シルバーブラスト

水月さなぎ
水月さなぎ

お子様のお守りは疲れるようです 2

公開日時: 2021年5月17日(月) 14:56
文字数:4,044

「ほら、どっちだと思う?」


 ヴィクターは諦めずに食い下がる。


 マーシャの反応に興味があるのだろう。


「知りたくないからじゃないのか?」


 適当に考えて見た結果を答えるマーシャ。


 興味の無い他人の思考回路を理解しようとするのはかなりの苦行だったが、それでもヴィクターとの会話ではそれが必要なのだ。


 彼がマーシャに苦手なことを強いてくるのはいつものことだ。


 それが協力する条件でもあるのだから、逆らえない。


 不愉快だが、その先にあるメリットを考えれば応じるしか無い。


「そのココロは?」


「自分達の理解が及ばないという事実を知りたくないから」


「ふふふ。正解。それが人間の傲慢さでもあるのよねぇ。ただしそれだけじゃない。それだけでは済ませない貪欲さもある。ユイ・ハーヴェイは明らかに後者ね。だけど不快ではないわ。そういう貪欲な純粋さは」


 ヴィクターは満足そうに頷いた。


 マーシャの答えが気に入ったのかもしれない。


「私もそう思う。貪欲だけど、醜くはない。ミスター・ハーヴェイのことはそれなりに好ましい」


 理解が及ばないという事実を知りたくない。


 マーシャにとっての人間とは、弁えることを知らない生き物という認識だ。


 もちろん、それが全てではないことも知っている。


 しかし多くはその同類だろうとは思っている。


 だからこそそうではない宝石が尊いと思えるのだ。


 クラウスのように。


 レヴィのように。


 醜い中にある尊いものは、何よりもかけがえのない光だと思っている。


 同時に、宝石にもなり得ない醜いものは心底から軽蔑している。


 人間の欲は底が無い。


 権力者は特にその傾向が強い。


 マーシャ達はその貪欲さに全てを奪われかけた。


 ジークスという惑星で平穏に生きていたかった少年少女達は、その星を人間だけの楽園にしたいという彼らの身勝手な願望に踏みにじられ、そして多くの同胞を殺された。


 全てを知り、全てを手に入れたいと願うのが人間だ、とマーシャは考えている。


 そこに身の程を弁えるという自制は存在しない。


 いつだってむき出しの欲望を叩きつけてくる。


 だからこそ、向き合いたくないのだ。


 自分達の限界を。


 人間の手に負えないものを理解しようとしない。


 自分はこの程度なのだということを自覚したくない。


 だからこそ、不可解なものには近寄らない。


 関わらなければ知らずに済む。


 自らの程度を、思い知らずに済むのだから。


 そんな風に諦める癖に、欲望だけは限りない人間のことを、マーシャはよく知っていた。


 そして、そうではない人間のことも、よく知っている。


 レヴィも、オッドも、シャンティも、クラウスも、マーシャにとっては大切な仲間であり家族であり、人間の中でも特別な存在だ。


「このユイっていう子はそこに踏み込んだのね。なかなかに見所のある存在だわ」


「それは私も同感だ。彼は面白い。その発想も、頭脳の切れも抜きん出ている。ただ、あまりにも発想が突飛過ぎて、ついでに金もかかりすぎて他の相手には見向きもされないようだが」


「でしょうね。ここに書いてあることを検証するだけでも兆単位の金が必要になるわよ」


「だろうなぁ。千兆の資金援助を頼まれたよ」


「もちろんするんでしょう?」


「あっさりと言ってくれるなぁ。大金だぞ」


「金なんてただの数字。かつてマーシャ自身が言ったことよ」


「………………」


 それも事実だった。


 しかし他人に言われるとやや複雑な台詞でもある。


「博士はこの研究が実を結ぶと、そう考えているんだな? 私が資金援助をすれば成功させられると確信しているんだな?」


「しているわよ。ついでに言うとこれ、アタシも参加してみたいわね。面白そうだし」


「参加って、共同研究したいって意味か?」


「そこまで踏み込むつもりはないわよ。アタシが直接ユイちゃんと対面する訳にはいかないでしょう?」


「当然だ。そんな危ないこと出来るか」


 主にユイの貞操が……と言いたいところだが、それは冗談だ。


 それが不可能であることをマーシャは知っている。


「だから通信でちょこっとアドバイスするぐらいね。でも実験の成果はこの目で見たいわね」


「まあ、それぐらいならシルバーブラストを介せば何とかなるか」


 ロッティとエミリオンのデータのやりとりは危険だが、シルバーブラストを中継すればその危険性も減る。


 なんとかなるかもしれないと考えるマーシャ。


「分かった。通信なら協力する」


「ありがと、マーシャ。愛してるわよん」


「変態の愛なんかいらない。結果だけくれればいい」


「あら~。つれないわね~。やっぱり彼氏が出来ると警戒が大きくなっちゃうのかしら?」


「それは関係ない。今も昔も変態の愛なんかいらない」


「変態じゃないわよ。天才よ」


「変態で天才なんだろう」


「失礼ね」


「事実だ」


 などというやりとりが繰り返されている。


「さてと。じゃあ話も一段落ついたところで、そっちのイケメン達を紹介してくれるかしら?」


「「「………………」」」


『そっちのイケメン達』はちょっとだけ身震いした。


 イケメンと言われるのは悪い気分でもないのだが、相手が変態となれば話は別だ。


 割とノーサンキュー。


 しかしマーシャが信頼しているであろう相手に無碍な態度を取る訳にもいかない。


「ああ、そうだな。じゃあ順番に紹介していこうか」


 マーシャの方はレヴィ達を振り返る。


 申し訳ないけどちょっとだけ付き合ってくれ、という表情だった。


「まずはレヴィ。うちの戦闘機操縦者だ」


「あらあら。初めまして、マーシャの彼氏さん。マーシャがあれだけ思い入れていたスターウィンドの操縦者に会えて嬉しいわ。貴方が伝説の『星暴風《スターウィンド》』なのかしらん?」


「まあ、そういうことになっている」


 ぺろりと舌なめずりをしながら問いかけるのは止めて欲しい。


 いろいろな意味で身震いするレヴィ。


 貞操大ピンチ?


 過去についても知られているらしいが、マーシャが信頼する相手ならば問題無いだろう。


「うふふふふ♪ あのスターウィンドはマーシャが設計して、アタシが改良、調整したのよ。乗り心地はどうかしら?」


「悪くない。俺の為に造ってくれたと言ってくれたからな。乗りやすいし、やりやすい」


 ややたじろぎながらもきちんと答える。


 マーシャが開発してくれたことは知っていたが、ヴィクターもかなり手を入れてくれたらしい。


「それは良かったわ。希望があればどんどん言ってちょうだい。ちゃっちゃと改良してあげるから」


「それはありがたい」


 不満はないのだが、希望が無いと言えば嘘になる。


 マーシャに言われてから、それなりに考えてみたのだ。


 操縦者の性として、試してみたいこともいろいろある。


 その為に多少の改良をして欲しいと考えていたところだ。


 といっても、具体的な改良案はまだ思い付いていないので、もう少し時間が必要になるが。


 レヴィの紹介が一段落ついたところで、次はシャンティに視線を移す。


「次に、そっちの坊やがシャンティ。電脳魔術師《サイバーウィズ》だ」


「ども~。シャンティでーす。よろしく~」


 シャンティの方は少し慣れてきたのか、割と明るい調子でヴィクターに手を振った。


 変態相手に頼もしいメンタルである。


 子供故の順応性なのかもしれない。


「あらん。シオンのお仲間ね?」


「ま、そういうことになるかな。性能は段違いだけど」


「でも人間を素体にしている電脳魔術師《サイバーウィズ》としてはかなりの腕利きよね、あなた」


「分かるの? 見た目は人間と変わらないと思うし、腕前だって見た目じゃ分からないと思うんだけど」


 シャンティが不思議そうに首を傾げる。


「見た目だけは美味しそうだけど、眼が違うわよ。電脳魔術師《サイバーウィズ》っていうのは人間とは違う視界……つまり世界を視ている。そういう眼をしている人間は分かりやすいのよ。その質もね」


「ふうん。そういうものかな。っていうか美味しそうって言わないで。僕は食べ物じゃないよ」


「そういうものよ。切り替えがスムーズだから、坊やは相当に優秀な電脳魔術師《サイバーウィズ》なのね。基本スペック以外の特化能力ならアタシのシオンと張るんじゃないかしら」


 美味しそうと言わないでというシャンティの抗議はさらりと無視して、ただ褒める。


 褒められるのは悪い気がしない。


 しかし恐ろしさは残る。


 主に、貞操の危機という意味で。


「まあ、そう言って貰えるのは嬉しいけどね」


 シオンという存在はシャンティにとっての到達点の一つだ。


 電脳魔術師《サイバーウィズ》としての完成形。


 彼女こそが自分が到達するべき姿だった。


 しかしそれは不可能だということも分かっている。


 出発点が違う。


 そして肉体《ハード》の性能が違う。


 しかし、だからこそ彼女の存在は尊いのだ。


 性能は破格であっても、経験が足りないシオンという存在に、人間としては最高峰という自負のあるシャンティがその経験を教え込む。


 そうすることで、自分が届かなかった場所まで到達してくれる。


 そんな夢を魅せてくれるのだ。


 シオンに嫉妬せずに憧れと夢を託せるのは、そういう理由からだ。


 笑顔で答えるシャンティにヴィクターも好感を持った。


「うふふふふ。可愛いわね。良かったら今晩一緒にどう?」


 妖しく笑うヴィクター。


 シャンティはおぞましさ全開で首を横に振った。


 こっちの順応性はまだまだだった。


 そして順応したくはないと思っていた。


「え、遠慮しておくっ! 僕はまだ子供だしっ! あと変態じゃなくて可愛い女の子がいいっ!」


「オネエサンがたっぷり教えて上げるのに」


「……その身体でオネエサンと言われても」


 どう見ても『オニイサン』である。


 もしくはニューハーフである。


 ぶっちゃけ変態である。


「あら、ココロは立派にオネエサンよ♪」


「カラダは?」


「うふふふふ。それはベッドに入ってからのお・た・の・し・み♪」


「ええええ遠慮しておきマスーッ!!」


 ぶるぶる震えながら拒絶するシャンティ。


 初めてがニューハーフとか、冗談ではない。


 さくらんぼを捧げるのはやはり女の子がいいのだ。


 出来れば可愛らしい女の子を希望したい。


 ムキムキマッチョの下着姿な変態を相手にするなんて、どう間違ってもご免被りたい。



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