くの居住可能惑星、更には資源惑星も見つけることが出来るだろう。


 つまり、それは無限の可能性なのだ。


「でもそこまでの技術、マーシャとその研究者が独占していたら黙っていない勢力も出てくるだろう?」


 特にエミリオン連合とか。


 少し前の出来事を思い出す。


 マーシャがシルバーブラストを手にしただけで、エミリオン連合軍のグレアス・ファルコンがその技術を狙ってきた。


 彼は自らが中央へと戻る為の足がかりとしてその技術を求めたが、エミリオン連合軍の中央にそれを知られていれば、それだけでは済まなかっただろう。


 短絡的に仕掛けるようなことはしないのかもしれないが、それでも強引な交渉でその技術を手に入れようとするだろう。


「黙っていない勢力も出てくるし、それを黙って受け入れるつもりもない。お爺さまに頼るさ」


「クラウスさんに?」


「元々、ミスター・ハーヴェイはあちこちに資金提供を申し出ているらしいからな。技術そのものは既に知られている」


「全部断られたのか」


「見込みが無いと思われたんだろう。実際、私もまだ半信半疑だ。面白そうだと思うし、見込みもあるとは思う。しかし、確実とは言えない。跳躍そのものは可能だろうが、安全性の確保、コントロールの維持など、課題はかなり残っているからな」


「それなら時間と金を掛ければ解決出来る問題じゃないのか?」


「ただの技術ならそうだろう。しかしこれは自然現象を利用した技術だ。相手が自然ならば、完全なコントロールは不可能だと思う」


「自然現象?」


「宇宙の歪みだ」


「え? アレを利用するのか?」


 宇宙の歪みについてはレヴィも知っていた。


 宇宙船も、戦闘機も、宇宙に生きる者ならば近付いてはならない自然現象。


 研究者達はそれすらも解明しようとしているようだが、成功したという話はまだ聞いていない。


「そう。アレを利用するらしい。他の奴らが資金提供を渋るのも無理はないな。解明すら出来ていないものを利用しようとしているんだから」


「すげーな。何がすげーって、その発想が」


「私もそう思った。よくもまあ、あんなものを利用しようと考えたものだ。だが、実際に跳躍現象は確認出来たぞ。映像だけだが」


「マジか」


「マジだ。という訳で、面白そうだから、博士と相談して、もっと見込みがありそうだったら協力することにしたんだ。本格的に実用化出来そうになったら、お爺さまのところに権利移譲をする」


「いいのか? 千兆以上……もといその三倍ぐらいの費用がかかるんだろう?」


「構わない。私がお爺さまから受けた恩を返すには、これでも足りないぐらいだ」


「そうか」


 躊躇いなく応えるマーシャが眩しかった。


 幼い頃に救ってくれた恩。


 今のマーシャ・インヴェルクがあるのは、クラウス・リーゼロックがいてくれたからだと確信している。


 レヴィにも救われたが、彼は一番最初のきっかけだ。


 一番大切なきっかけでもあるが、クラウスのこともかけがえのない恩人としてマーシャの中に位置づけられている。


 それが嬉しかった。


 思いやりの深い大人に成長してくれたことが、少しだけ誇らしかったのだ。


「それに費用はかかるけど、打算が無い訳でもないし」


「ん? どういうことだ?」


「今後のことを考えているだけだよ」


「今後のこと?」


「うん。今後、私達と関わることによって、レヴィもその腕を発揮する機会があるだろう?」


「まあ、そうだろうな。そうじゃなきゃ雇われた意味が無いし」


「うん。私も思う存分発揮して欲しいと思っている。だけどそうすると、目撃者も増える訳だ」


「………………」


「レヴィの腕を見て、かつての『星暴風《スターウィンド》』を連想する人間も少なくないと思う。昨日の奴みたいに」


「………………」


 ギルバートのことを言っているのだろう。


 レヴィの腕前を見た訳ではないが、その顔を見てレヴィアース・マルグレイトを思い出していた。


 書類上は死んでいるし、個体情報も消した。


 しかし完璧ではない。


 それで万全だとは言えないのだ。


「だから、最終的にはバレてもいいようにするのが目標なんだ」


「いや、バレたら困るんだけど」


「公にするつもりはない。だけど、暗黙の了解ぐらいにはしておきたい」


「どういうことだ?」


「つまり、今のレヴィン・テスタールがレヴィアース・マルグレイトだと気付かれても、手出しを出来ないようにするってことだ」


「……出来るのか?」


 レヴィがエミリオン連合軍に対して握っている情報は、禁忌そのものだ。


 歴史の闇に葬られた所業を経験している、数少ない生き残り。


 生き残りはその実行犯と、指示を出した上層部、そして現場で死を免れたレヴィとオッドのみだ。


 だからこそ、レヴィ達が生きていると知られたら、間違いなく消そうとしてくる。


 都合の悪いことを外部に漏らされては困るからだ。


 相手はエミリオン連合。


 連合であるからこそ、宇宙最強を自負している最大の組織。


 そんな『世界そのもの』に等しい相手に手出しをさせないことなど、本当に可能なのだろうか。


 かつてはエミリオン連合軍の内部に身を置き、その強大さを嫌というほどに理解している。


 だからこそ可能なのだろうかと疑問を抱いてしまうのだ。


「この場合、国力は関係ないんだ」


「え?」


「一つの国であること。そしてそれを各国が認めていること。それが重要なんだ」


「世論が大事って事か?」


「そういうことだな。ロッティはエミリオン連合の中でもかなりの発言力を持つ惑星であり、国だ」


「ああ」


「そしてその影響力を最大化させているのが……」


「リーゼロック?」


「正解。経済力でも軍事力でも、ロッティはリーゼロックの影響を受けている。だからこそ、リーゼロックがロッティそのものだと言える」


「………………」


「さて。そんな国際的な立場の相手に強引なことをして、世論が黙っていると思うかな?」


「いや、しかしそれが革新的な技術である以上、独占は許さないという姿勢は貫いてくると思うぞ」


「もちろん、独占はしない。むしろ高値で売る」


「え?」


「欲しがっているなら売ってやるさ。現物も、そして技術も」


「いや、しかしそれじゃあ利益は奪われるんじゃないか?」


「そんなことはない。だって大本の研究者であるユイ・ハーヴェイはこっちが独占する予定なんだ」


「なるほど……大体理解出来てきたぞ」


「うん。そういうことだな。技術だけ売り渡しても、それを進化させるきっかけをこっちが握っていれば、常に『先を行ける』。つまりその技術に関してはリーゼロックが主導権を握っているということだ。ユイ・ハーヴェイの身柄引き渡しも要求されるかもしれないが、技術はともかくとして、人間の身柄を強引に奪い取ることはいくら何でも外聞が悪すぎる。こちらが情報操作してやれば、強引な手段は取れないだろうさ」


「あくどい……」


「あくどい言うな。れっきとした交渉手段だろうが。とにかく、そうやってリーゼロックが権力を増していけば、その身内である私やレヴィ達には手出しが出来なくなる訳だ。リーゼロックとの関係悪化はエミリオン連合に悪影響を与える。そしてその影響が大きすぎると認識させれば、今後の安全は確保される」


「………………」


 確かにその通りなのだろうが、そう上手くいくだろうか。


 思い通りにならないのは世の常だ。


 いくら予測していても、その予測を覆されるのが現実の厄介なところなのだ。


「上手くいかせるのさ。そうなるように頑張ればいい」


「頑張ってどうにかなるか?」


「どうにかするように頑張れば、結果はちょこっとだけ付いてくる」


「ちょこっとだけでいいのか?」


「いいんだよ。ちょこっとだけでも、満足のいく結果だろうから」


「なるほど」


 いつだって求めるものは些細なものなのだ。


 そしてその些細なものこそが、決定的なものとなる。


 マーシャはいつもそうやってきたのだろう。


 そしてマーシャの求める『本来のもの』が大きすぎる故に、『ちょこっと』だけでもそこそこ満足してしまうということなのだろう。


 その『ちょこっと』の結果がシルバーブラストであり、シオンであり、レヴィ達を仲間にした今の状況であり、千兆もの予算を軽く出せると言い切れる彼女自身であるのなら、随分と恐ろしい『ちょこっと』だが。


 しかしそんなマーシャをレヴィは面白いと思った。


 見ていて飽きない。


 いつまでも見ていたくなる。


 いや、見届けたくなるといった方が正解なのかもしれない。


「まあ、そのあたりのことはマーシャに任せる。俺は結果を楽しませて貰うことにするよ」


「それでいいと思う。でもスターウィンドについてはいろいろ協力して貰うからな」


「?」


 何のことかよく分からず首を傾げるレヴィ。


 マーシャはため息交じりにレヴィを見た。


「操縦者がそんな調子でどうする」


「どうするって言われても。俺に出来ることなんてテストパイロットぐらいのものだぞ。もちろんそれぐらいはいくらでも協力するけど」


「他にもやるべきことがあるだろう」


「?」


「はぁ。本当に分からないのか?」


 呆れ混じりに睨み付けてくるマーシャ。


 そんな目を向けられるといたたまれなくなるので止めて欲しい。


「な、なんだよ」


「要望を出せと言ってるんだ」


「え?」


「あれは私がレヴィの為に造った特別機《エクストラワン》だけど、私はレヴィの操縦を全て知っている訳じゃないからな。集めたデータを参照にして、出来るだけ操縦しやすいように、やりたいことがやれるようにしてみただけだ」


「いや、十分だと思っているけど? 要望どころか、俺の希望が全部実現してるし」


 特に永久内燃機関バグライトの小型化は凄いと思っている。


 レヴィの得意技であるバスターブレードは、とにかくエネルギー消費が激しいので、通常の戦闘機では出せる回数が限定されていたのだ。


 しかしあのスターウィンドならば、それを気にせず連射出来る。


 戦術の選択肢が圧倒的に違ってくるのだ。


 理想の体現とはまさにあのことだろうと感心しているぐらいなのだが。


「あれは私の想像でしかない。レヴィが実際に操縦してみて、もっとこうなったらいいのに、と思うところはなかったのか?」


「ん? あー、まあ、ちょっといろいろピーキーすぎて操縦しづらいと思う時はあるなぁ」


 しかしそれは致命的なほどではない。


 操縦しづらいと感じるのは、レヴィの常識と機体の性能との摺り合わせが出来ていないからだ。


 つまり、使いこなせていない。


 それをどうにかするのは操縦者である自分の仕事だと考えていた。


 じゃじゃ馬を乗りこなすような気分で望めば、それもまた楽しいと思える。


「そういうことを細かく言って欲しいんだ。そうすれば私が改良出来るし」


「なるほど。確かにそれは俺の怠慢だな」


 操縦者として、機体に対する要望は正直に告げるのが義務でもある。


 マーシャはスターウィンドの開発者として、整備や改良も担当しているので、そのあたりのことを知りたいと思っているのだろう。


「じゃあ今度まとめておくよ。まだ操縦し足りない部分もあるしな。洗い出しはゆっくりやっていこうぜ」


「分かった。それでいい」


 マーシャとしてはもっと要望を出して貰いたいのだろう。


 スターウィンドをレヴィの手足同然のものにすることで、彼女の憧れた『星暴風《スターウィンド》』の姿に近付いていく。


 その手助けが出来るのかと思うと誇らしい気持ちにもなるのだ。


「私は、レヴィには最強で居て欲しいからな。その為の協力は惜しまないし、レヴィにも努力を惜しんで貰いたくないんだ」


「最強か。また、ハードルが高い要求だな」


「なんだ。出来ないとでも言うつもりか?」


 銀色の瞳がきらりと光る。


 そこにはからかいと、そして挑発的なものが混じっていた。


 出来ない筈がないだろうと。


 私が信じたレヴィが、その程度のことを出来ない筈がないだろうと、そう告げている。


 それに応えられないのは嫌だと思わせる、そんな眼差しだった。


「いいや。マーシャが信じてくれるなら、俺が精一杯頑張る。それだけさ」


「ん」


 その答えを聞いて、満足そうに笑うマーシャ。


 尻尾が出ていたらぱたぱたと揺れていたことだろう。


 それが見られないのが残念だった。


 しかし嬉しそうに笑う顔は可愛い。


 それだけで満足するべきだろう。


 少なくとも今は。



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